第32話過去のアサシン(青年時代)②

馬車の一団が、街へとやって来ていた。

その場所の一団をひと目見ようとしてか通りは人でごった返し、

普段は幾らか粗雑で武骨な雰囲気の街が、今日はめかし込んだ祭りの日みたいに飾り付けられている。


(あれが侯爵様の乗った馬車か……? どの馬車もデカくて豪奢だな……)


俺には貴族の階級だの、偉さだの政云々はよくわからない。

だが、馬車の一団の規模を見るに。


「侯爵様!」

「エリーニュス侯爵様!」

「侯爵閣下万歳!」


……そして、街を揺らすような大歓声と熱気を見るに、エリーニュス侯爵がともかく偉くて凄い人というのは理解できた。


挨拶の手紙……といえば良いのか、歓迎の手紙のようなものは何通か貰ったことはあるが、面識そのものはまだない。


「おーおー。すげぇ人気だな相変わらず」


馴れ馴れしい声がしたかと思えば。

……同じく馴れ馴れしい手つきで肩に腕が回される。視界の端にちらと見えた青髪。


「……さすがの兄貴も、侯爵様のお出迎えにはちゃんと来るんだな」


「あ? お出迎え? そんなもんはアルとガルスに任しときゃいいんだよ。俺はお前のオモリ役ってな」


つまり、サボったと……?

これでよく直属のパーティに居られるな。


「おっほほ……! 侯爵様々だなオイ……おかげで街はお祭りムード!!」


「確かに。街が賑わうはいいことだよね、兄貴」


「あ? 街? 街なんか別にどうでもいいんだよ俺は」


「………えぇっ……?」


「ふひょぉっ! 魔力写真に撮りてぇくらいだ……ふへへへ……」


鼻の下を伸ばしてニヘラ顔だ。

人ってこんなに情けない顔浮かべられるだな。知りたくなかった。

兄貴が熱い視線を向けている方向へと、俺も目をやる。


(まーた女かよ……好きだなホント)


よそ行きのドレス……でいいのか?

普段とは違う、綺羅びやかな服を着た街娘やら御婦人やらが立っているのが見えた。


「青い……青いなアルマ」


「青い? 俺は黒髪だよ」


「髪の話じゃねぇよ。よく見ろ……目に焼き付けるんだアルマ」


「ぐゔぇっ……」


頭を捕まれて、無理矢理に首ごとぐぃっと回される。


(くび……が……首が痛ぇ……)


「わかるか? ガキのお前にはわからねぇかぁ、アルマ!」


わかるって何がだよ。

あと、なんだその双眼鏡は。


「こういう時ってのは皆着飾るんだよ。んで……よそ行きの服ってのは……布地がすくねぇ上にボディラインがよーく見える。……見ろよ仕立屋んとこのネリーちゃん……! まさか“隠れ”だったとは……ノーマークだったぜ……!!」


“ノーマークだったぜ!”

……じゃないよ。不純な目的で抜け出しやがって。しかも俺のオモリだなんて……ダシに使ったなこの煩悩の化身め。


置け。

その双眼鏡いったん置けよこのヤロウ。覗き魔がいますって報告してやる。


「後学のためによく見ておけアルマ……これぞ……これぞ女体の神秘……っ!」


何が女体の神秘だバカ眼鏡。

その双眼鏡叩き割ってやろうか。


「バカなことしてないで……ん?」


「バカなこととは何だ、立派なオベンキョウだ……おい、アルマ? ……どこ行くんだ……?」


その双眼鏡は節穴か。

俺はその場を離れて駆け出す。

人混み紛れて消えられる前に、間に合わせる。



(この通りに入っていったと思うけど……)


ルディンが熱心に見ていた方向。

人の多いその場所は、死角になりやすい。……小さな子供や小柄な女性なら簡単に“隠せて”しまえる。


侯爵様の来訪で、お祭り騒ぎになっている。悪党が何か良からぬ事をするには、絶好の機会だ。


(……いた!)


装備を着崩した、柄の悪い男たちだった。

急いで追いかける。気が付けて良かった。これに関してだけは、ルディンが覗きしてたことに感謝する。


「……シェリン!?」


「ふぁ、ふぁるまふぁんっ……!」


猿轡を付けられていたのは、幼い女の子だった。そして、俺はその子と面識がある。……というか、ほぼ毎日会っている。

日頃からお世話になっている、回復士さんの娘だ。


「ちっ。冒険者か。面倒なのに嗅ぎつけられちまったな」


「装備からしてやりそうだぞ、あのフード・ヘルムの奴。どうする……?」


短剣を引き抜いて構える。

暗殺者は対人戦闘に特攻が補正があるジョブだ。……だが、その特攻状態を上手く使えるかは別になる。


「うぉっ!?……攻撃スキルか!」


「………ちぃっ……!」


「おい、こいつよく見りゃぁ……ははっ、立派なのは装備だけだぜ!」


「おまけに身のこなしにキレのねぇ攻撃スキルときた。……おい、お前はガキ連れて早くいけ。……俺はこのクソ生意気な装備した奴と……遊んやるぜ!」


(……くそっ……!! 仕留められなかった……!!)


実のところを言えば。

……俺は対人戦闘が物凄く苦手だ。

対人戦闘の訓練はしてきたし、対人戦闘用のスキルも覚えている。

……だが、実戦となると上手くいかない。


「おらよ、クソガキ!」


「……ぐっ……!?」


裏拳をまともに喰らい、意識の軸がブレる。反射的に振り回した短剣はどちらも空を切り、なんの手応えもない。


「良い鎧だなぁ! 幾らで買ったんだよ? へへへ、俺のが似合う思うぜ? そらよぉっ!」


「………ぁっ………ぶぅぁ……!?」


腹に走った鈍痛。

吐き出しそうになったものを、無理矢理に飲み込む。

……震えだした膝に力を入れて、無理矢理に身体を立たせた。


「ぃっ………!? ぐぅ……っ」


「汚く吐き散らしやがってよぉ! 立てよクソガキ。英雄気取って助けきたんだろ?」


鎧のネックガードを捕まれて、頬に拳を叩き込まれる。

口の中に鉄の匂いが満ちた。


「見てくれだけの雑魚がよぉ!」


殴打が続く。全身に拳が叩き込まれて、腹に何度も打撃を食らった。

このままじゃ……シェリンを助けられない。……どうする……? 

どうすればいい……?

……意識が……途切れそうだ。


「ぅぁ………」


「ははは! イイザマだな。 

ーーーあ? なんだ……? おい! どうした!」


男の悲鳴がした。

シェリンを抱えて逃げだした男の

悲鳴だと、直感的に理解する。


「ひぃっ……!?」


見せつけるように、路地から転がされてきたのは。

……やはり先程の男の頭だった。


「ーーー氷魔法スキル発動。《氷爆獣の大角槍Ⅳ》! ……しっかりしろ、アルマ!!」


それを合図にしたかのように、大気を一瞬にして凍てつかせるような。

猛烈な冷気を伴った魔法の一撃が飛ぶ。

……俺が対峙していた男の身体に突き刺さると、そのまま爆ぜながら男の身体を。

……氷の破片へと変え、絶命させた。


「兄貴………ぅっ……」


フード・ヘルムを外される。


「………男前になったな、オイ。俺はお前に情けなく殴られろなんて教えたことはねぇぞ?」


「………ごめん」


「アルマさぁんっ!!」


「……シェリン。……怖かったな。もう大丈夫だから……」


路地裏から、シェリンが駆け寄ってくる。抱きとめると、顔を埋めて泣き出した。怖い思いをしたんだ、無理もない。

その後ろから、アル師匠も歩いてくる。


「回復魔法スキル発動。《リャナン・シーの甘露涙Ⅳ》。……お小言の残りは師匠から聞けよ」 


「やぁ、アルマ」


「えっと……師匠……その。……侯爵様の出迎えに行ったんじゃ……」


「そっちはガルスに任せてる。侯爵様の直接の護衛役はガルス。

私は街を飛び回って、刺客や犯罪者の警戒。……気づけてよかったよ」


何と返事すれば良いのか分からずに、俺は俯くしか無かった。


「………初撃を外して、後はそのままボコボコに……っ感じかな?」


「………はい」


反応はない。

……溜め息を吐かれるかしたほうが、気分的にはマシだ。


「対人戦はもう、問題こなせるだけの技術はあるよアルマには。……問題は気持ちが付いてこないことかな」


対人戦が苦手な理由は、精神的な部分にある。

モンスターなら何も考えずに倒せるが、人となると無意識の部分で自分に枷をかけてしまう。

……モンスターは幾ら斬り殺そうが、玄室に入り直すかすれば“蘇る”。


でも人は違う。

少しでも加減を間違えて殺してまったら、それで終わりだ。

そう考えたら、身体も指先も竦む。


「甘いんだよガキ。……ったく。あーいうゴロツキ被れの冒険者なんてのはな。親から貰った生命を喜んで使い潰して金稼ごうってロクデナシだ。躊躇なんかするんじゃねぇよ」


「兄貴……わかってるよ俺だってそんなことは」


頭ではわかっているんだ。

殺す気でやらなければ、殺される。

冒険者は全員、大なり小なり普通の“倫理観”を捨てなければやっていけない。


特に……さっきの誘拐犯のような、倫理観を捨て去った手合には特に。

もはや、人の形をした獣と思わなくてはいけない。


「……さっき俺とアルがヤった奴らも、誘拐で縛り首。

……レベルもそれなりに高い奴らだった。全力で叩きのめさないと此方が死ぬ。……躊躇するほうがバカらしいんだよこのアホ!」


割り切らなきゃいけないことだとは、わかっている。

でもそれで簡単に割り切ったら、俺の中で……言葉に出来ないけれど……何かが崩れそうなんだ。超えちゃいけない線引を超えるような。

……そんな恐怖が付きまとう。


「………甘ちゃんめ……いつか殺されるぞお前。……無抵抗に殴られ続けて死にかけて」


………返す言葉もない。


「あ、あのぅ……!」


「シェリン……? どうした?」


恐る恐ると、シェリンが俺から離れる。離れて、俺を庇うよう前に出た。

……優しさに感謝したくなると同時に。


「アルマさんを……アルマお兄ちゃんをあんまりイジメないでください……! すぐに助けに来てくれたの、アルマさんですから!」


自尊心に……小さくだがヒビが入ってしまう。

自分よりも小さな子に守られてしまった。


「別にイジメてなんかないぜ、シェリンちゃん。

……いいか、アルマ。

好き好んで人殺すサイコ野郎になれなんて言ってねぇんだ。……自分の身を守る為の割り切りは身に着けろって言ってんだよ。……もうパレードごっこは終わったろ? ガルスに合流してくる」


踵を返して、ルディンが去っていく。


「………アルマ。私はね、アルマの考え方は人として正しいって思ってるよ」


「………」


「でも……人として正しい事と、生きる上で割り切らなきゃいけないところは……残念だけど両立し得ない事が多いの。……何に殉じるかは、自分で決めてとしか言えない」


「俺には……難しいよ師匠」


ぐぅっと師匠が伸びをする。


「その答えを出せるようになるまでは、師匠として見守っいてあげる。だから存分に悩むと良いよアルマ」


……そうして、小さく微笑んだ。


○ーー現在ーー○


苦い思い出……としか言いようがない。

冒険者としても、今以上に中途半端な人間だった。

正しいことと、正しいとは大手を振っては言えない事との境界線を見つけられなかった。


「今でも対人戦は好きじゃない。……その辺りは、あの頃から何も変われていないのかもしれないな、俺は」


そんな駄々っ子も鼻で笑うような人格と考えをぶら下げたまま、俺はリオン侯爵との対面を果たすことになる。


……そして、胎動を始めたダンジョンを目の当たりにしたのだ。

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