第5話負ける方法を考えるアサシン

「まったくもって不愉快だぜ、シェリン」


「そーそ。先生ごっこやるしか能が無いアサシンに頼るとか、終わってね?」


「というか、まだこの国にいたの? 私なら恥ずかしくて出ていくけど」


空気が悪くなった。

悪くなったが……何と言葉を返せばいいのかわからない。

3人の物言いからは、それぞれ違った俺への悪感情が滲み出ている。


「噂になってたぜ? 英雄様がまた大活躍ってな。気に入らねぇんだよ、『掃滅戦』を生き残っただけのロートルが出しゃばるのはよぉ!!」


イルムからは苛立ち。


「ムカつくんだよなぁ……アンタ、静かにできねぇの? アンタの話題で持ちきりだぜ? ……アンタを追放した俺らが悪者扱いだ。おぉ、

可哀想な俺達!」


ディルハムからは怒り。


「ふーん……女の子がたくさんいるパーティ、ね? きゃはっ! ……助けたら一人くらいつまみ食いできるとか思ったの?」


ケティからは侮蔑。


「なっ……何なんだよお前ら!?

急に出てきて……!!」


「こ、この人たち知ってますっ……! お、王国最強のパーティの……!」


「王国最強かなんだか知らないが、恩人を小馬鹿にされるのは不愉快だ」


「……………っ!!」


(まずいな、なんとか皆を諌めねば……イルムたちの目的は俺だ。カイたちを巻き込むわけにはいかん)


イルムたちに対して、カイたちが張り合うようにして立つ。

良い状況ではない。ギルド内での喧嘩は御法度だ。刀剣沙汰にでもなれば、最悪極刑になりかねない。

もし刀剣沙汰になれば……。


「へへっ、おいそこの女顔! 恩人云々ってなら抜いてみろよ剣! ほーら、俺の首はここだぜ?」


「貴様……」


「落ち着けカイ!! ディルハム、お前もやめろ!!」


十中八九、イルムたちは無罪放免になる。王国最強のパーティであるのもそうだが、なにせディルハムの父親とイルムの父親は、それぞれ王国の貴族。


「やめてやれディルハム。……女を侍らせたパーティのリーダーだぞ? はっ! 女に身体を温めて貰わないと眠れないのかお前」


「へへへ、俺も夜は寂しくてよぉ……一人くらい貸してくれよ、なぁ? そっちの僧侶ちゃん、あったかそうでいいねぇ……貸してくれよぉ、なぁ」


「………ひっ……」


「リリア……! ……っ!? 気安くボクに触るな!!」


……ディルハム父君は辺境の町々を治める子爵に過ぎないが、イルムの父君は侯爵にも匹敵する領地と権限を持つ伯爵。貴族内でも大きな派閥を持ち、国王陛下が信頼する重臣の一人でもあった。

ギルドにも毎年多額の『献金』をして、半ば懇ろな関係にある。


カイたちの内、誰か一人でも剣を抜かせてしまったらおしまいだ。


「おーいてぇ! 見てくれよぉイルム、ケティ!! この剣士様、俺の大切な手を叩きやがった!!」


「やだー、暴力的ぃ……! ディルハムかわいそぉー」


「許してやれディルハム! 剣を抜く度胸もないんだ。女々しくお前の手を叩くことしかできんのさ! はっはっはっはっ!!」


「そういうことか、はははは!!」


3人の高笑いがギルド内に響く。

シェリンや他のギルド職員のほうに目をやると、皆悔しげに唇を噛んで堪えていた。

……ギルドはあらゆることに対して中立でなくてはいけない。

心の中でだけでも味方でいてくれるなら、それだけでありがたい。


(どう諌めたものか。……イルムたちがここまで増長したのも……きっと俺の責任だ。……実力をつけるだけでなく、精神面で導くことを怠った俺の責任だ)


「………さっきから言わせておけば………!」


「よせノエル」


後ろ手に腕を突き出して、ノエルを止める。


「……ア、アルマ様……?」


一歩前に出て。


「ーーーイルム、頼む。俺に対して苛立っているなら。

気に入らないことがあるなら俺のことは好きなようにしてくれ。……でも、カイパーティの皆には……ちょっかいを出すのをやめてくれ。頼む……この通りだ」


頭を下げた。


「なっ……アルマさん!? アンタが何したっていうんだよ!?」


「そんな!? アルマさんは何も……!」


「あわ……あわわ……」


「……っ!?………!?」


俺に頭を下げさせたいなら、いくらでも下げよう。

プライドが無いのかと言われれば、そんなことはない。俺だってプライドはある。

……そのプライドを捨てることで守れることがあるなら、喜んで捨てると言うだけだ。


「ーーー足りないなぁ」


「………足りない、とは?」


「おいおい、わかんだろぉアルマさんよぉ、イルムの言・い・た・い・こ・と! ……高いんだよなぁ、まださぁ」


「あっはは、頭が悪すぎてわからない?」


「…………」


両膝を折り、床につける。

床につけて、そのまま五体投地で這いつくばる。


「どうかお願いだ。……勘弁してく……うっ………」


下から見上げて、頭に足裏が載せられる。無理矢理に額を床に付けさせられた。……硬いブーツの足先で踏みつけられる。


「……………っ」


「誰が目を合わせて良いと言った? ケンキョさが足りねぇなぁケンキョさが」


胸ぐらを掴まれた。


「ははは! 立て!! アルマ!!」


「…………」


人を見下す嫌な目だ。

……お前にこんな目を向けられるとは思っても見なかった。

それでも憎いと思えないのは、俺がケティの言う通り馬鹿だからなのか?


「ここにいる全員、よく聞け!! おいシェリン!! ギルドマスターを連れてこいっ!!」


ギルド内が、俄にざわめき立つ。

何をする気だイルム。


「イ、イルム殿……な、何か御用で……?」


「おう、少しばかり催事を考えてな。ーーー俺、イルム・ヴールは、このアルマ・アルザラットに決闘を申し込む!! むろん、パーティ戦だ!! 断るとは言わないよなアルマ?」


「決闘……だと?」


「そうだ、アルマ。そろそろハッキリさせようじゃねぇか。王国最強は誰なのか!! 平民出身の薄汚ぇ英雄気取りのロートルのアサシンか!! それとも俺たちかをな!! 決闘はパーティ戦。俺なりの慈悲だよ。テメェは5人パーティ、こっちは3人」


「イルムってばやっさしぃ!! 私達に勝てるかなぁ、ちょっとふあーん!」


「おー怖い! 俺怖くって震えそうだ、ぎゃははは!!」


決闘、それもパーティ戦だと?

カイたちはまだ第2階層で鍛錬を積んでいる駆け出しだ。

……そんな駆け出しを相手に?

手加減などイルムはしないだろう。

最悪、死人が出かねない。


「パーティメンバーが心配か? それなら………お前一人で俺達を相手したっていいんだぜ? 『掃滅戦』の英雄さん? ギルドマスター!! 全冒険者に決闘の様子を中継しろ!! 場所は……第1階層の拠点スポット。あそこならモンスターも出ねぇしな」


拠点スポット。

……ダンジョン内にいくつか点在している、安全地帯の総称だ。

特に第1階層の拠点スポットは広く、さながら会場のようになっている。


中継するだけでなく、収容できるだけの人数も寄せ集めて見世物にするつもりだな。


「………イルム」


怒りだの、何だのと感情が沸く前に呆れてしまった。

俺のことが気に入らないならそれでいい。それでいいが……ここまでコトを大きくしたいのかイルムたちは。


「怖気づいたか? 怖かったら逃げてもいいんだぜ?」


怖気づいてはいない。

ただ頭痛がしている。


(イルムたちの実力とスキルは把握できている。……勝つための手は……ざっと思いつくだけで三十通りはある。問題は……どう“負ける”かだ)


イルムたちの狙いは俺だ。

話を聞く限りは、俺に恥をかかせたいだけだろう。


(適当に敗けたらバレてしまうし……まったく、これでは演舞か下手な小芝居だな)


わざと負けたと悟られないようにしつつ、程よく苦戦したふりをして最後は負けないといけない。


あっさり負けたら負けたで増長させてしまうし、逆に勝ってしまったら、また難癖をつけられてしまう。

そうなればカイたちの鍛錬どころではない。


「逃げるなよ、アルマ!」


「いやいや、逃げてもいいんじゃね? 俺たちも無駄な体力使わなくて済むしぃ?」


「ハンデとして私はあんまり動かないであげる。だってイルムに勝てるわけないし!」


(徹夜で負ける方法を考えないとな……勝つ方法は死物狂いで考えてきたが、まさか負ける方法を考えないといけないなんてな……)


本当に、どこで育て方を間違えてしまったのか。

……こんな面倒な勝負を挑まれるくらいなら、モンスター100体にでも囲まれていた方がまだマシだな。

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