第34話過去のアサシン(掃滅戦②)

(風が吹いている……?)


ダンジョンの調査が開始された。

侯爵様の魔道士たちが魔力探知スキルを用い、特に魔力量が乱れた場所を探す。


しかし、既にダンジョン内がより異常なことになっていることは、肌で感じられた。


「うーむ。ダンジョン内で風が吹くか……」


「玄室と階層によっちゃ吹く場所もあるが……ここは第5階層。風なんか吹かねぇよ。……それも、こんな高密度の魔力風なんか」


ダンジョン内にも、ある種の生態系や環境のようなものは存在する。

魚類型のモンスターが現れる玄室や階層は、海辺や沼地にた景観になり、半砂漠化している地点もある。


けれど、そういった階層はより魔力量の多く濃い場所。

第7階層以降で現れる。


「侯爵閣下、我ら魔道士観測を終えました」

「御報告申し上げます!」

「第5階層の魔力量。通常時の約2.3倍。……量だけならば、第7階層の汎用モンスターが出現する玄室と、同程度です」


「先遣隊からの報告は?」


「はっ! ……第12階層にて超高密度の魔力が噴出しているとのことですが……」

「……第15階層の魔力が増幅し結果、何らかの要因で次元の亀裂から溢れいるのかと」

「その次元の亀裂……魔力の暴走の基点は第12階層と思われます」


亀裂は第12階層。

……ダンジョンを身体に例えるなら、その亀裂は傷口で。

溢れ出ている魔力は、出血と例えられる。


「これは……参ったな」


「……昨晩の懸念。本当のものになってしまったなリオン」


「第12階層の亀裂を防ぐだけならできるっす。……問題は第15階層の増幅した魔力と……第13、第14階層にもあるであろう亀裂」


ことは簡単には終わらない。

第15階層で起きている“内出血”を止め、第13、第14階層の傷口も塞がなくてはいけない。

ひときわ大きな傷口が第12階層で、そこから多く漏れ出ているだけであって、無理矢理に塞げば直に“破裂”する。


「……よし、こうしよう。いったん希望的観測で前向きになろうじゃないか。塞げれば全部丸く収まるってことで」


「それで済む問題か? リオンよ……」


「それくらいの気楽さがないんじゃ、深刻過ぎて失神してしまうよ流石の私も」


侯爵様が、魔道士たちに指示を出す。


「第12階層の先遣隊たちにも伝えてくれ。一時的な対症療法だ。マジック・アイテムで魔力を吸収。それでも上手くいかないなら、魔力をダンジョンの外に流すんだ。……魔力トラブルの定石だね」


「はっ! 既に男爵閣下のご指示により、吸収と放出を行っているとのこと!」


「……む? そうか。仕事が早いな、男爵。……わかった。手伝いのために何人か回すと伝えてくれ」


「まさしく対症療法っすね、侯爵様。……お手伝いさせていただきますよ。魔力の制御に関しては、第一人者のつもりっすから」


「頼むよ、ルディン。第12階層に潜ってくれ。……モンスター避けは、きちんとね」


「はっは! 伊達に司祭級ではないな、ルディン。これで女癖が悪くなければ勲章ものよなぁ」


「へーへ。……おい、魔道士ども! 魔法スキルを固定化する! そこに魔力を流し込むぞ! ついて……ん? なんだ……!?」


その時だった。

……ダンジョン全体が、揺れだした。地震の揺れとはまるで違う、何かが爆発して弾けながら……噴き出したかのような歪な揺れ。

魔力で編まれている筈の石壁に、亀裂が走っていく。


「なっ……!? まずい……!? 全員、ダンジョンから退避っ!! ギルドには通達どおり、住民の避難をさせろ!」


「なっ……!? 転移魔法スキルの座標が……!!」

「魔力乱流だと!? まずい、座標が定まらぬ……!」

「侯爵閣下をお守りしろ!!」


「お前ら、とにかく走れ! 魔力乱流は俺が何とかする! 侯爵閣下、お早くっ!!」


「アルマ! ボザッとしてはいかん! スキル発動っ!! 《護神騎兵の盾Ⅳ》!! さぁ、入れ!」


俺はガルスのオジキの発動させた魔法の盾に守られながら。

侯爵閣下はルディンや魔道士たちほ発動させた、障壁魔法スキルに庇われながら、ダンジョンを駆け上がる。


「オジキ! 師匠は……!?」


「心配するな! お前の師匠は最強だぞ! 今は走れいっ!」


砕け落ちた天井の瓦礫を避けるために、ひたすらに走る。


魔力乱流。

……本来ならば、第8階層で起きる魔法災害だ。マジック・アイテムが使用不可能になるだけでなく、魔法スキルも不安定になる。


「ポータルは使うなよ諸君っ! どこに飛ばされるかわからない! ルディンっ! 終わったか!?」


「安定化魔法スキルで無理矢理に繋げた! ……全員、酔いが酷いだろうが我慢しろ! 飛ぶぞっ!!」


転移魔法スキルを、ルディンが発動させる。……魔法スキルを扱うジョブに就く冒険者や、職種の人間の中でも、本当の意味で天賦の才がなければ習得しえないスキル。


(うっ……ぷ………ぐ………ぅぅぅ……)


肉体と魔力を固定し、座標を指定の場所に上書きするこのスキルは。

……使用者にも受ける側にも負担が掛かる。


強烈な吐き気と頭痛、めまいに襲われた。身体と空間の境が曖昧がなっていき、血肉と魔力が捻れながら引き伸ばされるような。

歪で奇怪な感覚が全身に走り……。


「うわぁっ………!!」


ダンジョンの外へと、弾き飛ばされて。……ギルドの床にゴロゴロと転がった。



「アルマ! ……はは、怪我はないみたいだね。凄い転がり方だったけど」


「し……しょ……ぅっ……ぅぷ……」


「いいよ、吐いて楽になっちゃえ。……ほら、バケツ」


フード・ヘルムを外して、師匠の差し出してくれたバケツに顔を突っ込む。背中を優しく捺せられながら、呼吸を整えた。


「よかった……無事で」


「はぁ……ぅぁっ……し、しょう……は? どうやって……? ぅえっ……ぷ」


「吐ききってから喋りなよ、アルマ……私は……男爵に付いて逃げ出せたってわけ」


師匠の声色に、幾らか棘があった。

目線だけ動かして見ると、男爵と侯爵様が何やら話している。


「……ふぅ……ありがとう、ギルド回復士諸君。ポーションのおかげで、吐き気は収まったよ。……さて、男爵。君の方も無事で良かった」


「ご無事で何よりでございます、侯爵閣下……貸し与えてくださった先遣隊の魔道士ども。……転移魔法スキルの使い手ばかりで」


「あぁ。深い階層に君を潜らせるからね。領内中から掻き集めた天才たちを預けた。……外部からでも他者を転移させられる程の熟練者をね」


「……はて。魔力乱流や異常を加味し、また……そこなルディンなる僧侶崩れの技量も考慮にいれた次第。……なにか、問題でもございましたかな?」


「いいや? ……住民の避難はどうだ。ことこうなっては、真実を知らせる他ないが……混乱は?」


「侯爵閣下の人徳の成せる業……。幾らか混乱はありましたが、落ち着きを直ぐに取り戻し、避難の準備を始めております。……義勇兵紛いに残って力になるなどと宣っている者らもおりますが」


「そうか。……ふぅ。下手な混乱を避けようとして、逆にオオゴトにしてしまったかと心配したが……杞憂だったね。……臨時避難区域は?」


「……手近な街に親類のいない者には、直轄領の避難区画を開放致しました。ご指示通り、糧食の方も用意がございます」


「よし。……ならばいい」


「冒険者共に号令を出さねばなりますまいなぁ、閣下……。閣下の信頼するギルドの街の冒険者共なら、必ずや成功させるでしょう」


言葉とは裏腹な、嘲笑まがいな口調。


「無論だ。……ギルドの街にいる全冒険者たちに招集命令を出してくれ」


招集予定時刻は夜。

それまで、幾らかの自由時間が与えられた。……少し考えて、俺は風に当たることにした。

ダンジョン内で吹いていたあの風とは違う、優しい風に。



(……第15階層、か)


場所は、秘密の場所。

……と、俺がそう勝手に呼んでいる場所。街外れの少し小高い丘の上にある、開けた所だ。

……街を一望しながら、ここで寝転がるのが俺は好きだ。


(レベル56の……ブレブレな信念した奴が……役に立てるのかな……)


寝転がって考える。

第15階層踏破となれば、きっと。

……冒険者たちの中に、命を落とす者も出てくるだろう。


寄生型のモンスターに寄生される冒険者もいるかもしれない。

……果たして俺に。

誰かを切り捨てて見捨てたり……本当の意味で“斬り捨てる”ことができるのだろうか。


(………ん? あれっ?)


足音が聞こえた。

パタパタとした、慌ただしい走り方。歩幅からして子供。


「アルマさーん!!」


「……シェリン? うわっ!?」


ぴょんっ……と仔ウサギのように跳ねたシェリンを、俺は抱き止めた。

抱き止めて……尻餅をつく。


「シェリン……街に残っていたのか」


「お父さんがギルド職員ですもん。私もこの街に残ります! ギルド職員の娘ですから!」


「そっか……。偉いな、シェリンは」


むふーっ……という鼻息がしそうな、可愛らしい……けれで少し得意げな笑みを浮かべながらシェリンが言う。

いつものように、頭を子犬を撫でるみたいにワシャワシャと撫でやる。


「むぅー! まーたアルマさんは子供あつかいしてー!」


「はは。ごめん、ごめん」


撫でるのを止める。

……止めたら止めたで。


「………むぅー……」


今度は不服そうに頬を膨らませる。

……まったく、どうして欲しいのかわからないな。わがままなコトで。


「……あの、さ。シェリン」


「……はい? なんですか、アルマさん」


「シェリンは、怖くないの? ……ダンジョンが大変なことになってて……下手したらこの街も……」


なぜ、こんなことを聞いたのかは。

……たぶん、これから先もわからない。でもどうしても聞きたくなった。なぜ彼女は。

俺よりも子供な彼女が、この街に残ることを決めたのかを。


ギルド職員の娘だからって、残らなきゃいけない義務とか責務があるわけじゃないんだ。

どうしてシェリンは、残ると決めたのだろう?


「怖くないのかって……そんなの、すっごく怖いに決まってますよアルマさん」


「……だよな。だったらなんで?」


シェリンが少し考え込む。

……それとも、考え込むフリをしているだけなのか。

直ぐに、彼女の答えは聞けた。


「アルマさんにお帰りなさいを言いたいから………じゃ駄目ですかね」


「…………はぁ?」


「あー! 人がせっかく勇気を出して言ったのにぃ! 酷い!」


「いや……あの……ごめん……?」


なんで謝ってるだ俺は。


「……でも、これは……本心ですアルマさん。……怖いし心配だけど、お帰りなさいを言ってあげたいんです。……えへへ。……わぁっ! ……また子供扱いして」


「ありがとう、シェリン」


ワシャワシャと、また頭を撫でた。

お帰りなさいを言いたいから、か。


(決めた。……いいよな、別にさ。……人の命を奪いたくないって……そんなおかしな暗殺者がいたってさ!)


……俺は、それを笑わない。

ちゃと自分の中で、譲りたくないものがあるってことだ。

だったら俺も。

……誰の命も奪いたくないって気持ちを捨てないでいよう。


「よっし! ありがとう、シェリン。なんか色々とやる気出てきた」


「……? よくわからないですけど、アルマさんの力になれたなら良かったです!」


「ははっ。シェリンはきっと、いいお嫁さんになる思うよ、俺!!」


「お、お嫁さ……!? ふぇっと……あの……ふ、不束者ですけど……よろひゅきゅ……おねが」


「いつか良い人見つけろよ? 結婚式で隠し芸色々と披露してやるからさ! あっはは……は……あれっ?」


な、なんだ。

シェリンから……シェリンから中か赤黒いオーラが出ているような……そんな錯覚を覚えさせる気迫が出ている。


えっ? 俺、何か怒らせちゃった……?


「ア、ア、アルマさんの……アルマお兄ちゃんのぉっ!!」


「へっ? えぇっ!?」


「お兄ちゃんのバカぁーっ!!」


「へぶぇぁっ……!?」


……いい拳だ、シェリン。



「諸君、よく集まってくれたね」


指定の時刻。

アルパーティを始めとした、王国でも指折りの冒険者たちが集まっていた。

この中でレベルが最も低い冒険者たちでさえ、レベル40は超えている。


「諸君。……説明したとおり、ダンジョンで異変が起きている。……そしてその異変は……このギルドの街を呑み込みかねない大災害を引き起こすものだ」


騒ぎ立てる者はいない。

皆、静かに侯爵様の話に耳を傾けている。


「我々に求められることは。

単刀直入に言う。……第15階層の踏破。踏破を持って、亀裂の原因と増幅した魔力とを処理する! ……歴史に名を刻むような偉業を、私たちは成さねばならない」


そのために、と侯爵様の言葉は続く。


「……そのために諸君。諸君らの命をこの街の為にくれ。……生きて英雄として名を残すのではなく、一つのちっぽけな街を! ……街と街に住まう人々の未来を守った英雄として命を賭して欲しい」


去りたいのは去ってもいい。

強制された戦いではない。

その場を立ち去ろうするものは、

誰一人としていなかった。


「やってやりましょう、侯爵閣下!」

「俺たちギルドの街の冒険者! 底力を見せてやりますよ!」

「第15階層がなんだ!」

「ダンジョンの完全踏破!」

「成し遂げてやろうじゃねぇか!」


ダンジョンの恐ろしさは、誰も彼もが理解している。

身を以てその恐怖を体感してきた。

けれど、死ぬ気でダンジョンに挑もうとしている者は誰一人としていない。


踏破し、生きて帰る。

死にゆく為に挑むのではなく、生きて完全踏破するために挑むのだ。


「諸君らの勇気に……心からの敬意を表する。此度のダンジョン踏破だが、私も同行する予定だ」


「おいおい、侯爵様! あぶねぇぞ!」

「後方にいてくださいよぉ!」

「そーそ! あんたレベル幾つよ?」

「娘ちゃんたち悲しむぞー!」

「信じて待っててくださいって!」

「だっはっはっは!」


「好き勝手言いやがって皆! このリオン・エリーニュス! “獅子の目の剣士”と呼ばれた男だぞ! レベルは73! それなりにーーー……悲鳴……!?」


ギルドの外で、幾つもの悲鳴が響いた。男の悲鳴、女の悲鳴。

……そして、子どもの悲鳴と。


「ーーーアル!! 確認を!!」


「はっ!」


侯爵様の一声で、師匠がギルドの外へと跳ぶ。

この場で最も早く、直ぐ様に外の様子とを確認し大抵の難敵や問題ならば切り抜けられる師匠。

師匠を向かわせるのは、ある意味当然だった。


きっとその日。

誰も彼もが、当然のコトと当たり前のコトとをしていたんだ。


「なっ!? モンスターがなぜ……!? ぐぁぁぁっ………!?」


「ーーーこ、侯爵閣下ぁっ!!」


背後から現れたのは。

……ダンジョンの外に決して這い出てくる筈のない……モンスターの群れだった。


○ーー現在ーー○


かくして『掃滅戦』は。

……ダンジョンの外に這い出てくる筈のない、無数のモンスターたちの掃討戦が開始された。


街中を覆うように現れたモンスターたちの群れを掃滅する部隊と、街中以上にモンスターが犇めくダンジョンへと潜り、原因を止める部隊とに別れ……俺たちは戦い続けた。


「お父上はモンスターから手傷を負い、戦線を離脱。……掃滅戦の指揮権は男爵に」


バラム・ヴール男爵に引き継がれることになる。

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