第13話僧侶少女を馬鹿にされたので、少し本気で怒ったアサシン

「えっと……まずは……さ、酒場に行きたいです」


(酒場か。確かに、冒険者であるなら一人で入れた方がいい場所ではあるな)


最初に向かった場所は、ギルドの近くにある酒場だった。

ダンジョンに潜る冒険者たちにとって、酒場はギルドに次いで重要な施設だ。


「ア、アルマさん……さ、先に……は、入ってく………くれませんか……? ふ、震えちゃって……」


ただ酒をかっ喰らい、食事を腹に詰め込むための場所ではない。

いわば、冒険者たちの“社交場”と言える。

ダンジョンで遭遇したモンスターの情報を共有し合うこともそうだが、新しいパーティメンバーを見つけるのも、やはり酒場だ。


「わかった。焦らなくていい」


扉を開いて、先に中へと入る。

早朝の酒場には冒険者が少なく、昨晩バカ騒ぎでもして酔いつぶれた何人かが、寝息を立てて突っ伏しているだけだった。


(なるほどな。朝なら人も少ない。……考えたなリリア)


「おはようございます、アルマさん」

「酒場に来るなんて珍しいっすね」


「……まぁな。2階の席、座らせてもらうぞ。適当な飲み物を一杯頼む」


朝番の店員たちと軽く言葉を交わして、酒場の2階に上がる。

手すりの近く、バルコニー状になっている席に座り、上からリリアを見守ることにした。


(………来たか)


礼服を着た少女が一人。

ワンドを縫いぐるみのように抱きしめながら、キョロキョロと首を動かしている。……すこし、いやかなり挙動不審だ。


「いらっしゃいませ」


「………ぁ………!? ……は、はぃ……」


びくりと両肩が跳ねた。踵を返そうとした脚を我慢させて、勧められた席に、恐る恐る座る。

……よく逃げなかった。偉いぞ。

このまま様子を見守る。


(逃げ癖。……彼女はそう言っていたが、根底にはもっと根深い何かがありそうだ)


戦闘中、リリアが動きに精彩を欠く事は多々あった。

咄嗟の出来事や自己判断の必要な事が起きると、目線をカイやホノ。

ノエルや俺に向ける癖がある。


逃げる……というよりは。

決定権を他者に委ねてしまうのだ。


「お食事ですか? それとも仲間の募集?」


「お……おぁ……おしょ……お食事で、お、お願いします……!」


なら問題が起きれば、責任転嫁をするかと言うと……むしろ自分のせいだと言って責任を背負い込もうとしてしまう。


(………ん? ……ガラの悪い連中が入ってきたな)


見守り続けていること十数分。

彼女が食事を終えて、席を立とうとしていた時だった。雰囲気が良いとは言えない冒険者たちが入ってくる。


……着崩した揃いの装備に威圧的な装飾。

鎧に付いたヘコみや傷を見るに、モンスターとの戦いではなく剣や鈍器によるものだと伺える。


半冒険者の傭兵崩れか。

だが、それにしては装備の質そのものはいい。


「うーわ、また来たよアイツら」


追加で頼んだ飲み物が運ばれてくる。それを受け取りつつ、店員に尋ねた。


「また、というと?」


「いやね? ……ほら、例のアイツの。……イルムたちのオトモダチってやつみたいで」


「ヴール伯爵の子飼いか」


「そんなとこです。最近あーいう連中が何人も街に来てて。……無駄に腕っぷしはあるから……その、ねぇ?」


傭兵崩れ共が、酔い潰れて寝ていた冒険者たちに近づく。肩を乱雑に掴んだ。

痛みから冒険者たちが飛び起きると、そのまま椅子から無理矢理に引きずり降ろす。

……引きずり降ろして、蹴り飛ばした。

………冒険者たちが苦悶の声を上げると、傭兵崩れ共は品のない笑い声を上げる。


「………不愉快な連中だな」


「そうなんすよ! ……でも並の冒険者じゃ刃が立たなくて。しかも……あの伯爵の子飼いってんじゃ……」


リリアには申し訳ないが、一端お出かけは中止だ。今は少し危ない。


「俺が話して来よう」


「話が通じる相手には見えませんけどねぇ……? アルマさん、やっちゃってくださいよ!」


「武具だけ壊して帰らせるよ」


殴りつけたくなるような連中ではあるが、事を荒立てたくはない。

適当に武具を壊して退散させる。


(………?………リリア……!? 

何をして……!?)


1階へ降りようとして、両脚が止まる。倒れた冒険者たちに、リリアが駆け寄っていた。


 

「あ……あ……あのっ! だ、大丈夫で……ですか……!?」


「うっ……うぅ……い、痛ぇ……」


怖くて堪りませんでした。

……今すぐ逃げ出したい気持ちでいっぱいです。でも、私は逃げないことを選んでいました。


「ま、ま、待っててください!! い、今! か、回復魔法を……かっ……掛けますっ……」


自分がなにか選んだり決めたりすると、いっつも悪いことが起こります。だから、他の人にいつも決めてもらうんです。

だけど。

今は、助けると決めました。

決めてしまいました。


「そ、そっちの方も……」


「す、すまねぇ……」

「あ、ありがとう……嬢ちゃん」


ワンドを翳して回復魔法スキルを発動させて。魔法陣が浮かびます。

浮かんだら、魔力を注ぐ。


「おいおい、何してんだお嬢ちゃん」


「…………ぁ」


ワンドを掴まれて。

魔力が消散して、魔法陣が消えます。

……やっぱり、私が何かを決めるとこうなるんです。

怖いことが起こるし、迷惑ばかり掛けてしまう。


「そ……そんな……な、なんで……ス、スキルが……き、消えて……?」


スキルを発動したら、その時点で魔法陣は固定される筈です。

だから掻き消されるなんておかしいんです。……おかしいことが、起きてしまいました。


「まるで俺たちが悪者みてぇじゃねぇか」

「邪魔な酔っぱらい退かしただけだぜ、へへへ」

「ワルモノの味方をしちゃうのかい、お嬢ちゃんは?」

「こいつぁキツーイお仕置きがいるなぁ?」


囲まれて、逃げ場がありません。

歯の奥がガチガチと鳴ります。

……お腹に力を入れないと、息ができないくらいです。


「にしても、いいモンぶら下げてぇんなぁ、嬢ちゃん。どれくらい大きいか教えてくれよぉ」

「ちょっと遊ぼうぜ、ひひひ」


胸元を見られて、余計に泣き出しそうになりました。

気持ちが悪くて堪らなくて、嫌で嫌で。

……アルマさんに見られたときは、びっくりしたけど、全然嫌じゃなかったのに。


「や……やめて………」


「やめて? おーい、誰か! 俺たち止めたほうがいいかぁ?」

「誰も止めないねぇ、お嬢ちゃん」

「へへへ、そりゃそうだろ。この酒場は俺らの庭も同然!」

「止められる奴なんかいねぇよ、お嬢ちゃん! ひゃひゃひゃ!」


助けて……! 

嫌だ……嫌っ……!!


「助けて………アルマさん……!!」 


瞬間。

風が、私の頬を撫でました。


「ーーーおい」


「………あ? な、なんだお前!? どこから………。は、離せてめぇっ……!!」


「その子から離れろ。

二度は言わない。……離れろ」


私を庇うようにして。

……ううん。違う。

私を庇って、アルマさんが前に立ちます。声はとても怒っていました。


泣きそうになるくらい怖い声。


力を入れたお腹から、力も何も抜けてしまいそうなくらいに怖い声だったのに。


「リリア、よく勇気を出した。

冒険者たちを助けようとした君の

判断は、正しい。……誇らしく思う」


アルマさんの声を聞いて、私は。

……泣きそうになるくらい、ホッとしました。何も怖いものなんか、ないと思えるくらいに。

……ううん。きっとこれも違うんだ。


きっと、生まれて初めて。

私は何にも怖くないと思えたんです。100%の、確信と一緒に。



「おい、さっさと振りほどけよ!」

「何やってんだよ!」

「う、うるせぇ!! くそっ! 離せ!」

「いきなり出てきやがって。なんだテメェは?」


離せ、と言われたので離してやった。腕を掴んでいた傭兵崩れは、苛立ちを隠すこともなく手首を振る。

他の仲間……傭兵崩れ同士、舐めれたくないのだろう。

声を荒げながら、俺を睨む。


「なんだテメェは、と聞いたな」


「あ゛ぁ?」


「あの子の……師匠ってやつだ。

別に覚えておかなくてもいい」


「はぁ? 師匠?」

「ははは! 聞いたか? 

師匠だってよ!!」

「ぎゃははは!!」


傭兵崩れの中でも、一際装飾の目立つ男が一人。俺の肩に手を置いてきた。


「はっはっはっ……はぁー……そうか、そうか……あんた、ふふっ………くひひ………し、師匠か! あの子の? ひひっ……ふふふ」


「隊長、笑い過ぎたら可哀相ですよ! ぎゃははは!」


「おぉ? ははは! 確かにな、悪かったなぁ、オ・シ・ショーさん?」


ぐぃっと、肩を引っ張られる。

抵抗はしない。耳打ちして言いたいことがあるなら聞いてやる。


「ーーーカッコつけてぇなら他所でやりな。ぶっ殺すぞ雑魚が」


……ふむ。

安い挑発だ。


「リリア、とか言ったかあのガキ? ぴーぴー情けなく泣いてよぉ。どうせ啼くなら、俺の上で啼かせてやってもいいぜ? ぎゃははは!」


………なるほど。

なんとも安い、おが屑よりも価値のない挑発だ。


「いいですねぇ、隊長!! 俺も啼かせたい!!」

「バカ、順番を守れよ!」

「誰が一番啼かせられるか決めるか? ははは、あのガキが保たねぇか!!」


価値はないが。


「ーーー傭兵崩れというのは」


「ぎゃははは……あ?」


その言葉。

……お前たちが吐いたその言葉。

その安い挑発。


「ふっ……くくく……傭兵崩れというのは、ずいぶんと舌が回るんだな。で? 誰に仕込まれたんだ、その舌の使い方は?」


ーーー買ってやるよ。

今の俺は、心底から頭にきている。

端的に言う。俺は怒った。

俺を笑うだけならいい。

だが、リリアを怖がらせただけでなく、

彼女のことまで嘲笑うのなら。


「て……てめぇっ!!」

「俺達を誰だと思ってる!!」

「あのイルム様の直属の親衛隊だぞ!」

「吐いた言葉飲むんじゃねぇぞ、テメェ!! ぶっ殺してやるっ!!」


ーーー少しだけ、本気で相手してやる。

武具を壊すだけで止めるつもりだったが。


「はっはは……親衛隊、か。

うるさく吠えるものだから、餌付けされた犬かと思ったが違ったか」


前歯の2、3本。一生使えなくしてやるから覚悟しろ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る