第35話過去のアサシン(掃滅戦③)
「これより、指揮はこのバラム・ヴールが執る!」
混乱しかけた場を、男爵が。
バラム・ヴール男爵が諌めた。
「……警備兵では保たぬ。掃滅のため、レベル40から70の冒険者パーティは、街へ。レベル80以上の冒険者のいるパーティは、ダンジョンへと向かってもらう!」
レベル80以上の冒険者がいるパーティは、アルパーティの他には8パーティ。……第15階層まで突破するには、心もない人数だ。
それに加え、レベル80以上の冒険者は8パーティを合わせても10人のみ。
「男爵閣下、お待ち下さい。……その人数では……」
師匠が言う。
だが、男爵は取り合おうとしない。
むしろ、鼻で笑って師匠を見やる。
「ふんっ、女アサシン風情が口を挟むか。……肝心な時に侯爵閣下を守れなかった愚図め!」
(なっ……!? 師匠は侯爵様の命令で外行っていたんだぞ!? それに……そんなことが起こるなんて誰が予想できたって言うんだよ……!!)
言い返そうとして、両肩を掴まれた。ルディンとガルスのオジキ。
……2人に肩を掴まれている。
「アルマ……ガキは黙ってろ」
「……冷静になれ、アルマよ」
2人の顔には、苛立ちと怒りが滲み出ていた。言い返したいのは一緒だが、堪えていた。
「………わかりました、男爵閣下。……ですが、一つお願いが」
「ふんっ。なんだ? この非常時に……ふくく……身体を温めてでも欲しいのか? くははは!」
(野郎………っ!?)
「……ここにいるアルマを。……彼をダンジョン踏破メンバーから外すことをお許しください」
「っ……!? 師匠……!!」
師匠の提案に、俺は驚いた。
驚いて師匠を見やったが……頭の片隅で理由は理解できていた。
……足手纏いになる。このレベルでは、ダンジョン完全踏破について行けない。
「………ふむ」
ジロジロと無遠慮に。
……男爵に見られた。
頭の天辺から爪先まで。
……小馬鹿にしているのを隠そうともしない視線だ。
「貧相な面構えよなぁ。……溝鼠の弟子はやはり薄汚い。……この非常時にあって例外は認めぬ! そこな……何だ、名を何と言ったか? 下劣過ぎて、なぁ?……貴様もダンジョンに行ってもらうぞ!」
「男爵閣下っ! お願いいたします!!」
「くどいっ!! 『掃滅戦』は既に始まっているっ!! ……これ以上の無駄話は………反逆罪だなぁ?」
「………!? ……アルパーティ、ダンジョン踏破を開始いたします」
口の中が、血の味でいっぱいになる。悔しくて唇を噛んだことは幾らもあるが……今日ほど悔しくて溜まらない日はない。
「……ふんっ。……回復士ども! 貴様らも同行してやれ! ……侯爵閣下は専属の魔道士共が治療する!
魔力不適合症を患っておられる故な。……お可哀想に、麻痺毒までも貰うとは。
ギルド職員共も! 貴様らの内で戦う技術のある者も街に行け!! これは命令だ!! 従えぬ者は反逆者として処分するっ!!」
横暴だ。
こんな横暴がまかり通っていいのか……? 侯爵様が動けないからって……!
「くそっ……男爵め……!」
「だが……問答してたら街が……!」
「ちくしょうっ……! 行くぞ、お前ら!……今は街を守らねぇと!」
「急げ! 対人戦ばっかりの警備兵たちじゃ保たねぇ!」
「問答は不要ではないか? 女アサシンよ。……さっさと行け!」
俺たちに。
……冒険者たちに、選択肢はない。
街と家族を人質に取られているようなものだ。
「おい、アル……大丈夫だ」
「私たちのパーティも付いております……」
「アルマのこたぁ俺らも見ておく」
「やり遂げやしょうぜ!」
「生きて帰れりゃ……クソ男爵に目に物見せられる。行こう」
「参りましょう、アル殿、アルパーティの各々方」
俺が……俺が一番のお荷物じゃないか。
「お父さん……」
「シェリン……大丈夫さ! ダンジョンを踏破してくれれば、父さんも直ぐに街から戻れる。大丈夫……父さん、これでも強いからさ、ははは」
(シェリン……。くそっ……! 頭の中をごちゃごちゃさせてる場合じゃねぇ……! 俺のできることをやらないと……!)
ダンジョン踏破パーティとして、俺は短剣を引き抜いた。
「……全員、突入っ!! 結界魔法スキルを解除してくれ!!」
師匠の声で、ダンジョンへの突入を開始する。
モンスターの犇めく……異様な場へと姿を変えたダンジョンに、俺たちは足を踏み入れた。
○
……どれほどの時間が経っただろうか。頭に響くレベルアップ音の回数も、20を過ぎた辺りから数えていない。数える余裕も、体力も尽きかけていた。
「くそっ……右も左もモンスターだらけだ!」
「がむしゃらに剣を振り続けろ! 振れば当たる距離だ!」
「うわぁっ……!? このっ……離れろぉっ!!」
「取り乱すな! 落ち……ぐぇぁっ………」
「おい!? 誰か!! 援護してくれぇっ!!」
「回復アイテムが切れたっ!」
「モンスターのドロップ・アイテムを拾って………ぐぁぁぁぁ……!? 腕がぁっ……!?」
「アイテム・トラップだと!? ちくしょうがぁぁぁっ!!」
「集中を乱すなっ!! 死ぬぞっ!!」
第1階層から、今いる階層。
第14階層にかけて、ダンジョン内は地獄の釜の底よりも、凄惨な状態だった。剣を振れば届くような距離にまでモンスターが溢れ、突入した8パーティの内……既に3パーティが撤退。2パーティが壊滅した。
「魔法スキル発動っ……! 《破戒の大雷鳴Ⅳ》……!! はぁっ……はぁっ……ぐっ……やべぇっ……! 魔力回復が……追いつかねぇ……っ」
「槍攻撃スキル発動っ!! 《戦賢神の勝利槍Ⅳ》!! えぇいっ!! 次から次へと湧きおって!! ルディン、腹に力を込めいっ!!」
「……アルパーティっ!! 全員いるか!?」
「ガルスここにっ!!」
「ルディン……ここに……!」
「アルマ……こ、ここにいますっ……!」
背中を合わせ、互いの生存を確認する。
……あと1つ。
あと1つだけ階層を突破できれば、第15階層だ。……でももう、皆。
精も根も……尽き果てそうになっている。
「み、皆さんっ……!! 私が退魔魔法スキルで障壁を張りますっ……!! 態勢を立て直すんですっ!!」
「ありがたい!」
「頼む! だが魔力は温存してくれ!」
「うぅ……目が……右目を持っていかれたっ……!!」
「しっかりしろ……! 動けるやつはこっちへ! 動けねぇやつは……引っ張ってやれ!」
力を振り絞って、別のパーティの僧侶が張った退魔魔法スキル障壁に滑り込む。保って恐らくは数分。
同行していた魔法使いや魔道士たちの助けがあっても、10分は保たない。
「回復士は!? 残ってるか!?」
「ここにいる!……今、回復を」
「馬鹿野郎……!? お前、重傷じゃねぇか!」
「うっ……くっ……足が……くそっ……喰われたっ……!」
「止血帯でも何でもいい! 巻いてやれ!!」
「アイテムは? 残っているアイテムを出し合ってくれ……。パーティ関係なく分配しちまおう」
一時的な“休息所”となったその場所で、俺たちは呼吸を整えながら身体を少しだけ休めた。
生き延びている他パーティの冒険者たちは、ほとんど死に体だ。五体満足の者は半分もいるかいないか。
「……よぉ、お前ら。レベルドレぐらい上がった? ははっ……俺は6レベルアップだ……90の大台ってな」
「うむ、うむ……儂の方は11レベル。……まったく度し難い。こんなに嬉しくないレベルアップなんぞ初めてだ……。無理矢理にレベルアップを狙い、傷を塞いで戦い続ける。……ふはは……笑う他ない」
戦い続けて、全員のレベルは上がっている。90代に達した者も中にはいた。けれど、モンスターとのレベル差は大きい。
雑魚敵でさえ現れるのは100を超える化け物しかいない。
……不幸中の幸いというには、あまりにも被害が大きいが。
亀裂を塞ぐためにエリアボス級に挑まなくてはいけなかった第12階層とは違い、第13、第14階層はエリアボス級に挑むことは回避できた。
「あっはは……私もレベルアップしちゃった。……早く……早く戻らないと。侯爵様の下に」
師匠の顔から、焦りの気持ちが見て取れた。……侯爵様の下に戻りたいのは、俺も同じだ。
あの男爵とやらと一緒にしてたら……危険な気がする。
「……切り替えろ、アル。あの状況になっちまった以上な」
「ルディン……。……わかってるよ、それは。……情けないアサシンだ。何が直属パーティのリーダーだよ……ほんと、情けない」
「アル、よさぬか。……こんな事態になるなど、誰が予想できた?
生きて帰るのだ、今は……!」
「おい……アルパーティ」
別のパーティの冒険者に、声をかけられた。
「じきに障壁も消える。……事前にな。話し合っていたんだが」
俺たち以外の冒険者パーティが、互いに目配せをし合った。
……そうして、俺たちに話しかけてきた冒険者が。
……剣士の男が、口を開く。確かな決意を秘めた声色で。
「俺たちで突破口を作る。……パーティメンバー全員が五体満足のお前らを、第15階層に届ける……!」
「馬鹿な!? 貴様ら正気か!?」
「……肉壁になって死ぬってことだぞ、てめぇらが言ってることは」
「正気さ。……この街で。いや、この王国で真に最強のパーティはアルパーティ。……暗殺者のアル・ザ・ラットだ!! 俺らだって馬鹿じゃない。……一番確率の高い奴らに賭ける……!」
その場の全員の視線が、師匠へと向けられる。深く目を閉じて、師匠は小さく息を吸った。
「………貰おう。……皆の命、私たちのために使わせてくれ」
「決まりだな……!」
「よ、よし……! 頼んだぞ、後は!」
「このジリ貧を覆すには……これしかねぇ!」
「参りましょう……!」
「……いくぞっ……お前らっ!」
「ギルドの街の冒険者だぜ?……散り際は派手にってな……!」
「……この傷じゃ長くは保たん。……回復スキルを張り続けてやるよ、死ぬ間際まで」
「両脚が無くったって……魔法スキルは撃ます……!」
退魔魔法スキルの障壁が、消えていく。障壁が完全に消えるのを合図にして。……モンスターの群れに突撃した。
「誘引スキル発動ぉっ!! 《苛立たせる影Ⅲ》!! こっちだモンスター共ぉっ!!」
「補助スキル発動……っ! 《陽光の聖天幕Ⅲ》!!」
「行けぇっ!! アルパーティっ!!」
「突っ込めぇっ!!」
「回復スキル発動……! 《癒合蝶の鱗粉域Ⅲ》……!」
「行ってください!!……この街を……救ってください……!!」
彼らや彼女らの内。
誰一人として、生き残ることは考えていない。
死ぬ瞬間まで、剣を振るい魔法を撃って槌を叩きつけて俺たちアルパーティの突破路を切り開く。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!」
悲鳴を上げながら、がむしゃらに。
ただがむしゃらに、俺は師匠たちの背中を追って走る。
血飛沫が飛んで、誰かの身体が跳ね跳ぶその場所を突っ切って。
第15階層へと繋がるポータルへと飛び込んだ。
○ーー現在ーー○
「そんな……お父様はなぜ……バラム・ヴールを伴って……!?」
「………伴ったんじゃない。……伴わなくてはいけなかったんだよ、ノエル」
「どういういことですか……?」
言葉を選ぶ。
ただ理由を並べてやるだけなら簡単だが……ノエルとカイを傷つけない言葉を探してあげたい。
「ーーー理由は、私たちですね? アルマさん」
「………カイ」
カイには。
そんな気遣いなど、不要だったらしい。背筋を伸ばしたまま、こちらを真っ直ぐに見据えている。
確かに、彼女は。
リオン・エリーニュス侯爵の娘なのだ。
「……当時のリオン侯爵閣下には。……政敵が多かった。貴族主義の階級思想を嫌い、平民たちに寄り添った政策を取っていた故に」
先代のエリーニュス侯爵……つまり、カイとノエルの祖父もまた貴族主義の血統主義者。
……弱腰な日和見を続けた結果、他貴族から軽んじられ利用されていたのだ。
「そんな最中にあってリオン侯爵は。……貴族連中が下劣で粗野だと嫌う冒険者を経験し、強硬な姿勢で旧体制に真っ向から挑み、先代のような利用れるだけの“侯爵”でいることを良しとしなかった」
軽んじられていたとはいえ、侯爵としては破格の領地と血統、家格を誇るエリーニュス家が。
……平民に寄り添った改革を幾つも成功させて王の信頼を増し、旧体制をも否定し尚且つ利用すらできなくなったとしたら。
周りは、政敵だらけになっていた。
アルパーティはそうした政敵たちへの牽制と、内部調査による陰謀の阻止。
『そちらが手向かってくるのなら、此方も暗殺者と手練れを送り込むぞ』との威しであったのだ。
「“獅子の目の剣士”と呼ばれた雄々しい英傑にも……“急所”があった。……カイ、ノエル。君たちだ」
不安定な政情の足場がためをしている中で、『掃滅戦』の切っ掛けとなる事件が起きてしまった。
……代理として信頼し、委任できる臣下や貴族はいない。
だが直轄領を留守にすれば、それを好機と2人に危害を加える者が現れかねない。
しかし、アルパーティを2人の護衛として残せば強力な戦力が一つ消えることになる。
「苦肉の策だったんだよ。……敢えて最も“信頼が置けず狡猾な”バラム男爵……今のバラム伯爵を伴うことにした。……留守の間、君たち2人から奴を引き離し、監視しておくために」
結果として、物事のピースは歪な仕方で嵌り合ってしまった。
だか、誰がこうなることを予想し得ただろうか。全てが未曾有の事態で。……起きて欲しくない時期にそれは起きた。
「お父………様っ………うぅっ……」
「……だからですか。お父様の死後に、トントン拍子にバラム・ヴールの伯爵叙任が進んだのは」
「反エリーニュス派の貴族たちの手引きもあったのだろう。……今となっては、誰がどう関わっていたのかなど……分からないが」
ヴール伯爵の狡猾さは、師匠たちにさえ尻尾を掴ませない程だった。
……周りを買収し、そうできなければ弱みを握って逃げ道を塞ぎ。
……時に尻尾切りで逃げおおせる。
「……大丈夫? ノエル。……しっかりして」
顔を多い泣きじゃくるノエルの背中を、カイが擦り続けた。
呼吸を整えると、ノエルが口を開く。
「大丈夫です……お姉様。……アルマ様。……お聞かせください。……どうか、最後まで」
「…………わかった」
記憶を再び、脳裏に描き出していく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます