第28話処刑場に殴り込むアサシン後編
大扉をぶち抜いて、中に入る。
入ってすぐに……目があったのは。
「………アルマ……さん」
「……っ!? ……カイ!」
カイだった。
……ブリオー越しに見える身体は、女性的なシルエットで。……胸元の膨らみが、カイが。
……彼女が……女性なのだということを示していた。
なぜ男の振りをしていたのかなど、今は聞くまい。……聞く必要はないんだ。
「………その、顔のキズは」
深い傷だった。
腕の良い回復士を呼んだとしても、顔に傷跡が残ってしまうだろう。
「………見ないで………ください……アルマさん……」
「…………っ……!?
……すぐに終わらせる。皆……すぐに……全部終わらせてやる……っ! 待っていてくれっ!!」
一生消えない傷を負わされたのだ、カイは。街を歩けば、傷を見られ。
……朝目が覚めて、顔を洗うたびに今日のことを思い出し続ける。
「……イルム、ディルハム、ケティ」
俺は、お前たちを可哀想とは思わない。お前たちと、いつか分かりあえる日が来るなどとはもう思わない。
……お前たちは、俺の敵だ。
王国最強パーティ?
なら、今日でパーティは解散だ。
二度とカイたちの前に。
ーーーその薄汚い姿を、晒せないようしてやる。
○
「お、落ち着けよイルムっ!! 扉をぶち抜いたのは驚いたが……どうせイカサマに決まってるっ!!」
俺は急いで魔道士どもに呼ばわる。
情けなく怯えやがってクソイルムがっ!!
大扉をぶち抜いたからって何だ。
「おい! イルムに精神安定魔法スキルでを掛けろ!! 見苦しく怯えやがってよぉ、アルマごときにぃ……!」
クソアルマがイカサマと!
クソつまらねぇトリックを使ったに決まってるだろうがよぉ……!
「は、はっ! 畏まりました!」
「返事する暇あんならさっさとやれクソがっ!!」
「き、恐慌解除スキル発動っ……!! 《獅子の勇叫Ⅱ》……!」
魔道士どもが、恐慌解除スキルをイルムに掛ける。さっさと立て直せ、クソが。
(もう我慢できなくてハチキレそうなんだよぉ、俺の“竿”はぁっ!!)
へへへっ、やっとアルマが来たんだ。嬲って切り刻んで、両手脚切り飛ばして……ひひひ。
お前の大切な大切な教え子ちゃんたちを……俺が大人のレディにしてやるからなぁ、テメェの眼の前でぇ!
「……ちぃっ! ……驚かせてくれたな、アルマ……!! 一度ならず二度も俺に恥をかかせやがって!!」
そうだ、イルム。
それでいい。
……ていうかよぉ、俺らが負けるワケねぇんだよ。親衛隊員どもが役立たずだったのは誤算だが、こっちには……。
「あっはは、やっと来たのぉ? アルマ! 女の子を待たせるなんてサイッテェ! きゃはっ!」
〈審判の天錫杖Ⅲ〉を装備したケティと。
「……鎧さえ切り裂くこの俺が愛刀……〈竜切りの剣Ⅲ〉の錆にしてくれるわっ!!」
最強の剣士たるイルム……!
………そして、だ。
ひひひ、笑いが溢れちまいそうだ。
これ以上愉しくなっちまったら、メスガキどもで遊ぶ前にぶち撒けちまうなぁ……!
「これが見えるかぁ? アルマぁ!! テメェの大事なた・ん・け・ん!! ……〈溝鼠の黒牙Ⅱ〉!!」
アイツの強さの秘密であるこの短剣っ!! 〈溝鼠の黒牙Ⅱ〉は今!!
俺の手の中にあるっ!!
ほら、見ろよアルマ。
ははは、悔しいか? 絶望的だなぁ?
……メスガキどもの鎧と服裂く時は……この短剣でじっくり裂いてやる。ひへへへっ!
○
(くっ……またしても恥をかかされた……!!)
溝鼠にも劣る害虫めぇっ……!
「………ふんっ!」
しかしだ。
恥をかかされ……驚かされもしたが、俺たちが負けることはない。
戦力差は余りにも大きい。
(よく見れば……丸腰じゃないか。……はっはっは! やはりだ! やはりディルハムの言った通り、奴はイカサマ紛いに押し通ったのだ!)
予備の短剣も何も奴は持っていなかった。きっと、大扉の前で待機させていた親衛隊員たちとの戦いで、すべて失くしたのだろう。
なんだ、何も驚くことなど無かったじゃないか。
丸腰越しになり、戦闘能力を失った奴が虚仮威しでやった愚策。
はっ! 何が英雄だ。
「……いい機会だ!! 全員よぅく聞けぇっ!!」
虚仮威しとイカサマに塗れた人生だなぁ、アルマ。
この貴族たるイルム・ヴールが培ってきた栄光の輝きとはまるで違う!
貴様の栄光など、金メッキの輝きだ!!
「お? なんだなんだぁ、イルム! 俺はもう辛抱堪んねぇんだよ……面白い話じゃなきゃ嫌だぜ?」
「なぁに? どうしたのぉ、イルム?」
「ふっふっふっ……なぁに、俺はアルマ・アルザラットの真実を知っているのだ!! ……この処刑……いや、不届きにも英雄を騙る愚者を断罪する“聖戦”にぃっ!……色を添えてやろう」
知っているぞ、アルマ。
『掃滅戦』で何があったのかを。
貴様が何をしたのかを、な。
……あのギルドの街にいた、平民の中では賢い者ら……アルマを英雄視せず、この俺イルムに傅く者たちから聞いた話だ。
「アルマ……ふっふふふ……皆に聞かせてもいいかぁ? お前が泣き出さないか心配だぁ! はっはっはっ!」
「……………」
ふんっ……返事はないか。
ただ徒手空拳のままで立ち尽くしている。何が『全部終わらせる』だ、カッコウつけやがって。
本当はションベン垂れ流して命乞いしたいんだろ? ははは!
「いいか貴様らっ!! カイパーティのメスガキ共もよぅく聞くがいい! そこのアルマ・アルザラットはなぁ!!」
ーーー『掃滅戦』の際、自身のパーティメンバーを見捨てて逃げたのだっ!!
「うぉっ!? マジかよぉ!? パーティメンバー見捨てて逃げるとかサイテーじゃーん!」
「やっだぁ……パーティメンバー見捨てて生き延びたの? 英雄だなんて嘘じゃん! 嘘つきぃ! きゃははは!」
「アルマ! 答えろ! お前は、パーティメンバーを見捨てたんだろぉ? ……あぁ、可哀想な“アル・ザ・ラット”! 哀れなおーーーうん?」
「………!」
「なんだ? 怒ったのか? なんとか言え、アルマぁっ!! はははは!………んん?」
アルマの肩が震えている。
俯いて……なんだ? 泣いているのか? はっ! イイザマだな。
「ふっ……ふふふ……フフフフフ! はっ……あっ……ハハハハハハっ!!」
「急に笑いだしてなに……? 気持ちわるっ……!」
「おいおい、イルム。イジメすぎて狂っちまったじゃんかぁ!」
「なんとも哀れーーー」
「王国最強の……パーティと言うのは」
「………あ?」
笑いながら、アルマが口を開く。
「ふっ……くくくく。
王国最強のパーティというのは……野良犬よりも惨めな剣士と……盛ることしか頭に無い山猿と。
………男の上で踊り跳ねることしかできない女の。……3人でデキているのか? はっはっはっはっ! ……はぁ。………下劣だな。シラミやノミの方が価値がある」
「きっ………ききき……きっ……貴様ぁぁぁぁぁぁっ!!」
「お父上は何をなさっているんだろうな、イルム。………あぁ、わかった。息子が犬以下のボンクラ過ぎて……いまごろ必死に腰を振ってマシな子を作ろうとなさっているのやもな、フフフフフ………!」
言うに事欠いて……貴様ぁっ!!
この俺を愚弄し、野良犬よりも惨めと言ったのか!!
もういい。貴様は嬲り殺すつもりだったが……もはや今俺の前で生きて呼吸をしていることすら許せぬぅっ!!
「ーーー殺せぇっ!! アルマ・アルザラットを殺せぇぇぇぇっ!!」
「行けぇっ!! 親衛隊どもっ!! ケティっ!! 魔道士どもっ!!
魔法スキルでアルマの動きを止めろぉっ!! ひはははは!!」
「御意にございます! ふふふ、扉を破壊し浮かれているのだろうが、そんな虚仮威しは効かぬっ!!」
「イルム様のお手を煩わせる程でもあるまい!!……ふふふ、首を切飛ばしてやる!!」
「ふっはははは! ならば俺はその頭を砕いてやろうぞ!」
「弓術スキル発動! 《矢降り轟雨Ⅲ》!」
「我ら弓使いの矢!! ふはは、避けられまいっ!! 原型を留めぬ程に撃ち抜いてくれるわぁっ!!」
「魔道士の皆ぁ? 私についてきてねぇ! あっははは!! 《グラビティ・カフスⅣ》!! 武具スキル発動っ!! 《天罰の重圧Ⅲ》!! 《ゴルゴーン・アイズⅢ》!! 《神経鈍化Ⅲ》!!」
「ケティ様に続け! 《グラビティ・カフスⅢ》! 《足手纏の鎖Ⅱ》!」
「鈍化スキルの多重発動!! 耐えられる訳があるまいっ!!」
「…………」
アルマに動きはない。
今度は黙ったままで突っ立っている。
ふっ……心が折れたか。
死ぬ前にせめて噛みつきたかったのか? ………薄ぎたない溝鼠めがっ!!
「圧倒的だなイルムっ!!……おぉ、身震いしてきた。これじゃ、原型残さず死んじゃうんじゃねえかなぁアルマは。へへへ」
「あっはは! ゴミムシのミンチのできあがり!」
「ははははは!! 爽快な光景だなぁっ!!………あ?」
視界から、アルマが消えていた。
なんだ……? どこへ行った?
「加速スキルで逃げたのか? 探ーーー」
探せ、と。
そう俺が言い切る前に。
「…………は?」
瞬きをして、目を開くまでの僅かな一瞬の間に。
親衛隊員たち全員が………宙を舞っていた。
「何が起き……ひぃっ!? な、何だぁ!?」
風が吹いた。
カマイタチのような、鋭い風が吹いて。
「な、何が起きてやがんだ……!? 鎧が……親衛隊員全員の鎧がっ……!?」
あり得ない。なぜこんな事が起きる!?
親衛隊員全員の鎧が、粉々に砕けていた。……まさか……奴は。
アルマは。
……目に見えぬ速度で……2回親衛隊員……全員を攻撃したのか……!?
(そ、そんなこと……できる筈がない……!! に、人間にできる芸当では……!?)
「い、いやぁぁぁぁぁ!? く、来るなぁっ!! あっちへ行けぇぇぇっ!?」
(ケティ……!?)
恐慌状態のケティが、魔法スキルをデタラメに撃ち出している。
なんだ? そこには何もいないぞ!?
「イルム!? ディルハムっ!? なんとかしーーー」
……いや、居たのだ。
魔法使いのケティだから見えた。
魔力が揺らぎ、奴が姿を現す。
「ケティ。教えた筈だぞ。……魔法スキルを連発するのは危険だと」
「はっ……あ……えっ……? あっ……」
「魔力切れだ。……今の君では、魔法スキルは使えない」
「ま………待ってよ……ね、ねぇ! 私を殴るの? お、女の子の私を? ねぇ!?……そ、そんな酷いことしないわよね!? ねっ…!?」
「いや、殴るが?」
「そ、そんなぐぶぇぉっ……!?」
ケティの顔面に、拳が叩き込まれる。折れた歯が飛び出して、ケティの身体は錐揉みしながら飛んでいく。
「それと、ケティ。……君は魔法スキルとマジック・アイテムで若作りしているが……実際は俺よりも歳上だろう? ……今まで気づかなかった自分が馬鹿みたいだな、ははっ」
「………っ!? デ、ディルハムッ!! つ、使えぇっ!! その……その短剣を使えぇっ!!」
「はっ……!? あっ……!? あ、あぁ! そうだ!! この短剣がありゃぁ!!」
そうだ。
アルマの短剣っ……!!
ディルハムならば変装スキルで、アルマの能力を写し取れる……っ!!
ふっ……ふふふ!
やはり俺は幸運な男だ!!
これで……形勢逆転だなぁっ!!
「…………」
「な、何だ……!? す、すげぇっ!! 身体に力が……力が満ちていやがるっ!! ははは、アルマぁっ!!」
ディルハムに加勢して、アルマの背中を狙える機会を伺う。
ふっくくく……! 攻撃の軌道を読める短剣に、貴様の能力を写し取っているディルハム……!!
これで貴様はーーー
「なぁ、ディルハム」
「ぎっ……ぁ……ぁぁぁぁっ!?」
「普通に考えてみろ。……”自分自身“の戦闘時のクセや弱点くらい。……把握しているに決まっているだろう?」
ディルハムの両腕が。
……あらぬ方向を向いている。
高速で短見を振るったディルハムの動きを。
「自分ほど倒しやすい敵はいるまいよ。撹乱させるのも容易い」
奴は見切り、あまつさえカウンターを食らわせて圧し折った。
「返してもらうぞ、俺の短剣。
……コイツはお前が握っていい短剣じゃない」
短剣を。
……〈溝鼠の黒牙Ⅱ〉を拾う。
「ぅぐぁ……う、腕がっ……ぁぅ……ぁ………。ーーーはぅぁっ……!?」
「……お前で末代だ、ディルハム」
股間を蹴り上げられたディルハムは……痛みに耐えかねて意識を手放し、崩折れた。
「さて、イルム」
「ひっ………」
人間じゃない。
奴は……奴は人間じゃないっ……!
こんな芸当が人間にできる筈がない……っ!!
「お、お前は……お前は何なんだ……!? ば、化け物めぇっ……!! 人の形をした化け物めぇっ!!」
「そうか。なら人を遠慮なく殺せるな。化け物だから」
「は……? あ……あ……?」
アルマがゆっくりと近づいてくる。
剣を振り下ろせば、奴の脳天に一撃を喰らわせられる距離だ。
……だが、両腕が動かない。
肉体が……俺の本能が……奴と戦うことを拒否している。
両脚はひとりでに後退り、後方へと追い詰められていく。
「ひっ………ぃぃ………ぁぁ……!? た、たすけ……」
「………」
アルマが短剣を振り上げる。
い、嫌だ! 死にたくないっ!
「ま、ま、……まてアルマぁっ!! お、俺は誰も殺しちゃいないっ……!! す、少し……少し度が過ぎたのは認める! だからや、やめろ………!!」
「そうか。それが最後の言葉でいいんだな」
「ま、まて! 待ってくれぇっ!!」
考えろ……考えるんだ。
この状況を。
そ、そうだ……! この状況さえ抜け出せれば、父上の御力でどうとでもなる。
「へっ……へへへへ、いいのかアルマ……?」
「…………」
「このことぉっ!! 父上に報告させてもらうっ!! そうしたら貴様ら全員は犯罪者だっ!! ははは、メスガキ共も老いぼれも!! 鍛冶屋のボンクラとお前もなぁっ!!」
……ふっふふふ……貴様が化け物のように強かろうが……貴族のっ!!
権力には勝てぬっ!!
「イルム」
「なんだっ!! 命乞いかぁ?」
「報告するのか」
「当り前だっ!! ふんっ……直に俺の異常を察知して父上がきてくださる……!! そうしたらお前は」
「そうか。……なら」
ーーー舌を抜き取り、両眼を焼いて見えなくし、両耳は剣先で潰して、両手を切り取ろう。
「なっ………へっ……?」
「報告すると言っていたが、話すこともできず、聞くこともできず。モノも見えず、書くこともできなくなれば……どうやって報告する?」
「ぅ………ぁ」
「教えてくれよ、イルム。このムシケラ同然の頭の悪い平民に。……教えてくれよ。なぁ?」
短剣が。
再び振り上げられる。
逃げ場は。逃げ道は……もう……ないっ……!
両脚の力が消える。腹にあった気合は掻き消えて……股のあたりが生温かいもので濡れていく。
「さようなら、イルム・ヴール。ションベン垂れのクソ野郎」
切先が振り下ろされて。
……俺は……意識を手放した。
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