第20話銀髪姉妹は愛が重いようです
「師匠、いま何してんのかなー」
「うーん……宿屋で休んでるんじゃないかな? 〈溝鼠の黒牙Ⅱ〉はボクたちが持っているし」
隣街への道中、私たちは歓談に花を咲かせていました。
むろん、話の種はアルマ様のことです。話の中でアルマ様のお名前を聞き……こうして時おり瞼を閉じて。
私はアルマ様のお顔を思い浮かべるのでした。
(お使いが上手くいったら……)
ふわふわと頭の中にイメージが湧いてきます。脳髄の奥までアルマ様の声で染められた私です。
……アルマ様の“声”を脳内に響かせるのも容易いこと。
『ノエル、よくやったな』
『ノエル……会えなくて寂しかった』
『君がいない夜は……星空に君の顔を浮かべていた……』
アルマ様がいっぱい……ここがヴァルハラというものですか。
勇ましくお使いに行った甲斐がありました。
『頭を撫でて欲しい? ……そんなことだけで……満足なのか?』
あぁ……いけませんアルマ様……!
『その小さくて……少しわがままな唇……塞いでしまおうか』
アルマ様……うふふふ。
「ふふっ………うふふふ……ちゅぅー……」
「ノエルー? おーい、ノエル? 帰っておいで、ノエル」
「あいたっ!? ……いたっ!? や、やめてくださいお兄様!」
側頭部をペシッと叩かれて、私は現実へと引き戻されました。
くっ……あともう少しでしたのに。
「頭の中でキスされても意味ないでしょ」
「なっ……!? なぜわかったのですか、お兄様っ……!」
私の甘美な夢……否。
アルマ様との将来設計がなぜわかったのですか……!?
……最終的には互いの薬指を縛り合う関係になる予定ではありますけれどね、うふふふ。
「妹が虚空に向かって唇突き出してたら嫌でもわかるよ。空気とキスしてる暇があったら歩こうね」
空気とキス……言われて思いましたが、なんとも間の抜けた光景ですね。
……いけない、ファーストキスを空気に盗られるところでした。
「ありがとうございます、カイお兄様。……唇を守ることができました」
「何を言っているんだか……。ついでに毎夜毎夜、どんな夢見てるか知らないけど、枕に向かってキスするのもやめてくれ……」
待ってください、毎夜!?
残念ながらどんな夢を見ていたのか、朝には忘れてしまっています。
これからは、覚えていられるように鍛錬しなくては。
「おーい、ノエル! カイ! 置いてくぞー!」
「こ、こっちでーす! さ、先に行ってまーす!」
はっ……!?
もうあんなに離れた場所に!?
視線をカイとリリアの方に向けると、もう数十メートル先に行っていました。
「ぼーっと立ち止まっているからだよ、ノエル………」
「ぐっ……ま、待ってください! リリア、ホノ!」
リリアとホノを追いかけて、私は駆け出しました。
……足腰が強い盗賊のホノはわかりますが、同じ後衛ジョブのリリアもなかなかに体力がありますね。
あんな歩きづらそうな法衣なのに、ひょいひょいと進んでしまうのですから。
「リリア、色々と変わりましたよね、お兄様」
「アルマさんのお陰だね。……ボクたちも実力を着けられたし」
隣を歩くカイお兄様の……。
お姉様の顔色は、どこか浮かないものでした。
「お姉様」
「………ノエル?」
立ち止まって、お姉様が私のことを見ます。少々ばかり浮ついていた私ですが、大切なお姉様の異変くらいは感じ取れます。
「どうかなされたのですか」
「…………」
一拍、間が空いて。
「ねぇ、ノエル?」
「なんでしょうか」
「アルマさんのこと、好きかい?」
尋ねられた質問に、思考が止まりました。どういうことなのでしょう?
なぜ、そんな質問を……?
「当たり前です」
「そう。……私もね、ノエル?
彼のことは好きよ。どういう好きなのかは……自分でもわからないけど」
ゆっくりと歩き出した……カイお姉様の後に、私も続きます。
「私たちのことを助けてくれたし、優しい言葉で力づけてくれて。
……話してみると、意外と茶目っ気のある人で。
好きにはなれど、嫌いになんてなれない」
「…………」
口を噤んで、言葉を待ちます。
「だから、アルマさんのことを助けたいと思う」
「助け……? アルマさんに助けなんて」
「ーーー彼は何かを抱えている」
「何か……?」
「行動に違和感、感じたことはなかった?」
記憶を辿って、お姉様の言う“違和感”なるものを探す。
アルマ様の違和感………?
「私が初めてあった時」
少し、また少しと。お姉様は話します。
「顔色は、あまり良くなかった。……乱雑に拭った汗粒が、額に残っていたの。……悪夢でも見ていたように」
耳を傾けて、鼓膜の奥で咀嚼した情報を頭の中で纏めていきます。
「あのイルムパーティとの決闘でもそうだった。………あそこで、私の中の違和感が膨らんだわ」
「………違和感」
「一撃でイルムを蹴り飛ばしていた。それだけじゃないわ。
………アルマさんがディルハムに脇腹を蹴られるような隙を、晒すわけがないでしょ?」
「なら……手加減を……? わざと負けようと……? 甚振られるままひ?」
「そうなるわ。……自己犠牲が過ぎる。かと思えば、どこか世捨て人みたいで」
くるりと、お姉様が此方を向いて。
「……誰かの師匠役になるのを、使命だと感じている一方で。
いっそ全部捨ててしまいたいと思っている。……そんな彼が」
困ったように眉をくゆらせて。
「私は愛おしく思えてしまう」
……微笑みながら、そう呟いた。
妖しさも、艶事まがいな響きもなく。至極当然のことを言うかのように。
「愛おしい……ですか。“この好きがなんなのか”云々言っていたのは嘘ですか、お姉様」
「んー……なんて言えばいいのかしら。いっそ彼を繋ぎ止めて、二人きりで居たい感じ。わかる? ……もう良いんだよって抱きしめてしまいたい」
人のことをぞっこんだの、お母様似だの何だのと言ってきたけど。
………お姉様も大概じゃないか。
「だからリリアとノエルがちょっと羨ましいかなぁ。
ほら、私ってそんなに発育に恵まれなかったし。
……窒息させるくらいに全身を感じてもらうこと、できないから。
……ふふっ」
胸元に手を当てて、困り笑いでお姉様は言います。
一歩下がった風にアルマ様に接していたのは、そういうことですか。
私の空想を邪魔したり、そっけない風を装って……まったく。
「と、まぁ……その。
男だと皆に偽っている私が言うんじゃ、烏滸がましいかもしれないわね……」
「……さぁ、どうでしょう? 私にはわかりかねます」
「………時期が来たら。
いつか皆に伝えないとね。
それまでは……あら?」
「んもぉー!! 遅いぞ!?
早く来いって二人ともぉ!!
置いてくぞ本当にー!!」
「カ、カイさーん……! ノエルさーん……! 無事ですかぁー!」
少し小高い丘から、リリアとホノが呼んでいます。走っていかないと、いい加減ホノが怒ります。
「行きましょう。……カイお兄様」
「そうだね。……ボクたちのせいで待たせちゃったし」
駆け足で、リリアとホノを追いかけます。アルマ様への想いは、今は胸の奥に秘めておきましょう。
……お使いを終えたら、たっぷりと。
それか、今夜はお姉様と存分にアルマ様のことを語り明かすのもいいかもしれませんね、ふふふ。
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