最終章―過去編―
第29話過去編に入るアサシン
「皆、すまない………怖い目に合わせてしまったな」
イルムをディルハム、ケティ同様に気絶させた後。
俺は急いで皆の縄を解きに向かった。
「アル坊……よぅ来てくれた。……この老いぼれ、何の役にも立てなんだ……」
「すみません、アルマ兄さん……僕は、何もできずに……」
「いや、あの数相手をどうこうは無謀だ。……巻き込んですまない……!」
ヴラムの爺さんとダタラの縄も解き、その場にいた全員を放していく。
「んー……んんっー……っはぁっ………ぅ……はぁ……はぁ……し、師匠……っ!」
「ホノ……苦しかっろう、猿轡は」
「ごめん、アタシ……アイツに勝てなくて……捕まって……師匠の……短剣っ……ぐすっ……取られたっ……!!」
「いいんだ、ホノ。……よく頑張ったよ」
泣き出したホノの頭に手を乗せて、ひたすらに撫でてやる。
泣くな、なんて言わない。
たくさん泣いていい。ホノは本当によく頑張った。
より強い相手に挑むのは怖かったろう。……それでも挑んで、守ろうとした。俺は君が……ホノが誇らしい。
「アルマ……さんっ……ぅぅ………」
「怖かったな、リリア……こんな縄……こうだ……! もう大丈夫だ」
しゃくり上げて嗚咽を漏らすリリア。誰の趣味か……イタズラに固く結ばれた縄を、少し戯けながら切り裂いてやる。躊躇いがちに、リリアの手が小さく動いている。……抱きつかれて、俺も強く抱きしめ返す。
「カイ、ノエル」
「………アルマさん」
「アルマ様……」
2人は、目を伏せていた。
泣き腫らした目と、頬に残る涙の跡が。……心を強く締め付ける。
「よく耐えた。……よく耐えたよ、2人とも」
2人分の重さが、俺の身体に掛かる。……背中に手を回して、子供を落ち着けるふうに擦って、軽く掌で叩いてを繰り返してやる。
ノエルは、姉がその身に傷を負わされるのを耐えなくてはいけなかった。肉親を傷つけられるのを。
耐えなくてはいけなかった。
(華奢な身体だ。……よく耐えた)
そしてカイは。
パーティリーダーとして、イルムたちの加虐を一身に背負い耐え抜いたのだ。クシャクシャにされた髪に、ブリオーから覗く肌には青痣が。
……頬には……深い傷が残っている。
「アルマさん……ごめんなさい。ボクは……いいえ、私は皆を……ずっと……」
「アルマ様……ごめんなさいっ……」
「……その話は後だ。今は街に戻って休もう」
俺はヴラムの爺さんとダタラの方へと向き直る。
「2人もギルドの街に来てくれ。……ここにいるよりは、安全だと思う」
「わかりました、アルマ兄さん……」
「うむ……うむ……一体全体、何がどうなっておるのやら」
一まずはここを離れたほうがいいだろう。
イルムの言葉がハッタリか判断のしようがないが、ここに居るよりはいい。街に戻って皆を休ませる。
○
街で往復の馬車に乗り、ギルドの街へと向かっていた。
転移用のマジック・アイテムは持っているが、パーティメンバーと自身を転移させる代物だ。
「すまぬなアルマ。面倒をかける……」
「いや、構いやしないさ。……馬車に揺られている方が頭も落ち着く」
冒険者ではないヴラムの爺さんとダタラは、一緒に転移させられない。
大型の馬車に乗り合わせて、街まで帰る。
「…………」
馬車内には、沈黙だけが流れているた。皆、何を話せばいいのか。
どう切り出せばいいのが分からないでいた。
……かくいう俺も、どんな言葉を掛けてやればいいのか。
頭の中にある言葉の引き出しを引っ剥がすが、見つけることができないでいる。
「……えっと……な、なぁカイ!」
そんな沈黙を破ったのは、ホノだった。
「その……ちょ、ちょっと傷見せてくれ」
「えっ……? あ……うん」
ホノがカイの頬に手を添える。
傷はリリアの回復魔法スキルでもう塞がり、傷跡になっていた。
傷跡に沿って、指先で触れる。
「ホ、ホノ………?」
「……この傷なら……えっと」
「………?」
「化粧で……化粧で隠せる。……街に着いたら、アタシが塗ってやるからさ。……その、えっと……だ、だから……!……だから……えと……」
そこまで言って、ホノが言葉を詰まらせた。
「……違うよな。ごめん。……隠せるとか、そういう問題じゃなくてさ……」
……だが。
「わっ……な、何だよカイ……はは。初めてだな、カイに抱きつかれるのなんて」
ホノの伝えんとしていた想いは、確かにカイには伝わっていた。
「……ありがとう、ホノ。
ボク……私、お化粧なんかしたことないからさ。……宜しくお願いするね」
「……おう、任せとけよ」
固く重苦しかった空気が、微かにだな和らぎだす。
この機会に、俺も言葉を切り出すことにした。
「カイ、ノエル」
「……はい、アルマさん」
「アルマ様………」
「2人の事情を話してはくれないか? ……責めるもりはない。できることなら、力になりたいと思う」
騙していたとか。
なぜ男の振りをしていたのか、とか。そんなふうに問い詰める気は、俺にはない。
……騙されたとも、思っちゃいない。2人には2人の事情があった筈だ。
2人が背負っているものを、ほんの少しでも……俺に背負わせてほしい。
「ノエル……こっちに」
「カイお姉様……。……はいっ」
ノエルが座り直す。
姉妹2人で肩を合わせ、俺たち全員を一瞥した。
「……皆を騙していたこと、どうかお許しください」
2人が深々と頭を下げた。
「カ、カイ! ノエル! や、やめてくれよそんな……」
「あ、頭を上げてください、2人とも……!」
ゆっくりと、カイが口を開いた。
躊躇いがちに唇を小さく歪め、唾を飲み込む。
「私とノエルは……あのイルム・ヴールの言葉の通り。……エリーニュス家の……リオン・エリーニュス侯爵の娘です」
(リオン・エリーニュス……!?)
驚きのままに、俺はダタラとヴラムの親父さんを見やった。
あの場にいた2人は、すでに知っているのはわかっている。
……驚きの感情を共有して、頭を落ち着けたかった。
(カイとノエルが……侯爵の娘だったのか……)
「私とカイお姉様の旅の目的は……ダンジョン踏破の目的は。……エリーニュス家の復興と、お父様が被った汚名を雪ぐことです……!」
汚名。
……俺を含めて、『掃滅戦』以前から旧エリーニュス侯爵領……現在のヴール伯爵両脚に住んでいた者なら、侯爵がどんな汚名を被ったのかよく知っている。
「ーーー国家転覆を目論み、『掃滅戦』を引き起こした逆賊。……大罪人として、お父様は処刑された。……私もノエルも、お父様の名誉を回復したいのです」
国家に反逆を企て、結果として多くの有能な冒険者たちを戦死させた大罪人。
王国始まって以来、これ程までに罪深く穢らわしい男はいないと断され……ギロチンに消えた。
一族は離散し、娘たちの消息は長らく不明だったのだ。
「うむ……うむ……エリーニュス侯爵が被った汚名……儂は今でも信じておらぬわ! ……領地をよく治め、民に寄り添った真の英雄よ……!」
「侯爵のおかげで、僕たちみたいなスラム街で暮らす子供たちは減ったんだ。……旧領地時代から暮らす人たちで……侯爵に恩を感じていない人なんか……きっといない」
(…………)
その侯爵の娘たちが生きていたとなれば。……王国中をひっくり返す大騒ぎになる。
……なぜなら、2人の母君は。
「な、なぁ……ちょっといいか?」
「……ん? なんだ、ホノ。……どうした?」
思考の流砂に飛び込みかけた俺の意識は、ホノの声で引き止められる。
見ると、リリアの方も幾らか困惑した顔でいた。
「何か、とんでもない事になってるのは分かる。……でもさ、掃滅戦って何なんだ……? いったい何があったってんだ?」
「私も、ホノも……。この王国出身ではありませんから……小さい頃に、大人の人たちが離していたのを、何となく聞いていただけで……」
「そっか……ホノは湿原の国から。リリアは氷雪の王国の出身だものね。……私自身……ううん、私とノエルも……詳しくは知らないわ」
「ーーーですから」
「ノ、ノエル……?」
「…………」
俺と、彼女の目が合う。
真っ直ぐな目だ。
……似ている。
父君に。エリーニュス侯爵に
よく似た真っ直ぐな。
「アルマ様。……『掃滅戦』を経験し、お父様と戦列を貴方は共にした。……そうですね?」
「………そうだ。あの日……俺も戦いに加わっていた」
「教えてください、アルマ様。……あの日。掃滅戦が起きた日に何があったのかを。……“アルザラット”とは。……アルマ様が名乗るアルザラットとは何なのかを、教えてください。……貴方は、何者なのですか……?」
……気高い獅子のような瞳だ。
「………わかった。話そう」
「おい、アル坊……」
「アルマ兄さん……その……」
「大丈夫だ。……皆は……俺の教え子も同然だ。知る権利がある。……それに」
カイとノエルを見やる。
「すべてを話してくれた2人に、俺は報いたい」
深く目を瞑る。
深く瞑って過去を瞼の裏に描き出す。
一つとして、取りこぼさないように。
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