第18話異変に気づくアサシン

「カイパーティ、帰還しました」


カイたちが第3階層から帰還した。

鎧の傷を見て、激戦を制したのだと理解できた。

鎧の表面にある傷跡は深い。

幾らか黒ずんで変色した革ベルトと革紐とが、〈邪毒のコカトリス〉の毒が猛威を振るったことを静かに告げる。


「よく帰ってきたな、皆。……全員無事で良かった」


俺の言葉を合図にしたのか、ギルドにいた他の冒険者たちからの拍手と喝采がカイたちを包む。

第3階層を踏破し、第4階層に挑むに足るとカイたちは証明したのだ。


「あ、あはは……な、なんか照れるなぁ……アタシ……!」


「わっ……わわっ……ぁ……! あ、あり……ありがとうございまひゅ! ……んぁ……し、舌か、噛んひゃっは……」


反応は皆それぞれ違う。

ホノは気恥ずかしそうな困り笑いで、何度も頭を下げて。

リリアの方は何時かのように、目をぐるぐると泳がせながら深々とお辞儀をしている。


「皆様……ありがとうございます。……これからも驕らず、アルマ様の下で精進して参ります」


「ありがとうございます、皆さん」


ノエルとカイの兄妹は、しゃなりと気品に溢れる一礼でその場にいる者に息を呑ませた。

……少しばかりズレたところはあるが、ノエルもやはり、絶世と言っていいほどの美少女なのだと思い出させる。


「第4階層、第5階層……さらにその先も……よろしくお願い致しますね、アルマ様………うふふふ」


……その顔は不気味だからやめてくれ、ノエル。目が完全に捕食者のそれだぞ。


「ただいま、アルマさん。ボクたち全員、無事に帰りました。……アルマさんのもとに」


「………おかえり、カイ。一人前以上の冒険者の顔になったな」


“ただいま”……か。

誰かに言われたのは、久しぶりだ。

送り出した教え子たちが、無事に返ってくる。それだけで俺は嬉しい。

……“ただいま”と言って貰えたら、もうそれだけで報酬としては十分すぎる。


「あとでゆっくり聞かせてくれ。皆の勇猛ぶりを。……今日は鋭気を養ってくれ。第4階層は、今まで以上に険しい階層になる」


「はい!………ところで、アルマさん」


カイがまじまじと俺を見る。

なんだろう? 顔に何か付いていたのだろうか。


「なんだ?」


「どうして、椅子に縛られているんですか?」


「………………秘密だ」



「わははは! 飲め飲めアホウども!」


場所は安宿。その大広間。

俺が部屋を借りて暮らしている所だ。夜も更けたが、楽器の演奏と喧騒とが響いている。


「わははは、奢りだ奢り! 腹がはち切れるまで飲めテメェら! わははははは!」


「親父さんの奢りじゃなくて、俺の奢りだろ」


「うるせぇな、場所提供してんのは俺だろうが! わははは!」


顔をすっかり赤くして、酒臭くなった酔っぱらいが一人。

宿屋の親父さんが、酒瓶を離さず飲み続けている。……明日二日酔いになっても知らないぞ、まったく。


「カイパーティの第3階層踏破!」

「やっぱり、師匠がすげぇと弟子もすげぇやな」

「第4階層に挑めるだけのパーティがまた一つ! 目出度いな、ははっ!」


宿屋の親父さんの提案で、今夜はカイパーティの第3階層踏破の祝賀会との運びになった。

………俺としては、4人をゆっくり休ませようと思っていたのだが。


「それでさ! カイがバシッ! と指示出して、アタシがそれに併せてズババーッ!! て〈邪毒のコカトリス〉の翼を師匠直伝の技でぶった斬ってーーー」


「アルマ様の指導のお陰で、レベル差を覆して倒せました。……もし許されるのでしたら、アルマ様の素晴らしさを皆様に是非お聞かせしたいとーーー」


皆、興奮が覚めやらぬ……と言った風に他の冒険者たちと酒を酌み交わしている。……酒……というのは違うか。飲んでいるのはマジックアイテムで酒気を完全に飛ばした、酒モドキだし。

リリアはというと。


「このジュース、美味しいですね……もういっぱいください」


「おっ! 好きかいそのジュース! 山岳の王国から直輸入の〈脳吸い歩き赤葡萄モドキ〉の胆汁ジュースでね」


「すみません、もうお腹いっぱいなのでやめておきます」


ジュースを飲んで、端っこで大人しくしている。


(………うまい)


かくいう俺は、少し離れた場所で酒を飲んでいた。

今夜の主役はカイたちだ。極力目立たぬように、隅っこに引っ込む。


「アルマさん、こんな所にいたんですね」


やっと見つけた、と言わんばかりの身振りでカイが近付いてくる。


「カイか。………ふっ、いいのか? あの子達を袖にして」


歩いて来た方を見やると、街娘や御婦人方が名残惜しそうに……カイの背中に向かって熱っぽい視線を向けていた。


(人気者だな、カイは。……ふふっ)


無理もない、第3階層を越え、冒険者としては一人前以上。

顔立ちは目を引くような耽美さとくれば文句のつけようが無い。

……だから少し、からかってやる。


「はは……いいんです。それより、アルマさんと」


「………ん?」


手には杯と小さな瓶が一つ。

酒気を飛ばした酒モドキだな。

ベルを鳴らすような仕草で揺らし、ちゃぽんっと水音を立てる。

これは……“サシ”で飲もうとのお誘いか。

……物好きな奴だな、カイも。


「ふっ……俺とでいいのか?」


「なかなかで二人で語らえませんでしたから。……お時間、少しください」


「少しと言わず、明け方までだっていいさ」


椅子を引いてやって、座るように促す。


「ツマミでも頼もう。酒気は飛んでいるとはいえ……雰囲気を飲んで酔うことはできるさ」


「ふふふ……雰囲気を飲む、ですか。……なら、飲まれないように気をつけないとですね」


互いに格好つけた言い方をするのは、心が少し浮かれているからだろう。けれどこんな目出度い夜だ。

ほんの少しだけ、心の隅っこくらいは緩めて語らいたい。


「聞かせてくれるか? 討伐の時のことを。………直接聞きたかったが、こうも人が多くてはな」


「もちろんですよ。……というか、聞かせたくて探していたってのもありますから……あはは」


頬を掻きながら、照れ臭そうにカイが笑った。

年相応な砕けた表情だ。

パーティリーダーとして一生懸命なリーダーとしての顔も凛々しいが、今くらいは……ただの青年でいればいい。


「さてと……どこからお話すればいいのかな……えっと」


カイが〈邪毒のコカトリス〉の討伐時の様子を、語り始める。

声色は少し演技がかった、読み聞かせでもするような雰囲気で。

あるいは、興奮を抑えるためか。


「皆、本当によく動いてくれて」


自分のことではなく、パーティメンバーのことをカイは誇らしげに話す。

毒をどう乗り切ったか、リリアとノエルがどれだけ頼りになったか。

ホノの一撃の鋭さを、カイは何度も語って聞かせた。


「最高のパーティメンバーだとボクは思ってます。……でも……羽根を飛ばしてきたときは焦ったなぁ……」


「……羽根………?」


「はい、羽根です。……まさか羽根から剣状の魔力を放ってくるとは思いませんでした」


羽根。

剣状の魔力を放つ。

この2つの言葉が、俺の思考を凍らせた。〈邪毒のコカトリス〉が剣状の魔力を放ったのか。


「………カイ、そう言えば」


「リリアが機転を………はい?」


「武具素材がドロップしたと言っていたな。……まだ持っていたら、見せてくれるか?」


それは、“あり得ない”のだ。

〈邪毒のコカトリス〉に、魔力を剣状にして放つ能力などない。


奴の攻撃パターンは、蹴爪による攻撃と嘴による啄み。

風圧での吹き飛ばした猛毒。

……魔力を使った攻撃など、奴は使わない。


「いいですよ。蹴爪の欠片みたいですけど、まだ鑑定には出していなくて。………愛刀の強化に使おうかと」


いや、そもそも。

……肉体の一部に魔力を回し、それを触媒に攻撃魔法スキルを放つモンスターは……“第5階層以降にしか”現れないのだ。階層によって魔力の絶対量は違う。第3階層に流れる魔力量では、そんな芸当をするモンスターは生まれない。


「蹴爪……」


ひと目見てわかった。

鋭さが違う。〈邪毒のコカトリス〉の蹴爪は鋭いが、ここまでの鋭利さはない。アイテム名は〈コカトリスの蹴爪片〉となっているが、あり得ない鋭さだ。


(…………!?)


魔力探知スキルで、蹴爪が内包する魔力を計る。

……レベル30幾つのモンスターの素材が内包していい魔力量ではなかった。もはや別物だ。

嫌な予感がする。全身の神経が警鐘を鳴らし始めた。


「なぁ、カイ。……レベルは幾つ上がった?」


「えっと……ボクは5レベルアップで、ホノは7レベルアップ。リリアとノエルが3レベルアップです。

やっぱり、登竜門になるような階層のエリアボスは、落とす経験値も違いますね」


………異常な量の経験値。

レベル差を考慮しても、〈邪毒のコカトリス〉が落とす経験値は、

カイなら1、2レベルアップ。成長の早い盗賊のホノでも4レベルアップするかしないかだ。


「カイ、ちょっと借りるぞ」


「えっ? あっ……アルマさん?」


蹴爪を持ってその場を立つ。

飲み合っている冒険者たちを掻き分けて、目当ての人物を探した。


「わははは! もう一本開けてやれ!!」


「親父さん」


「わは……は? あん? なんだよアルマ。オメェも飲むか? わははは!」


「ちょっとこっち来てくれ。

………鑑定を頼む」


「んだよ、まったく。鑑定だぁ?………おい、アルマ。そいつを貸しやがれ、早く」


蹴爪を見せると、赤ら顔から酔いが完全に飛んだ。俺自身も鑑定スキルは覚えているが、確証が欲しい。

親父さんにも鑑定してもらう。


「スキル発動……! 《蒐集家の慧眼Ⅳ》……《脅威観測師Ⅳ》。……おい、アルマよ」


「……あぁ」


「こいつぁ、〈邪毒のコカトリス〉の蹴爪だな?」


「そうらしい」


「あの鳥、レベルは37だ。だろ?」


「………そうだ」


「……この蹴爪、魔力だけならレベル50相当の魔力を持っていやがる。……となると、実際にカイたちが遣り合ったあれは……レベル40に片足突っ込んでることになるな」


「同じだ、親父さん」


「………クソッタレめ。……こいつぁ……これじゃぁ……同じじゃねぇか」


辺りを包む喧騒が、遠くなったように思えた。

予兆のようなものは、幾つもあった。普段出てこないモンスターたちの大量徘徊。第2階層に現れたバニッシュ・ホールの罠。


「7年前と同じだ、アルマ……! 『掃滅戦』の時と同じ……!」


ーーーダンジョンが“目覚めようとしている”……?

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