第12話アサシンと僧侶少女は出掛けたい

ノック音がした。

いつもより、少しだけ早く起きていた朝。


「お、おは……おはよぅございまひゅっ……!!

あ、朝早くから……す、すみません……っ」


カイパーティへの鍛錬を始めてからきっかり一週間目の、まだ仄暗い早朝。

寝ぼけ眼な太陽が、ゆっくりと地平線の向こうから昇り始める時間だった。


そんな時間に、俺の泊まる部屋に来客が一人。


「……リリア?」


小柄な身体をさらに縮こめて。

そのせいか、不釣り合いに大きな胸元が、逆に僧侶の法衣を内部から突き上げて圧迫する。


……まるで胸部で服を虐めているみたいに……いや、リリアの場合は彼女自身の

雰囲気も相まって、胸部が服に虐められているようにもみえるか。


「あ……あの……!……あのぅ……

ア、アルマ……さん」


上目遣い気味な潤む目は、見ているこちらの庇護欲を掻き立てる。

こう……何かしてあげなければという気持ちにさせられてしまう。

もはやある種のチャーム……。

魅了魔法の域だ。


「……立ち話もなんだ。取り敢えず上がっていくか? 

ちょうど、朝食を摂る所でーーー」


トーストでも食べていくかと言い掛けて。


「お、お願します……っ!!

アルマさん……っ!! 

い、い、一生のお願い……ですっ!!」


リリアの言葉に。


「ーーー私と付き合ってくだひゃいっ!!」


「……………………は?」


頭の中が、“は?”の一言で埋め尽くされた。

ーーー朝っぱらから何を言い出すんだ、君は……!? 

しかも、そんな大声で……!?


「なんだなんだ!?」

「付き合ってって聞こえたぞ!」

「あれ、あの部屋ってアルマさんの……」

「リリアちゃん……? 朝からなんだ?」


まずい。

他の宿泊客が出てきた。


「と、取り敢えず中に!」


「ひゃぁっ……!? は、はひぃっ……!!」


リリアに入ってもらい、俺は愛想笑いで顔を出した宿泊客たちに手を振った。

ジトぉっ……とした疑いの目線が突き刺さる。ドアを盾代わりにして俺は逃げた。



「……取り敢えず座ってくれ」


「す、すみません、すみません、すみません……! ごめんなひゃい……!」


ひとまず部屋にあった備え付けの椅子に座らせた。クッションも何も無い、硬い木製の椅子だがベッドに座らせるわけにもいくまい。


ミルクをたっぷり、砂糖は多めに入れた熱い紅茶を出してやる。

これを飲んで少しは落ち着いてーーー


「い、いただきます……熱ひゃぁいぃぃっ!?」


……氷を入れてやった方がいいかもしれない。


「うぅ〜……し、舌が……舌が……」


リリアが涙目で舌をちろりと出して、舌先に向かってふぅふぅと吹き掛ける。


「落ち着いてゆっくり飲めリリア。……どれ、味は薄まるが冷たい水か氷を少しいれようか」


「……うぅ……ごめんなさい……私、本当にダメダメです……。ぐすっ……」


“そんなことは無い”、と言おうとして止めた。ネガティブな気分になっているんだ。下手に否定するより、話を逸らしてやったほうがいいだろう。


「………さて。リリア、“付き合ってくれ”とはどう言う意味だ?」


「熱ひゅぃ……熱ひゅ……は、はい!……ごめんなさい、良い言葉が思いつかなくって……うぅ……他の人たちにも……か、勘違いさせてしまいました……」


すぅっと深呼吸をして、リリアは口先を何度か不安げに絞っては緩めるを繰り返す。

目線は上と下をキョロキョロとして、目がバタ足で泳げずに溺れている。最後に空気を一つ吐いて、リリアが言う。


「………わたし……私、もっと……もっと精神的に強くなりたいんです……」


「それで………?」


「な、なのであのぅ……せ、精神を……き、鍛えるのに……付き合って……いただき……たくて!

ご、ごめんなさい……! 

緊張で……付き合ってくださいと

だけ……その……叫んでしまいました……ご、ごめんなさいっ!!」


慌ただしい身体の動きとジェスチャーで、あたふたとしだす。

それに伴って……何処が、とは言わないが激しく上へ下へ横へと揺れて騒々しい。

……そのうち法衣が破けるんじゃないか……? 


(……それにしても、ある種の畏怖すら覚えさせる大きさだな)


ふと、そんな事を考える。


(僧侶はワンドの他にもメイスなどの重武器を持てる。前線役としてリリアをと思ったが……やはりこのまま後衛のがいいか)


「あわ……あ、あのぅ……?」


リリアが気まずそうに眉を顰める。

頬を赤らめて、胸元を両腕で隠して項垂れる。

……まじまじと見るつもりはなかった。


「……んっ……? あ、あぁ、す、すまない! そういうつもりでは……!」


「ーーーい………いえ!!」


項垂れたかと思うと、今度は勢い良く立ち上がる。


「リ、リリア……?」


「ア、アルマさんにお、お世話に……! お世話になっている身、身の上ですからっ……!! アルマさんが望むなら……い、い、い!」


ーーー幾らでも見てください!!

……との叫びが木霊した。


「は!? いや、ち、違う!! 俺はただ今後の育成方針をだな……!?」


「も、もっと見やすいように、ぬ、ぬ、脱いだほうがよろしいでふゅきゃ!? き、き、気が利かなくてすみまひぇんっ!!」


「リリア!? やめろ!! 礼服のボタンを外そうとするんじゃない!! こら!?」 


ただでさえこの安宿、壁が薄いんだ。これ以上おかしな勘違いをされたら、色んな意味で俺はこの街にいられなくなってしまう。

ましてや君のような、うら若い純朴な少女をとなれば……暴徒の相手は御免だぞ!?


(………くっ……!)


……まずい、どうやって落ち着ければいいんだ!?

両肩を掴み、彼女の顔を覗き込む。


「あわわわ……あうぅ……」


あぁ、駄目だこれは話が通じない。

目がぐるぐると泳いでいる。

それはもう凄い勢いだ。瞳の形が渦巻きになりそうなくらい。


(しかたない……!)


この方法しかないか。


「すまん!」


「ぅぅ………? きゃぁ……っ!?」


全身を使って、リリアを抱きしめた。抱きしめて、そのまま左右にゆらゆらと一定のリズムで揺れる。

母親が子供をあやす、あの抱きしめ方だ。


「しーっ………深呼吸をしろ……」


右手はそぅっと……彼女の頭に当てて、ゆっくりと背中にかけて撫でていく。……これで、落ち着いてくれるといいのだが。


「………ぁぅ」


こくん……と項垂れると、静かになった。ゆっくりと彼女を離していく。……まったく、手の掛かる子ほど可愛いとは言うが困ったものだ。


「もう落ち着い…………なっ!?」


……なんということだろうか。


「……はひゅぅ……だき……だしめられ……ひゃ………うっ……」


(き、気絶している……っ!?)


頬も耳も赤く火照って。

ものの見事に……気絶してしまった。

何度かモンスターを気絶させたことはあるが、ここまで突拍子もない理由で気絶する奴など、初めて見たぞ俺は。



「リリア……もういい。頭を上げてくれ。大丈夫だから」


ベッドの上にダンゴムシが……いや、違った。リリアがいた。

意識が戻ったその瞬間に、もはや土下座と遜色ないくらいの角度で頭を下げてきた。もう一種の芸術のような素早さで。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいぃ………っ!!」


「謝らなくていい。俺は怒ってなんかいない。……それで? 付き合うというのはどういう……?」


背中を擦ってやり、頭をポンッと何度か撫でてやると、ゆっくりとだが顔を上げてくれた。

……目の両端で涙の粒が渋滞を起こしている。


「そ……そのぅ……ぐすっ……私と……お出……お出掛けしてほしいんです」


「お出掛け……どこに?」


ぽつりぽつりと話すリリアの話を纏めると、精神を鍛えるために、一人で入ったことのない店やら場所に行きたいらしかった。


「に、逃げ癖を直したいんです。……怖くなると……あ、頭の中が纏まらなくなる癖も……! だ、だから……っ、ち、小さいことから……初め……たいなって」


怖いことや、心配なことから逃げてしまう癖を直したい。

そのための小さな一歩から初めたいらしい。


……とはいえ、完全に一人で入るのはまだ怖いので、俺に一緒に入ってもらいつつ、遠巻きから見守ってほしいとのことだった。


「……お願い……できますか……?」


……このお出掛けに付き合ってくれと言うためだけに、わざわざ朝早く起きて来たのか。


「もちろん」


断る理由はない。

このお出掛けとやらが、リリア自身にとって良いきっかけになるのなら、喜んで付き合うさ。


「あ、ありがとうございます……!! アルマさん……っ!! こ、こ、この御恩は一生かけてでも御返しいたします……!!」


……こうして、俺とリリアの“お出掛け”が始まったのであった。

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