第33話過去のアサシン(掃滅戦①)
「アルパーティ、御前に参上致しました」
場所はギルドの広間。
師匠たちに倣い、最敬礼で頭を垂れる。俺たちに合わせて、この場にいるギルドの職員たちや冒険者パーティも、最敬礼で頭を垂れていく。
「面を上げよ」
(……確か……一回目は面を上げないんだよな)
事前に教わっていた事を思い出す。
侯爵様が面を上げろと言っても、一回目は上げてはいけない。
二回目で小さく上げて、でも目線は伏す。
最後に「拝謁を許す」と言われたら、侯爵様の事を見ていい。
貴族の方に対しての決まりだ。
「うっす」
「いやぁー堅っくるしかった!」
「リオン侯爵! お久しぶりす!」
「侯爵、酒奢ってくださいよ!」
「バーカ、オレらが奢るべきだろが」
(………えぇっ?)
が、そんな決まりを誰も守らない。酷く馴れ馴れしく……数年来の友人に接するかのような口ぶりで茶化していく。
師匠たちも立ち上がって、碎けた立ち方で伸びをする。
「お前たち一気に喋るな。耳は二つしかないんだから。それと、酒は奢るに決まっておろうよ! ハハハハ!」
「いよっ! 侯爵様っ!」
「さすがリオン侯爵だぁっ!」
「侯爵! 飯もよろしく!」
「リオン侯爵万歳!」
「侯爵閣下万歳っ!!」
(な、なんだ……? なんで皆こんなに馴れ馴れしいんだ……?)
侯爵が冒険者たちに近づいて、なんてことないかのよう雑談を始めた。
その後ろに、師匠とルディンが護衛に立つ。
貴族と平民がこんな風に接し合うのなんて、初めて見た。
戸惑っていると、ガルスのオジキに肩を小突かれる。
「戸惑っているなアルマ。だが、リオンと我らギルドの街の冒険者はこんなものだ」
「仲……良すぎじゃない……?」
「良すぎも何も、リオンは元々この街を拠点に冒険者をしておったのさ。エリーニュス家の家督を継ぎ、結婚するまではな。
身分を隠し、武者修行と見聞を広めるためと言って」
……貴族が?
偏見と言われたらそれまでだけど、貴族が剣やら鎧やらを纏って、
ダンジョンに潜るところが想像できない。
こう……紅茶を啜りながら優雅に菓子でも食べていそうな。
「ははっ、リオンは貴族の中では屈指の変わり者も変わり者よ。葡萄酒も静寂も優雅さも嫌い、粗野な酒と喧騒、泥臭いことを好む」
だが、とオジキが言葉を続ける。
「政の手腕は確かだ。……領内を見て回り、街々に暮らす民草の生活に直に触れて幾つもの改革を成功させてきた」
ただの冒険者気取りな、貴族のドラ息子ではない。……とオジキは言う。
確かに、ただ気前が良くて接しやすそうな人というだけなら、ここまでの歓待ムードにはならなかったろう。
「3年前。先代が亡くなり、完全な形で家督を継いだリオンは、街々の治安の回復とに尽力してきたのだ。
領内での人頭税の撤廃。
ダンジョンのドロップアイテムの正規な売買ルート確立による経済の活性化。
……財宝や武具、素材などの飽和よる価値の下落を避けるための管理などな。国王陛下からの信頼も厚い」
このギルドの街に関して言えば、確かに街や人の様子は目に見えて良くなってきていた。少なくとも、ギルドの街で浮浪者を見かけることはあまりない。
……シェリンを誘拐しようとした冒険者崩れも、この街の冒険者ではなく外部の人間であったし。
「それにな、アルマ」
「うん?」
「無能なドラ貴族の直属のパーティをやるワケがなかろうよ、“アル”パーティが」
そう言って、ニヤリと笑ってみせた。……どんなことを成し遂げた人なのか説明されるより、この一言の方が信頼できる。
「ーーーやぁ君! 君がアルの弟子の……アルマくんだね?」
「えっ? あ、はいあの……」
「堅苦しいのは無しだ! さぁ抱擁させてくれ友よ!」
急に侯爵様が此方に来る。
驚いて固まっていると、思い切り抱擁された。
……いや、抱擁ではない。
「………アルマくん。私は“帰郷”という名目で来ている。事態が確定するまでは……“ダンジョン”の話は後だ。……合わせてくれると助かる」
耳打ちだった。
「……こ、心より歓迎いたします、侯爵閣下!」
「ありがとうアルマくん! ハハハハ!」
視界の端で小さく合った目は。
……獅子のような雄々しい目だった。軽薄な振る舞いは、来訪の目的を悟られないようするためか。
「じゃあアル、ディルハム、ガルスにアルマくんっ! 私が飲みすぎて服なんか脱ぎださないように“頃合いを見て”部屋にエスコートしてくれ! ハッハッハ!」
○
時刻は深夜。
侯爵様の開いた宴はピークを過ぎて、皆酔いつぶれるか帰り始めた頃。俺たちは、侯爵様を宿舎へと“エスコート”していた。
(街で一番デカくて高い宿……さすがは侯爵様だ。貸し切って御付きの人も家臣も泊まらせるんだもんな……)
魔法で宿屋の前は明るく照らされ、行き交う警備兵たちによる警邏は厳重なもので、ネズミ一匹入れそうにない。
「やぁ、こんばんわ。侯爵様をお連れしたんだ」
「む……? アル・ザ・ラットとそのパーティメンバーだな? ……よし、通れ。侯爵閣下のお部屋は三階右奥の部屋だ」
平坦な声色で、事務的に警備兵は返事をする。少しして、宿屋の扉が開けられた。
(中もやっぱり凄い警備だ。……魔法罠も凄い数だ。……ルディンや師匠でも解除には時間が掛かるだろうな)
大きな外観に違わず、宿屋の中は広く豪華な装飾がされていた。
御付きの人たちはもう眠っているようだが、家臣の幾人かは眠らずに侯爵様のことを待っていた。
「……おかえりなさいませ、リオン侯爵閣下」
その中に一人。
……どうにも気持ちのよくない人物がいた。此れ見よがしに首に下げられているのは、貴族の証であるペンダント。
「アハハ! ただいま男爵!」
「………女アサシンのパーティなんぞに送迎などさせずとも。……ふん。おい、その方ら。もうよい。………下がれ」
さっきの警備兵の平坦な声とは違う、明白な冷たい声色。
男爵と呼ばれたその男は、俺たちへ嫌悪感を隠そうともしない。
送迎云々というのも、俺たちにここに入ってきて欲しくないことを、遠回しに伝えているようだった。
(……なんか嫌な人だな)
「アッハハ、男爵! 硬いこと言っちゃだーめ! これからねぇ、私は彼女らと飲み直すんだよここで! はい、通して! 通してくれぇ!」
「なりませぬ! このような輩を部屋に入れるなど!」
「なんで? あ、もしかして! ……私を一人にして暗殺しようとしてるから邪魔だとか? アハハ!」
「……っ!? そ、そのようなことは断じて……!」
「じゃ、退いて」
物騒な会話だ。
……暗殺ってそんな。
随分ときつい冗談を言うんだな、
侯爵様は。
「………お通りください」
「ん。明け方まで飲むから。じゃ」
侯爵様に続いて、部屋に入る。
少し気まずく思い、“男爵”と呼ばれたその人に会釈をするが……。
「………ふんっ、平民共が」
………あまり、この人のことは好きになれそうにはないと。そう思った。
○
「さてさて、不愉快な気分にさせたね皆。彼に変わり、私が詫びよう」
「いえ、侯爵閣下。閣下が詫びる必要など何処にもありません」
「そっすよ。つーか、貴族に階級主義者がいるのって普通ですし?」
「うむ。リオン、お前の責ではあるまいよ」
この“飲み直し”会は、侯爵の謝罪から始まった。
居心地が何となく悪く感じて、俺は黙って師匠たちのやり取りを見ていた。
「……さて。到着してから直ぐに、手練れの魔道士たちを派遣してある程度は調べておいた。本格的な調査は明日。……久しぶりの魔物狩りって名目で潜ることになる」
「はっは! さすがはリオン、仕事が早い!」
「そのために来たからね、私は。……今のところわかっているのは……ルディンと……アルマくんがくれた報告の通りさ」
名前を呼ばれて、慌てて俺は背筋を伸ばす。……気が休まらない。
この大人の会話というか空気感がどうも慣れない。
「魔力量の異常。それによる驚異的な経験値と変異したモンスターの素材。……どうやら、ダンジョンの奥の階層で何かが起きているらしい」
「奥の階層……と言いますと、第12階層以降。………人類が未到達の未知の領域ということですね、侯爵閣下」
「そうだ、アル。……事態は思っているよりも深刻かもしれない。……明日の調査が喜ばしい結果で終わればいいのだがね」
第12階層以降。
……ダンジョンの歴史は古く、世界各地にダンジョンやその跡地がある。
その中でも、歴史の上で人類が踏破したのは。……潜り、エリアボス級を倒して帰ってこられたのは、第11階層までだ。
……仮に、異変の原因が更に下の下。最深部で起きていたのなら。
人類の歴史を塗り替える挑戦を、数回繰り返さなくてはならなくなる。
「この街の冒険者たちは皆、手練れだ。荒くれ者もいるが、気骨と美学。矜持がある猛者ばかりだ。……駐留している冒険者の平均レベルが80を超える街など、世界広しといえどこの街くらいだろう」
侯爵様の声色が、幾らか険しいものになる。
「だとしても。……第15階層を踏破できるかわからないわけだよ、諸君」
「うむ……ダンジョンの性質上……な」
「……万全のアルでさえ第11階層のエリアボスには苦戦しますからね。……いやまぁ、あんなバケモノのに一人で挑んで苦戦程度ってのもオカシイっすけど」
ダンジョンの階層は、その階層に現れるモンスターの大凡の目安になっている。
第10階層であれば、90以上110未満。……この街で最強と呼べる師匠でさえ、第11階層のエリアボスには苦戦する。
第15階層。
……レベル150に近いモンスターたちが犇めく階層まで到達できるのかは……。
「あっはは……歯がゆいなぁ、そう言葉にされゃうと。……アレもコレもって手を出したスキルビルドしちゃってるからね、私」
スキルビルド、と師匠が言う。
つまりは、習得しているスキルの種類傾向と組み合わせ。
自他共に、師匠はそれに“失敗”している。
「アル、君は器用貧乏ではないかな。……不器用貧乏としかなぁ……」
「スキルはオマケって割り切って、ステータスを上げてひたすら殴る……ってしちゃったのが私だしね、あはは……」
身体能力に関しては、師匠の右に出る者はいないと俺は信じている。
けれど、身体に流れる魔力量は少なく、スキルを扱う才能も……師匠にはあまりない。
暗殺者らしく多彩なスキルを自在に使えるが、下手に連続使用をすると、すぐに魔力切れを起こす。
(上げたレベルでひたすら殴る……ってのは少し違うか)
だから身体能力をひたすらに上げて、後は純粋な技術力だけでカバーしている。
「最高戦力であるアルはもちろんとして。仮にダンジョンを完全踏破しなくてはいけないのなら、相当なアイテムと人員が必要になる。……気を引き締めて調査しよう、諸君。
……私はここに。……この問題に立ち向かうために来たのだからね」
パンッと侯爵様が手を叩く。
「予定としては、先遣隊とアルを向かわせ、その後に私とガルス、ルディン、アルマくん。魔道士たちとで直接潜る」
それで異常が。
危険な水準の異常が発見されたなら。
「即時、ダンジョンの封鎖と住民の避難をさせる。……ギルドの職員と冒険者たちには……命を賭けてもらう」
○ーー現在ーー○
馬車の窓越しから外を見る。
……ギルドの街まで、もうすぐか。
「結果的に言えば、最悪の事態は起きてしまった。『掃滅戦』は突然に始まりーーー」
多くの冒険者たちが、命を落とした。
世界を揺るがすような事件ではなかっただろう。けれど、一つの街で起こったこの惨劇は。
………多くの人々に爪痕を残すことになる。
「…………」
俺自身。
………この戦いの傷に、苦しめられてきた。
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