最終話(完結)アサシンはもう、挫けない!

(……馬の嘶き……!)


3日後の昼下がり。

物見役の冒険者たちのリーダーとして、アタシはその日も進軍に備えていた。

少し小高い、けれども目立たない場所に立てた監視小屋。その監視小屋から街道を見張っていた。


そうして、不意に響いたのは馬の嘶き。蹄鉄の音は早く、軍馬の群れが疾駆している。


コソコソとした進軍ではない。

真正面から街を蹂躙して、勝つ自信が向こうにはあるのだ。

………ついに、伯爵の軍団と親衛隊とがギルドの街に進軍してきた。


「……ギルドに連絡を入れてくれ!」


「ホノ……!? てことは……ヤロウ、ついに来やがったな!」

「よっしゃぁっ!! 連絡入れろぉ!」

「へへへ、親衛隊のバカ共が雁首揃えて来やがったぜ! 待たせやがってよぉ!」


「敵には騎兵もいる。……戦下手ってことだな、伯爵は」


自信があるのは結構だけど、伯爵のそれは過信……もしくは傲慢で尊大な自尊心からくる愚行だ。

力を誇示して怯えさせようとしたのかどうか知らないが……入り組んだ路地や家々が並ぶギルドの街。

騎兵は機動力を削がれる。


「おーおー、お馬にパカパカ乗って良い気になってまぁ」

「へっへへ! そりゃ兵士なら騎兵の。……突撃してくる軍馬の嘶きを聞けば縮み上がるだろが」

「モンスターと比べりゃ子犬と変わらねぇやな! わははは!」


軍馬の嘶きなんて、脅しにもならない。アタシら冒険者を舐め過ぎだ。

火を吹くオオトカゲに空を飛ぶコカトリス。生きたまま人を喰い殺す動く宝箱。


そんな物を相手取って日銭に稼いでるんだぜ、アタシら冒険者ってのは!


「ホノ! ギルドからの指示が来た!」

「派手にやれってよ!」

「いつでも行けるぜ!」


「よぅし! 此処で戦力を削ぐぞ! トラップ起動準備!」


タイミングを見計らう。

ノエル提案の、埋設させたトラップ。できるだけ多くの敵共を巻き込んでふっ飛ばしたい。

……まだだ。

まだ引き寄せる。もう少し……後少しだ。


「ーーー起動っ!!」


騎兵が並び、一団となった瞬間を狙い、トラップを起動させた。


「ぐわぁっ……!?」

「なんだ!?」

「足元が爆発して……!?」

「狼狽えるなっ!! この鎧がある限り我々は不死身!!」


魔力が爆発して、軍馬諸共に兵士たちを吹き飛ばす。

……物凄い威力だった筈だが、どうにも効き目は薄い。

鎧がどうたらと言っているあたり、兵士や親衛隊たちの着ている鎧に

何か仕掛けがあるのだろう。


「どうする? ホノ!」

「兵士どもは余力があるみてぇだな」

「ヤロウ……無駄にしぶてぇ!」


「……だったら」


むしろ思いっきり爆破してやるよ。

それこそ嫌になるくらいに。


「ガンガン爆破してやろう!」


「はっはー! いいじゃねぇか!」

「ははは! 大盤振る舞いよ!」

「よぅし! 起爆だっ!」


街道を通るのではなく、迂回しながら兵士が街の門を目指していく。

……そう来ることは予想済み。

悪いがその辺りにも。


「ま、またか……!?」

「えぇいっ! 忌々しいっ!」

「姑息な……!!」


トラップは沢山しかてあるんだ。

……おーおー! 派手にぶっ飛んで。まるでゴムボールだな。

お代わりは沢山あるから、遠慮なく吹き飛んでくれ。

それで死ななくても、痛みは感じる筈だ。……イライラも募って冷静さも無くす。


「……頃合いだな。よっし! 後衛にバトンタッチだ!」


起爆するのを止めて、兵士たちを街の門に誘導する。

次は後衛にバトンタッチ。

アタシらの仕事は一旦終わりだ。

街の裏門……と言っても急造の裏出口に、アタシたちも入っていく。


(頼んだぜ、リリア!)



「み、皆さん……! 配置についてくだひゃいっ……! あ……

か、噛んひゃった」


「おいおい、締まらねぇなリリアちゃん……!」

「ふふふっ むしろそこが良いのよ!」

「リリアちゃん、私ら全員準備はできてるよ!」


ギルドからの連絡を貰い、私は作戦通りに動きます。

私たちがするのは、決戦前に敵の戦力を出来得る限り減らすこと。


「弓の準備は………」


「万端!」

「いつでも撃てるぜ!」

「投石係もぶん投げる準備できてるよ!」


隠れ小屋……と名付けたこの作戦は、進軍ルートになっている地点にある家々に隠れて、敵の兵士たちに思い切り嫌がらせをすることです。


矢を射掛けたり、屋上から躍り出てヤニやタールを詰めた壷を投げつけたりして、嫌がらせをしていきます。


「わはははは! 腕が鳴るぜ!」


「ほっほ! ボウガンの踊り撃ちよ!」


ドランのおじ様と、ヴラムのおじ様が喜々としながらボウガンを構えます。訓練を積んでいない街の人たちでも、簡単に撃てるというわけです。


……本当はこれで大多数を仕留める予定だったのですが、鎧が特殊なようで。……果たしてどこまで効くのか。


「………! 皆さんっ! 来ました!」


苛立ちを隠そうともしない歩様で、兵士たちがやってきます。


「えぇい! 何だこの路地は!?」

「仕方がないだろう! ……この路地以外に通り道はない」

「奇怪な造りをしおってこの街はっ!」


奇怪な造り……というのは当たり前です。元はこのギルドの街。

かつて存在した、砦の街を用いたモノですから。入り組んだ配置の家々は元は駐屯していた兵士たちのもの。

敵の進軍を遅らせる仕掛けです。


「………っ! 撃ってくださいっ!!」


「わはははは! 一番乗りじゃぁっ!!」


「抜け駆けはさせぬぞドラン! そーら喰らえい兵士ども!!」


家々の窓に潜みながら、一斉に射掛けます。兎にも角にも撃って撃って、矢雨を降らせ続けました。


「ぬぅっ!? こ、小癪なぁっ!」

「しかし無駄よ! この鎧の前には!」

「ぐっ……だ、だが動けぬではないか!」


号令を出します。

………私、誰かに強く怒ったりとかしたことがありません。

……でも、今回は違うんです。

アルマさんを傷つける人に味方する人たちに……私はいっさいの容赦をしたくありません。


だから、思い切りやります……!


「タール、投擲してくださいっ!!」


屋上に待機していた人たちが、兵士たちのヘルムにめがけて、タールやヤニの詰まった壺を投げつけていきます。

……視界はこれで塞がりますし、鎧の隙間に入れば息ができないですよね?


「うわぁっ…!? 目、目がっ!?」

「い、息がっ……」

「へ、ヘルムを……」

「ば、バカモノ! 矢に射掛けられて死ぬぞ!?」

「ど、どけぇっ!!」

「お、おい! 敵前逃亡は……!」

「うるさいっ!! タールに塗れて死ぬなどごめんだぁっ!」


兵士たちが逃げ出していきます。

……でも、もうこの街に入ったなら逃げ道なんてありません。

進めばタールと、ヤニと矢雨に阻まれて。……戻ろうとすれば。


(ノエル……仕上げは頼みます……!)



「来ましたね、お馬鹿さんたちが。ふふふふふ、八つ裂きにしてあげますからね、ふふふふふ」


「ノ、ノエル様ご乱心……!!」

「ノ、ノエル様……? こ、怖いんでやめてください……!」

「ひぇっ………」


おっと、いけませんね。

……エリーニュス家の淑女たるもの。そして……アルマ様の第二夫人になる者として……はしたないことはできませんね。


「失礼いたしました……。……さて、見ての通り敵軍は半ば瓦解。恐慌状態で逃げ惑っています。……しかし、この街から生きて出す……おほんっ……! ……五体満足で出す気はありません」


「……どっちにしろ怖い……」

「……しっ! 言っちゃだめ……!」

「し、死ぬかバラバラになるかということですか……?」


本当は【酸】魔法を降り注がせてジワジワと溶かしてやろうかと思いましたが、余りに残酷な処刑……んんっ……! 

………残酷な処罰を与えるとアルマ様に嫌われかねませんからね。

手心に手心を加え、優しく酷く痛ましく……処罰して差し上げましょうね、うふふふ………。


「まさか、バラバラになどいたしませんよ。……全員、無属性魔法スキルを発動させなさい。……私に続いて!」


「は、はいノエル様っ!」

「い、行きます!」

「ぶっ放してやります!」


私の役目は、逃げ出そうとする兵士たちの掃滅。

もっとも、死なせるような火力で撃つ気はありません。完膚なきまでに叩きのめして、戦意を削いで投降させる。……後は、アルマ様が申し上げていたように。

………王都へと連れて行き、法の下に裁きを受けさせる。


これは、伯爵に対しても同じこと。

私刑ではなく、あくまでも法の下による裁きにアルマ様は拘っておられます。


………その優しさ。

あぁ、アルマ様っ………♡

貴方の妻たるこのノエル、貴方様のお気持ちに寄り添いますわ♡

ですから全てが片付いたら……今度こそ甘く甘美で砂糖菓子のようなメープル色の添い寝をっ!!

……うふっ……うふふふふふふ。


「ノ、ノエル様……?」

「カイ様直伝っ……! えいっ!」

「うっわ……いい音」


「へぶぇっ……!? ……失礼。……躍り出ますよ、皆さん!!」


隠れ小屋から躍り出て、私たち魔法使いと魔導士はワンドを構えます。


ぶつけるは、私の《プレーン・ブラストⅣ》を始めとした無属性魔法スキル。

思い切り吹き飛ばしてゴロゴロと転がしてやりますから覚悟なさい。


「魔法スキル発動っ! 《プレーン・ブラストⅣ》!!」


「スキル発動……! 《風妖精の強風Ⅱ》!」

「《エア・ハンマーⅡ》!」

「……《プレッシャー・スリングⅢ》!」


「ぬぅおっ……!?」

「魔導士どもめぇっ!!」

「ど、退けぇぇぇっ!!」


吹き飛ばされた兵士たちが、怒りに任せて剣を引き抜きます。

引き抜いて、私たちに向かって突撃してきました。


………ですが。

私には恐怖心も微かな焦りも何もありません。だって……アルマ様が敵の武具に何やら細工を施したと仰っていましたから。


何を恐れればよいのです?


「ぎゃっ……ぁっ………!?」

「か、身体がぁっ!?」

「鎧に張り付いて……っ!?」

「ぐぁぁぁぁっ………!?」

「た、助けてくれっ……!!」

「うわぁぁぁぁ!? 剣が……剣が指と……ぐちゃぐちゃにぃっ………!?」


………アルマ様の仕掛けたスキルが発動して、兵士たちはその場でのたうちながら叫びました。

拷問/暗殺スキル。

そのスキルによって……身体と防具が【繋がり】、鎧は皮膚となって包み込む。

武具は魔力が爆ぜて、握っていた掌と混ざり合っていた。


「………憐れだとは思いません」


伯爵に与してギルドの街に進軍したその罪は重いのです。

……お父様に汚名を着せたうえで謀殺し、アルマ様を散々に罵り下劣・下郎と呼んだあの男に、貴方たちは与した。


………私は絶対に許しませんし、慈悲なんてかけません。


「皆様方! 集合っ!!」


この場にいる、作戦に参加した全員を呼びます。


「この方々。……鎧のお陰で不死身だそうで」


「ほーぅ? そうかそうかぁ……」

「俺らぶっ殺しに来たんだ」

「覚悟はできてんだよなぁ?」

「殴り返される覚悟くらいはよぉ」


「ひっ……ひぃぃぃ………!?」

「ゆ、許してくれぇっ!!」

「お、俺達は投降する……助けてっ!!」

「や、雇われただけの私兵だ!」

「し、親衛隊の地位は捨てるっ!! 助けてくれぇっ!!」


兵士たちの前に、私はしゃがみ込みます。


「私の夫たる方は……大変にお優しい方です」


「な、なら……た、助けてくれっ!」

「お、お願いいたします奥方様っ……!」

「お、お許しをっ!」

「ひぃぃぃっ………!」


そう。

アルマ様はお優しく……それが甘さになる時があります。

……そこが私、堪らなく愛おしいのですがね。

であれば、です。


「ーーーふふっ、ですが私! 

夫ほど優しくはありませんの!」


…………妻が支えて担って差し上げなくてはいけませんね?


「アタシの大事な……大っ事な師匠を散々に馬鹿にしてっ……!!」


「わ、私ぃっ………!! お、怒ってますっ!! いっぱい……いっぱい怒ってますっ!!」


容赦はしません。

……徹底的に。


「ーーー突撃ぃっ!!」


「うわぁぁぁぁぁぁあっ!?」


………アルマ様、ひいてはこの街に敵したこと。後悔なさい。



愛刀を引き抜き、ボクは。

……いいえ、私……カイ・エリーニュスは。一人の冒険者として。

……また、一人の貴族としてその場に立っていた。

場所は噴水の広場。ダンジョンから現れるであろうモンスターたちを、迎え撃つ。


「カイ様、ポーションも準備万端! 長期戦になろうが持ちこたえられますよ!」

「モンスター共……いつでも来やがれってんだよ!」

「最高の武具と防具! ……負ける理由はねぇっすよ!」


負けられない。

モンスターたちが幾ら現れ出ようとも、私は膝を付くことはできない。

……けれど、滅びゆくような面持ちで戦うのでもない。


「よし。……武器を構えよ!! 丹田に力を込め、背筋を伸ばして迎え撃つ!!」


“既に勝利した者”として、私はモンスターたちに挑む。


(アルマさん……)


瞼の裏に描くのは、恋い焦がれた愛しい勇士の横顔。

一度だけ瞼の裏に描いて、私は両目を見開く。気合を入れる。

全身に喝を入れ、丹田に力を回す。


「今、アルマは……アルマ・アルザラットはダンジョンへと潜っている」


伯爵との直接対決のために、アルマさんは今。……たった一人でモンスターの犇めく死地へと潜っていた。

実力は信頼している。

きっと彼ならば、伯爵の野望を打ち砕いて生還するだろうと。


だから、私が唄うのは。


「どうか誰一人として欠けることなく生き延び。……この街の為に死地へと赴いた彼を、迎えて欲し

い!!」


誰一人として欠けることなく。

命を落とすこと無く戦い抜き、この街を守れと叫ぶ。

……彼が帰ってきた時に、彼のための居場所があるように。


彼の身体を。

それ以上に、心を抱きしめる人々がいるように!


「ーーーーーー!!」


咆哮が響き、モンスターたちの群れが現れ出る。生まれながらに燃え、苦悶の叫びを上げながら未だ生命力を残す群れが此方に向かって殺到する。


お膳立ては十分すぎる。

……ここまで念入りに。

こらからモンスターたちと戦い合うことになる私たちのために、備えをしてくれたんだ。


「ーーー突撃ぃっ!!」


……勝つ。

勝って、すべてをこの手の中に取り返し。……貴方との未来、勝ち取ってやる。



響き渡るモンスターの咆哮。

剣を振れば当たる距離に犇めく、

神話の異形。人が立ち入ることを許されない領域に、俺はまた帰ってきた。……隣には誰もいない。

たった一人で、俺はここにいる。

俺自身の過去と、師匠の無念を晴らす為に。


そして何より、今を生きる者たちの明日を………守る為に。



「…………」


全身を包み込むのは、暴風が如く吹き荒ぶ魔力だった。

身を焼き、身体の内部からこの身を壊すような膨大な魔力量。

……7年前と同じだ。

止まったままの俺の時間を。

……今、進める。“立って、歩け”。

立ち止まるなと俺の主は命じた。


「ーーーっ!!」


ならば進む。俺は進み続ける。

何びとたりとも、俺の征く道を阻ませはしない。


俺のこの道を。俺が進むべきこの道を。

………俺が主、カイ・エリーニュスの覇道を切り拓く……!!


「退けっ!!」


短剣を振るう。

一振りで、目前に迫ってきていた竜の首を刎ね飛ばす。


「邪魔だぁっ!!」


天を衝くようなな鋼鉄の巨兵が、その拳を振り下ろす。連撃スキルを発動させて、拳から。……腕先から粉微塵に切り刻んで破壊する。

図体が大きいだけのデカブツになど、俺の敵ではない。


「ーーーー!!」


叫ぶ。

大きく、力を込めて叫ぶ。

血糊を振り払い、モンスターの群れの只中へと吶喊する。


灼熱の業火を吐く竜を。

大地を粉砕する鉄の巨兵を。

天空を舞い支配する魔鳥を。

殺到する不死者の兵士たちを。

古の神々を思わせるような魔神さえ。


俺を止めることなど出来はしない。


「バラムっ………ヴールゥゥゥゥゥゥゥゥっ!!」


全て斬り伏せた。

全てを芥へと変え、鏖殺を以て突き進む。

立ち止まっている暇はない。

目指すは………バラム・ヴールの“首”。


「……………」


肩を喘がせて、呼吸を繰り返す。

……第14階層を突き抜けて、俺は。

かつて辿り着き。

……そして、かつて全てを。

ちっぽけな俺の目に映る、この世界の全てだった師匠を。

……ガルスを……ルディンを失った場所へと帰ってきた。


第15階層。

師匠たちが命を賭して挑み、命を散らしたその場所へと。


「…………」


感慨は無い。

既に没した死者を想い、呼びかける言葉は俺にはない。

……未来へと進むために。

過去を………今ここで振り切る。


「…………!!」


玄室の扉に手を掛ける。

そうして………扉を開けた。



「………待っていたぞ、アルザラット……!!」


そこは、広く伽藍堂な空間だった。

どこまでも広い玄室。

その真ん中に……強大な魔力が吹き荒びながら渦巻いていた。


あれが……ダンジョンの核というものだろうか。

ダンジョンの心臓であると伝え聞くモノ。……この目で見るのは……初めてだ。


「バラム・ヴール」


「……貴様の……貴様のせいで……この儂の計画は台無しだぁっ……!!」


その核の下。

……迷宮の支配者となり、この勇者の王国を支配せんと欲した愚か者と対峙する。


バラム・ヴール。

エリーニュス家から全てを掠め取り……師匠たちを死地へと追いやった張本人。


「7年だっ……!! 儂はっ!! 儂は7年の歳月をかけてこの計画を練り上げたっ……!!……それが……それが貴様ごとき下劣な平民にも劣るムシケラにぃっ………!!」


「ムシケラ、ムシケラと。……人を見下すかバラム・ヴール。……蜂の一刺しで人は容易く死ぬ。……貴様の計画もそうだ」


「黙れぇっ!! 黙らぬかこのムシケラがぁぁぁぁぁぁっ!!」


「…………ふっ……ふっくく………ふふふふふふふふ」


笑いがこみ上げてくる。

……余りにも滑稽で、余りにも目の前の男が哀れに思えて。


そうして、怒りが爆発して。

………笑いとなって喉奥から溢れ出る。


「何がおかしいっ!? 笑うなっ……!! 笑うのをやめろぉっ……!!」


「ははははは!! ……はぁっ……くくくくく………はははは……はぁ。

………ますます以て滑稽だな、バラム・ヴール。お前は確かに計画を立てたが」


俺は自身のこめかみを、人差し指でつつく。


「ココが余りにもお粗末だったようだな、バラム・ヴール伯爵殿? 

……くだらん犬どもを飼い、身の丈にあった傲慢さで満足していればよかったものを。……あぁ……! 王国に反逆したものは……法によれば一族郎党……“犬”も同然な扱いで処されるらしいな」


「ぬっ………ぐっ……ぎぃぃぃっ……!! 黙れぇぇぇぇぇっ!!」


「ーーー犬語で話してやったほうがいいか……? はははははは!!」


バラムが絶叫を上げる。

気が触れたような、獣の吠え声にも似た絶叫を上げて、自身の頭を掻きむしる。


「ふっふふふ………こ、こ、殺してやるっ………殺してやるぞ……こ、この薄汚い暗殺者風情めがぁぁぁぁっ!!」


バラムが腕を魔力の渦に向けて掲げる。……瞬間、奴の指に嵌められていた指輪が妖しく光る。

……玄室内が、激しく揺れだした。


「ふっ……ふひひひひっ………!! 貴様を……そうだ……貴様さえ殺せれば……ば、挽回はできるっ……!! 貴様が師と仰いだあの女や……下劣な騎士と僧侶のように死ぬが良いっ……!!」


渦巻いていた魔力が、弾けながら黒々とした魔力風と共に吹き荒ぶ。

ただ中空で渦巻いていた筈のそれは、一つの形になろうと蠢く。


……召喚する……いや、創り出す気なのか。

このダンジョンの“王”とも言えるモンスターを……?


「ふはははは!! ……この《指輪》を用いれば……ふくくくははは容易いことよ……! 貴様の師とかつてのパーティーメンバーを屠ったモンスターを。………このダンジョンの主たるモンスターを今ここに生み出してくれるっ……!!」


異様な……混沌めいた咆哮が玄室内を震わせる。

生み出されゆくそれは……いや、もはや邪悪な神の顕現とも言えるだろうか。


『ーーーーーーー!!』


「おぉ、悍ましいっ!! なんと悍ましく……禍々しいモンスターかっ……!! これこそ……これこそが滅びの化身っ……!! 目に焼き付けるがいい暗殺者よっ!! これが……貴様を殺し、我が野望に楯突いた貴様を屠り裁く“神”だぁっ!!」


それは、キメラだった。

多数のモンスターの特徴を併せ持つ、巨大なキメラモンスター。

滅び去った邪教の教団が信奉していた邪神が如き、禍々しい怪物。


「ふはははは! 恐れ聞けっ!! ダンジョンの主は……あらゆるモンスターの特徴を持ち……それにより翻弄する最悪のモンスター……!! そのレベルは……200にも達するっ!! ……貴様が幾ら強かろうが………勝てるわけなどーーー」


なるほど。

……師匠たちが相討ちになった理由が、よく理解できた。

あらゆるモンスターの特徴を奴は持つ。……師匠たちでは分が悪かったのだ。


王国最強のパーティーであったとは言え、あくまで専門は対“人”。

……俺のような。

ーーー対“モンスター”に特化していなかったのだ。


「あらゆるモンスターの特徴を持つ、か」


「そうだぁっ!! 恐ろしいかぁ?

恐ろしくて声も出せまいっ!!」


………そうだな、恐ろしくて声も出せないよ。

………お前の愚かさに。


(《破鋼追葬Ⅳ》、《死霊追葬Ⅳ》、《爬蟲追葬Ⅳ》、《竜魂追葬Ⅳ》、《植茂追葬Ⅳ》、《百獣追葬Ⅳ》、《猛鳥追葬Ⅳ》、《災魔追葬Ⅳ》、《妖魔追葬Ⅳ》、《偽神追葬》………駄目押しと行くか)


特攻スキルを連続発動して、俺は跳躍スキルで跳び上がる。


(《爆鎖の刃Ⅳ》、《斬撃強化Ⅳ:連撃》、《致命の傷Ⅳ》、《惰弱な鎧Ⅳ》、《編纂魔力Ⅳ:刃》《写せ身の呪印Ⅳ》、《巨獣殺し:Ⅳ》、《斬撃強化Ⅳ:連撃》、《黒猟犬の鉄槌Ⅳ》、《破断強化Ⅳ》、《ラッキー・ヒットⅣ》、《孤軍の覇気Ⅳ》、《モンスター・ハントⅣ》)


駄目押しに、攻撃補助スキルを重ね掛けして。

………奴の急所を狙う。


神が如き力を持つとしても、モンスターの範疇にいるのならば生き物と代わりはない。

首に当たる部位を狙い、短剣を振った。


「…………1分………か」


「…………………は?」


異形の首が落ちる。

………なんともまぁ……呆気ない。

ダンジョンの主とやらは。

………魔力を撒き散らしながら、消えていく。………残ったのは。


「なっ……あ……ひっ………あぁ……ゆ、指輪が……っ!? わ、割れ……!?」


一振りの短剣。

………師匠の《溝鼠の黒牙Ⅱ》。

その片割れだった。


「さて、伯爵」


「ひっ……あぁぁあ………っ!? く、来るなぁっ!! こ、この化け物めぇっ………!?」


「ーーー犬として処される、心の準備はいいか?」



転移アイテムを使い、俺は街の広場へと戻った。………戻って早々に。


「アルマさん………!」


「アルマ様っ!!」


「師匠っ!!」


「ア、アルマさん………!」


カイたちに、思い切り抱きつかれた。……4人の頭を、俺は撫でてやる。その4人の後ろに付くのは。


「……おかえりなさい、アルマさん」


「ただいま、シェリン」


シェリンだった。

……不思議だ。たった一言。

……“おかえりなさい”と言われただけなのに……嬉しく感じる。

俺には帰る場所があるのだと……思い出させてくれるのだ。


「アルマ兄さんっ!!」


「アルマの旦那ぁっ!!」

「うぉぉぉぉぉ!! さすがはアルマさんだぁっ!!」

「ギルドの街の誇りだよ、アンタはっ!!」

「俺達……俺達、勝ったんだぁ!!」


「皆………! ……無事で良かった。全員無事だな?」


周りを見回す。

……見回して、気が付いた。

見知った顔が二人……いなくなっていると。


「アルマさん………」

「……ぐすっ……二人……ドランのオジサマと……ヴラムのオジサマが………っ!」

「名誉のっ!!………ずびっ……名誉のぉっ……!!」


回復士たちが近づいてくる。

………まさか。

二人が………? 親父たちが、まさかっ……!?


「ーーー名誉のギックリ腰ですっ!!」


………おい、クソジジイ共?


「おーいてて………!」


「ぐぬぬ……やはり老いには勝てぬか……!!」


担架で運ばれてきたのは、ギックリ腰になったドランの親父さんと、ヴラムの親父さんだった。

何が名誉のギックリ腰だバカヤロウ。


「年寄りのなんとやらだよ、2人共………」


「うるせぇっ!! あだだだ……!?」


「ぐっ………むっ……ぉぉぉ!」


「………まったく。………ははは。……心配かけさせて」


改めて、この場にいる全員を見やる。誰一人として欠けること無く、この場に居た。

ギルドの街の全員。

そして、この街を守ろうと奮起した冒険者たち全員が揃ってここにいる。


「アルマさん。……バラムは……」


「あぁ、カイ。………あそこだ。縛って転がしてある」


片隅に転がしておいたバラムは。

……もはや悪巧みができる状況ではない。


「ひぁっ………ぁぁっ………ばけもの……ばけものぉっ………あっ……ぁぃぃぃぃぃぃぃっ………!?」


「………少し怖がらせ過ぎたみたいでな。……まぁ、国王陛下の前に連れ出される時は、無理矢理にでも正気に戻されて証言をさせられるだろう」


「………そうですか。……ついに……ついに終わったのですね」


「あぁ。……これから忙しくなるぞ、カイ」


エリーニュス家の汚名は雪がれ、直にカイは女侯爵としてエリーニュス家の当主となるだろう。

そうなれば、片付けなくてはいけない仕事で………てんてこ舞いになる。

……むろん、俺はこれから先一生。

カイの臣下として支えていくつもりだ。


「そうですね、アルマさん。……さて、まずは」


「………まずは、王都にーーー」


「ーーーまずはアルマさんとの入籍ですね」


「…………………はい?」


…………は?


「おぉ、たしかに!」

「宴開くより先にやんねぇとな!」

「えーっと……4枚用意すりゃいいのか? 婚姻届は」

「いや、第二婦人とかを記入するとこあるから、一枚でいいぜ」


婚姻届……!?

4枚!?

なんだそれは!? 何の話をしているんだ皆は!?


「アルマ様?」


「ノ、ノエル……!?」


「指輪ぁ。……受け取りましたよね? 私から♡」


「う、受け取ったが……?」


「それ、貴族の間では婚姻の証です」


「はぁぁぁぁ!?」


いや、だったら返すが!?

……ノ、ノエルき、君は何を考えて……!?


「あっ、返すのでしたら私は受け取りません。……なので婚姻は有効です、ふふっ」


暴論が過ぎる!?

待てよ待ってくれ!?

俺はカイともノエルとも結婚する気は無いが!? あ、あ、あくまで家臣として仕えてだなぁ!?


「つってもよぉ……カイ様に釣り合う男なんてアルマの旦那しかいねぇよなぁ?」

「王国転覆企てた伯爵を捕まえてなぁ?」

「なんならダンジョンの完全踏破。………人類史上初の大偉業成し遂げてるしな。申し分ねぇよ」

「むしろ他の男じゃカイ様に泥塗ることになるよなー………」


いやいや!?

釣り合うってなんだよ!?

……そもそも俺は平民だ。

貴族のカイとはどうしたって釣り合わんだろう!?


「い、いやだから俺はだなぁ!?」


「……はあー……仕方ないか。アルマさん、ちょっと。フード・ヘルムを外して屈んでください」


「カ、カイ……? な、何を……」


言われるがままに屈む。

屈んで。


「………!?」


「…………んちゅっ………」


…………カイの唇が。

俺の唇に重ねられた。

思考が停止する。考えろ、言い訳を。逃げ出すための言い訳を考えるんだ、俺。考えるんだアルマーーー


「ひゅーひゅー!」

「俺たち全員見ちゃったぞぉ!!」

「ここで逃げたら男が廃るよなぁー!!」

「おーい、早く婚姻届取ってこい!!」


どうしよう。

…………ははは、逃げられないや。


「なっ…………あ………カ、カイ……」


「強引な真似をしてごめんなさい、アルマさん。………でも」


「…………えっ?」


「ーーー侯爵の唇、奪ったんだからお嫁にしてくれないと許しません♡」


いや、奪われたのは俺なのだが!?

カイ・エリーニュス。

そして、ノエル・エリーニュス。

………なんと恐ろしい姉妹かっ……!!


「ぐぬぬぬ………フ、ファース・トキスはお姉様に譲りましたがっ……それ以外は私がっ……!!」


「師匠っ!! ア、アタシもお嫁に貰ってくれぇっ!!」


「わ、わ、わ、私もぉっ!! 

……た、たまに会う程度の側室さんでもいいですから……お、お願いします……!」


ホノ……!?

それに、リリアまで……!?

………お、俺はいつの間に……そんな感情を抱かれていたんだ………?

全く……気が付かなかった。


「あのー、ノエルさん。お妾さんの枠って空いてます?」


「まぁ、シェリン様! お妾だなんて……! 第五婦人の枠に入ってくださいな」


「じゃぁ、お言葉に甘えて!」


「こらそこぉ!? 何を勝手に話を進めてめるんだぁっ!?」


「あっ……申し訳ありません、アルマ様。勝手に家族計画などを立ててしまい………」


そっちじゃないが!?


「もー、うだうだうるさいっ! アルマさんは黙って私たち全員! ……お嫁に貰えばいいんです!」


「俺の意思は!?」


「無視します!!」


「バカシェリン……!?」


こうして、ギルドの街と。

勇者の王国を揺るがそうとしていた大事件とは、収束した。

収束………したの……だが。


「末永くお願いしますね、アルマさん?」


「アルマ様……いえ、貴方様♡」


「師匠………う、ううん……! ア……アナタ………うわぁ! 照れくさいっ!?」


「よ、よ、よ、よろしくお願いしまひゅっ……!!」


「末永くお願いしまーす、アルマおにーちゃんっ♡ えへへ……」


止まっていた俺の時と人生とは。

………とんでもない速度で動き出してしまったな。………ははは。


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