第10話美少女たちに囲まれるアサシン
「皆、今日は本当によく頑張った」
〈群れなす呪い溝鼠〉討伐クエストを終えて、その後も幾つかの玄室を回った。初めての第3階層。
厄介な状態異常系モンスターとの戦いの連続で、本当の意味でダンジョンの洗礼を受けたと言って良い。
「やった! アタシのレベル22だ! これでスキルまた覚えられる!
えっへへ……何にしよっかなぁ……。やっぱり新しい加速スキル?
それともスキルレベルを上げるか……?」
「わ、私は……攻撃スキルを取りました……威力はそれなりですけど……これで……も、もっとお役に立てるかと……」
「ボクは〈レギオン流〉をⅣに上げたよ。皆伝まで、あとⅠレベル」
「私はまだ決めていません。ゆっくりと考えます」
……だが、皆の顔には疲労の色はない。むしろ一皮向けた、一人前の冒険者の顔だ。
カイたちの力になれたのなら、これほど嬉しいこともあるまい。
「にしても……なんか凄いレベル上がったよな……レベルアップが早い盗賊のアタシはともかく、ノエルとリリアは3レベルもだぜ?」
それぞれ、ホノは5レベルアップして17から22に。
カイは4レベルアップで22から26。
リリアとノエルは、3レベルアップの14と18。
「えぇ。私たちのような魔法系のジョブはレベルアップが比較的遅いわ。……でも」
ノエルが悪戯っぽく俺を見る。
別に悪いことをしたわけじゃないのに、少し背筋がひやりとした。
「ん? あ、あぁ。俺が獲得する分の経験値を皆に分配したんだ。……教導スキルなんて変わり種があってな。事前に取っておいた」
《教官の愛Ⅳ》。スキルレベルアップのためのポイントは有り余っているから、取っておいた。
パーティに加入している間は、俺には経験値が一切入らなくなる。
「《教官の愛Ⅳ》……! つまり……私たちはアルマ様に経験値という名の愛をたっぷりと……注いで頂いた……ということですね」
悩ましげに目を細めながら、頬に手を当ててノエルが小首を傾げる。
「ノ、ノエル……? 何を言って」
「あ、愛っ!? そうか、アタシらアルマさんの……いや、アルマ師匠の愛をたっぷりとこの身体に貰ったってことか!! ありがとうございますっ!!」
「………ぶぉっ!? ホ、ホノ!? 君まで何を言いだすんだ!?」
思わず噴き出す。
待ってくれ二人とも、何か言い方が。言葉の使い方というか並べ方というか、比喩表現が絶望的にオカシイぞ。やめろ、やめてくれ。
「うおー!! これからも沢山注いでください、アルマ師匠っ!!」
「あぁ……アルマ様の愛がなくては生きていけない身体にされてしまいましたね、私たち」
「お、おい聞いたか……?」
「あ、あぁ。注ぐだの愛だのって」
「さすがはアルマさん……英雄色を好むってわけだな」
「くっ……羨ましいぜ……!!」
近くにいた他のパーティに何か勘違いされる。待て待て、誤解だ本当に勘違いだ。
やめろ、拝むな! 俺の下腹部を見ながら拝むな!!
俺は人様に面と向かって言えないようなことは一切していないぞ!?
ましてやそんな……如何わしいことなど俺は決してーーー。
「ま、待て……そ、そうなると……カイも……?」
「美青年もイケるってことか……半端ねぇぜ……!! アルマさんっ!!」
違う違う!!
本当に違うからな!?
俺にそんな趣味はない!!……それに、生まれてこの方。一度も女性と付き合ったことなどない。誤解だ!
「さぁ皆早く行こう飯にしようじゃないかさぁ早く……!」
皆の背中を押して、俺は拠点スポットまで急ぐ。まったく……とんでもないイタズラをしてくれる。
「ノエル……ホノ。あんまりアルマさんを困らせちゃ駄目だよ」
「あら、そんなつもりはありませんよカイお兄様」
「えぇっ!? なんでアタシまで怒られるんだよ!?」
「ホ、ホノは……うん。……もう、そのままでいればいいと思いますよ……うん」
やいのやいのと、騒がしい。
……カイパーティといると、どうにも調子が狂ってしまう。努めて静かな男でいようとしているが……化けの皮を剥がされるというか、素が出てしまうというか。
(………ふふっ)
だがまぁ……。
楽しくはある。4人の成長を見守るのは、得難い時間だ。
○
拠点スポットは、その日も冒険者たちでごった返していた。
普段はここまで人は多くないのだが、昨日の決闘の“余熱”が残っているらしかった。
ちらほらとだが、冒険者にはとても見えない町人たちの姿も見える。
「さぁさぁ、ご覧あれ! この壁に走る大きな亀裂!! あのアルマ・アルザラットの一蹴りで付いた亀裂だ!!」
「記念撮影はたったの50セトゥリオン!! 新技術の魔力写真!!」
……商魂たくましいな商人たちは本当に。50セトゥリオンか。
正直にいってボッタクリ価格だな。
少しいい店で飯が食える値段だ。
「ボクたちも撮ります?」
「……勘弁してくれ」
「ふふっ、冗談です」
……こんな事を言ったらカイには失礼だが、笑った顔は完全に女性のそれだ。口に手を当てて隠す仕草が、余計に雰囲気を女性らしくしている。
「どうしました? アルマさん」
「………いや、なんでもない」
面倒事に巻き込まれないように、目立たない場所に陣取った。
何処に隠し持っていたのか、ホノが大きな布を一枚広げる。
俺たち全員が座ってもなお余る。
「えっへへ! 盗賊の収納術って奴ですよ、師匠!」
師匠、か。
もうホノの中では俺は師匠呼びが決定しているらしい。
……少しくすぐったいが、気合が入る。そう呼び慕ってくれる彼女を裏切らぬよう、俺も精進せねば。
「アルマ様、お隣失礼致しまーーー」
「師匠の隣もーらいっ!」
「……なら左隣ーーー」
「よいしょっと。隣失礼するよ、アルマさん」
両隣にホノとカイが座る。
ノエルが何か言っていたようだが、二人の声と周りの喧騒でよく聞こえなかった。何と言ったんだろう?
「………なんでもぉ、ありませんよぉ? おほほほ……」
その顔はなにかある顔だが……怖いので触れないでおく。
君はとても可愛らしいが、ノエル。
時々、猛獣も一睨みで殺せそうなくらい怖い顔をする癖がある。
……お願いだから直してくれ。
「はい、これ師匠の分の弁当! 朝市行って買ってきたんだ」
「ありがとう、いただくよ。
……塩漬け肉と……サラダと……タルトか。ありがたい、好物ばかりだ」
フード・ヘルムを脱ごうと、手を伸ばす。手を伸ばして、視線に気がついた。……カイ以外の皆に見られている。
「……なんだ?」
「あ、う、ううん! なんでもないよ、師匠!」
「なんでも無くはないだろう、人の顔をじっと見て……。
……あぁ、そういうことか」
はたと気がつく。
そういえば、俺の素顔を見たことがあるのは、カイだけだったな。
助けを求めに来たとき、俺はちょうど寝起きだったし。
「あ、あは……は。ご、ごめん。やっぱり気になってさぁ。だって師匠のフード・ヘルム、目元しか見えないじゃん? 髪型とかもわかんないし」
「別に、どこにでもいるような顔だぞ俺は。……美男子や美青年を期待していたら申し訳ないが……」
フード・ヘルムを脱ぐ。
小さくだが、おぉっ……っと声が上がる。
「………こんな顔だ」
「お、おぉー……何ていうか」
普通。
そうだろう? 面白みも何も無い、変哲もない顔だ。
「思ってたより若いんだな、師匠って!」
………は?
どういう………?
「い、意外と……優しいお顔してます、アルマさん………私もっと……こう……怖い顔なのかなー……って……」
「目元が凛々しいですからね、アルマ様は。お声も相まって、もう少しお年を召されているかと思っていました。……何れにせよ、素敵なお顔立ちだと思いますよ。………ふふふふ」
それは……素直に喜んでいいのか。
老けて見えるということでは……?
「参考までに聞くが……幾つだと思っていたんだ……?」
「うん? んー……アタシは30歳くらい」
「わ、私……は……えっと……はい、ホノと同じで30歳くらいかなと……」
「私も30代かと思っていました」
さ、30代。
……これでもまだ23だ。
いや……だが……しかし……うん。
彼女たちの年代からすれば、俺などいわゆる“オッサン”と変わらないのやもしれない。
「目つきが……その、悪いからな、俺は……うん。老けて見えるのも、仕方ないか」
「えっ? そうかぁ? アタシは好きだけどなー師匠の目! ずーっと見てたいくらい大好きだ! えっへへ」
きょとん、とした顔でホノが俺の目を覗き込む。
「んなっ……ホノ……あ、貴女……」
「なぁなぁ、師匠。これからもさ、アタシのこと見てて欲しいな。駄目?」
屈託のない笑顔を浮かべながらそういうホノ。無意識に、俺の右手はホノの頭を撫でていた。
「………ありがとう。……あっ、す、すまん……!」
慌てて手を引っ込める。
引っ込めようとして、ホノに掴まれた。右手がホノの頭の上に戻される。
「ま、待ってくれ師匠!……な、撫でてくれていいぜ。……師匠の手……あったかくて……アタシ、好きだ。え……えへへ。今日は頑張ったしさ、ご褒美ってことで……ひとつ!」
「……こんなことがご褒美でいいなら……構わないが……」
ホノの頭を撫で続ける。
人懐こい猫のように目を細めて、幸せそうだ。なら、気が済むまで撫でてやろう。……ふむ。
どうやって弁当を食べようか……?
「アルマ様、お弁当はぜひこのノエルが食べさーーー」
「ア……アルマさん……えっと……あの………! あ、あーん……!」
「リ、リリア……? き、急にどうしたんだ」
小さな手で塩漬け肉を摘み、俺の口元に差し出してくる。
緊張しきった、半ば涙目で。
……リリアの体勢と体型も相まって、少し目のやり場に困る。
「わ、わ……私なりの……お、お礼……です……!! お、お陰でたくさんレベルアップできて……だ、だから……あの……その……ご、ごめんなさ……め、迷惑で……ひゃっ……」
差し出されたものを、口に入れた。
迷惑だなんて俺は思っちゃいない。
リリアなりの礼だというのなら、無碍にする理由など有りはしない。
「あ……あ……えっと……お、美味しい……ですか……?」
「あぁ、美味い。ありがとう」
「よかった……です……えへへ…」
嬉しそうにリリアが笑う。
つられて、俺も頬を綻ばせた。
「おっ! アタシもやろっと!
師匠、ほらサラダあーん!」
「あ、あーん……」
「お、お肉……もう一口、と、どうぞ……!」
「あ、ありがとう……」
………交互に食べ物が。
餌をもらう雛鳥にでもなった気分だ。……首が痛い。
(……なんだ、何か圧を感じ……むぉっ……!?)
ノエルの方を見やる。
見やって飛び退きかけた。
「ーーー……ーーー……ーーー」
呪いの呪文か何かか?
ぶつぶつと何かを呟きながら、どす黒いオーラを噴き出している。
……そんな姿を幻視した。
目は完全に据わっていて恐ろしい。
どうした、どうしたんだいったい……!?
「っはぁー……本当にしょうがない子だな。………アルマさん、愚妹の願いを叶えていただけませんか?」
「ね、願い?」
「ーーー……っ? ……!! カイお兄様………っ!!」
……パァッという擬音が、確かに聞こえた。それくらいの勢いで、ノエルの表情が変わる。
希望に満ち溢れた爽やかな笑顔だ。
……うん、普段からこんなふうに笑ってくれていたらいいのに。
「タルトをぜひアルマさんに食べさせたいようで」
「はい! はい、はい、はい! このノエル!! ぜひともアルマ様にタルトを………っ!!」
「わかった、喜んでいただ……ふぐぉっ……!? も゙っ……!? ぉごっ……!?」
もの凄い勢いで、タルトが口に突っ込まれる。喉奥にぐりぐりと押し付けられて、思わず嘔吐く。
が、そんなことは気にしないとでもいうように、ノエルは次々と口に放り込んでくる。
「甘いモノがお好きかと思って、たくさん買いました!! たっぷり食べてくださいね、アルマ様!!」
「ノ゛エ゛………ル゛……! はぁ……はぁ………ふぅ……うん。ありがとう……美味しかったよ……」
なんとか……飲み込んだ。
正直に言う。
死ぬかと思った、本気で。
「まだまだありますからね、アルマ様!………うふふふふ」
大抵のモンスターになら勝てる自信はあるが……俺は。
ノエルにだけは、勝てないような気がする。
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