第3話速攻で仕留めるアサシン

私たちは、身を寄せ合って震えていました。異様な魔力によって空間が変異した、

仄暗く広い玄室の片隅で、互いに身を縮こませながら。


玄室の真ん中にあるものを、何度も見ては絶望感で満たされていきます。

……蒼白い光を放つそれは、玄室からの脱出を可能にするギミックのスイッチパネル。それに小指の先ででも触れられれば、ここから出られるのです。


「ぐすっ……どうしよう、ノエル……魔力が……もう魔力が保たないよぉ……っ」


「……! ホノ! 〈魔力結晶〉は………?」


「もうねぇよ、鞄の中は空っぽだ! 回復ポーションも何も使い切っちまってる……!」


「……どうしよう、ホノ……ノエル……ぐすっ……うぅ……」


「泣くなってリリア! 大丈夫だ、今は集中を切らすな! ……大丈夫だから!」


私たちには、どうすることもできませんでした。パーティリーダーのカイお姉様と別れてしまい、跳ばされたのはどこかの階層。

私達では、倒すことすら叶わないモンスターたちが犇めく階層でした。


……モンスターたちから逃げるために退魔アイテムを使い切って、逃げ込んだのが、この玄室でした。


(考えろ……考えるんだノエル……! サブリーダーの私がしっかりしなきゃ……!)


ですが、この玄室に逃げ込んだのが間違いでした。扉が消えて、現れたのは一匹の巨大なモンスター。10メートルはあろうかという、多頭の蛇のモンスターでした。

……このモンスターを倒すか、掻い潜ってギミックを起動させなければ出られない。


「や、やだぁっ……!? き、消えないで……!! や、やだぁっ……!!」


パーティの僧侶、リリアの〈退魔聖域Ⅳ〉のおかげでまだ知覚されてはいませんが、時間の問題です。

私たちを護る障壁は、もう間もなくで消えてしまう。明滅を繰り返して、障壁が薄っすらと消え始めました。


「……くそぉっ……!! アタシが突っ込んでってギミックをなんとかするよ! ……元はといえば盗賊としての罠管理を怠ったアタシの責任だ! ……絶対に二人は帰す!」


「……!? 待って、ホノ! やめて!!」


「ホノ………!? い、行っちゃ駄目ぇっ……!! ……あっ…ぁっ……いやぁぁぁぁぁぁ!! 消えちゃ……やだぁっ……!!」


パリンっという軽い音がしました。

酷く滑稽に思えるくらいの軽い音。

……でも、私たちにとってはギロチンが落とされたのと同義でした。

リリアの魔力が尽きて、魔力の障壁が消えます。……リリアが悲鳴を上げて、ホノが駆け出しました。


私にできたのは。


「ホノぉっ……!! やめてぇぇぇぇっ…!! 死んじゃうっ……!!」


情けなく、泣き叫ぶことだけでした。


「しまっ…………うわぁっ……がっ………ぅぅ………は……はな………せ………ぁ」


多頭の蛇のモンスターが、素早い動きでホノを締め上げました。

……加速スキルを重ね掛けしたホノが、あっさりと。


「あ………あぁ……ホ、ホノが……助けてぇ………死にたくないよぉ………助けてっ……ノエル………!」


「リリ……ア」


残った頭でこちらを視認すると、モンスターはゆっくりと近づいてきます。

感情を読み取れない爬虫類の目。

けれど、私たちを喰い殺そうという意思は………はっきりと伝わって。


「ひっ………」


「いやぁぁぁっ……!!」


私とリリアは、互いに怯え竦んで泣きながら死を待つことしかできませんでした。

ギチチ……と厭な音を立てて、モンスターの口が開いて………。


「えっ………?」


「あっ………あ……? わた……し……いきて……る………?」


モンスターの首が、眼の前で………落ちました。


「ーーー第10階層まで跳ばされていたのか……よく生き延びていたものだ」


私は、眼の前に現れたその存在に釘付けになってしまいました。

……鍛え上げられた肉体の持ち主なのだと、背中越しでも分かる偉丈夫。

真っ黒な鎧とフードに身を包んだ彼は、ホノを抱きかかえていました。


「うっ…ぁ……あ、あんた………は……?」


「話は後だ、盗賊。……君たちの友達は骨折している。応急手当てができるならしてやってくれ。……モンスターは」


二振りの短剣を握りしめて。


「ーーー俺が片付ける」


彼が、モンスターの面前に躍り出ました。



(まったく、悪運の強い少女たちだ)


カイのパーティメンバーたちを見つけるために、俺はまず第2階層へと向かった。

探知スキルを使って魔力に異常があった地点を探し出す。


(敵は……《九命の不死大蛇》か)


異常な量の魔力の痕跡があった玄室に入り、侵入スキルを使って無理矢理に彼女たちが居た玄室へと『割って』入ったのだ。


(しかし、第10階層に跳ばされて、本当によく生き延びたものだ)


彼女たちが相対していたモンスターは、

《九命の不死大蛇》。

レベルは100から108前後。

第10階層では最強クラスのモンスター。階層ボスと呼んでも差し支えない。

不死、などと仰々しい名前ではあるが、さすがに不死身ではない。


「……あ、あたまが……また……はえて………!?」


「………ぅぁっ……!?」


「落ち着け。そこを動くな」


短剣を握り直し、態勢を整える。

だが、不死身なのかと言いたくなるほどのしぶとさではある。

全ての首を同時に落とされない、限り死なないのだ。


「狩り慣れてはいるが……油断は大敵。全力で行かせてもらおう」


並の加速スキルで速度を上げただけでは、容易く捕捉される動体視力と機敏さも厄介だ。


肉体も頑強で、密度の高い筋繊維は断ち切ることが難しく、鱗も非常に硬い。物理攻撃には斬撃・打撃、共に耐性がある。


……これまでに鍛錬のために20体ほど狩ってきたが、正直に言うと面倒臭い上に実入りも微妙なのでハズレモンスターだと個人的には思っている。


「スキル発動!! 〈ジンの風脚:Ⅳ〉!! 〈カルーティケヤ・ブーツⅣ〉!! 〈惰弱な鎧Ⅳ〉!! 〈編纂魔力Ⅳ:刃〉!! 〈写せ身の呪印Ⅳ〉!! 〈怪巨獣殺し:Ⅳ〉!! 〈斬撃強化Ⅳ:連撃〉!! 〈爬蟲追葬Ⅳ〉!!」


だから俺が取る方法は一つ。

物理耐性は高いが、奴は魔力への耐性は低い。

加速スキルを重ね掛けして、防御力低下魔法スキルを奴に掛ける。


短剣の切っ先に宿る属性を編纂し、〈魔力〉属性へと変えた。

その状態で〈写せ身の呪印Ⅳ〉を発動させ、首の一つ一つに状態異常〈連鎖の呪い〉を付与する。

これで一つの首を切り落とせれば、他の首も連鎖して落とせるというわけだ。


「………やはり面倒なモンスターだったな」


経験則からする最適解だ。


「す、すごい………」


「あっというまに……倒しちゃった………」


討伐までに掛かった時間は5分きっかり。自己ベスト更新だ。



眼の前で繰り広げられている光景に、私は目を疑いました。

起きたままで夢を見ているのか、あるいはこれは死ぬ前に頭が思い浮かべた、空想なのかと思いました。


「狩り慣れてはいるが……油断は大敵。全力で行かせてもらおう」


狩り慣れている、と彼は言いました。

……こんな怪物を。神話の中から出てきたような怪物を狩り慣れている、と彼は言ったのです。

あり得ない。勝てるはずがない。

そう思っていました。


「………やはり面倒なモンスターだったな」


複数のスキルを連続で発動させると、電光石火という言葉が滑稽に思えるほどの一瞬のうちに、彼は多頭の蛇のモンスターを倒してしまいました。


(このヒト……人間なの……? 本当に………)


短剣の先に宿る魔力がモンスターの皮下で弾け、鮮血が噴き出すよりも早く魔力の残光が瞬いて。

………辺りには、モンスターの頭が散らばりました。

大木が倒れるような轟音と共に、モンスターの身体は伏し折れて、数回の痙攣の後にゆっくりと消散していきます。


後に残るのは、ドロップ・アイテムである巨大な蛇革と数十枚の鱗。

そして、宝箱が一つ。


(倒しちゃった……本当に……本当にあのヒト………1人で倒しちゃった……)


モンスターを倒した勲章とも言える宝箱には目もくれず、彼がこちらを振り返りました。

味方して助けてくれましたが、思わず身を竦めてしまいました。


「怖がらせてしまったか。……すまない、あぁいう戦い方しかできないものでな。……よく生き延びた」


優しい……とても優しい声でした。

お父様を思い出すような、抱きしめて欲しくなる声でした。

へたり込んでいた私に目線を合わせるようにしゃがみ込むと、大きくて温かい手が私の肩に触れました。

………目と目が合います。


フードで隠れた顔。

そこから見える両目は、優しくて。

私たちが生き延びていたことを、心から喜んでくださっているのだと理解できて……。


「俺はアルマ。アルマ・アルザラット。

……カイという剣士に頼まれて助けに来た。……もう大丈夫だ。さぁ、帰ろう。

……立てるかい?」


私の胸は……ときめいていました。

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