第40話対峙するアサシン

「いやー、昨晩はお楽しみでしたかアルマさん」


「人聞きの悪いことを言うな、シェリン!?」


翌日。

これからの事を皆と話し合うために、俺はギルドに来ていた。

が……来て早々にシェリンから大変に不名誉な一言を貰う。

その満面な笑みをやめろシェリン!?


「目撃者と聞いた人たちがいるんですよぉ、アルマさぁん? ほら、腕出して。……憲兵さんのとこに行きましょうね」


「行かねぇよ!? 俺は何もやましいことはしていないぞ!?」


「いや……俺ぁ確かに見た」

「おう……! 我らが街のアイドルが一人ノエルちゃんが……! 半泣きでアルマさんの部屋から出るのをっ!!」

「あっしは添い寝って聞きやしたぜぇっ!! こいつぁ許せねぇ!!」


「どこから湧いて来た!?」


全部誤解だ。

……一部事実は遺憾ながら含まれているが、皆が想像しているような事は一切! ……俺とノエルにはない! 自分の教え子も同然な少女に、不埒なことなどするわけがなかろう!!


「おっ? 何だ何だぁ?」

「何か楽しそうなこと話してるわねぇ! お兄さんも混ぜて!」

「……食べたんだな、アルマさん?」


「だ、だから違うと言っている!」


回復士たちや、ギルドの職員たちも乗っかってきた。

お祭り気分で楽しみやがって……!


「アルマさん……アンタには恩義がある」

「でもなぁ! 我らが街のアイドル、ノエルちゃんを泣かせたのなら……」

「刺し違えでても仕留めますぜ……?」


あぁまずい。

皆、目が据わってる。

やめろやめろ、刺し違えるとか。

物騒な事を言うんじゃないよ。


「おはようございます、アルマ兄さん」


「うーむ……飲む過ぎたわい」


「がははは! 樽2つ飲んだくらいで情けないぞヴラム!」


ダタラと、親父さんたちが入ってくる。となると、カイたちも来る頃合いか。


「おはようございます」


「師匠! いい朝だな!」


「おはようございます……アルマさん」


噂をすれば何とやら。

カイたちも入ってくる。

カイ、ホノ、リリア。……その後ろにノエルが続く。


「おはよう皆」


……珍しいな、ノエルが一番後ろだなんて。


「アルマ……様。お、おはようございます」


………ん?

どうしたんだ、ノエル。

頬がほんのりとだが赤い。目線はチラチラと泳ぎ、気恥ずかしげに口元に手を当てている。


風邪か……? それなら、帰って休んだほうが……。


「あ、あの! アルマ様!!」


「ど、どうした? ……急に大声を出して」


唇を小さく噛んで、目線は下に。

小さな呼吸を何度か繰り返して、ゆっくりと。……目を合わせる。


「さ、昨晩は」


「あ、あぁ」


「ーーーさ、昨晩は逃げ出してしまい、申し訳ありませんでした、アルマ様っ!!」


「………えっ?」


ノエル? 待ってくれノエル!?

な、なぜだ!? なぜ今このタイミングで昨日の話を……!?


「ア、アルマ様がベッドの上で、優しく囁き……あ、あまつさえこの身を撫でてくださったのに……わ、私っ……!!」


ノエル!? その言い方は色々と語弊があるぞ!?

この身を撫でたって……俺が撫でたのは頭だが!?


「じ、次回は逃げ出さずぜひ最後まで………っ!!」


「誰かー! 憲兵を呼んでくれぇっ!!」

「アルマさんよぉ!! 俺ぁアンタに挑まなきゃならねぇ!!」

「おいおい、アルマさんがついにやったぞ!!」

「あーらやだお盛んねぇ!!」

「ーーー……ーーーー」

「おいバカ、魔法スキル撃とうとするんじゃねぇよ!?」


「アルマさん……安心してください。最近の獄中食……美味しいらしいですよ」


「だから誤解だって言ってるだろバカシェリン!?」


「アルマさん」


ぽんっ……とカイに肩を叩かれる。

ありがたい、ここはカイにも、誤解を解く手伝いをしてもらおう。


「カ、カイ……。すまないが、君からも皆に」


「ノエル共々……末永くお願いしますね」


にこやかな笑顔で言う。


(カイィィィィィィィ!?)


お前もか、カイ……!?

皆落ち着け。

……落ち着いて俺の話を聞いてくれぇっ!!



「まったく……お祭り気分で騒ぎやがって」


場所は前回も使用した休憩室。

狂騒をなんとか収めた俺は、カイパーティの皆と親父さんたち。

ダタラとシェリンを交えて、情報の共有とをしていく。


「シェリン、ギルドマスターは?」


「今日はダンジョンに潜っていますね。……伯爵様の魔道士たちと一緒に」


「………そうか」


盗み聞きされる心配は一先ず無さそうだな。……魔道士たちは、まだ引き上げないのか。


「ダンジョンの異変はどうだ。

……何か報告は無かったか?」


「そうですね、魔道士たちからの報告は何もありませんでしたが……街の冒険者さんたちからは……やたらと経験値が多く貰えた、とか。

……モンスターが目に見えて強くなったと。……そう報告を受けています」


掃滅戦の時と、やはり同じだな。

あの時は異変が起きて殆どすぐに、ダンジョンからモンスターが溢れたが……今回はまだそうなる様子がない。


巡らせる魔力量を管理しているのだろうか。


「わかった。ありがとうシェリン。……皆に、共有しておきたいことがある。……ドランの親父さん、頼めるか?」


「……よし、わかった。そうだな、どこから話すかな」


ドランの親父さんに頼んで、ダンジョンで起きている異変と、不可解な魔道士たちの動き。俺が調査しに向かった事と。

……掃滅戦の時との類似点とを説明してもらった。


その間に、俺とシェリンは“地図”を用意する。


「うぅむ、きな臭いのぉ……」


「ダ、ダンジョンマスター計画……」


「師匠が言ってた掃滅戦……同じような事が起きたら、大変なことになるじゃないか……!」


「バラム・ヴール……! どこまでも人を虚仮にして……っ!」


「ノエル……私も腹立たしく思うよ」


「皆、これを見て欲しい」


テーブルを覆える大きさの羊皮紙を、シェリンに広げてもらう。

その羊皮紙に触れて、地図作成スキルを発動させた。

……7年前のことではあるから、一部があやふやだが……おおよそのアタリをつけるには十分だ。


「この階層の……ここと……ここだな。……あとは……この玄室」


ダンジョンの間取りが浮かび上がる。ペンで、魔道士たちが何かを設置したという地点に印をつけた。


「……見事にウェーブとエリアボス級……あるいはそれに匹敵するモンスターが現れる玄室に印が付きましたね、兄さん」


「そうだ。……もともと、きな臭くはあったんだがな。掃滅戦が終わってすぐに、伯爵は第12階層以降への侵入に、制限を設けている」


掃滅戦の後、伯爵に叙任されたヴール伯爵は、管理という名目の下に第12階層に実質的な“関所”を設けた。


レベル100以下の冒険者の侵入を禁ずる。……実質的に、第12階層以降は誰も潜れない。


「レベルの開示も求められからな。……俺も潜ることはできない」


アサシンの戒律によって、俺はレベルを開示できない。

……駆け出しの頃にすでに戒律を破っているから、あまりに戒律破りを重ねると大幅に弱体化しかけない。


実際、戒律破りのペナルティとして。……俺の魔力はレベル不相応に低くなっている。


「うーん……よしっ! いっそ押し入って見ましょうよ師匠! ……悪いことをコソコソやってるのは間違いなんですし!」


「アルマさんっ! ホノちゃんも私と同意見ですよっ! やりましょうよ!」


「却下」


押し入るのは駄目だと、再三言っているだろうが。

押し入っても悪事の証拠を隠されたり、逆に捏造でもされたら此方が不利になる。

……手段はなるべく合法的に。かつ隠蔽も、捏造もさせる暇を与えないものでなくては駄目だ。


電撃的な速攻で、しかし此方がやったと悟られないように。


「………あ、あの!」


「リリア? 何か、意見が?」


皆で頭を突き合わせて考えている中、不意にリリアが小さく手を上げた。


「は、はい。……私、ギルドの武具保管庫の目録整理を手伝ったことがあって……」


「………?」


「その時に……〈ヒュドラ・ワンドⅡ〉があるのを見たんです」


〈ヒュドラ・ワンドⅡ〉。

確か、俺がノエルたちを助けに向かい……《九命の不死大蛇》を倒した際にドロップしたものだ。

触れているだけで魔力を吸い取るワンド。


「だ、だから……それですね」


「それを……?」


リリアが息を吸う。


「ーーー反転魔法スキルか何かで……魔力を吸収するんじゃなくて、放出するようにできませんか……?」


魔力を放出させる?

……放出させてどうするんだ。


「………ははぁ! なるほどな! がはははは! 合点がいっだぞリリアの嬢ちゃん!」


「親父さん? どういういことだ」


「むぅ……? ………おぉ! なるほどのぉ! これは奇策も奇策っ!! やるではないか!!」


「ヴラムの親父さんも……?」


「気づかねぇかアルマ? 魔力を放出させるんだよ! 奴らが塞いでる第12階層に!!」


「魔力量を瞬間的に増やし、魔道士共を退避させるのよ!! その隙に……!!」


「……なるほど、考えたなリリア」


虚仮威しというわけだな。

ただでさえ危険な階層。

自分たちの制御を離れて、魔力量が増えたとしたら。

……避難を始めるか、そうでなくとも混乱させることはできる。

……その隙に潜ってしまえば。


「いける……! いけるぞリリア……!」


「あ……あ………よ、よかった……お役に立てて……で、でも……一本で足りるのでしょうか」


それなら、問題はない。

……ダタラが立ち上がる。


「ーーー専門ではありませんが、武具は武具。造りましょう、そのワンド」


「反転魔法を掛ける必要もないな。……頼むぞ、ダタラ」


「お任せを。……とはいえ、ワンド系は専門外なので……明日までは掛かりますが」


「十分だ」


「………あぁっ!? 思い出しました!」


ノエルが言う。


「ダタラと言えば……代々続く鍛冶師の名門一派……! 今代のダタラは……《ダタラの怒り》をはじめとした幾つかスキルを創作したと……!」


「あはは、はい。……そのダタラが僕だよ」


「………改めて、アルマ様の凄さを思い知らされますね。……さすがはアルマ様です」


「………ありがとう?」


よくわからないが、取り敢えずありがとうと言っておこう。


「よし、ではワンドの完成を待って明日は調査をーーー」


『アルマさん! い、いますか!?』


ドアを激しくノックされた。

聞き慣れたギルドの職員の声。


「………どうした?」


「た、大変です!!」


「落ち着いてくれ。……何があった?」


「き、来たんです……! や、奴が!」


「奴……? まさか………」


「ーーーバラム・ヴール! 

……あの伯爵がきたんですっ!!」


伯爵が……来ただと?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る