第22話盗賊少女はピンチのようです

「わぁ……! でっかい街だな、ここ!」


師匠に頼まれたお使い先に着いたのは、昼を過ぎる頃だった。

……カイとノエルが何か内緒話してたから、遅れちまったわけ。


「それじゃあな、お嬢ちゃんたち」


「ボクたちを乗せてくれて、ありがとうございました。あの、これ少ないですけど……」


「あーいやいや、いいんだよ。人助けって奴さ」


まぁ、ありがたいことに、途中で親切な馬車屋のおっちゃんに乗っけてもらえたから、まだ早くつけたけどさ。


「……目が……目が回りそうです。……人が……人がいっぱいれひゅ……」


「ボクらが拠点にしている街よりも大きいね」


「通商の要になっている街ですからね。色々な人や物が流入するのでしょう」


隣街は、に大きくて広い港街だった。山と見紛うぐらいの大きな帆船が幾つも停泊して、人が次々と降りてくる。

建物に目を向けてみれば、背の高い建物が幾つも見えた。その軒下では、出店が並んでいる。


「砂漠の国直輸入! 〈覇王スカラベの緑粘液〉! 美容にいいよぉ!」

「みてくれ、この鋭い剣! 山岳の秘境民族の名鍛冶師の逸品だ!」

「訳アリ品、お安く売ってるよぉ! 合法、合法! 今なら〈氷這竜の革鎧〉がたったの5000セトゥリオン!」

「おぉ! 聞けし耳持つ者は聞けよ! 我らが教派の神讃歌!」


売り子たちの威勢の良い声が、心地良い。

別の国から来たのだろう行商人たちや、冒険者たちも沢山いて。

いったい自分がどこの国にいるのか分からなくなりそうなくらいに、

色んな国の言葉があっちこっちで飛び交っている。


おとぎ話の国にでも迷い込んだみたいだ。


「なぁ、何語だ? 全然何言ってるかわかんねぇ!」


「んー……訛りが強くてわからないな、ボクも。山岳の方っぽいけど……」


「恐らく、さらに北の方の方言かと。独特な魔法スキルが発達しているとか………」


「古い聖堂の伝承歌も聞こえますね……歌うたいもいるみたいです。……私とは、教派が違いますけど」


ただ、この街にいる冒険者たちの方は、防具の傷を見るに傭兵稼業が主みたいだ。

……偏見って言われちゃそれまでだけど、傭兵稼業をしている冒険者はあんまりガラが良くないんだよな。

経験則ってやつ。


「なぁ、カイ。先に宿取っといた方がいいんじゃないか? この人の多さだと」


こんなに人の多い街だ。

できるだけ急いで宿を取っておいた方が安心だろうな。


……昔、ここみたいに人の多い街に立ち寄ったら、泊まれる宿が無くて野宿したのを思い出す。

蚊だのワケわかんねぇ虫だのに刺されて酷い目にあった。

冒険者は苦労してこそどうのって言うけど、泊まれるなら宿に泊まりたいよ。


「うーん……それもそうだね。……わかった、ボクとノエルで宿を取ってから追い掛けるよ。ホノ、リリア。頼むよ」


「おう。任せとけ、カイ」


「わかりました、カイさん」


カイから師匠の短剣を受け取る。

一旦、カイたちとは別行動だ。

盗賊として方向感覚には自信がある。迷わずに着けるだろう。


「さってと……研ぎ師さんってどこにいるんだっけか」


「えぇっと……あ、街の地図板……ちょっと見てみましょう、ホノ」


……と、言ってもだ。

迷いはせずとも勝手知らぬ街なワケで。

地図板でルートは確認しておきたい。何をするにしても、現在地を把握しておくのは盗賊の基本だ。

罠管理にも通じる基本中の基本!


「んーと、最短で行くなら……この、なんか赤く線が引かれてる路地を通るのがいいな。他は……遠回りになるし、人混みがずっと多い」


「あ……赤い……線」


「うん? どうしたんだよ、リリア?」


「い、いえ! な、なんでも! ……み、見てから、うん。見てからでも……うん」


リリアがぐるぐると目を回している。なんだよ、どうした?

人が多いから酔っちゃったのか?


「わぁっ……待ってくださいホノ」


「ほら、アタシの手掴んどけよ。すみませーん! ちょっと通りますよぉー!」


人混みを掻き分けて進んでいく。

揉みくちゃにされそうな人の多さだが、他のルートよりはマシだ。

……なんか、気の所為かとは思うけど。ヤロウどもがリリアのいる方に流れていってる気がする。


「ひゃぁっ……!? わ、わざとぶつかりましたね、あの人……! きゃっ……!?」


「あーもう! どけって! 邪魔だ! リリア、もう少しの辛抱だ……!」


やっとの思いで人混みを抜けると、目当ての路地に出た。

……あーぁ、服まで揉みくちゃだ。

せっかく髪型も整えてきたのに。


地図板で見た時はわからなかったが、何だか仄暗い路地だ。

でも、魔力で赤だったり紫だったり、桃色に光る看板とかもあって、なんか楽しそうな場所にも見える。

酒場街ってやつか?


「あわ……あわわ……やっぱり」


「どうした? 早く行こうぜ、リリア」


「えっと……えと、えと……あの、ホノ……あのー……こ、ここはでひゅね……!?」


リリアの顔が真っ赤だ。

耳まで赤くなってるのなんて、初めて見た。

何だ、何だ? ここが何だって言うんだ。酒場街じゃなくて、占いの館が並んでるとかか?


「そ、そのぉ……えっ……とぉ………! ……お、男の人と……お、女の人が……ですね……? そのぉ……」


「………?」


「な、な、仲良くするところですっ!!」


仲良く……するところ……?

じゃあつまり……。


「てことは……」


「そ、そうですよホノ! だ、だから違うルートで行きまーーー」


「師匠と来れば……もっと仲良くなれるってことだな!! 最高じゃん!! 下見しようぜ、リリア!!」


そんな素敵な場所がこの世にあるだなんて、アタシ知らなかった! 

……アルマ師匠と仲良くなれるなんて、最高じゃないか!

よぉーし、お使い終わったら師匠と来ようっと。

なんなら、毎日来たいくらいだ!


「そ、そういうことじゃなくてぇ!? ……き、来ちゃ駄目なんですっ!! 駄目ったら駄目ぇっ……!!」


「何でだよ!? リリアは師匠と仲良くなりたくないのか!?」


もしそんなこと言ったら、さすがのアタシも怒るぞ。


「ち、違いますっ!! 私だって……私だって……アル……アルマさん……と、その……来てみ……た……ぅぁ……ぁぁ」


何かを頭の中で想像した様な顔した後、リリアがますます赤くなる。

両耳とか頭から、ぷしゅぅーって煙でも出しそうだ。


「と、とみょかく駄目ですっ!! アルマさんと二人で来ちゃ駄目ぇっ!!」


「じゃあ皆で来ればいいじゃん。ノエルとカイも誘ってさぁ。男と女が仲良くなるんだろ? パーティの仲も深まるじゃん」


「そういう問題じゃなくてぇっ……!?」


「やぁ、そこの。そこのお嬢ちゃんたち?」


「どういう問題なんだよぉ、じゃぁ! ……んあ……?」


「だからぁ! ………ほぇ……?」


声が聞こえて振り返ると。


「アルマ……って言ってなかった?」


お爺さんが立っていた。

師匠が泊まっている宿屋の親父さんよりも、ずっと歳上だ。口元には真っ白なヒゲ。そのヒゲのせいか、表情の動きはよく見えない。

というより、口元しか動いていないように見える。


「君たち、アルマのお使いだね?」


「えっ? あ、はい! そうです。……お爺さんは?」


「えっと……か、鍛冶師の方ですか……?」


“鍛冶師”、とリリアが呼んだ通りの格好をしている。

整った皮のエプロンを腰に巻いて、両手には分厚い皮のグローブ。

髪は白髪で、汗を吸い取るためのハチマキが頭には巻かれていた。


「研ぎ師。短剣を研いでくれって、アルマから言われてね。なかなかこないから、迎えに来た」


「お迎え?」


「よ、良かったですねホノ。さ、早く行きましょう」


「えっ? あ、うん……」


「さぁ、付いておいで」


アタシとリリアは、お爺さんの後について歩き出す。


「あっちは危ない路地だ。ほら、こっち。近道さ」


さっきアタシとリリアが通ろうとした路地を離れて、少し先の。

別の路地へと入っていく。

高く積まれた木箱とか、やたらと物が多い路地だった。建物の扉も開け放たれて、廃屋になっているように見える。……なんていうか、死角が多い。


「なぁ、お爺さん」


「なんだい?」


「お爺さんって、今年でいくつだ?」


「……忘れちまったなぁ」


お爺さんの足取りは早い。

見失わないように付いていく。


「ま、待ってください、お爺さん……! あれっ……? ホノ、どうしたんですか、立ち止まって……」


「なぁ、お爺さん。昔、冒険者とかだった?」


「………どうしてそんな事を聞くんだ」


「………」


「ホ、ホノ……!? 何をして……」


自分の短剣を引き抜いて、研ぎ師に。

……研ぎ師の“フリ”した奴に、突きつけた。



「おいおい、どういうつもりだいお嬢ちゃん」


「アンタ、顔に変化がねぇんだよ」


ヒゲで隠れた顔には、変化が無かったんだ。面でも被ってるみたいに、口元だけが変に動いて。

これが怪しさの理由の1つ目。


「アンタが通ろうとしてるルート、地図板で地図を見ておいたからわかる。……この路地は、研ぎ屋がある方には繋がってない」


何か事情があるのかと思って、ここまではついてきたが……これ以上先にはついて行けない。

逃げ出すには、狭すぎる場所に入ってしまう。


「………」


「3つ目。研ぎ師はそんな格好しねぇよ。鍛冶師と研ぎ師は全然違う」


格好が鍛冶師のそれだ。

兼業だったらわかるが、アルマさんもコイツも研ぎ師だと言っていた。

そんな刀剣を研ぎ辛い格好はしない。

ましてや、手を厚手のグローブで覆うのはおかしい。


「最後。……アンタはアタシらの後ろから現れた。遠回りするルートでも、あの路地裏突っ切って来るでもなく。物理的におかしいんだよ。……まさか、人混みに揉みくちゃにさらながら来たって言わないよな」


揉みくちゃにされたなら、服装は乱れてるはずだ。でも、コイツの服は整ってる。まるで、最初からそこにいたみたいに。


「………はぁ。無駄に頭が回るメスガキだなぁ、おい」


ヤツの周りの空間が、ぐにゃりと歪む。魔力が消散していって、姿を表す。


「ガワだけ変えて騙せるかと思ったが、ちょいと舐めすぎたか、くひひひ……」


……変装スキルだ。盗賊が使うスキルの中でも、再上位スキルの一つ。


「アンタは………!」


視界の端っこに映すのも嫌な奴が、姿を現す。


「よぉ? 盗賊のメスガキぃっ!」


………イルムパーティの、ディルハムだ……!

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