第30話過去のアサシン(少年時代)

(あっつぅー………)


日陰に隠れながら、オレは蹲っていた。別に身体は健康だ。

健康だけが取り柄みたいな人間だし。


(腹へったなぁー………ぁー………)


じゃぁなんで蹲ってるの? って聞かれたら……そりゃぁまぁ。

……あれだよ。クソ熱いってのと。

腹ペコで死にそうだから。


(はぁ………飯……飯……食いてぇ)


空を見上げれば、ムカつくようなまっさらな青空。自分の裸さらして踊る、ド三流な踊り子見てぇに、“ねぇアタシをみてぇん? あっはぁーん!”……ってな感じに太陽は燦々と照りながら揺れている。

消えろクソ太陽。暑いんだよバーカ。


(やっべ、本格的にやべぇぞ。なんかオレ、馬鹿になってきてます……?)


額から汗粒がダラダラと垂れ落ちていく。ゴミ捨て場に捨てられてた本で見たな。

汗って元は血で出来てるらしい。

……てことはオレ、血だらけってことか。ははは、そりゃ頭も可笑しくなる。


(………ここで死ぬのかなぁ、オレ)


……もういいや。

死ぬならそれで。どうせ死んだとこで、俺の骨拾ってくれる家族もいますねぇし。くたばれクソ太陽。

くたばれ、腹ペコの虫。

俺と一緒に心中だ、あははは。

………はぁ。


全部を諦めて、オレは目を深く閉じることにした。このまま目を閉じていれば、そのうちポックリと逝けるだろう。


(……どうせ死ぬなら、柔らかくてあったかいトコで死にてぇなぁ)


「ーーーい、君ーーー?」


ん……? なんだ?

なんか俄に顔中が柔けぇや。それに、不思議とあったかい。

あと……なんか良い匂いもする。飯の匂いとかじゃなくて、汗と……コウスイっつーのか。

それが混じった匂い。なんか、落ち着く匂いがする。


(………そういや、昔読んだお伽噺にあったっけ)


死に際に、神様だか妖精様だかが願いを叶えてくれるっつー話。

てことは……なんかしらねぇけど柔らかくてあったかいモノの上でオレは逝けるってことか。


……じゃあ神様、妖精様。

ついでにお願いします。

この世からクソ暑い太陽も消してください。来世で何でもしますから。


「ーーい、君? 君ってば。おーい」


「うーむ、この暑さだからな。脱水症状を起こしているのやもな」


「それかあれじゃねぇの? アル、テメェの無駄にデケェ胸に挟まれて……狸寝入りってな。……おい、起きろクソガキ」


「ぅ………ん……?」


なんかうるせぇなぁ。

少しだけ、目を開ける。目を開けて、混乱した。なんだコレ。

すっげぇデカくて柔らかいモノが眼の前いっぱいに広がっている。

……とりあえず叩いてみる。


「おわっ……とぉ? あっはは、元気だね君。……んー、ルディンの言うような狸寝入りではないっぽいかなぁ」


「む? むむ? はっはっ! よかった、まだ元気はあるようだな。どれ、口を開けい坊主。水を飲ましてやろう。しっかりせい!」


「おーおー、いい叩きっぷりだなぁ、クソガキ。将来はテクニシャンってか? ……どいてろガルス。魔法スキル発動。《流水トカゲの甘霧Ⅳ》っとぉ!」


「ゔぉぐぉがぁぁぁっ……!? ゔぁふっ……!? な、何だぁ!? 何すんだよメェ!?」


冷たい水が、顔面に掛かった。

驚いて飛び退く。

なんだこれ!? ……しかもこの水、甘い。なにこれ。

舌先でチロリと舐めた瞬間、身体に力が戻った。暑くてグダってなのが嘘みてぇだ。


「ん……? んん……!? な、何だぁアンタら……? よ、妖精様か神様か!?」


「はぁ? 妖精様ぁ? 神様ぁ?

何言ってんだお前」


「だってその変なカッコウ、人間っぽくねぇもん……いひゃひゃひゃ……!?」


「クッソガキてめぇっ……!? 人がせっかく助けてやったのによぉ……!」


両頬を思い切り引っ張られた。

やめろ、頬が千切れちゃうだろ!?

離せよこのヤロウ!?


「はっはっはっ! 愉快な坊主だのぉ。……うむ、ルディン。貴様の格好。子供から見れば妙ちきなのは仕方あるまい」


「たくよぉ……! 妙ちきとは失礼だな妙ちきとは。……ふふんっ、最高位の僧侶……司祭級でないと着れねぇ逸品だぞ? まったく、物の価値を理解できねぇガキめ」


「いててて……ヒデェめにあった。……妖精様でも神様でもないなら、アンタなんなの? ヘンタイ?」


「だぁれがヘンタイだぁっ!?」


「あっはは!……んー、いい得て妙じゃない?」


オレの前に現れたのは、よくわからない3人組だった。


「あぁん? ……いい得て妙って何だよ?」


なんか白くてヒラヒラした外套着てる、眼鏡を掛けた背の高い男。

長身痩躯ってやつだろうけど、肩周りとか身体のラインは綺麗だ。

幾らか鍛えているのだろう。

髪は珍しい青髪の短髪で、顔は良い。


良いんだが、何か胡散臭い。

笑いながら『このマジック・アイテムを買えば死ぬまで生きられますよ』って売り付けてきそう。


「む……? はっは! 合点がいったぞ。うむ、うむ、確かにこれはいい得て妙だな」


もう一人は、傷だらけの鎧を着たゴツい、クマみてぇな髭面のオッサン。筋肉が鎧着て歩いてるみたいだ。背はそこまで高くないが、遠い山岳の方にいるドワーフたちよりは高い。ハーフドワーフか何かだろうか。


顔立ちもすげぇゴツい。

顔の皺で鉄板引き千切れそう。

……ただ、悪い人には見えない。

青髪眼鏡の白いヒラヒラのヘンタイと比べたら、聖人にも見えてくる。


「だってさぁ、ルディン。君は破戒僧でしょ? ……夜な夜な修業だの布教だの言って、繁華街に消えてくじゃないか。立派なヘンタイだよ」


最後は真っ黒な髪した、胸がバカみてぇにデケェ女。肌は浅黒くて、この辺じゃ見ない顔立ちをしている。

上半身は鎧じゃなくて、薄手の伸び縮みする真っ黒い布地。


両腕には革のグローブを嵌めている。目元は切れ長で鋭いのに、どこさボンヤリしていた。

たぶん、顔は美人に分類されると思うが、オレにはよくわからない。


オレより歳上の女なんて、皆ババァだ。ババァの顔の良し悪しなんざどうでもいい。


「………いひゃひゃひゃひゃ……!? なんひゃひょ!? なにふんひゃっ!?」


「んー、君さぁ何かすっごく失礼なこと言わなかったかな頭の中で、ふふふふ。……一応言っておくけど、私はまだ23だからね?」


……23?

オレより10個も歳上じゃねぇか。

世の中大体のやつは、50幾つで死ぬんだぞ。

寿命ほぼ半分終わってるし立派な

ババァじゃねぇか。見栄はるんじゃねぇよ。


「ぃっ……!? わかっひゃ、わかっひゃ! ほめんひゃひゃいっ!!……っはぁ……はぁ……ひっでぇめに合った……」


「わかれば宜しい。それで? 君はなんでこんな所で倒れてたの?」


なんでって……そんなの決まってるだろ。自然と、自身の眉間に皺が寄っていく。おかしなコトを聞くババァだな。

金も住むところもないからに決まってるだろうが。


「えーっと、あぁうん……顔見ればわかるよ。変な質問だなって思ってるね」


「うん、思ってるよ」


「はっはっ!……素直な子だのぉ」


「世間知らずなだけだろ。……退いてろアル。口下手が過ぎるんだよお前は」


青髪のヘンタイが前に出る。

前に出て、しゃがんでオレと目線を合わせてきた。


「……へぇ? お前、意外といい目をしてるな。こんなスラム街の端っこで死にかけてた割には」


「そりゃどうも」


「……コッチのデカ胸のババァが」


「んんっ?」


「……コッチのデカ胸のお姉さんが聞きてぇのは」


「んんんっ?」


「……此方におわすたわわと実った胸をお持ちの淑女が聞きたいのはな?……なんでガキがスラム街にいるのかだ。家出か? 誘拐か? それとも……このスラムで生まれ育ったのか。それが知りてぇんだ」


「あぁ、そういう……。家出……うーん……家出が正しいのか?」


「家出か。何処の家だ。……送ってってやるよ。……親やら保護者みてぇもんにヒデェめに合わされて逃げてきたってんなら、俺達が何とかしてやる」


「えっと……なんつーのかな。家出だけど、家出じゃないっていうか」


どう説明すればいいんだろう。

“家”を出てきたって言っても、想像してる家出とは多分違うし。


「むむっ? どういうことだ坊主。……奉公している店から逃げてきたのか? うん?」


「それとも、どこかのお屋敷の使用人だったとか?」


(あ、圧がすごい)


眼鏡、ゴツい筋肉、デケェ胸。

何だよコレ、新手の拷問か?


「え、えーっとオレは……」


頭の中で言葉を纏めて、科白にしていく。


「この街じゃい別の街から出てきたんだ。半年くらい前に」


「なるほどな。どこの街だ」


「わかんない」


「………はぁ?」


「オレ、読み書きできねぇから看板とか読めないし。キャラバンとか移民団に紛れながらここまで来たんだ」


「なるほど………な。意外とまぁ壮絶な人生だなクソガキ。なんか名前とかは? 聞いたことくらいあるだろ」


「名前? 無いよ。大人は皆、“救いようのない街”ってしか言わなかったし。嫌になったから逃げてきた」


オレと同じ。

名前がない。その街にいた人は、皆子供をお前とかガキとかって呼んだし、互いのこともそう呼ぶ。


「………まいったなこりゃ。……リオン様に報告しねぇと。方角は? それくらいわかるだろ?」


「えーっと……あっちの方。山があって、丘を2個越える」


「東の方か。山っつーと……デパスの山だなこの辺だと。……そんな街でどうやって育ったんだよ、クソガ……あいや……ボウズ」


青髪のヘンタイが、頭を掻きながら言う。どうやって育ったんだって……言わなきゃダメか……?

あんまり言いたくない。


「えっと……こうやって」


「うん? どうやってだよ?……あれっ……? うん……? はぁっ!?」


「な、なんと!? み、見えなかったぞ……!?」


「………わーぉ。……すごいね」


「はい。………返すよ。……悪いことだかから、もうやりたくないよ俺」


青髪のヘンタイと筋肉鎧、デカ胸の女から盗った金貨袋を返した。

……こうやって、窃盗スキルとか言うのを使って、街に寄った商人とかから金を幾らか盗んで食いつないでいたんだ。


「お、おいガキ!? ……お、お前のレベル見せてみろ」


「レベル……? あぁ、うん。いいよ」


「レベル1……?  いやいやいや、嘘だろ有り得ねぇって……!? 

……こ、コイツじゃぁ……窃盗スキルを使い続けて……スキルレベルだけカンストさせたのか……!?」


「うーむ……! その手の天賦の才を持った者が生まれることはある。だがこの目で見るのは初めてだ。わっはっはっ!」


「笑い事じゃねぇよ!?」


青髪のヘンタイと筋肉鎧が、何かワチャワチャとしだす。

話によくついていけない。

つまり……オレは何かオカシイってことか?


……死にたくなくて食いつなぐためにやってただけなんだが。


「ねぇ君さ」


「………ん?」


「さっき、こういう事は”悪いこと“って言ってたけど。……誰がこれは悪いって教えてくれたの?」


少し考える。

誰と言われると困ってしまう。


「……自分で気がついた」


「どうやって?」


「……ある日さ。商人から盗んだんだよ。そしたら、商人のおっさん途方に暮れて泣いててさ。……泣くのは悲しいことだから、これはきっと良くないんだって思った」


「お金は?」


「返した。……思い切り殴られたけどな、商人のおっさんには」


「そっかぁ。……ねぇ君さ。名前は?」


「ないよ」


「名無し、か。……よし、じゃあさこうしよう!」


デカ胸の女が立ち上がる。

立ち上がって、オレに手を突き出す。何がしたいんだ? 

掴めばいいのか、これを。


「私のパーティに来ない? 冒険者として鍛えて上げる。……君なら、なんかいい後継者になってくれそうな気がするしさ」


冒険者。

……なるほどな、この3人は冒険者って奴だったのか。たまに美味い残飯捨てていく、鎧着た変な奴らと同じだな。


「冒険者になったら何かイイコトあるの?」


「いいことかぁ……んー……じゃあまずは名前を上げよう君に」


「名前………」


いいな、それは。

名前か。誰かと仲良くなるには、名前を言うのが一番だって聞いた。

……名前……貰えるなら欲しいな。


「そこから先は、君次第。美味しいものが食べたいなら稼いで買えばいい。あったかいベッドで寝たいなら、頑張って稼ぐ。……一人ぼっちが嫌なら、努力を続ける。こんなものかな。どぅ? ならない、私の“弟子”に」


少し考える。

……考えているフリをする。

名前も貰えて、悪いことしなくても金が稼げて……あったかい場所で眠れるなら……うん。


断る理由が見つからねぇ……!


「よろしく! デカ胸師匠」


「いや、その呼び方はやめてほしいな……私はアル。アル・ザ・ラット。“溝鼠のアル”って呼ばれてる」


「溝鼠? 変なの」


「まぁね。でも結構気に入ってるよ、この呼び名。……で、あっちの眼鏡の煩悩の塊がルディン。筋肉ダルマはガルス」


「まったく、お前は女の子としか頭に……んん?」


「うるっせぇ! ワンナイトラブは俺の精神安定剤………あ?」


「と、言うわけでこの子パーティ入りね」


「はぁ!? 何勝手に決めて……!?」


「……はっは! 諦めろルディン。アルは言ったことを曲げぬ頑固者よ。……よろしくな坊主! ……改めて儂はガルス。この見てくれ通り騎士をしておる」


「ちっ……はぁ。ガキのオモリはゴメンだっつの。……オレはルディン。ふっ……押しも押されぬ天才僧侶にして魔道士だっ!! 弱冠25歳にして司祭級!! ふっふっ……そのレベルは脅威のぉっ!!」


「じゃあ名前を決めようか」


「うむ! そうだのぉ!」


「聞けよぉ!?」


青髪のヘンタイ……ルディンが何かごちゃごちゃ言っているけど、アル師匠とガルスのおっさんの反応を見るに、大切なことではないのだろう。聞き流す。


「お、お前ら……俺にもう少し優しくしろや………天才なんだぞ? 天才様だぞ? 良いのか? 帰っちゃうぞぉー、大聖堂に? うーん?」


「なぁにが帰るだバカモノ。大聖堂の女僧侶を皆抱いて破門されたクセして。帰ったら異端審問に合うだろうに」


「違う、俺は抱いてない。……ちょっと一晩同じベッドにいただけだ」


「まぁ、うん。そっちのバカは放っておいてさ。……君の名前はどうしようかな」


「聡明な響きが良いのぅ……ラングロット……いや、ザラルハッド……いやいや、モゥガレッド……あるいは……」


「あん? 古クセェ英雄譚の騎士の名前とかやめとけよ、ガルス。身体中がかび臭くなるぜ。……アルの弟子っつーわけだしぃ………?

よしっ。アルマだ。テメェは今日からアルマだ。いいな?」


「ふーむアルマ、か。……なんだ、お前にしては悪くないじゃないかルディン」


「アルの弟子だからアルマ……ふふっ、安直だけど好きだよ。……意味も良い」


アルマ。

……俺は今日から、アルマだ。

名前だ。……やった、名前を貰えた!


「ぎゃはははっ!! いーかアルマぁ? 俺が名付け親だぁ……つまりはゴッド・ファーザー!! ……俺の命令には絶対服従だぁ……いいな?」


「じゃあいらねぇや、こんなダセェ名前」


「クッソガキてめぇ………!? 

……はんっ、名前を変えたきゃ俺たちを越える冒険者になるんだな。……厳しく鍛えてやっから覚悟しろ!」


「鍛えるのは私だけどね、ルディン」


「うるっせぇなぁ!? ……カッコつけさせろよ、まったく」


○ー現在ー○


馬車が揺れる。

ギルドの街には、まだ着かない。


「ーーーこうして、俺はアル師匠の。……アル・ザ・ラットのパーティに加わった。……そうして、師匠の。……冒険者としての、暗殺者アルの技術を叩き込まれていった。……幸せな日々だったよ」


あの時……あの頃。

俺は胸を張ってこう言える。

俺は、世界一幸せなガキだったと。


「ルディンの兄貴とバカやって……ガルスのオジキに二人揃って叱られて。思い出すたびに……あの日々に帰りたくなる」


また目を閉じる。

アル師匠の下で鍛錬を積み続ける日々。そんな日々を過ごすこと3年。……16歳を迎えた日。


ーーー『掃滅戦』の切っ掛けとなる事件が起きた。

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