第6話決闘前夜の少女たち。なお、アサシンは爆睡中。

「ホノ……アルマさんは勝てるのでしょうか………」


「何いってんだよリリア! アルマさんならあんな奴ら100人来たって返り討ちだよ!」


と、口ではそう言ったものの。

その夜、アタシは眠れなかった。

宿の同じ部屋に泊まってるリリアも、アタシと同じく眠れないらしい。不安そうに部屋の片隅で、ワンドを握り直しては置いてを繰り返してる。


(アルマさん……大丈夫だよな……?)


無理もないよ、だってアルマさんが決闘するんだからさ。

物凄く強い人だってのは、アタシ自身……この目と身を持って体験してる。


(あーくそっ……眠れねぇ!)


まだレベル17ぽっちの駆け出しだけど、これでも加速スキルの扱いには自信があったし逃げ足の速さはピカイチだって思ってた。

……でも、友達を。

パーティメンバーを助ける事もできずに、あっさりとモンスターに捕まって。


(短剣でも磨いとくか。……パーティ戦だってあのヤロウ言ってたし。

……アルマさんより弱くても、少しでも力になりたい!)


逃げ出す事もできないまま締め上げられて、かっこ悪く食われかけてさ。


もうダメだって思った。

そんな時に、いつの間にか現れてあっという間に助け出してくれて。

……抱きかかえられた時……胸の奥がきゅぅって……苦しくなったんだ。


(あーもういい! こうなりゃ徹夜して短剣磨いてやる! 最高に切れ味の良い短剣にしちまえ!)


顔を隠したフード・ヘルムから覗いた目を見て……アタシの胸は余計に苦しくなった。あんなに優しくて……暖かくて……安心できる目を向けてくれた人なんか今までいなかった。

あの目で見つめられた時、もっともっと胸の奥がきゅぅってしてさ。

………苦しいのに、なんか頭がフワフワしたんだ。


(アルマさんに土下座までさせやがってあのヤロウ! ……なんかムカムカしてきたな……)


だからアルマさんがアタシらの為に頭を下げた時……両膝をついて這いつくばってでも守ろうとしてくれたとき、凄く苦しかった。

泣きそうになるのを通り越して、もう。頭ん中が爆発しそうになった。


でも苦しくなると同時に……すっげえ眩しくも見えたんだ。


(素振り100回!! あのヤロウが来たらこう! あのヤロウが飛んだらこう! あのヤロウの顔面にこう!)


何かを守る為に戦ったり、命を懸けるのは当たり前だ。パーティメンバーを守る為には命を懸けなきゃいけない。そんなのは常識だ。

だけど……何かを守る為にプライドを捨てることなんてアタシにはたぶん無理。

……ガキなアタシにはできない。


胸の奥で感じた苦しさが何なのかはわからない。でも一つだけ言えるのは。


(必ず恩返しするからな! アルマさん!!)


アタシは完全に、アルマさんに憧れちゃってる。

今は弱いし足手まといにしかならないだろうけど、必ず強くなって恩返しがしたい。

それが、パーティの掲げるダンジョン踏破とは別の……アタシ個人の胸に隠した目標だ。


(あっ……やっべ……手が滑って短剣が壁に……!?)


前途は……うん。ちょっと多難だな。



(障壁魔法スキルを……いえそれとも魔法鎧スキルで支援したほうが……うぅ……わ、私はどうすればいいのでしょうか……お、お役に立たなくちゃ……ひぅぅ………)


頭の中は不安でいっぱいです。

私、リリアの悪い癖。

直したいと思っているのに、すぐに怖くなって頭の中が纏りません。

これではいつか皆に捨てられてしまいます。

……お前なんか足手まといだって捨てられてしまうのは、もう嫌なのです。


(アルマさんの動きを邪魔しないようにするには……えっと……えっと……うぅ………ぐすっ……なんですぐに思いつけないの……?)


ワンドを握りしめては離す。

カイさんたちのパーティに拾われるまで、見ていてイライラするから止めろって何度も色んな人に怒られたけど、こうしていないと不安なんです。


(えっと……えっとぉ……ぐすっ……し、障壁魔法スキルをアルマさんに張って………ア、アサシン……だからたぶん腕とか足が重要だから……動きを制限しない魔法鎧スキルで防御力を上げて………あ、あれっ? でもアルマさんって魔力不適応症とかないよね? ………あぅぅぅ……わたしのバカ……なんで聞いておかなかったの!?)


……ダメです。

私って本当にダメな子です。

いっつもこうです。何をするにしても詰めが甘いのです。

こんなんじゃ、私は何の役にも立てません。


前にいたパーティでは、魔力不適応症……他の人の魔力を受けると身体が痒くなったりする人がいたのですが……パーティリーダーの人が、全員魔力不適応症は無いって言っていたから使ってしまって。


事前に自分でも確認しなかったお前が悪いって……それで追い出されちゃったんです。

きっと全部私が悪いのです。


(アルマさんがせっかくパーティに入ってくださったのに……私のせいで……愛想を尽かされちゃったら……どうしよう……)


皆に迷惑を掛けてばかりで、肝心な時に魔力切れになってしまって。

もしあの時にアルマさんが助けに来てくださらなかったら、皆も私も食べられて死んでいました。

もっと頑張らないと。

もっと頑張って強くならないと。

………皆に、捨てられたくありませんから。


(障壁魔法スキルだけにしよう……。取り柄のない私だけど、それだけは得意だから……うん。これなら魔力が身体に触れないし、大丈夫だよね………?)


頑張らなきゃ……。



「カイお姉様、こんな所に居らしたのですね。……そろそろ部屋に戻りましょう。夜風は身体に障ります」


「……ノエル。……あと少しだけ、風に当たらせて」


いつもより、少しだけ冷たい風が吹いていました。場所は宿屋からそう遠くない所にある、噴水庭園。

『掃滅戦』の戦死者たちを忘れぬための記念碑が建てられた場所。


「あの男……イルム・ヴールと。そう確かに名乗っていた。そうよね、ノエル」


「はい。あの『ヴール』伯爵と同じ姓です。平民は姓を持ちませんから。……それに、あの腐りきった救いようのない性根。間違いなくヴール伯爵の子息かと。……あんな一族の血統など途絶えさせてやります」


「ず、ずいぶんと……頭にきているようね、ノエル。人に対してそこまで感情的にならない方なのに、貴女」


「人に対しては、です。お姉様」


あんな下郎。

いいえ、下郎以下の下衆の子種から生まれた者など、私は人扱いしたくありません。

大恩ある私の……いえ、私たちのアルマ様を愚弄し、あまつさえ地に這いつくばらせたあのイルムなる男。


犬ですら恩は忘れないというのに、犬以下の知性と品性しかないあの下衆。


いつか必ず制裁してやると、

私……ノエル・エリーニュスは決意を固めています。

この決意、金剛石や鋼より固いと知ってください。


「貴女を仇討の道連れにした私が言えたことではないけど……憎しみだけで動いてはダメよ、ノエル」


「憎んでなどおりません。当然の制裁を受けさせるべきと考えているだけです、お姉様」


「貴女はお母様似ね、本当に。

……はぁ」


お姉様が額を抑えて眉を顰めます。

ですが曲げる気はありませんし、あの者をいつか八つ裂きにするのは決定事項。変える気はありません。


「この戦死者の記念碑」


お姉様が指先でそっと……記念碑に刻まれた名を撫でていきました。

悲しげに目を伏せて、

その姿が……私の心を重くさせます。


「言わなくてもわかります、お姉様。お父様の名前は無い。そうでしょう?」


「………そのとおりよノエル。建立させたのは、あのヴール伯爵。陰湿なことをさせれば、右に出る者はいないでしょうね」


互いの手と手を握り合って、私とお姉様は見つめ合いました。

私たちの根底にあるものは同じ。


……私、個人の追加目標としてあの駄犬イルムと山猿ディルハム、阿呆鳥ケティは地獄の釜の底に叩き落とすとして……お姉様と共に掲げた目標は。


「必ずダンジョンを完全踏破しましょう、ノエル」


「無論です、カイお姉様。お父様が被った汚名と……エリーニュス家に着せられた不名誉。払拭し雪ぎましょう」


ーーーダンジョンを完全踏破し、

エリーニュス家を再興させること。

前人未到の完全踏破の偉業を成せれば、きっと。お父様の名に被せられた汚泥を、雪ぐ事ができる筈。


これを目標に、私とお姉様は流浪の旅を続けて参ったのですから。


「………あら? そういえばお姉様」


「……? 何かしら、ノエル?」


ふと、思い出しました。

あの駄犬イルムはアルマ様を平民と呼んでいましたが……となると。


なぜ、アルマ・『アルザラット』と名乗っていたのでしょう?

貴族の真似事をして姓を名乗るような方には思えませんが。


エリーニュス家再興の暁には、いっそアルマ・エリーニュスになってくださっても……うふふふふ。


「ノエル……貴女、顔が不気味なことになっているわよ。………でも、たしかに変ね」


「………おほん、失礼。……アルザラット家などという家名も聞いたことがありません。……下野した没落貴族の出なのでしょうか……?」


「わかりかねるわ。でも、あのイルムやディルハムよりは気品のある方であるのは……間違いないわ」


明日の決闘。

何が何でもアルマ様を勝たせなくては。レベル差があるとはいえ、策がないわけではありませんから。

……ふふっ……うふふふ。


「ノエル……? 顔が本当に不気味よ?」



「はぁー……なーんでギルドマスターはあんなに弱腰なんですか本当に?」


「しょうがねぇよシェリン、ギルドに多額の献金してんのはイルムの親父さんだし」

「そーそ。俺らのお給料もその献金から出てるとこあるしなぁ」

「諦めなさいなシェリン。大人になるってことは……汚れることなのよ」


「本音は?」


「あのクソガキどもを奈落の底に落としたい。アルマに尻拭い何回してもらったと思っていやがるんだ」

「金貨の入った袋で思いっ切りギルドマスターの頭を殴りてぇ」

「イルムちゃんとディルハムちゃんにお仕置きしたいわぁ、お兄さん」


「ですよねー……」


夜も更けた頃でした。

ため息を吐きながら、私やギルドの職員は事務仕事を片付けていました。冒険者用のクエストの管理に、死亡時の遺族への補償。

ダンジョン内でのトラブルに関する陳情など、枚挙に暇がありません。


(……アルマさんに勝って欲しいな、私)


休憩に紅茶を入れて、カウンターに突っ伏します。頭の中に浮かんでくるののは、アルマさんの顔ばっかり。

涼しい顔で第10階層まで潜っちゃうような人ですもの。

イルムさんたちに実力で負けるだなんて、私は微塵も思ってません。


むしろ片手で全員やっつけられるくらい強い人です。


(でも……あの人の性格からして……どうせワザと負けるんだろうなぁ。……イチャモンつけられないくらいボッコボコにしてやればいいのに)


でも、きっと彼はそうしません。

感謝されれば喜ぶけど、褒められることを酷く嫌っていますから。

それに、どんなに嫌な奴でも後輩冒険者ってだけで手加減しちゃうんです。


(そういう甘いトコ……ホントにもう)


惚れた弱みって奴ですね。

アルマさんに初恋ドロボーされちゃって。昔のアルマさんのことも知っているし、今のアルマさんのことも知っている。

それが、私の誇りです。


(……お役に立ちたかったんです)


いつもそばで顔を見ていたくて、気がついたらギルドの受け付けなんかになっていました。


今でも初恋は終わらなくて。

たった一日でも声を聞けなかったらもう。……その日はやる気が何も出ないくらいなんです。


「さーて、仕事片付けちゃお」


早く終わらせて、今夜はベッドに入りたい。

……夢の中でも、貴方に会えますように。

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