第21話陰謀に気づくアサシン

(あの連中か、直属の魔道士というのは)


第3階層に潜り、西‐11の玄室を。

〈邪毒のコカトリス〉が現れた場所を目指した。足元の石畳に広がる水溜りが、今日は心做しか多いように思える。


ダンジョン内部を構成するものは、全て魔力だ。水溜りや石ころ、瓦礫の欠片といった“オブジェクト”さえ、例外なく魔力で編まれている。


(水溜りが多いというのも、無視はできない。……魔力がいつもより多くなっているということになる)


物陰に隠れながら見やると、

玄室の前の扉にヴール家直属魔道士……とやらが数人。

立っているのが見えた。魔道士のマントの留め具が、ヴール家の紋章を模ったモノになっている。


(………?)


なぜわざわざ、この玄室の前に

来たのだろうか。ギルドには通常通りに運営させ、その裏で調査を……とも考えられるが……どうやら違うらしい。


(………糸の罠か。掠ったら死ぬようなものをあちこちに……)


《盗掘者の生存眼Ⅳ》と《アルケニーの蜘蛛足Ⅳ》、《獣の察知本能Ⅳ》の3つの罠感知スキルを使い、罠を可視化した。


周辺に張り巡らされていたのは、高密度の魔力で造られた“糸の罠”。

知らずに通れば、身体がバラバラになる。


……ただ調査をしに来ただけなら、ここまで物々しい罠を張る必要はない。近づく者は、問答無用で殺す……とでも言いたげだ。


(スキル発動………! 《偏光四肢Ⅳ》、《色彩獣の偽皮Ⅳ》……《柔脚獣の歩様Ⅳ》、《家猫の忍び足Ⅳ》、《大盗賊の躱し御足Ⅳ》)


透明化魔法スキルと、罠回避強化スキルを連続発動する。

魔法防御スキルで底上げして、そのまま押し通ることはできるが……こういう罠には鳴子としての役割もある。……交戦を避けられるのなら、その方がいい。


(ふ………むっ…………!)


糸の罠の隙間を潜っていく。

スキルで靭やかにした全身を上手く使い、避けながら進む。

器械体操のような動きで、避けていった。


(抜けられたな……。……さて、盗み聞きさせてもらうぞ)


魔道士たちの会話に、耳を済ませる。透明化スキルは、魔力をかなり使う。あまり、長居はできない。


「西‐11。ここは設置完了です」

「ご苦労だったな。……第5階層の北西‐23は?」

「完了とのことです。問題は、第11階層の南東‐18が………」

「連絡が途絶えたのか」

「……はい」


玄室の番号。

どの番号にも聞き覚えがある。

全て、エリアボス級のモンスターが現れる場所だ。

そんな場所に押し入って、何を設置したと……?


「ちっ……まぁいい、俺たちの知ったことじゃないからな。……東‐8は?」

「〈群れなす呪い溝鼠〉の玄室でしたね。完了しています」

「第6階層の〈魔喰の骸骨兵士〉が沸く地点にもだったな。……何人死んだ?」


大量にモンスターが沸く……ウェーブが発生する玄室と、エリアボス級の玄室とを選んでいるらしい。

何人死んだ……とは不穏な物言いだ。


「報告によりますと、20人ほどが。……もうこのままじゃ、自分らに回ってきますよ……?」

「逆らえば家族諸共に”事故死”だぞ?……やるしかねぇんだよ、やるしか。……おい! 次は第4階層だ!」


(……伯爵は何かを企んでいる)


魔力探知スキルで、第3階層の魔力の流れを確認する。……やはり、幾らか強い揺らぎがあった。今は安定しているが、異様に高まっていた痕跡がある。


(設置したものに原因があるかもしれないな。……あるいは、もっと前から何かダンジョン内に細工をしていたか)


前々から裏で何かの計画を進め、

今回の異変に繋がった。

……そう考えるとこともできる。


いずれにせよ、伯爵の命令で魔道士たちが何かを設置して回り……拒否するか逃げ出せば“事故死”させられるのだ。

碌なものではないだろう。


「本当に上手くいくんですかね?」

「何が?」

「ほら、例の。

……〈ダンジョンマスター計画〉ですよ。……そりゃ、上手く行けば俺等もお溢れに預かれますけど」


(〈ダンジョンマスター計画〉……?)


耳慣れない言葉だ。

ダンジョンマスター。

……ダンジョンの……支配人?

ダンジョンを支配してどうするつもりだ、伯爵は。


(………魔力がそろそろ心許ないな。……一旦ここは離れよう)


その場を離れ、俺はギルドに戻ることにした。



「おう、帰ったかアルマ」


「親父さん……? 何でここに」


ギルドに戻ると、宿屋の親父さんが待っていた。冒険者ではない親父さんがここに来るのは滅多にない。


たまに、宿代を溜め込んでいる冒険者への催促のために来るくらいだ。……となると。


「シェリン、君が呼んだのか?」


「えぇ、まぁ。……宿のおじ様なら信頼できますし。相談役ってことでお呼びしました」


「あんな変異した素材見せられたんだ。首、突っ込ませて貰うぞアルマ」


「……宿はいいのか?」


「いいんだよ、どっかのアホタレがとんでもねぇ量の金塊をくれやがったんでな」


現時点で異変を知っているのは、俺たち3人と……後はギルドの回復士や職員けだ。

まわりにも周知させたいが、下手に動けば街に混乱を呼んでしまう。


「んで? どうだったんだ、アルマ」


「……場所を移そう」


シェリンに伝えると、他のギルド職員と目配せをし合う。

職員の休憩室に入れてもらった。

テーブルを囲んで座り、状況を纏めていく。


「よっこらしょっと。……こんな場所で話すってこたぁ……よっぽどアレか」


「まぁな。伯爵は何かを企んでいるらしい。〈ダンジョンマスター計画〉とか言ってな」


「〈ダンジョンマスター計画〉、ですか。……なーんか……ヘンな響き」


「迷宮の支配者計画……なんて言い方すると、仰々しくなるぜ。シェリンの嬢ちゃん。……伯爵のアホゥはダンジョンを私物化するつもりか?」


「私物化するって……なんのためにそんなことを……?」


「……この街はダンジョンで潤っている面もある。魔力を上げて、より価値の高いドロップアイテムが出るようにすれば……さらに儲けが期待できる」


街の主な収入源は、やはりダンジョンでドロップする貴重なポーションや武具だ。モンスターが落とす素材も、モノによっては好事家が高値で買う。

そうして得た街の収入の一部は、ギルドを通して領主……つまり、ヴール伯爵の懐に入っていく。


「より強いモンスターが多くなれば、それだけで………ん?」


顔を上げて見ると、シェリンと親父さんが微妙な顔……をしながら俺を見ていた。微妙というか……少し……引かれている……? なんだ、何か変な事を言っただろうか。


「あのなぁ、アルマ。それぁオメェ、強者の理論って奴だバカタレ」


「………は?」


親父さんに続いて、シェリンが眉間に指を当てながら口を開く。


「えーっとですね、アルマさん? よく聞いてくださいね? ……ダンジョンのモンスターが強くなったり、ヤバい罠が作動するようになったらですね?」


「………うん?」


「ふっつぅーの!! 冒険者は死んじゃいます!! ……アルマさんだけですよ、それで素材やら何やら手に入ってハッピー!……って発想になるのは」


シェリンめ……。

……人を異常者みたいに言いやがって。


「嬢ちゃんの言う通りだ。モンスターが強くなったら、逆に冒険者たちが殺される。殺されたら、戦利品が市場には出回らなくなる」


それに、と親父さんが言葉を続ける。


「貴重な素材は数が少ねぇから価値があんだよ。飽和状態になったら価値が下がんだろうが」


「………確かに」


なら、伯爵の目的は金ではないということか?


「手詰まりだなオイ……うーむ。他に何かねぇのか、わかったことは」


「他には、か。

盗み聞いた限りでは、ウェーブが発生する玄室とエリアボス級の出現する玄室とに、何かを設置しているらしい」


「設置ぃ? 何をだよ」


「それはわからん。玄室に入ろうにも魔道士たちがいたし……なんなら、近付いたものが死ぬような魔法糸の罠まで仕掛けられていた」


「近づいたら殺す……って言いたいみたいですね、それ。アルマさんなら押し入れません?」


「シェリン……時々思うが、君は俺を万能の便利屋か何かと勘違いしていないか?」


「えっ? 違うんですか?」


そんな訳あるかバカシェリン。

俺にだってできないことはある。

……玄室に押し入るのはまぁ……やろうと思えばやれるが。

だが下手に押し入って何もありませんでした、では目も当てられない。


「ウェーブに……エリアボス級、か。……なぁ、アルマに嬢ちゃんよぉ」


「まったく、本当に君はバカだな。………んん……? どうした、

親父」


「だぁーれがバカですか、誰が!?……ほぇ……?」


親父さんの顔が、険しいモノになる。微かに額に浮いた汗粒を拭い、小さく呼吸を繰り返す。

その様子に、俺とシェリンは突き合わせていた頭を離した。


「俺ぁ……とんでもねぇことに気付いたやもしれん」


「………どういう……?」


「……おじ様……?」


「ウェーブ……つまり、バカみてぇな数のモンスターが出てくるってことだな。そんでもって、エリアボス級の部屋。……『掃滅戦』の時もそうだったよな」


まさか。

……伯爵の狙いは、より多くの金銭を得るためでもなく。


「あのヤロウ……『掃滅戦』を再現する気じゃねぇだろうな……!?」


ーーー7年前の『掃滅戦』を再現しようとしている。


「そ、そんな!? な、なんでそんなことを!?」


「………ダンジョンを支配することは、ダンジョンの魔力を支配すること……とも言えるよな、二人とも。その魔力を外部に流したら、どうなる?」


モンスターは魔力によって生み出される。

そして、性質は多々違えど魔力というものはこの世界に空気のように溢れているものだ。


傷を癒やす魔力。

物体を破壊する魔力。

創造の魔力。

5属性を統制する魔力。

……モンスターを生み出す魔力。


何らかの方法で、伯爵が支配下に置いたダンジョンの魔力を外部に流せれば。

……モンスターを生み出すことのできる魔力を、外部にばら撒くことができれば、だ。


「ーーー国家、転覆……? 伯爵様は……この国を乗っ取る気!? モンスターの“軍団”を使って……!?」


「おいおいおい!? ……そんな、バカげたことを……ヤロウ……やる気なのか……!?」


一つの王国を滅ぼすことも、容易い。

『掃滅戦』で起きた事象を再現し、それを下にこの王国を転覆させる気なのか……?


(………止めなくては……!!)


あの悲劇を。あの惨劇を。

………繰り返させてたまるか!!

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