第4話師匠役を頼まれるアサシン

「アルマさんっ!! よかった、お帰りなさい!!」


夕暮れ時のギルドはもう、冒険者たちが疎らにいるだけで静かだった。

ダンジョンから戻った俺達を、シェリンとギルドに常駐している回復士たちが出迎えてくれる。


「……………」


……しかし、こんな時に頭をよぎるのは、助けた所を他の冒険者たちに見られなくてよかった……という身勝手な思考だった。頭を軽く振って、思考を切り替える。


「カイパーティの皆さん、こちらに!」

「今、治癒魔法スキルを使ってやるからなぁ!!」

「魔力不適応症はありませんね? あれば回復ポーションも使えますからね!!」

「こっちの子は魔力スッカラカンじゃないのぉ!! 飲みんさいほら! 口開けんさい口!!」


回復士たちが慌ただしく少女たちを囲む。……いや、取り囲んでいる。

……職務熱心なのは頭が下がるが、もう少し鼻息と言うか落ち着いて治療してやってほしい。

ちょっと怖い。僧侶の子なんか口に魔力ポーションを突っ込まれて涙目だ。


「出迎えありがとう、シェリン。カイは?」


「カイさんなら……」


ちらと目線をやるシェリン。

その目線の先に、俺も目をやる。


「は、離してくれ! ボクはもう大丈夫だから! うわぁっ!? よ、鎧を外そうとするのはやめてくれ!?」


「大人しくしなさいよアンタ! お兄さんが治してあげるから! 軟膏塗らせなさい軟膏ぉっ!!」

「いいか剣士!! 表面上は治ってるように見えても内臓はズタボロだった……なんてこともあるっ! 飲め!! 薬飲め!! 触診させろ!!」

「怪我人が動くんじゃねぇっ!! 両脚へし折ってでもテメェの身体すみずみまで治療してやる………!!

これは決定事項だ………!!」


……見なかったことにしたい。

いや、見なかったことにしよう。

うん、俺は何も見なかった。

鬼の形相で治療を迫る回復士たちなど、このギルドには常駐していないのだ。


「あ……あは……は。その……皆さん本当に職務熱心で……はい」


………熱心なのは認める。

その熱心さには感謝と敬意を表するが……。


「それはありがたいことだが……絵面がな」


はたから見ると絵面は酷い。

ある種の拷問の場面か、獲物に群がる〈ゴブリン〉系のモンスターの群れを幻視してしまう。


「仕方がないんですよ、アルマさん。ギルド回復士の皆さん、『掃滅戦』の経験者ですから……もうあんな経験は………」


「…………〈不死蛇の大革〉と〈不死蛇の鱗〉……それと、〈ヒュドラ‐ワンドⅡ〉を拾った。カイたちに渡してくれ。跳ばされた先で回復ポーションもアイテムも使い切ったたらしくてな。………パーティ運営資金の足しにしてやれ」


スキルで計算してみたが、大革と鱗を全て売れば8000セトゥリオン。

一般市民の月収と同じだけの金が入る。


「〈不死蛇の大革〉って……これ、第10階層の……!? そんなところまで潜って助け出したアルマさんも凄いですけど……あの子たち、よく生き延びていましたね。もはや奇跡ですよ」


「あぁ。……慢心せずに鍛えれば、あっという間に攻略パーティになれるかもしれん。素質はある」


……とはいえ、第10階層の階層ボスクラスが落とす素材にしては破格の安さ。

市場に滅多に出回らない代物ではあるが、加工が難しい。腕の良い職人を探さないと、武器や防具の素材として使うのにも苦労するので人気がない。


「アルマさんがそう言いきるってことは……イルムさんたち超えちゃったり?」


「………さぁ、どうだろうな」


〈ヒュドラ‐ワンド〉は優秀な回復魔法スキルを宿す杖だが、やはりこちらも人気がない。

握っているだけで魔力が吸われてしまう。鑑賞用のコレクターズ・アイテムとしてはいいが、冒険者が使うには不向きだ。


「えぇっ! あんないけ好かない人たち、見返しちゃいましょうよ! ……アルマさんに散々お世話になったくせにあんな……」


「いいかい、シェリン。……気に入らない相手にぶつけるために誰かを育てるだなんて、そんな虚しいことしたくはないよ」


……そもそも君の発言も問題だらけだぞ。中立の立場で接さなくてはいけないギルドの受け付け。

イルムたちに腹を立てるのは自由だが、その発言はいただけない。

聞かなかったことにするから、頭を冷やせ。


「むぅ……それはそうですけど……あっ、皆さんの治療が終わったみたいですね」


「みたいだな」


回復士たちが治療を終えて、わらわらと解散していく。

治療が終われば即解散。次に備えて魔力を回復して待機する。

まったくもって頭が下がる。


「カイ! 良かった、そっちも無事で! ……すまん、アタシがヘマしたばっかりに……!」


「ホノ、リリア、ノエル……! 皆が無事ならボクはそれでいいんだ……良かった……本当に良かった」


少し離れて様子を見る。

パーティメンバー同士の再会に水を差したくはない。時間を置いてから話しかけよう。


「カイさん……私……私ぃっ………ぅぁぁぁぁん………!」


僧侶の少女が、泣きながらカイに縋り付く。リリアと言ったか。

カイから貰ったメンバー情報では、今年で16になる。10代の後半には見えない程に顔立ちは幼く背丈も低い。


可愛らしい顔と前髪を揃えて切った長い黒髪も相まって、こと更幼く見えてしまう。……ただ、胸元は視線をそらしたくなる程に豊かな大きさだ。


「怖かったよな、ホノ。カイ……本当にすまない。……第2階層のトラップだからって舐めて掛かったアタシの責任だ……! すまん……!」


盗賊の少女が、カイに頭を何度も下げる。……名前はホノ。

カイパーティの罠管理役。年は最年長の18。

年相応の幼さは残るが、凛々しい顔立ちだ。美人と言って差し支えない。


肌は情熱的な印象を与える浅黒い肌で、髪は後ろ手に束ねた燃えるような赤髪。

体型はスレンダーですらりとしているが、軽装から覗く肉体からは、うっすらとした筋肉の隆起が見て取れる。


「カイお姉……いえ、カイお兄様。こうして戻ってこられたのは、全てあちらの……アルマ様のお陰です……!」


(ア、アルマ様………?)


俺をアルマ様、と呼んだのがノエルだ。パーティの魔術師でカイの双子の妹。男女の双子など、騒ぎ立てるほど珍しくはない。

……だが、どちらも美男子・美少女という双子となれば別だ。


大人びて見えるが、年はどちらも17。涼やかな銀髪と、満月のような神秘的な黄金の瞳が二人の容姿を際立たせている。


カイの方は男らしく短い髪型だが、対してノエルの方は床にまで付きそうな程に長い。浮遊魔法スキルで、毛先をふわふわと浮かせている。

リリア程ではないが、胸元の膨らみもはっきりしている。


「そうだね、ノエル」


カイが此方に振り返る。

その動作を合図にして、皆が此方へと向き直った。俺も思わず背筋を伸ばしてしまう。


「アルマさん、改めて感謝を。ボクたちを助けてくださり、本当にありがとうございます。この御恩は決して忘れません」


「ありがとうございました!」


「あ、ありがとうございましゅた……あっ……か、噛んじゃった……うぅ……舌がいひゃい」


「心より感謝申し上げます……アルマ様………」


なんだか気恥ずかしい。こんな風に、面と向かって誰かに感謝をされたのは初めてだ。


「いや……大したことはしていない。無事で良かった」


感謝をされたくて助けたわけでも、恩を着せる為にしたわけでもない。

………でも、ありがとうと言われるのは、素直に嬉しいものがある。


「うんうん! さすがはアルマさん! いやぁー真の冒険者はアルマさんのような人ですよ、ふっふふふん!」


得意げな顔でシェリンが言う。

なんで君が誇らしそうなんだ、シェリン……?


「なぁ、皆……」


「あぁ、ホノ……!」


「は、はい!」


「………ん」


ホノが一歩前に出る。

緊張した、けれど固い決意を感じる顔。その真剣な眼差しに、少しだけ気圧されてしまう。


「ア、アルマさん!」


「う、うん?」


「ア、アタシたち、アルマさんにお願いがあるんだ! お願いだ!! アタシたちを鍛えてくれ!! 師匠役になって欲しいんだ!!」


わかった、とは言わない。

なぜ鍛えてほしいのか、その理由をはっきりさせる。


「なぜ鍛えて欲しい。君たちはなぜ強くなりたい?」


「ダンジョンを攻略したい。……アタシらで、ダンジョンを完全踏破したいんだ! ……でも今のアタシらじゃ……力が足りない、。パーティメンバーを……友達を守ることだってできやしなかった。……だからお願いだ! アタシらを鍛えて欲しい!

お願いします!!」


気骨のあるやつがいない、なんて親父さんは言っていたが。……いるじゃないか、ここに。

それも4人もだ。強くなりたいという気概を、俺は大切にしたい。

たとえ嘘であったとしても。

……いつか志を忘れて傲慢になったとしてもだ。

俺は今、強くなりたいと願う彼女たちの力になりたい。


ならば俺の答えは決まっている。


「わかった。俺でよければーーー」


力になる。

そう、言いかけて。


「ーーーははっ、なんだぁ? さっそく先生ごっこかアルマ?」


「おいおい、シェリンちゃんさぁ。最強のパーティである俺達を差し置いてアルマごときに救助行かせるとかぁ……舐めてるぅ?」


「ふん、こんなのに助けを求めるとか……。 ギルドも堕ちたわね情けない!」


「………イルム、ディルハム……ケティ」


聞き慣れた声に、遮られた。

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