第31話過去のアサシン(青年時代①)
「よし、帰るぞアルマ」
「もう帰るのかよ、兄貴。俺、まだまだいけるぜ? もう少しレベリングしたいんだけど……」
場所は第6階層の玄室。
第5階層のボス級モンスター。
〈炎熱のワイバーン〉をソロで倒せた俺は、アル師匠にこの階層に潜ることを許可してもらった。
第7階層のモンスターどもは、歯ごたえがあるが……意外と狩れる。
「ダメだ。つーか、余裕ぶってるけどアイテム全部使い切ってるだろ? アルとの約束忘れたか、バカガキ」
「……ちぇっ。……じゃあ兄貴のアイテム分けてくれよ」
「だぁーれがテメェなんかにやるか、ブァーカ!」
ぐぬぬ……また俺をバカと呼びやがってこのエセ僧侶は。
聖職者じゃなくて生殖者のクセに。
……知ってるからな? 昨日も宿部屋に女連れ込んで、宿屋の親父さんに怒られたのを。
「つべこべ言わずに帰るぞ。……特に、今日のダンジョンはちょっとおかしい。帰ったほうがいいだろうよ」
「おかしい? ……どういう意味だよ、兄貴」
「魔力計測スキルで探知してみろ。教えたろ?」
「………わかった」
言われた通り、ダンジョン内の魔力量を測った。
ルディンみたいに手をかざすだけではわからないから、玄室に手を当てて測る。
「なんだこりゃ……? なんか、やけに多いな魔力が」
「だろ? 誤差とか、そういう範疇を超えてる。第7階層は確かに魔力量が多いが、ここまで多くはないんだよ普通」
スキルを使って、俺も理解した。
例えばいつもの魔力量を100として。今日のダンジョン内を漂う魔力は120くらいある。
「レベルはどうだ、アルマ」
「えっ? ……4レベルアップしたけど……」
「何を倒した?」
「〈オーク・ソルジャー〉を3体だ。兄貴も見てたろ?」
ルディンが眼鏡を掛け直す。いつものヘラヘラした雰囲気は消えて、真面目な雰囲気だ。
……そこは司祭級だな、腐っても。
「よし、アルマ。筋道立てて考えてみるぞ」
踵を返したルディンに付いていく。玄室を出て、2人で歩き出す。
「お前の今のレベルは56。対して、〈オーク・ソルジャー〉のレベルは幾つだ?」
「記憶違いじゃなきゃ、平均して56だろ?………あっ……!」
モンスターのレベルを口に出して、俺も気がついた。魔力量がおかしいだけじゃなくて、ダンジョンそのものがおかしくなっているという意味に。
「気が付いたか。戦闘に参加した俺のレベルも、1レベルアップして76だ。……おかしいだろ、経験値の獲得量が」
「……確かに。俺でもせいぜい1レベルアップするかしないかのレベル差だったよな」
「……ふんっ。レベルアップで浮かれて違和感に気付けないあたり、まだまだだなお前も」
……返す言葉もねぇや。
でも、経験値が沢山入るならそれはそれでいい気もするけどな。
「アルマぁ?」
「んあっ? あ、なんだよ兄貴」
「お前、短絡的な考え方してるだろぉ……? んー?」
「た、短絡的って……俺はただ獲得経験値がバカみたいに多くなるのは悪くないんじゃないかなーって」
「ばっか。……それが悪いことの予兆ってこともあり得るんだぞ?」
ルディンが、法衣の襟を正す。何かお説教をする時の癖だ。
……やばい、お説教される。
兄貴のお説教って長いんだよなぁ。
「古い文献にあったが、とある漁村で、魚が大量に獲れたことがある」
「……あぁ、うん」
「漁村で暮らす村民たちは大喜びだった。なにせ、浅瀬だろうが網を投げれば魚が獲れたんだからな」
「……はい」
「だが……それは吉兆なんかじゃなかったんだ。……最悪な災害の前触れだったのだ。ここまではいいな?」
転移ポータルの前に着く。
俺の返事を聞かないまま、ルディンはポータルを起動させて話を続けた。
「数日後。その漁村は……この世から綺麗さっぱり跡形もなく消えることとなった。……大地震と大津波だ。……魚が大量に獲れたのは、その予兆に過ぎなかった」
「…………うん」
「しかるにっ!! わかるかアルマっ!!」
顔が近い。
わかったから少し離れてくれ。
言いたいことはわかるよ。
経験値が大量なのも、最悪な事態の前触れかもってことだろ?
わかったから。
………短絡的なこと言って悪かったから、離れてくれ。
「人間にとってはありがたいことでも、最悪な事態の前触れでしかない。……そんなこともあり得る!
わかったかぁ、このバカヤロウっ!!」
「はい! わかりました!……ごめんなさいっ!」
「よぅし、わかれば良い」
ふぅ……無事にお説教が終わった。
今日は短く済んで良かった。
「うんうん! もう俺すっげぇ反省してーーー」
「ギルドに帰ったら、古い文献に残っていた事件や事象についてみっちり教えて、その甘ったれた考えを叩き直してやるから覚悟しろよぉ? ふふふふふ………」
あぁ………最悪だ。
○
「ふへぇ………ぇ」
時刻は夕方。
お喋り煩悩僧侶のアリガタイお話を、昼過ぎまでたっぷり聞かされた俺は、あれから精根尽き果てて酒場のテーブルに突っ伏していた。
(ルディンの説明好きめ……)
もう暫くは、『古文書によれば』だの『伝承に則るならば』だのと言った科白は聞きたくない。
「や、アルマ。変な声だしてどうしたの」
「はっはっは! 大方、ルディンにみっちりと絞られたか。アレの話は長いからな」
「あぁ、師匠とオジキか。……まぁね、そんなトコだよ」
ぐぅっと背伸びをして、姿勢を正す。両肩をぐるりと回して、気怠さを飛ばしてほぐす。
「あはは、それは災難だったねアルマ。
……よいしょっと」
「どっこいせ。……とはいえルディンも節操なく長話をする方ではあるまい。……すまんが飲み物と軽食を適当にくれ。……何か踏み抜いたなアルマよ」
フィンガースナップを一つして、ガルスのオジキが店員を呼ぶ。
店長の返事が聞こえて、2人分の水がまず運ばれてきた。
俺もコップを差し出し、水を注ぎ直してもらう。
「いや……その。……ダンジョンの様子がおかしくてさ」
「む? どうしたのだいったい」
「魔力量がいやに多かったんだ」
今日のダンジョン内で起きた事を、俺は師匠とガルスのオジキに話た。
話している最中の2人の様子を見るに、ルディンから2人には何も知らされていないように思える。
「……兄貴、2人には伝えてないの?」
「ルディンから話は聞いていないねまだ。……その辺はあの人の悪いクセかなぁ……」
「うむ。シモの方は……何だ。その、豪快だが。
ことこういった事象には……神経質な碩学気質になるからな」
「あれっ? じゃあさオジキ。もしかしてだけど」
「うむ……先ほどダンジョンでチラと見かけた」
まったく……と俺は頭を抱えた。
師匠の言う通り、ルディンの悪い
クセだ。僧侶というか魔道士の性というか。フィールド・ワークっやつをしたがる。
「ルディン、普段は一言多いのにこういう時には黙るからなぁ、あはは」
「はっはっ。確証を持てるまでは黙り込む。まぁ、仕方のないことよな」
ダンジョンに潜り、起きた異変が本当に“異変”だったのかを調査しに行っているようだ。
「1人で大丈夫……いや、大丈夫か兄貴なら」
一瞬だが心配しかけて、別に大丈夫だなと思い直す。
……というか、俺はともかくとしてアルパーティの面々。
師匠もガルスのオジキも。
なんなら、後衛ジョブのルディンさえ“単騎無双”と言えるくらいに強い。
「むしろソロの方が、射線気にせず大規模な魔法スキルをバンバン撃てるしねー」
「調子に乗って魔力切れなど起こさぬとよいがなぁ……」
ルディンのレベルは76で、ガルスのオジキは81。アル師匠のレベルは……暗殺者のジョブ戒律があるからわからない。
ただ、涼しい顔で第8階層に1人で潜ったりしてるから、多分85か90ちょっとだとは思う。
「兄貴に限ってそれはないよ。性格と趣味はあれだけど、引き際はわきまえてる人だし」
アルパーティはこのギルドの街。
ひいては、王国が誇る最強クラスの冒険者パーティの一角だと言える。
そして、だ。
「おう、おう帰ったぜテメェら。天才僧侶様のお帰りだ」
「噂をすればなんとやらだね。……お帰りルディン。さて、何か報告することがあるんじゃないかな?」
「あん? ……あぁ、アルマから大体は聞いているだろうから、結論から話す」
「……む。いつになく神妙な顔だなルディン。……大事か」
「そうだ。……リオン様に“ご相談案件”……ってやつだな」
(リオン侯爵に……?)
リオン・エリーニュス侯爵直属の冒険者パーティでもある。
ギルドの街を拠点としつつ、領内を周り各街の状況を監察している。
俺はそんなパーティの“補欠”……とも呼べない見習いというわけだ。
暗殺者としての実力も補欠レベル。
……師匠の育成方針でレベルを開示させられて戒律も破ってるから、さらに能力はダウンしている。
正直言って、よく侯爵は俺のパーティ入りを許可してくれたなとは思う。
「ダンジョンの各階層を確認してきたが、どの階層も魔力量が異常だった。……これを見てくれ」
ゴトッと大きく鈍い音を立てて置かれたのは、モンスターの素材だった。
「……ルディン、これって〈邪毒のコカトリス〉の爪だよね? 凄い鋭くなってるし……異様に歪曲してる」
「……酷く肥大化しておるな。ひと目見て異常とわかる。うーむ、これは吉事か凶事の前触れか……果たして」
「ど、どれ? 俺にも見せて」
「ほら、アルマ。手を切らないようにね。……皮膚に触れてるだけでもヒリヒリするくらい鋭いよ」
師匠の言う通り、ヒリヒリしてくる。カミソリを掌に乗せているようだった。
鍛錬のために十数匹狩ったことがあるけれど、こんな禍々しい爪なんかドロップしたことがない。
……なんだ、これは……?
「そんな異様な素材が……ほら」
さらに素材が置かれていく。
どれも見覚えのある素材で……だからこそ異様さが際立って見えた。
「経験値もその分、バカに多く入ったがな。駆け出しの冒険者どもは喜んでたよ。……あと、 どっかのバカガキもなぁ?」
「ぐっ……反省してますって……」
「わかりゃぁよろしいんだよぉ、わかりゃぁ! ……つーわけだから、侯爵様に報告入れて専門家を派遣してもらうおうと思う。放置しておくと何が起こるかわからねぇ」
「儂の方は異論なしだ」
「……決まりだね。侯爵閣下に御報告申し上げるよ。早馬で……一週間くらいか。……各自、有事に備えておいてね」
「は、はい師匠っ!」
「うむっ!」
「へぇーへ。……夜遊びは控えときますよ」
「……はい、じゃあ小難しい話はおしまいにして」
パンッと一度。師匠が手を叩く。
張り詰めていた空気が、その音と共に潰れるようだった。
「ーーーアルマの3年目のお祝いしないとね!」
………お、お祝い?
いや、師匠。さっき有事に備えて云々って……。
「はんっ、冒険者なんてのはな。……3年間死なずに続けられたら一人前だ。ほらよ。ったく、人の保管魔法スキルを何だと思って……」
ルディンがブツブツと何か呟きながら、保管魔法スキルを発動させた。
魔力のポータルが開くと、そこから革鎧が一つ出てきた。
「これって……竜革の鎧……!?」
「うむ! お主が初めて狩った竜系モンスターの革。それを使って誂えさせた。……儂からの祝の品だ。色は後で好きに染めるが良い!」
「あ、ありがとう! ガルスのオジキ……!! すげぇ……ピカピカだ……!」
本当は酒を共に飲みたいがな、とガルスのオジキが笑い飛ばす。
……それは、もう4年の辛抱ってことで。
「ピカピカぁ? そういうのはな、ヒヨッコ色ってんだよ半人前が。……ほらよ」
「うわっ……何これ……ヘルム……?」
ルディンに投げ渡されたのは、真っ黒な革のヘルムだった。
目元以外を覆うそれは、フード・ヘルムという奴だ。
「たまたまドロップした装備だ。いらねぇからテメェにやる」
「もー、ルディンってばまた憎まれ口叩いちゃってさぁ。……アルマ、それね?」
「ばっ……!? やめろアル!?」
ルディンが止めようとするが、師匠は止まらない。
実は……何だろう?
「第7階層のレアモンスターが、低確率でドロップする貴族所蔵級の装備。……一昨日かな? 血眼になって狩りまくってたよねぇ、ルディンね?」
「あ、兄貴ぃっ……!」
「はぁー!? 知らないがぁ!? たまたまドロップしただけだからぁ!……勘違いするなよアルマ。別にテメェのためじゃねぇし!! はんっ! ……それ被って貧相なツラ隠せってんだよクソガキ」
……そういうことにしておくよ。
ありがとう、ルディンの兄貴。
口は悪いし下半身で考えて生きてる最低な人けど、そういう優しいとこ俺は大好きだ。
最低だけど。
「お前なんか頭の中で失礼なこと考えてたろ? ん? アルマコラお前コラ」
「考えてないよ? 大丈夫? 脳みそにビョーキ貰っちゃった?」
「んだてめぇ!?」
「2人は本当に仲がいいなぁ」
「よくねぇよ!?」
「さてさて、師匠である私が贈るのは………」
「聞けよ!?」
ルディンの話は、お説教と真面目な顔してる時の話以外は無視して良い。そう師匠から教わった。
「師匠からも貰えるんですか……!?」
「そりゃもちろん。……はいこれぇ」
渡されたのは、二振りの短剣。
……これってまさか……師匠の〈溝鼠の黒牙Ⅱ〉……!?
貰っていいのか、本当に……!
「いいんですか……貰っちゃって……!?」
「いいよぉ、それ贋作だもん。性能はその辺の短剣よりはいいけどね」
………えっ? ガンサク……?
「えっ?」
「贋作だよ。私の短剣をあげるには……まだ力不足だからねぇ。……ふふっ、贋作で我慢してね」
いや、その。
贋作とはいえ師匠から短剣を貰えたのは嬉しいが……なんだろう。
すっごく複雑な気分。
嬉しいけどなんかこう……アレだよ……!
「だはははははっ! こいつぁ傑作だなぁ!! レア素材で出来た鎧にぃ? 貴族所蔵級の超レアフード・ヘルム被ってんのに得物は贋作ぅ? わははははは! お似合いだなおい!」
(……なんだ、やっぱり頑張って取ってきてくれたのか、このフード・ヘルム)
腹を抱えて笑うルディンを尻目に、時間はゆっくりと過ぎていった。
○ーー現在ーー○
フード・ヘルムを脱いで、それを見つめた。……今も。
これから先も、俺はこのフード・ヘルム以外のモノを被るつもりはない。
身に纏っているこの鎧もそうだ。
身体の成長に合わせて打ち直し、継ぎ接ぎを誤魔化して使い続けている。
「アル師匠は贋作だと言っていたが……ふふっ。……確かに贋作ではあったが、ヴラムの爺さんが鍛えた業物。……当時の俺には、もったいないくらいの逸品だった」
冒険者としてのアルマは、まさにその日に生まれたのだ。
……俺の原点であり……俺を戒め続けている記憶。
「早馬を出してから一週間。……リオン侯爵が到着し………それを見計らったかのように、ダンジョンは胎動を始めた」
馬車は、まだ着かない。
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