第15話伯爵は死亡フラグを立てるようです

「なんだと……!? お前ら、あの鎧と剣を壊されたのか……!?」


「マ、マジかよ……!?」


親衛隊どもが宣った報告に、俺は血の気が引いた。

あの鎧……〈戦鬼士の鎧Ⅱ〉と〈戦鬼士の剣Ⅱ〉を壊された。

……あれを壊されたのがバレたら……父上に殺されるっ……!


「お願いいたします、イルム様!」

「あのアルマ・アルザラット、尊き大伯爵様の御子息たるイルム様が……お与えくださった武具をっ!」

「俺たちではとても……!」

「イルム様っ!!」


えぇい、うるさいっ!!

……アルマのクズを殺すのは決定事項だ。決定事項だが、今はもっと恐ろしい問題をなんとかしなきゃならん。


(………腕っぷしが少しあるだけのゴミどもめ……! なぜ寄りにもよってあの鎧と剣を……!?)


俺が親衛隊のゴミどもに貸し与えていた、〈戦鬼士の鎧Ⅱ〉と〈戦鬼士の剣Ⅱ〉は父上が『掃滅戦』の折に冒険者たちから献上されたものだ。

聖堂封印級……いわば、教皇猊下が保管する武具と同等の価値がある。


……それを俺は、父上から失敬して……奴らに使わせた。

だが! 俺は悪くない!!


「ディルハム、お前のせいだぞ!?」


「はぁ!? 俺は冗談で言ったんだ!! 真に受けたのはお前だろイルムっ!!」


傷も癒え、街に凱旋する前に平民の馬鹿共にこのイルム様の恐ろしさと威光を思い出させるため、親衛隊に貸し与えて暴れさせたのだ。


ディルハムが『ちょっと借りて暴れさせよう』なんて、クソ見てぇな冗談を言うから!! 全部お前が悪いんだ!!


「くそっ……くそぉっ……どうすんだよ!!」


「落ち着け! ……落ち着けよイルム!………なぁ、親衛隊どもはよぉ……平民か?」


「あ? 何言って……ディルハム……お前まさか」


額に脂汗を浮かべながら、ディルハムがニタリと笑う。

……親衛隊どもは平民だ。別に何かの称号を持っているわけでもない。

だから………。


「アイツらが勝手に盗んだことにしろ。……平民が4匹死んだところで、どうってことねぇよ」


全部、こいつらのせいにしちまえばいい。……へへ、よく思いついたディルハム。


「よ……よし。そうだな。平民が死のうが関係ねぇよな。……傭兵崩れのカス共が……!」


俺は、使用人に呼ばわる。

ボロが出る前にさっさと済ませちまおう。


「は、ははっ……! 及びでございますかイルム様……」


「父上をお呼びしろ!! ……盗っ人だ!! 盗っ人がここにいるっ!!」


「イ、イルム様っ!?」

「な、何をっ!?」

「ひっ……ひぃぃぃっ!?」

「お許しくださいイルム様っ!!」


足に縋り付いてきた一人を蹴り転がす。……愚民が。俺に触れるな!

役に立たない親衛隊など、犬の死骸よりも劣るっ!!


「なんだ、どうしたのだイルム」


少しして、父上がやってくる。

薄手のガウンを纏っただけの姿。首筋にベッタリと張り付く口紅の跡を見るに……ケティとお楽しみだったか。

……好都合だ……!

ディルハムと耳打ちし合う。


「へへっ………好都合だなディルハム」


「あぁ。さっさと沙汰を下してお楽しみに戻りてぇだろうしな、ひひっ」


俺は親衛隊……おっと違うな。

親衛隊を名乗らせてやったが全く役に立たなかった“盗っ人”共を指さして、父上に言う。


「父上ぇっ!! 大変です、このモノ等が……このモノ等が〈戦鬼士の鎧〉と〈戦鬼士の剣〉を持ち出して、あまつさえ全て壊されてしまったのです!!」


「そうなんすよぉ、オジサマぁっ!! ……俺とイルムで問い詰めたらァ……コイツら、親衛隊とか言われて調子乗ったみてぇで!」


「……………。

………なんと! そうかそうか、あの鎧と剣を?」


父上がゴミどもを見やる。

……へへへっ、上手く言ったな。

これで全員死刑。口封じができる。


「ち、違いますバラム侯爵っ!?」

「わ、我々はイルム様に貸し与えられて……!!」

「そ、そうですよ!! 持ち出すだなんて滅相もない……!!」

「ち、違ぇ!! 違ぇんでさぁ!!」


無駄だ。

お前たちのような平民と、父上と同じ高貴な尊い血を引く息子の言葉。

どっちを信じるかな?


「貴様らぁっ!! 我が息子を嘘つき呼ばわりするか!! 許せぬ! ……許せぬなぁ。貴様ら全員死刑………ふむ、いや待てよ?」


父上が言葉を止める。

手を顎に当てて、何かを思案し始めた。……ニマニマとした笑みが、やがて父上の口元に浮かぶ。

いったい、何を思いついたんだ?

……まさか、バレたわけじゃないよな。


「のぅ、イルムにディルハム」


「は、はい! 父上!」


「へ、へい!」


ニマニマ笑いが、顔いっぱいのニタリ顔に変わる。

新しいおもちゃを見つけた子供みたいな、愉しげな雰囲気で父上が言う。


「貴族からモノを盗み出し、貴重な武具を壊した者は……ただ死刑にするだけでは足らぬよなぁ?」


「……! はははは……! その通りです父上!! 死刑では足りません!!」


「へ、へへへっ! ご、拷問だぁ!! 拷問して殺してやりやしょう!!」


「はははは!! そうだ、拷問して徹底的に使い潰した後に……ゆっくりじわじわと……首を切り落としてやろうぞ!!」


……冷や冷やさせられたぜ。

でも流石は父上だ。

このゴミども、聖堂封印級の鎧と剣を貸し与えてやったってのに、4人掛かりで無様にアルマに負けやがって。


俺の親衛隊を名乗りながらこの体たらく!! 俺の顔面にツバを吐く行為に等しいっ!!

徹底的に拷問された後に殺されるべきだろう。


「誰ぞある!! この役立たずのゴミどもを連れてゆけ!」


「お、お待ちください!!」

「お許しください侯爵様ぁっ!!」

「ひ、ひぃぃぃ!?」

「は、離せぇ!! お、俺は怪力剛腕の……うわぁぁぁっ!!」


これで証拠は隠滅できたな。

……ふんっ、何が怪力剛腕のデヴィウスだ。腕力しか取り柄のないカスめ。


「よくぞ見つけてくれたなイルム、ディルハム」


「いえ父上」


「へへっ」


後は仕上げだ。

証拠を隠滅した上で、アルマに罪をさらに被せてやれ。


「父上、鎧と剣を直接壊したのは、あのアルマ・アルザラットらしく……」


ディルハムに目線を送る。

俺の意図を理解したのか、仰々しく顔を顰める。


「とんでもねぇ野郎だなホントぉ!! ……イルムの親衛隊に襲いかかるどころか、装備を壊すなんて。野蛮で危険ですよぉ、アイツ!」


「しかもです、父上! あの者、あやつらに伝言を残していました。……飼い犬のリードはしっかり握っておけ……!! なんたる侮辱!!」


「なんと。それは許せぬなぁ。 

近い内に処してやらねばな」


必ずアルザラットを拷問の上で処す、と叫ぶと父上は……恐らくケティの待つ寝室だろう。踵を返して戻っていく。


俺とディルハムは、肺の中に溜まった空気の残り滓を吐き捨てた。

証拠隠滅は完璧にできたのだ。

……ちっ、ムカつくぜ。あのゴミどもがアルマに勝つかしてりゃぁこんなことには。

使えん連中を親衛隊にしたものだ。


「なんとか乗り切ったな、イルム」


「だな。……あとはアルマ。アイツをぶっ殺した後は……理由をつけてあの街の連中も皆殺しにしてやろうぜ、ディルハム」


「皆殺しぃ? なんでまた」


「決まってるだろ。………俺らがアルマの野郎とダンジョン潜ってたの、バレたら恥だ。……街の奴らには消えてもらう!」


そうだ。

俺がアルマを殺したい理由は、俺たちに恥をかかせたから……だけじゃない。

父上に平民に……仕方がなかったとはいえ師事しちまったことを知られたらオオゴトだ。貴族の恥になる。


「家督を継いでから、平民に師事していたなんてバレたらどうなる?」


「舐められるだろうな。それこそ、家名に傷がつくぜ」


だから俺たちがアルマに師事していた事実を知っている街の奴らには、この世から、全員漏れなく!!

……綺麗さっぱり消えてもらうのだ。


「シェリンやらカイパーティの女は? 殺しちまうには惜しいぜ」


「はっ! 口を聞けなくする方法は幾らもある。好きに遊べよ」


「くひひっ……! ありがてぇ! あの辺りは俺が持ち帰って遊ばせて貰うぜ」


理由は……そうだな。

伯爵家に逆らい、貴族の真似事をして姓を名乗るアルマ・アルザラットを庇い、英雄と祭り上げた罪だ。


「殺した分は領内の小せぇ街やら村やら取り潰して流してくれば完璧だ。外部には……アルマの庇った罪と王国への反逆罪の証拠なりでっち上げればいいのさ」


「イルムの親父さんなら……それができる! へへへ、まったく伯爵様バンザイだ!」


今夜の俺は実に頭が冴えている。

気分がいい、明日はパーティでも開こうじゃないか大々的に。

アルマ・アルザラットの処刑確定記念パーティーだ! はははは!



(愚息めが……)


場所は書斎。

葉巻を蒸しながら、儂は思案していた。というのも、イルムとディルハムの“処分方法”。

ディルハムの方は前々から一族郎党消し、領地を吸収する予定ではあったが……イルムはどう消すかだ。


(あそこまで阿呆に育つとはな。

阿呆はいらん。邪魔だ。……〈偽神武具〉を盗んだあげく、あのような下賤な者等にくれてやる)


馬鹿二人は誤魔化せた……とホッと汚い息を吐いている頃だろうが、儂は最初からわかっていた。

……泳がせておいたのさ、試験運用も兼ねてな。


「おい、例の。〈戦鬼士の鎧Ⅱ〉と〈戦鬼士の剣Ⅱ〉の鍛造に関わった者ら。リストを持って来い」


「はっ! か、畏まりました!」


結果は散々なものだった。

装備していた傭兵崩れのウジムシ共では力不足!

武具そのものも性能も低いらしい。


(儂の見立てでは、あのアルマ・アルザラットはレベルは40から50。多く見積もっても60前後。……武具がきちんと機能しておれば、仕留められた筈だ)


傭兵崩れの棟梁であったあの……なんだ? デヴィウスとか言ったか。

鎧が機能しておればレベル50。


剣のクリティカル状態も付与され、なおかつスキルを打ち消す効果も機能していれば、負ける道理はなかった。


「お、お持ちいたしました」


「うむ。では……ここから……ここまで。全て死刑にしろ。罪状は適当にでっち上げておけ」


儂の天才的な頭脳が告げている。

つまり、〈戦鬼士の鎧Ⅱ〉と〈戦鬼士の剣Ⅱ〉が不良品のゴミだったということ。


指先をリストに当てて、下へと下ろす。役に立たぬ導士や技術者はいらぬ。……生かしておけば密告されるやもしれぬしな、ふふふ。


(やはり当初の予定通り、彼奴めを分断して孤立させ……我が親衛隊。……ボンクラのイルムが用意した傭兵崩れなどではない、最精鋭による処刑が望ましいな)


“アルザラット”は不吉だ。

この儂の人生において、不幸の象徴たる忌むべきモノの名。

下劣な家畜にすら劣る、ムシケラよ。


(……いや。分断して殺すのではつまらんな。……奴には『掃滅戦』で感じたのと同じ絶望感と……無力感を味わって貰おうか、くくく……ふはははは!!)


カイパーティとか言ったな、彼奴が目を掛けている凡愚の集まり。

……使わせて貰うぞ、ふふふ。

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