第24話カイパーティは捕まるようです

「えっ……? まだ誰も来ていないのですか」


「おかしいな……どこか寄り道でもして……? ……2人に限ってそれはないな」


宿を取った後、私とカイお姉様は研ぎ師さんの所に向かっていました。

歓楽街を避けた遠回りなルート。

時間的に考えても、ホノとリリアの方が先に着くはずです。


「うん、君たちの他には来ていないね」


「うむ。お主らの他には来ておらぬのぅ………。この店に立ち寄る者は多かれど、若い女盗賊と女僧侶となれば忘れぬよ」


「そうですか……」


「……心配ですね、カイお兄様」


「ふむ。この街はこの通り人の往来も多いからのぅ。……人攫いの類も出る。どれ、自警組合所に掛け合ってみよう。……ダタラ、すまんが行ってきてくれ」


「わかりました、お師様」


私たちを出迎えてくださったのは、2人の方で。アルマ様が仰っていた研ぎ師のヴラム翁と、弟子のダタラさんでした。


「よろしくお願いいたしますわ、ヴラム翁……」


「人攫い、ですか。怖いですね、それは……」


ヴラム翁の方は、真っ白なお髭をたくわえた好々爺然とした方で、研ぎ師らしい薄手の服を着ていました。

腰はすっかり曲がって、動作は緩慢。気の良いお爺様という風です。


対して、ダタラさんは鍛冶屋といった格好で。厚手のグローブを手に嵌めて。鍛冶道具を仕舞い込める、ポケットの多い腰エプロンを巻いていました。歳はシェリンさんと同じくらいでしょうか。

お顔立ちは中性的で、美青年といった風です。頭に巻いたタオルが野暮ったく感じるような。


「うむ、うむ……。ヴール伯爵が治めるようになってからというもの。……街の金回りは良くなったが、人はな。……まったく駄目じゃ。野盗紛いの者らで溢れてしもうておる。……嘆かわしい……」


あのヴール伯爵がお父様の死後に、多くの領地を併合していったことは……私たちも知っています。

皆の前では初めて来たように装いましたが、幼い頃に一度。

来たことがありました。


「『掃滅戦』は、傷跡だけを皆に残したわい……。いい冒険者たちは皆死ぬか散り散りになり、街の雰囲気は汚れてしもうた」


何を言えばいいのか。

……私たちにはわからず、ただ押し黙ってしまいました。

そんな私たちの様子に気づいたのか、ヴラム翁が少し慌てた素振りで口を開きます。


「おぅ、おぅ……! すまぬお二方。パーティメンバーのことで不安な時に、このような暗い話などして。……年を食うとついな。すまぬ、すまぬ」


「い、いえ」


「ボクたち若輩者にとっては、貴重なお話ですヴラムさん」


「そう言ってくれるか、剣士殿。……うむ! どうせ話すなら、笑い話になるような話をしよう」


ヴラム翁が髭を撫でなから、私たちを見ます。値踏みするような目……ではありませんが、何かを確かめるような目ではありました。


「ときに。お主らはあのアル坊の……あいや、アルマの弟子と聞く。どうじゃ? 奴の師事は」


「素晴らしいの一言に尽きます、ヴラム翁。……アルマ様のお陰で、実力を付けることができております」


「最近、第3階層を踏破したんです。第4階層にはこれから………」


「ほぉー! そうか、そうか! うむ、うむ。あの洟垂れ坊主がなぁ……。……イルムたちとは喧嘩別れと聞いておるが、大丈夫か? アヤツ、口うるさいところがあるからな………」


いえ、むしろそこがいいのですよヴラム翁。不安気に背中を少し曲げ、目の奥を微かにうるませる。


(そこが良いのですよ、ヴラム翁……!)


その姿が! 非常に! 良いのですっ!

繕ってしゃんとした姿と、不安気な姿を見られ……しかし不安を押し殺すいじらしい姿まで見られる。

一粒で二度美味しいのです。

濃厚な肉汁が口腔内に迸り、上質な脂を猥悦にぶち撒けるようは。


もはや存在そのものが私を狂わせるっ……!


信頼するがゆえに送り出すけれど、側で守り続けたい。そんな自分を律して気丈に振る舞う。

あぁ……愛しいアルマ様っ……!

あなたを今すぐエリーニュスに……!


「む、むぅ? どうしたお嬢さん? 何やら顔がふやけたパンのように……」


「あぁ、気にしないでください。妹の“持病”です。……そいっ」


斜め45度からの一撃。


「へべっ……!? ……失礼いたしました」


「な、難儀な病のようじゃな。しっかりと養生せいお嬢さん」


アルマ様をアルマ・エリーニュスにできれば一発で治りますよヴラム翁。


「……そういえば、ヴラムさん。さっき、アルマさんのことを“アル坊”と呼んでいましたね。……もしかしてですが、幼少の頃から知っていたりとか……」


(……!? 幼少の頃のアルマ様……!? これは……これは鼓膜に拡大魔法スキルを張って聞かなくては)


素晴らしいです、お姉様。

それでこそ私のお姉様です、ふふふ。


「うん? おぅ、おぅ、よう知っておるよ。アヤツと初めて会ったのは……確か……アヤツが13の時か。10年になるのか。それはもう」


13歳の頃のアルマ様。

……私たちより年下だった頃ですか。アルマ様のことですから、

気高く正義感に溢れた少年でーーー


「とんでもないクソガキじゃったわい! わっはっはっはっ!」


うん? 私の耳、おかしくなってしまったのでしょうか。

クソガキ?

………はい? アルマ様がクソガキ?

ヴラム翁ったらご冗談がお上手ですね。


処してさしあげましょうか、御老体。


「愛想も悪い、口を開けば憎まれ口ばかり。その癖して負けず嫌いな頑固者! ドランの。……安宿の親父の言葉を借りるなら、立派なガキッタレじゃったわい」


そんな馬鹿な。

アルマ様がそんなガキッタレなんて端ない存在だった時期があるわけありません。


「あっはは。ボク、なんとなくわかる気がします。普段は静かな人ですけど、たまに凄く騒がしくなりますし」


そんな……!?

嘘だと言ってください、お姉様!?


「はっはっは! それが奴の素じゃよ。……じゃがな、ガキッタレとは言え周りにはよう好かれておった」


好かれていた?

どういうことでしょうか。


「筋を通すところは通しておったのよ。

負けず嫌いではあったが、自分にできないことは頭を下げて教えを請い、真面目に取り組む。非があれば素直に謝れる奴じゃった」


ヴラム翁が目を細めました。

楽しげだった声色は、何かを懐かしむような優しいものへと変わります。髭をまた一撫でしてから、言葉を続けました。


「……ある日な。アヤツに使いを頼んだのよ。じゃが、釣りどころか頼んだ物も買わずに帰ってきおったことがあってな」


「お金を落とした、とかですか?」


「それとも、スリにあったとか」


「ん? どちらでもない。……アヤツは“勝手に使ってしまった、すまん”……の一点張りでな。何に使ったのかと聞いても頑として答えんかった」


「勝手に……」


「アルマ様が? ……人のお金を?」


「問い詰めたら“今度返す”と言ってきてな。……まさか、賭け事に使ったのかと叱りつけてしもうた。……そうしたら、ひと月後に……この店に浮浪者の男の子が2人来てな。……“アルマという人に、貸したお金はここに返せと言われた”……と言ってきたのじゃ」


「あっはは……アルマさんらしいや」


「さすがはアルマ様です……」


「ほっほ。そこはまぁ、子供の発想と言う他あるまい……直情的に助けてしまったのはな。そこは頂けぬが……」


「…………」


「…………ふふっ」


「じゃが、病気で倒れていた孤児達を助けようとしたのは褒めたい。……律儀に、“金は貸すだけだ。貸してやるからヴラムの爺さんに返せ”。そう言ったそうじゃ」


「素直に人助けをしていた……って言わなかったのは、何故なのでしょうか。言えばよかったのに」


お姉様はそう言いますが、

なんとなく、私には理由がわかりました。

男子の面子……いえ、意地のようなものなのでしょう。


「はっはっはっ! これがガキッタレの所以よ! ……アヤツ、”言い訳に使うみたいで嫌だった“と宣いおった。……ほほっ、可愛げのないバカガキよ……」


「なるほどですね……ふふっ……それで、その2人は? どうなったんです?」


「浮浪者の男の子たちか。それならーーー」


後ろで、扉の開く音がしました。

カランカラン……と鈴も鳴ります。


「ただいま戻りました、お師様」


「ほっほ、お二方。続きはそこなダタラに聞くが良かろうて」


「ほぇっ? 続きって何のことですか、お師様」


「アルマのことじゃよ、アルマの」


ぽかん、とした顔を浮かべた後、

ダタラさんが交互に私たちとヴラム翁を見ます。何度かそうした後、合点がいったという風に“あぁ!”と一言いって、近くにあった椅子に座りました。


「そうか、そうか。……僕は……いや、僕たちは……2人からすれば兄弟子って奴になるのかな? といっても、僕もアイツも、アルマさんの下で冒険者やってたのは1年いくかいかないかだけどね。……もう、3年も前のことになるのかな」


「1年、ですか」


「どうしてです?」


「僕は鍛冶屋になりたくてね。

……鉱物系のモンスターを一人で倒せるだけの実力が欲しくて鍛えてもらって……もう一人は……今は砂漠の王国で調合師やってるんだけどね? ……幾らか腕っぷしがあれば食いっぱぐれないからって」


師匠不幸な弟子だ、と呟いきながらダタラさんは頬を掻きました。

冒険者として幾らか実力を付けた後、なにか別の仕事を始める方は少なくありません。

……別に、師匠不幸ではないと思いますが。


「はは……うん。……でも、アルマさんとしては、僕たちに冒険者になって欲しかったみたいでね。

……僕は鍛冶屋に。……アイツは調合師になるって言ったら……少し寂しそうな顔してて」


なるほど。

アルマさんとしては、自身の後継者として育てて行きたかった……ということでしょうか。

……でも、そればかりは個々人の自由ですから何とも言えませんね。


「あ、あぁでも! 気まずい仕方で分かれたわけじゃないよ? 今もたまに会うしさ。

……お師様を紹介してくれたのも、アルマさんだし。砂漠の王国に行っちゃったアイツには、旅の資金を渡してくれてね」


「うむ。“ダタラを世界最高の鍛冶師にしてやってくれ”と頭を下げてきてな。……今は儂は鍛冶師を辞め、ダタラに継がせておる。

世界最高の鍛冶師に育てたぞ、と胸を張って言えるわい!」


「い、いえそんな! 僕はお師様ほどの腕さ……」


(ダタラ……ダタラ……。やはり、どこかで聞いたような気が……?)


ぼんやりと考えていると、また扉の開く音がしました。

開く音、と共に。


「カ、カイさんっ……! ノエルぅっ……!」


「な、なんじゃお主らは!!」


「……客ってわけじゃ、無さそうだね」


リリアの首を掴みながら、見知った顔が。……八つ裂きにしてやりたいくらいに、大嫌いな顔が現れました。


「やぁ、カイパーティ。……おっと、全員動くなよ? ヘタな真似をしたら……この子の首が折れるぞ? 

………ふっくくく……!」


「ぅう………ぃ……た………っ……!」


「リリア!?」


「リ、リリアを離しなさいっ!!……っ!? か、囲まれて……!!」


イルム・ヴール。

彼奴めの後ろに続いて入ってくるのは、武装した兵士たち。

中には、弓使いも見えます。


「カイ、懐にあるものを出しな。……それを使うよりも先にぃ……!」


「ぅぁぁぁ………! や、やだぁ…………ぃ………たぃぃ………!」


「この子が死ぬぞ? ふっふっふっ……ふふふふふ!」


「くっ………」


〈送転の奇跡石〉を、カイお姉様が投げ捨てます。投げ捨てたそれを弓使いが射掛けると、砕けて使い物にならなくなりました。


「何者じゃお主らは……!?」


「なぜこんなことを……!」


「口を開いていいとは言っていないぞ、死に損ないと鍛冶屋風情がっ!! ………さぁ、全員ついてきて貰おうか!」


ーーーアルマ・アルザラットの処刑場へとな。

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