第23話盗賊少女には、矜持があるようです

「逃げろ! リリア!! カイたち呼んできてくれ!!」


「で、でもっ……!」


「いいから行けっ!」


対人戦の構えを取って、ディルハムと対峙する。

二人で挑めば、そりゃ勝率は上がる。でも、もし揃って負けたらヤバい。そこで終わりだ。

……リリアを逃がすだけの時間は、死物狂いでも稼ぐ。


「おいおい、逃げろって? 連れねぇなぁ。随分と俺、嫌われちゃってる? ひひひ………お話したいだけかもよぉ?」


ニヤニヤ笑いやがって。


「嫌いも嫌い、大っ嫌いに決まってるだろテメェなんか……! お話だぁ? ……アンタ、親に人と話す時はコソコソ騙してから話し掛けろって教えられたわけ?」


変装スキルまで使って騙そうとしてきたんだ。仲良く話し合い……なんてする気は向こうにはないんだろう。


アタシも、コイツと話す舌なんかない。


「メスガキてめぇ……!」


「メスガキじゃない。アタシはホノだ。名前も覚えらんないのか、貴族のお坊っちゃんは」


「………甚振られてぇようだな……下劣な平民風情がぁっ!!」


「ゲレツ、ゲレツってなんだよ? オムレツの仲間か?」


挑発を繰り返して、コイツの意識をアタシに向けさせる。

ついでに、頭に血を上らせて判断力も鈍くできればラッキーだ。


(どう逃げっかな……コイツから)


バカ真面目にコイツと戦う気は、アタシにはサラサラない。


上手くタイミングを見計らって、逃げるつもりだ。……師匠の下で鍛錬を積んだとはいえ、奴とアタシのレベル差は大きい。

本当のこと言えば……怖くて堪まらない。


(レベル36のアタシと……レベル61のディルハム。……悔しいけど、ステータス上じゃ負けてる)


でも……いまは駄目だ。

いま逃げ出したら、リリアもアタシも追いつかれる。……もっと……もっとだ。もっと距離を稼いでからだ。


「……へっ……へへへ!

挑発して逃げ道探そうって魂胆だろ? そうは行くかっての!!」


「………ちぃっ……!?」


そう簡単には引っ掛かってくれないか……!

ディルハムが短剣を引き抜いて襲いかかってくる。……動きが早い。

路地の薄暗さも相まって、軌道が読み難い……!


「ほらほらどうしたぁ!! ……避けないとビリビリに切り裂いちまうぜ、へへへ!」


「ぐっ………ぅ………!」


……遊ばれてる。

剣戟の一撃一撃は重いのに、アタシがギリギリで捌けるくらいに手を抜いていやがる。

どうする? どうやって切り抜けりゃいい……!?


「そーらよぉ!!」


(……しまっ………!?)


腕先に、鈍い衝撃が広がっていく。

腕の軸を揺らされて、握っていた短剣を落としてしまった。

……まずい、これじゃ丸腰だ。

急いで予備の短剣に手を伸ばす。


「おっと、させねぇよ? ……テメェはたっぷりと甚振ってやるからよぉ……!」


「………っ!?」


伸ばした瞬間、予備の短剣を差していたベルトを叩き切られた。

ただのベルトじゃない。

冒険者用の、ヘタなモンスターの一撃や刀剣では傷一つ付かない頑丈なベルトだ。……それが……一撃で……!?


「ぅぐぁっ……!?」


「おっと悪いなぁ! 足癖が悪ぃんだよ、俺ぇ……! きひひ!」


胸を蹴られて、後方に飛ばされた。

痛みが走ると共に、肺の中に溜まっていた空気が無理矢理に押し出されて、一瞬呼吸ができなくなる。


「ぐ……ぅ……ぅぅ………!」


木箱にぶつかって止まったお陰で、なんとか倒れずには済んだ。

……奴はアタシに追撃することはなく、ニヤニヤと笑いながら近付いてくる。


「丸腰だな、メスガキ。えぇ? どうする? 慈悲でも乞うか?」


慈悲を乞う?

……面白い冗談だな、乞いたところで意味なんかないクセに。


(レベル差を覆すには、搦手だ。……でも、向こうのが盗賊としての経験も技量も上)


加えて、丸腰の状況。

徒手空拳じゃ敵いっこない。

逃げるか? 無理だ、今のままでは追い付かれる。


(武器……武器は………)


ーーー師匠の、短剣。

お使いのために預かった、師匠の短剣がある。

周りに武器になりそうなものはない。……そもそも、盗賊のアタシじゃ短剣以外使えないし。


(………ごめん師匠……! 後でいくらでも叱られるから、今は貸してくれっ……!!)


短剣を。

〈溝鼠の黒牙Ⅱ〉を二振り取り出して、アタシは構えた。

勝手に使うのは気が引けるけど、今だけは許してくれ師匠……!


(………あれっ?)


「んん? そいつは……へっ、アルマの短剣か。師匠のモン握って強くなったつもりかぁ?」


構えを取る。

可動範囲を確保するために、木箱を後ろ蹴りで転がす。

腰を落として、奴が動くのを待った。


「そらよぉっ!!」


「ーーー!」


突き出された一撃を、手首の動きを利用して弾き返す。

奴の力をそのまま使い、腕の軸をずらしてやった。


「んなっ……!? てめぇっ……!」


振り下ろされた拳を避けて、懐に入り込む。狙うのは鳩尾だ。

どんなに腹周りの筋肉を鍛えてもそこだけは“無防備”。

短剣を握りしめた拳を、奴の鳩尾に思い切り叩きつけた。


「ぐぶぉっ……!? が……っ!?」


「………ふんっ……!」


勢いのままに、奴が。

……ディルハムのヤロウの胸に蹴りを入れて吹き飛ばす。

そこまでの距離は飛ばせなかったが、後ろにあったガラクタやらに大きな音を立ててぶつかる。


「………クソガキがぁっ……!!」


(まだ動けるのかよ……!? しぶとい奴だな……!!)


奴の上で、魔力の光が弾けた。

その光が弾けると同時に、奴は立ち上がって向かってくる。

……何かの補助スキルか。体勢を立て直すためのスキルもあるって聞く。……ちぃっ! 気絶させるくらいじゃないと駄目か……!


「クソっ! クソっ!? なんで、なんで捌かれるんだ!? クソがァァァァァァ!!」


(そろそろリリアも着く頃だ。……カイたちが来るまで凌ぐしかねぇか……! ……いや、師匠の短剣があれば、なんとかなるっ……!)


下段から、上段から。

フェイントを織り交ぜた左右からの剣戟を、アタシは捌いていく。

ディルハムの苛立ちは頂点に達してるらしい。


そりゃそうだろうな。

格下だと思って舐めていた奴に。


「いい加減、倒れろアンタ!! しつこいんだよ!! 〈ゾンビ〉みてぇに立ち上がりやがって……!」


「ぐぁっ……!? て、てめぇ………この……この俺の……顔に……拳をっ……!!」


「そらよぉっ!! オマケだ!!」


「ぎぃっ………あぁ………!? は、顎がぁっ………!?」


攻撃をいなされ続けて、逆に攻撃を食らってるんだから。


(すげぇ短剣だな、これ……)


〈溝鼠の黒牙Ⅱ〉は、飾り気も何にもない……言っちゃ悪いけど武具屋で投げ売りされてそうな短剣だ。

何回か使ってたら壊れそうな、ナマクラ以下のモノにだって見える。


(攻撃の軌道が……全部見える……!)


けれど、ナマクラだなんてとんでもない。握っているだけで、相手の攻撃の軌道が見える。


それだけじゃない。

師匠に“憑依”されたみたいに身体がスルスルと動く。


(つっても……すげぇ疲れる……。仮にこれが師匠の動きをアタシの身体に直接叩き込まれてるんだとしたら……やばい……保たないぞ……?)


身の丈に合わない力を流し込まれたら、そりゃ身体が付いてこない。

……向こうは何度も立ち上がるけど、こっちはどんどんと消耗しちまう。


(アイツの鎧か……? 鎧に何かスキルが……? だとすれば、魔力切れまで粘るしか……)


後方をちらとだけ見やる。

……カイたちはまだ来ない。


「喰らえやぁぁぁぁぁっ!!」


(………! よしっ……!)


焦りの気持ちを掻き消して、ディルハムに意識を向け直す。

……よし……! チャンスだ。

最高のチャンスが来てくれた。


……そんなにガニマタみたく脚広げやがってさ。


(蹴り上げてくれって言ってるようなもんだぜ!!)


蹴ってくださいって言わんばかりに無防備な、“急所”に向かって蹴り上げる。足クセが悪いのはお互い様だな。……鍛えられないって知ってるぜ、ソコはさ!


「うっ!?………ぐ…………ぁ………っ」


蹴り上げて。


「………へっ、バカが」


ーーーアタシの足先に、痛みが走る。

血が滴り落ちて、心臓の鼓動がおかしいくらいに早くなる。


「ーーー狙ってくるのは予想できてたぜ、メスガキぃっ!! 手こずらせやがってなぁ!!」


奴の短剣が、アタシの足先に突き刺さっていた。


「ふぅ……へへっ……自動回復スキルは上手く機能しなかったが……他は完璧だぜ。イルムの親父さん様々だな……ひひひ」


顔に、顎に、鼻っ面に。

……アタシが負わせた傷が、見る見るうちに塞がっていく。


「………ぅぐっ…………」


「そらよ、お返しだぁっ!」


「ぅぁっ………!?」


顎に拳ををくらい、意識が半歩途切れる。微かに繋ぎ止めた意識の糸先で、指先からするりと短剣が二振り。……落ちてしまったのが理解できた。


「オモチャつかってイキがりやがってよぉ! ……へぇ……? アルマの奴、ナマクラ以下のボンクラ使ってると思ったら……以外といいもんだな。……貰っとくぜ」


「かえ………せっ………ぅぁぁぁっ………!?」


「黙れ、メスガキ。……さぁて……お楽しみの時間だなぁ?」


頭を掴まれる。

掴まれて………そのまま壁に叩きつけられた。


「ここでおっ始めんのもいいけどさぁ……へへへ……テメェらの眼の前でアルマを血祭りにあげたあとに……アルマの前でってのがいいよなぁ?」


「ぅ………ぅ゙………ぐ………」


動けない。

……力が……入らない。

叩きつけられて、今度は壁に押し付けられている。駄目だ、余計に身体を動かせない。


「驚いたろ? なんで俺が倒れないのかって。……俺の纏うこの鎧はなぁ、イルムの親父さんが寄越してくれた特殊な鎧さ。……上手く機能しなかったが、自動回復スキルと立て直しスキル。痛覚の鈍化スキルが積まれてんのさ」


頼んでもないのに、べらべらとうるさいヤツだ。……アタシに勝てて機嫌がいいってか?


「身体は薄っぺらいし、筋肉質だが……顔とケツは悪くねぇ。……きひひ……俺が怖いか、盗賊のメスガキ。ほら、呼んでみろよ。助けてぇ! アルマ師匠ぉーってさぁ! ははははは!」


奴の手がアタシに伸びる。

……気色悪い手つきで触りやがって……! あぁ、くそっ……!

気持ち悪い……最悪だ!

毒蟲に身体を這われたほうがマシなくらいだ。……ちくしょう、ぶん殴ってやりてぇ。


「それともさぁ。……赦してくださいディルハム様って言ってみるか? 跪いて乞いてみるかぁ? ぎゃはははは………ぃぇっ……!?」


「ぺっ」


うるせぇ山猿ヤロウ。

……アタシにだって“矜持”ってモンはあるんだ。

……師匠を。

アルマさんを馬鹿にするような奴に、媚なんか売ってたまるか。

テメェと話す舌なんかない。……顔に掛けてやったそれが、アタシの答えだ。


……あぁ、そうだ。

やっぱ、一言だけ言ってやるよディルハム。


「へへっ……アタシのことベタベタ触りやがって。こうでもしないと女の身体に触れないのかお前。

……ダッセェ奴だな」


「きさまぁ………っ………!! 貴族のこの俺の………貴様ら下賤な! 低俗な平民風情がぁっ……!!」


「ぅぁ゛………!」


腹を殴られて、口から何かが吹きこぼれた。……はは、図星突かれて、怒ってやんの。


「ふんっ……! 舐めやがって……!」


「…………ぃ」


頬に鋭い痛みが走って、意識がぐにゃりと歪む。

ぷつりと意識を手放す前に浮かべた顔は。


(ごめん、師匠………大切な短剣……盗られちまった)


ーーー大好きな師匠の、顔だった。

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