第16話第3階層のボスに挑むカイパーティ

「皆には………第3階層のエリアボスに挑んでもらおうと思う」


傭兵崩れたちとの一悶着からさらに2週間後。俺は、カイパーティに第3階層の踏破を提案した。

今の皆のレベルと連携なら、エリアボスクラスも倒せるだろう。


「つ、ついにですか、師匠っ!! 武者震いがしてきましたっ!!」


「アルマ様が居てくだされば、きっと大丈夫です」


「よ、よーし……が、頑張りますっ……!」


「アルマさん、胸をお借りします。第3階層のエリアボス、討ち倒して見せますよ」


皆の意気込みは十分。

登竜門の頂とも言えるエリアボスに、挑むだけの実力も付いている。


「皆、待ってくれ」


皆の視線が、俺に向けられる。

軽く深呼吸をして、肺の中に溜まった空気を入れ替えた。

入れ替えて、口を開く。


「………今回の討伐。俺は参加しない」


「えっと……アルマ様?」


「あ、あのぅ……アルマさんは、いつも参加せず見守って……その……くれて……います……よね……?」


「そうそう! 改まってどうしたんですか師匠?」


困惑の色が顔に浮かぶ。

4人の中で1人、俺の言葉の意図に気がついたのはカイだった。


「……玄室に入るのは、ボクたちだけ……ということですか、アルマさん?」


「えぇっ!? し、師匠は一緒に来てくれないんですか……!?」


「アルマ様がおられない状況で……エリアボスを………?」


「……えっ……?………えぇっ……!? そ、そんなぁ………!」


驚きの声、あるいは慄き混じりの困惑。もちろん、俺も皆と共に挑みたい。だが、これは第3階層を越えるための。

………駆け出し冒険者から、一人前の冒険者に至るための“決戦”。

鍛錬ではない。


「そうだ。カイパーティだけで挑んでもらう」


ひいては、ダンジョン完全踏破に向けた最初の大きな一歩。

俺がいるから安心、という気持ちでは駄目なのだ。


カイパーティの力だけで挑んでこそ、意味がある。


「わかりました」


困惑の色から、即座に切り替えたのは、やはりカイだった。


「お、おいカイ!? 本気かよ!?」


「今までもアルマ様が居られない状況で、何度か第3階層に潜ったことはありますが……」


「うぅ……どうしよう……私、自信が………」


「……皆、聞いてくれるかな?」


カイが立ち上がり、皆の前に立つ。

俺を含めた全員の目線と意識は、カイへと向く。


「皆。アルマさんが付いてきてくれないことに、不安を感じるのはわかる。………正直、ボクも不安だ」


だけど、と言葉を続ける。


「ーーーダンジョン完全踏破はボクたち“パーティ”としての目標だ。そして、第3階層の踏破は一人前以上の冒険者になるための関門!」


力強い声と身振り。


「その関門を越えてこそ、ボクたちはダンジョン完全踏破に胸を張って挑める! ……この関門を越えた先で見える景色を、ボクは皆と見たいと思う!」


気高い貴族を彷彿とさせるような、聞くものを畏れさせるカイの話しぶりに、黙って聞き入った。


「……それにさ、皆」


カイの声色が戯けたものになる。

片目をつむり、俺を見やって……。


「ーーーアルマさんが、ボクたちには無理なこと……やらせたことって

ある?」


ちろりと、舌先を出して笑った。

……なるほど、そうきたか。


「そ、それを言われちまったら……へへっ……な、何も言えないじゃないか。……うん!

師匠が“できる”って言ったら、

アタシらきっとできるよな!」


「………確かに、アルマ様が“挑め”と仰られたのなら……私たちにそれだけの力があるとの証も同義。……このノエル、アルマ様への信頼が足りませんでしたっ……!!」


「……え、えへへ。

アルマさんが……大丈夫っていったら……何が起きても大丈夫だったもんね。……うん……! 怖いけど、頑張ってみる!」


「ふっ……」


嘲笑したのではない。

感嘆と関心。

微笑ましさと誇らしさとが混じった、親愛の笑いだ。


(いいパーティだ。互いに信頼しあい、リーダーもパーティリーダーとしての責務をきちんと果たせている)


俺が師匠役として鍛錬するのを終える日も、そう遠くはないだろう。

少し寂しくもあるが、この成長を嬉しく思う。


「……カイ。君にこれを渡しておきたい」


カイに、この日のために用意しておいたモノを渡す。


「でっかいダイヤモンド……? なんだろう、すごい光ってる」


「マジックアイテムの類でしょうか」


「ぴ、ぴかぴかしてて……き、綺麗ですね」


受け取って、カイが手の中で軽く翫ぶ。


「これはいったい……?」


「〈送転の奇跡石〉、と呼ばれる物だ。第3階層に挑む皆のために用意させて貰った」


砂漠の王国から来ていた行商人から、買い取ったアイテムだ。

使い切りなのに目を瞑れば、有用なアイテムではある。


「〈送転の奇跡石〉……名前の響きからして、帰還アイテムですか?

アルマさん」


「そうだ。それを使えば、どんな状況や状態にあってもパーティメンバー全員で安全な場所。つまり、ギルドに帰還できる。……使い時は、君に任せよう」


「………逃げるか、逃げないかの判断はボクに委ねられている、ということですね。……責任重大ですね、パーティリーダーって本当に……」


「そういうことだ。

君がパーティメンバー全員の命に

責任を負いーーー」


隣に立ち、カイの背中に手を当てた。ここに立つこの剣士こそが、このパーティのリーダーなのだと皆に再認識させる。


「パーティメンバーは。……皆は、カイ。……君に命を預ける」


カイの両肩に手を乗せて、少しだけ力を入れて肩を押す。

パーティリーダーが双肩に背負う命の重さを、少しでも伝えたかった。


「アタシ……アタシはカイに全部預けるよ! やってやろう!」


「……なら、お兄様の背中は私たちが預かります」


「せ、精一杯頑張りますっ! 

カイさんっ……!」


「ありがとう、皆。……それにしても。ボクの言葉なんかと違って、重みがありますね、アルマさんの言葉は……」


「……他人の受け売りさ。それを借りただけだ。格好つけてな」


「……ふふっ。〈送転の奇跡石〉、確かに受け取りました。……貴重なものを、ありがとうございます。

……では……行こう! 皆っ!」


カイの叱咤に、力強い返事が3つ

木霊する。

……第3階層、踏破開始だ。



深呼吸を3度する。

愛刀の柄に手を添えて、そのまま強く握り締める。手入れはきちんとした。斬れ味も鋭い。……柄を握る指先に感じる確かな感触。


(………怖いな……凄く)


何度も潜ってきた筈の第3階層が、今日は見知らぬ場所に思えてしまう。

ボクたちは、これからエリアボスに挑む。

アルマさんが挑めると言ったからには、きっとボクたちには倒せるだけの実力があるのだろう。


(………しっかりしろ、カイ。しっかりするんだ、カイ・エリーニュス……!)


なら、この胸の奥で燻る恐怖はなんだ。燻って弾けた火花のような、この不安はいったいなんだ……?


「西‐11。……着いたよ、皆。準備はいいかい?」


……きっとそれは。


「よっし! ……い、いつでもいいぜ、カイ! 準備はできてる!」


「カイお兄様、準備万端です。いつでもいけます」


「だ、だ……大丈夫ですっ……。い、いきましょう、カイさん……!」


パーティリーダーとして背負う、

責任の重さだ。

〈送転の奇跡石〉でいつでも逃げる事はできる。

……でも、戦闘中に死なずに済むよう、命を守ってくれるわけじゃない。


パーティメンバー全員が円滑に機能して、リーダーであるボクがきちんと見守り指示を飛ばすんだ。


「行くよ、皆っ!!」


玄室の扉が開いていく。

湿った、苔っぽい風が吹き付けた。

愛刀を引き抜いて構える。


勝つ。

勝ってみせる。

………勝って、皆でアルマさんに胸を張って報告する!



「そろそろ、玄室につく頃か」


カイたちが玄室に入ってから約30分。俺は、ギルドでカイたちの帰りを待っていた。

第3階層のエリアボスは、慣れない内は長丁場になりやすい。アイテム確認は一緒に済ませてあるし、予備の武器も一人ずつ持たせてある。


カイたちならば、きっと乗り越えられるだろう。


「あのー、アルマさん」


「なんだ、シェリン」


「緊張してます?」


「していないが? 俺は至って落ち着いている何せカイたちは弛まぬ努力と研鑽を積み互いを支え合う心を持って連携しているエリアボスごときに負ける理由はないのだが?」


「緊張してますね、うん」


……カイたちなら乗り越えられる。

乗り越えられていないのは、俺の方だ。

心配でしょうがない。


「アルマさん」


「………なんだ?」


「さっきからぐるぐるぐる……鬱陶しいので座ってください。動きが喧しいんですよ。……尻尾追いかけて遊ぶ仔犬じゃないんですから」


「……………むぅ」


カイたちのことは信頼している。

だから送り出した。だが、それと

心配も何もせずに待っていられるかは別問題だ。


今すぐにでも玄室に飛んでいって見守りたいんだ、俺は。


「今回は何分くらい保つかねぇ?」

「アルマさんだって成長してるし、50分は待てるだろ」

「お兄さんは1時間に賭けるわ!」


……人の心配と葛藤を賭けの種にしやがって。もういい、梃子でも動かん。


「はい、これ。コーヒーです。

これでも飲んで落ち着いてください」


「あ、あぁ。ありが………熱ぁっ!? なんだ!? なぜ熱い!?」


淹れたてのコーヒーが熱い。

どうなっているんだ、敵襲か!?


「うるさい」


「あだっ……!」


脳天をシェリンの手刀で叩かれた。

……いい音が鳴る。


「イルムさんたちの時もそうでしたし、前に見てた子たちの時もこうなりましたよねー……アルマさんは」


椅子を引いて、シェリンが座る。

ドカッという擬音が似合いそうな所作だ。ふてぶてしいというか、恥じらいがないと言うか。

あるいは、豪快。


「ーーー……ーーー……ふぅ」


「それ俺のコーヒー……」


「私が淹れたんですから文句言わない」


どんな理論だ。


「仕方が無いだろう? 頭でわかっているのと、受け止められるかは違う」


頬杖をついて、俺は指先でテーブルを叩く。 


「言ってしまえば教え子を。

……死地に送り出すわけだ。

……怖くて溜まらないよ、毎回な」


コーヒーを啜る音が聞こえる。

カチャ……と小さな音がして、ソーサーに戻される。


「カイさんたちなら大丈夫、なんて無責任なことは言いませんよ? 私」


私にできるのは、と。

言葉を続けて。すぅっ……と静かに立ち上がった。


「お砂糖とミルクをたっぷり入れた、アルマさんが好きなコーヒーを淹れてあげることだけです」


まっさらな湯気のたなびく、綺麗なカラメル色のコーヒーが差し出された。差し出されたコーヒーを、俺は嚥下する。

程よい熱さだ。飲んだら、腹を通して全身が優しくほぐされていくような。


「………ありがとう」


「なぁ、アルマさん。俺らからもいいかい?」

「俺たち回復士からみても、カイパーティは成長してますよ」

「あの子たち、怪我をして帰ることはあるけど、だんだん怪我して帰る箇所が減ってるのよね」


回復士たちの声を合図にしたのか、ほかの冒険者たちも口を開く。


「そーそ。そりゃぁ、イルムたちのが成長は早かったけどよぉ」

「努力してアルマさんの、なんだ? 想いに皆答えてるぜ」

「あっしらなんか、この前助けられたりしてさ」

「駆け出しの新人パーティにとっては、憧れのパーティの一つみたいっすよ」

「大丈夫っすよ、カイさんたちなら勝てます!」


「……と、いうのが皆の総意ってやつです、アルマさん」


立ち上がる。

立ち上がって、胸いっぱいに空気を吸った。


「………ありがとう」


こみ上げた感情のままに言葉を紡いで、俺は踵を返して歩き出す。


「…………!」


拳を掲げ、背中で最後に語る。

冒険者は、これでいいのだ。

………さぁ、行こう!


「ーーーってどこに行く気ですかアルマさんっ!?」


「離せぇっ!! 離してくれシェリンっ!!」


「おいおい、せっかくいい感じに締めたのに台無しだよ!?」

「おい誰か縄もってこい、縄!!」

「まーた今回も駄目だったか!」

「よし、50分も保たなかったな。賭けは俺の勝ちな」

「言ってる場合かよ!?」


「大丈夫だ、シェリン俺は何もしないただダンジョンに潜るだけだから……! 見守るだけだから!」


「それは“なにか”する男の科白です! こらぁ! 大人しくしなさいってば!」


「縛れ縛れはやくっ!」

「椅子持ってきた!」

「というか、見守るのも今回は駄目よアルマさん。はい、大人しくしてねぇ……」


こうして俺は、椅子に縛られてしまった。縄抜けスキルがあるから、抜け出すこと自体はできる。

できるが……。


「おっとぉ……! 縄抜けしたらその縄も椅子も壊れますよねぇ、アルマさん? いいのかなー? ギルドの備品壊してぇ?」


くっ、シェリンめ……!

ギルドの備品は大切にしろとカイたちには教えている。……無理矢理に脱出することは叶わない。

………俺は、椅子に縛られたままでひたすらにカイたの無事を祈り続けた。

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