第17話エリアボスを倒すカイパーティ

湿った空気が漂っていた。

魔力によって変異した、玄室内に広がる空間は、穢い場所に住む猛禽の住処のようだった。

下水道に巣を作り、汚濁と粘泥に潜む不浄の獣。


「現れるよ。……エリアボスが!」


魔力が迸る。

モンスターが現れる際の魔力の揺らぎは、幾度となく体験してきた。

……けれど、これは違う。

他の玄室で感じたものとも、ましてや第1階層、第2階層のエリアボスの玄室で迸った魔力とも全く違った。


「………っ!」


ボクは歯を食いしばって、丹田に喝を入れる。


「しっかりしろ……アタシ………!」


ホノは何度も両頬を叩き、何度も頭を振って己を鼓舞している。


「…………ぁっ……!」


「……………ぅっ……!」


ノエルとリリアは、思わずだろう。

互いに肩と肩を寄せ合い、震えを抑えていた。


(………来るっ!!)


ひときわ大きく、魔力が揺らぐ。

湿った風が吹き荒いで、巨大なモンスターの形が造られていった。

第4階層からは、こんな化物が。

………“通常の敵”として、出てくるようになるのか……?


(……呑まれるな! ……冷静になれ……!)


魔力が、完全にモンスターとしての形を成すまで……まだ時間はある。

その間に頭の中を急いで整理する。


(第3階層のエリアボスは〈邪毒のコカトリス〉。……レベルは……37)


〈邪毒のコカトリス〉。

大鷲の嘴と雄鶏に似た頭部、身体を持ち、猛禽のような大翼で空を飛ぶ。脚は猛禽のそれで、蹴爪は並の鎧を掻き裂くほどに鋭い。

第3階層のエリアボスではあるが、その強さからドラゴンと並んで騎士団や貴族のシンボルとして使われてきた。


身体能力だけでも、第3階層のモンスターの中では隔絶した強さだ。

……その強さに加えて、浴びた者の筋肉と神経を麻痺させる猛毒を吐く。


……アルマさん曰く、冒険者にとって相手にしたくないモンスターの全ての特徴を合わせたような奴らしい。


(………空は飛ぶし、攻撃力も高い。浴びたら即死とほぼ同義の毒ガス。駄目押しに魔力耐性も高いと来た)


対するボクたちパーティのレベルは、それぞれこうなっている。


ボク、カイ・エリーニュスのレベルは31。

次点でホノのレベル29が、パーティ内で2番目に高い。

リリアはレベル24で、ノエルがレベル22。

同じ魔法系統のジョブではあるけれど、前衛役としての側面も持つ分、リリアの方が幾らかレベルは上がりやすい。


(レベル30を超えているのはボクだけだ。……レベル差補正は馬鹿にできない)


真正面からバカ正直に攻めたなら、勝機は薄い。正攻法ではなく、〈群れなす呪い溝鼠〉の時と同じく機転を利かせなくてはいけない。


(……“鳥は、大きくても所詮は鳥だ”)


アルマさんに個人的に言われたことを思い出す。

……鳥はどんなに大きくても、鳥に過ぎない。きっと、討伐のヒントになる筈なんだ。


「ーーーカイ!! 来やがったぞ!! バカでかいのが!!」


玄室内を震わすような、甲高くしかし重々しい咆哮。

……震わされた鼓膜が、音を受け止めきれずに破けてしまいそうだ。


(あれが……〈邪毒のコカトリス〉……!? 翼だけで8メートルはあるぞ……!? 体高は下手な建物よりも頭一つ飛び抜けて高いい……!!)


雄大な翼。

雄鶏の頭部とは思えぬほどの、畏怖すら覚えさせる眼光。

身体を覆う羽毛は、騎士が纏う黄金帷子のように鈍く赤銅色に輝いている。

蹴爪は遠い異国の戦士が振るうという、カミソリのように斬れ味鋭い剣を思わせた。


……玄室内の魔力が歪む。

構造的にはありえない変化。

玄室内が、〈邪毒のコカトリス〉が、その巨躯を舞い踊らせるに足るだけの広さへ変わっていく。


咆哮を再び上げると、外敵と。

……そうボクたちを認識し、翼の一羽搏きで飛び上がった。

ーーー突進してくる気か……!?


「ーーーホノ!! 加速スキルを連続発動!! クリティカル状態付与スキルもだ!!」


頭の中を切り替えて、指示を飛ばす。ボーっとしている暇はない!


「アイテムの出し惜しみは無しだ!! リリア、〈抗毒の鈴〉を鳴らして魔法鎧スキルをボクとホノに!! ノエルはスキルで効果の拡大っ!! 魔力を絶やすなっ!!」


毒を防ぐ魔法の障壁が、〈抗毒の鈴〉によって造られていく。

ノエルの拡大スキルで強化し、さらにリリアの魔法鎧スキルでボクとホノの防御力を底上げした。


「………ーーー!」


蹴爪を突き出し、超高速で〈邪毒のコカトリス〉が突っ込んでくる。

迎撃か。

いや、駄目だ。まだ奴に余力はある。迎撃スキルでは押し負ける。


「ーーー散開っ!!」


「おうっ!!」


「了解っ!!」


「わ、わかりましたっ!!」


リリアとノエルは、〈跳躍の粉〉で跳び退く。

ボクとホノは受け身を取りながら回避し、すぐさま立ち上がって体勢を整えた。


「くそっ……!! 元気いっぱいに飛びやがって!! 降りてこい、鳥ヤロウっ!!」


「警戒心が強いんだ。だからボクたちから距離を取って………。

………っ!?」


気がついた。

気がついて、身体を縮めて身構える。奴の必殺の一撃とも言える蹴爪。それを回避してみせたボクたちへの警戒度は上がっている。


なら、次に奴が。

〈邪毒のコカトリス〉が使うのは……。


「全員、備えろぉっ!!」


猛毒による一撃。


〈邪毒のコカトリス〉の胸にある器官が。毒ガエルのように猛毒を溜め込み、咽頭へと押し出す射出器官が

隆起する。血管とも、あるいは何か別の液体を回すための管なのか。

不気味な亀裂状のモノが皮下で走った。


粘性を持つ燃性の毒塊は、噴出されるとき毒の塊として質量を伴う攻撃となり………。


(………っ……!? 障壁が……黒ずんで………っ!?)


……着弾すれば、舞い上がって毒霧となって立ち籠める。

玄室内にほとんど隙間はなく、毒で穢れた空気が溜まり続けていく。


……いくらノエルの拡大スキルで効果を増し加えているとはいえ、高濃度・高魔力を帯びた毒霧を受け続ければ“破れて”しまう。


「くっ………ぅ………」


「ノエル!? 大丈夫かい……?」


「まだ……魔力は保ちます。でも……拡大スキルを使い続けていては……」


拡大スキルを掛け続けるのにも限界はある。加えてこの濃密に立ち籠める猛毒。

……かなりの魔力を回さないと、障壁の効果拡大を維持できない。


「……敵は依然、飛んでいる。……ボクたちでは届かない、か」


「アタシの壁蹴り……も駄目だな。石壁と石壁の距離が遠すぎる。くそおっ!! どうすりゃいいんだよ!?」


覚悟はしてきていた。

簡単に倒せる敵ではなく、字義通りに命を賭けなければ挑むことすら叶わない相手だと。


(攻撃を届かせるには、どうすれば……魔法で……駄目だ、ノエルに余計な魔力はーーー)


「カ、カイさんっ!! 〈邪毒のコカトリス〉がっ……!?」


思案は、刹那の叫びによって掻き消される。顔を蒼白にしたリリアが指差すのは、中天を悠々と飛ぶ〈邪毒のコカトリス〉の姿。

……その大翼に、魔力による光が走っていく。赤銅色に鈍く光っていた翼は、魔力を受けて鈍く揺らめく銀色へと変わる。


「………《祈りの障壁Ⅳ》!! 《犠牲の山羊Ⅱ》!! 《深月の光Ⅲ》!!………きゃぁっ……!?」


リリアが反応する。

ワンドを両手に持って突き出し、ボクたち全員を覆う防御障壁を張る。

翼に集まった魔力が、羽根の“剣”となって降り注ぐ。

風切り羽のような空気を切り裂く音と共に、こちらに向かって殺到した。


「や、やべぇ数だ!! 凌がないとヤバイっ……!!」


リリアの判断は正しい。

そのお陰でボクたちは切り刻まれずに済んだ。……だが、補助スキルを以て重ねても、レベル差は覆しきれない。


………完全には防ぎきれず、障壁を突き破った羽根がボクたちを切り裂いていく。


「うああぁぁっ……!? ぐっ……腕が………ぐっ……うぅ………!」


「ホノ!? しっかり………ぅぁっ………!………しまっ………!?」


防御力が低いノエルとリリアを庇い、ボクとホノは羽根を斬り伏せていく。しかし、高速で射出され続ける羽根を捌き切ることはできず、負傷してしまった。

……致命傷ではないが、この状況においては致命的な傷。


……ホノは片腕を深々と突き刺され、ボクは片足に傷を負った。

愛刀を支えにして、なんとか立つ。

痛みと焦りが、じわじわと。

………身体を麻痺させ壊す毒のように、思考をかき乱す。


(どうする……!? どうすれば……攻撃を届かせられる……!?)


真っ黒に塗りつぶされていく思考。 


「あんの……鳥アタマぁっ……!! あー……! いってぇ………!」


鳥アタマ。……鳥。

………ふと、アルマさんの言葉が思い出された。

“鳥は、大きくても所詮は鳥だ”。

奴の頭部は雄鶏のモノで、脚は猛禽のそれだ。


ーーーなら、その習性は。


「……おい、カイ」


「………! ホノ……」


「その顔、何か思いついたって顔だな」


……確かに、一つ。

打開策は思いついている。けれどもリスクが高い。……失敗すればどうなるか。火を見るよりも明らかだ。


「やってみようぜ、カイ」


「で、でも………!」


「………それで勝ち目が生まれるんなら、やる価値はある! アタシら皆、お前に命を預けてんだ」


「ホノの言う通りです、カイお兄様……。………やりましょう!」


「カイさん………! 私……私、覚悟はできてますっ……!」


柄を強く握りしめた。

握りしめて、ボク自身も覚悟を決める。パーティメンバーが腹を括ったんだ。ボクだって括ってやる。


「これを使う」


懐からアイテムを一つ、取り出した。



〈邪毒のコカトリス〉は、悠々と石畳を見下ろしていた。

あの小さな4匹では、攻撃を届かせられない場所に自分はいるのだと。

中天を飛びながら嘲叫を上げる。


「…………?」


羽根を飛ばし続ければ、そのうち細切れになる。

そう考えながら見続けていたが、何かがおかしい。目を凝らすが見えない。嘴と脚は猛禽のものだが、目は雄鶏のそれだ。

視力は良いと言えない。


「…………?」


羽搏きながら、中天を一段。

また一段と降りていく。

……見えた。違和感の理由に気づく。あの小さな4匹が消えているのだ。しかし鼻先には確かに奴らの匂いがしている。


ーーーなぜ見えない?

ーーーどこにいる?


……本能の赴くままに、翼を畳んで両脚を地につける。羽搏きで毒霧は消えたが、気にも留めない。

嘴の先で、石畳を何度も叩く。


「ーーーやっと降りて来やがったな、鳥ヤロウっ!!」


「…………!?」


痛みの信号が、脳に叩きつけられる。どこだ? どこに奴らは隠れていた?

……それよりもまずは逃げる。

攻撃の届かないあの場所へ。自身をこの階層における王たらしめる、中天へと。


「…………!?」


だが、それは叶わない。

翼が。片翼が切り取られている。

微かに残った靭帯と筋で繋がるだけだ。飛ぶことはもはやできない。

……ならば毒だ。

多くの獲物を殺してきた毒霧で、奴らを殺してやる。

毒袋に力を回した、その瞬間。


「ーーー貰った!!」


………爆音と共に、熱波が身体を包みこんでいた。



「スキル発動!! 《クリティカル・エッジⅡ》!! 《激痛への憤怒Ⅱ》!!」


スキルを発動させ、ホノが跳ぶ。

加速スキルと得意の壁蹴りで高く舞い、〈邪毒のコカトリス〉の片翼に跳び乗った。

《クリティカル・エッジⅡ》によりクリティカルダメージを上乗せし、HPの減った状態を利用した、《激痛への憤怒Ⅱ》で火力を上げる。


「《黒猟犬の死鎌Ⅰ》っ!! 

……やっと降りて来やがったな、

鳥ヤロウっ!!」


《黒犬の鎌》の上位攻撃スキル、《黒猟犬の死鎌Ⅰ》を〈邪毒のコカトリス〉の身体と翼の繋ぎ目に振り下ろした。逆巻く高速の魔力が残影を残しながら、骨も肉も断ち切り翼を切り離していく。


(よし! 上手くいった……!)


博打だった。大博打だ。

でも、ボクたちは博打に勝った。


(習性は雄鶏……鶏と同じだったな、やっぱり)


ボクが使ったのは、〈晦まし鏡の小石塊〉。使用すれば、パーティメンバー全員の姿を一時的に見えなくできる。

鶏は視力が低い。

獲物を探す時は、地面を啄いて回る習性がある。ボクたちを探すために降りてきたんだ。


攻撃を届かせるんじゃない。

………届く位置に来させればいい。

“所詮は鳥”だ。


(アルマさんのヒントのお陰だな……。ここからは……ボクたちのターンだ!!)


〈邪毒のコカトリス〉が、羽搏いて逃げようとする。しかし、もう片翼は使い物にならない。

脚部は猛禽のものだ。地上を歩くのには向かない。

バランスを崩しながら、身悶える。


「ノエル!! 《プレーン・ブラスト》を炎属性にして撃ち出し待機っ!! リリア!! 〈抗毒の鈴〉をもう一度!! 《祈りの障壁》準備っ!!」


……読み通りだ。

警戒心の強い〈邪毒のコカトリス〉は、暴れまわるのではなく自身が頼る“武器”。………猛毒の射出準備に入る。隆起して膨らむ器官は、この瞬間だけ皮膚の堅固さを失くす。


「《レギオン流皆伝Ⅱ》!! 《分刃魔剣Ⅲ》!!」


未だ力の残る方の足に力を込め、火力を底上げした連撃攻撃スキルで、射出器官を切り裂く。

器官に大穴が開き、燃性の毒液が体液と共に滴り落ちる。

その、大穴に向かって。


「ーーー《プレーン・ブラストⅣ:炎》っ!!」


ノエルが、限界まで魔力を練り上げた火球を放つ。

着弾した瞬間、爆音と共に〈邪毒のコカトリス〉の咆哮が響いた。


やがて、咆哮は弱々しい悲鳴へと変わり。……ドスン……と音を立てながら、倒れ伏す。


〈邪毒のコカトリス〉の身体がゆっくりと消散し始め……。


「…………やっ………た?」


ドロップアイテムと、宝箱を残して消えた。

脳内響く軽快な音は………いつ聞いたって嬉しいレベルアップの音。

足の傷は塞がり、痛みが身体から消し飛んだ。


「………!! ………っ……!!」


自然と、両目からは涙が溢れ出て。


「ーーー勝ったぞぉぉぉっ!!」


ボクは………私は、雄叫びを上げていた。


「いぃよっしゃぁぁぁぁぁ!!」


「やった……やったぁっ!!」


「勝てました……! わ、私たちっ……!! 勝てましたぁっ!!」


4人で勝鬨を上げ続ける。


「さっそく、アルマさんに報告しないとね」


踵を返して、ダンジョンを後にする。

……第3階層。そびえ立った登竜門を昇りきって。

ダンジョン全階層踏破に至るための大きな一歩を、踏み出せたのだ。

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