第9話油断大敵と教えるアサシン

(………おかしい)


ダンジョンの第3階層は、苔に覆われた石壁とぬめりけのある石畳が広がる場所だ。

濁流を押し出す水路があり、それが下水道を思わせる。この水路だが、奇妙なことに何処にも繋がっていない。

天井からは水源不明の水滴が、音を立てながら滴り落ちては、陰気さを増し加えている。


この陰鬱で汚濁めいた雰囲気の通り、状態異常や呪いを付与してくるモンスターが出現し始める。

第1階層と第2階層で経験を積んだ冒険者たちの、いわば登竜門だ。


(……玄室から迷い出てきたモンスターの数が……今日は厭に多い)


……そういった、いわゆる状態異常異常系モンスターに共通した

“生態”というものがある。

基本的に、そういったモンスターたちは玄室から出てこない。

出てくるのは、第1階層や第2階層でも出てくる共通モンスターくらいだ。


(これで15………か)


その筈なのだが、状態異常系モンスターが今日はやたらと多く彷徨いていた。

すでに15匹。普通は2、3匹だ。


「す、すんませんアルマさん! 助かりやした」

「とんでもねぇ数の毒ガエルだのトカゲだのが湧いて……どうなってんですかね……?」

「俺ら4年目になりますけど、こんな多いの初めてっすよ」


「あぁ……異常だな」


バニッシュ・ホールの罠といい、ダンジョンで確かな異変が起きているのは明白だ。


「……あぁ、そうだ。ドロップ・アイテムだが好きに持っていってくれ」


探知スキルで確認する。

……もう彷徨っているモンスターはいないようだ。これで安全に向かえるとは思う。


「えっ!? いいんですかい!?」

「ありがてぇ! 装備を新調できやすよ!」

「全部ですか!? ありがとうございます!」


(一人でも強い冒険者が増えてくれたら……助かるからな)



「来たか」


東‐8の玄室。

その扉の前で待っていると、カイたちがやってきた。


「お待たせしました、アルマさん」


「すみません! ちょっと時間掛かっちゃって」


そう言って、ホノが少し戯けながらナップザックを見せてくる。

微かに焼いた肉と脂の香りがした。


「アルマ様の分も、もちろんありますよ。一緒に食べましょう、是非」


顔が近い。

あと少し目が怖いぞノエル。

わかったから下がってくれ。


「ありがとう。……食べるのは第1階層の拠点スポットにしよう。ここだと……少し、な」


「ちょ、ちょっと……空気悪いですもんね、ここ………」


(そういう問題なのか……?)


いや、空気の問題ではなくてだな。

下水道みたいな景観の場所で、それもいつモンスターが出てくるかわからない所で食べるのは……。


「……今回、俺は後方で待機している。基本的には何もしない。そして、わかってはいると思うが、〈呪い溝鼠〉は状態異常系モンスターであり……」


緩みかけた空気を、一度引き締める。


「ーーー皆よりもレベルの高いモンスターだ。第1階層、第2階層の階層ボスクラスが雑兵として出てくると思ってくれ」


危なくなれば必ず助けるが、基本は見ているだけだ。俺は何もしない。


「はい、アルマさん。覚悟はできています」


「お、おっす! アタシも覚悟はできてます!!」


「わ、私はあの……ア、アルマさんの近くで……あ、いえ……大丈夫……です………はいぃ………」


「アルマ様が見守ってくださっていると思えば……何も不安はありません……うふふ」


若干一名……いや二名ほど不安が残るが……そこは俺がきちんと見守っておこう。


「始めよう」


玄室の扉を開いた。



「うげっ……なんだこの空間……」


「気分の良い場所ではないね、ホノ」


玄室に足を踏み入れた私たちを。……ボクたちを出迎えたのは、薄気味の悪い空間だった。

濁った水溜りがぽつぽつと石畳の上に広がり、目を上に向ければ、天井には……キノコだろうか。奇妙な菌糸類のようなものが繁茂していた。

辺りの壁は苔むして、不潔な雰囲気を増している。


「み、皆……気を付けて。あ、あの……て、天井に生えてるモノ……炎を受けると……ば、爆発しちゃう……!」


「爆発!? マジかよ!?」


「……〈粉爆カビ茸〉って言うんです、あれ。……ポーションの材料になるんですが……あそこまで大きくなると……危険で」


「うぇっ!?……あんな気色の悪いモンからできてたのかよ……」


「そうなると……炎魔法で一気に片付ける……というのは無理ですね」


頭の中をぐるぐると回す。

事前の下調べで、〈呪い溝鼠〉の生態は幾らか把握できていた。

HPは低く、物理防御力も高いとは言えないが、第3階層のモンスターの中では魔法への耐性と……特に状態異常への極めて高い耐性を持つ。


(開けた場所なら、ノエルの《プレーン・ブラスト》を〈酸〉魔法に変えて広範囲を狙えるけど……こんな場所じゃ……)


風通しの悪いこの場所で、そんな魔法を使えば……気化した酸で肺を傷つけかねない。

最初のウェーブなら、ボクたちでも越えられる。問題は第2のウェーブ。


(余力を残しつつ……でも余力を残すことを考えて動くと……最後で勝てない)


レベル20の〈呪い溝鼠〉も複数出てくる。この第2ウェーブで全力を尽くしてしまうと、今度は最後の“ボス戦”を乗り越えられない。

レベル30を2体。

……万が一の時はアルマさんが助けてくれるけれど、自分たちの力で乗り越えたい。


「………! カイ!! 出たぞ!! 第1ウェーブだ!!」


「ノエル、リリア! 二人は後方に!! ホノは遊撃!! 咬まれないように気をつけて! 全員スキルは第2ウェーブまで温存っ!!」


「よぅしっ! 任せろ!」


剣を構え直して、スキルは使わずに斬り伏せていく。

防御力は低いとの情報通り、肉と骨は容易く断ち切れた。

横一文字に薙ぎ払うと、数匹がまとめて消滅してドロップアイテムが転がった。

第1階層の〈痩せこけたオーク〉や〈肋の浮いたゴブリン〉程度の強さだった。苦戦はしない。


「よっと! カイ! こっちも片付いたぜ!」


「怪我は?」


「ない!」


第2ウェーブが始まるまで、十数秒のインターバルがある。その間に息を整え、忍ばせておいたアイテムを幾つか取り出せるようにしておく。


(〈目眩ましゲル〉……後は……〈魔力結晶〉も念の為)


玄室内が俄に光り、獣臭い臭いが漂い出す。それと共に、キィキィともチィチィとも聞こえる不快な鳴き声が木霊した。

〈呪い溝鼠〉の第2ウェーブ。

さっきまで相手にしていた個体たちよりも、一回り大きい。

貧弱だった身体も、幾らか筋肉質になっている。


「カイ!! 指示頼むっ!! こいつら……さっきのと比べ物にならないぞ!?」


「落ち着いて、ホノ! 数が多いだけで……第1階層の階層ボスクラスと同じだ。何度も倒してきたろ?

……冷静にやれば大丈夫」


ホノにはそう言ったが、逆に言えばこれは、ボスクラスが群れを成して襲いかかってきているのと同じだ。

レベル差補正を考えても、一切の油断がならない。


「ホノ! 引き続き遊撃!! スキルは温存!! リリア!! 補助スキル!! ノエルはーーー」


指示を出そうとした所で、〈呪い溝鼠〉が一匹飛び掛ってくる。

咄嗟に〈目眩ましゲル〉をぶつけて視界を奪ったが、掠った歯先で鎧に傷が付いた。


(……!? クリティカル……!?

そうか……! 素早さはコイツらのが……!!)


「カイさん!?」


「カイお兄様っ!?」


「大丈夫だ!! ノエル!! 君はまだ待機!!」


さらにもう一匹が襲いかかってくる。剣の先で、歯先の一撃を止めた。汚濁した唾液が、〈呪い溝鼠〉の口端から垂れ落ちる。


「ぐっ……!? い、いつでも……魔法を撃てるようにしてくれ……っ!!」


バックステップで後方に跳び、スキルを発動させた。


「剣術スキル発動!! 《風波刃Ⅱ》!!」


《多勢の士気Ⅳ》で威力の増した一撃を放つ。高密度の魔力によって弾けた大気が、真空の刃となって〈呪い溝鼠〉たちを切り上げた。


「………ちぃっ……!?」


……仕留められたのは僅か3匹。

他の個体にもある程度の手傷は負わせたが、奴らに素早さで劣る私の一撃は、ある程度回避されてしまったようだ。


「こいつらっ……!? すばしっこい……うわっ……!? い……いってぇ……!」


「ホノ!?」


ホノが攻撃を食らってしまう。

パーティで一番素早さに優れるホノでさえ、素早さで一歩負けてしまっているのだ。攻撃を受けてできた傷口が、毒々しい色味を帯び始める。


「うっ………うぐぇ………っ……」


「しっかりしろ!! ホノ!!」


〈解毒ポーション〉をホノへと向かって投げつける。鎧に上手く当てて、瓶を割った。


「わ、悪い、助かった! ……カイ!? すまん、討ち漏らしたが……!!」


「……!! 引き受けるっ!!」


ホノが討ち漏らした数匹に向けて、《風波刃Ⅱ》を放つ。

態勢を崩した状態で放った一撃は、やはり威力が減衰してしまう。

このままでは……パーティが総崩れだ……!


(………アルマさん……!)


後方をちらと見やるが、アルマさんに動きはない。ただじっと此方の様子を見ている。

……危なくなったら助けると言ってくれたが……この状況を。

………この状況でもまだ、ボクたちなら切り抜けられると言うのか……?


(………目……?)


アルマさんの目が、ノエルと天井を交互に見ている。

なんだ……? 何を伝えたい?


(ノエル……天井………そうか……!!)


……ある!

この状況を一気に打開する一手が!


「ーーーノエル!! 《プレーン・ブラスト》を〈氷〉属性にして放て!! 天井にある〈粉爆カビ茸〉を凍らせてくれ!! 全部っ!!」


「……っ! わかりました、カイお兄様!!」


「リリア!! ボクたち全員の頭上に障壁魔法スキルっ!! 急いで!!」


「は、はいぃっ!!」


ノエルの《プレーン・ブラストⅢ》で〈粉爆カビ茸〉を凍らせていく。

大気中の水分とを諸共に凍らせて、皆の頭上には、ツララのように尖った氷塊ができあがる。


「ホノ!! 併せてくれ!!」


「そういうことか……! わかったぜ、カイ!!」


《盾のオーラⅢ》を発動させて、防御力を底上げした。

ターゲッティング状態を自身に付与して、〈呪い溝鼠〉たちを引き付ける。………引き付けるのは……氷塊が全部綺麗にぶつかる地点!


「加速スキル全部乗せだ!! 《壁蹴りⅣ》!! 《黒犬の鎌Ⅱ》!! 喰らえ、鼠どもっ!!」


加速スキルと《壁蹴りⅣ》で高く舞い上がり、速度を保ったまま《黒犬の鎌Ⅱ》で氷塊を纏めて切り落としていく。

涼やかな氷の割れる音がして、氷塊が降り注ぐ。


「〈跳躍の粉〉……!!」


アイテム、〈跳躍の粉〉を使いバックステップの距離を伸ばして氷塊を避けた。

……頭の中で、軽快な音が1回鳴る。

1レベルアップ。


「ーーーやったぁ! やったぞ皆!! すっげぇよカイ!! よく思いついたな!?」


「はっ……はは……いや、アルマさんのお陰だよ」


氷塊の下敷きになった〈呪い溝鼠〉たちは、全てドロップアイテムを残して消えた。……余力は十分。

レベルアップの恩恵で、HPも魔力も全回復している。

まさか……アルマさんはこのレベルアップも見越して……?


「カイ」


アルマさんに名前を呼ばれた。


「は、はい!…………ぃっ!?」


頭頂部のすれすれを、短剣が掠めていく。最後で、肉ごと骨を断ち切られる音と共に、獣の悲鳴が上がった。


「ーーー油断大敵だ」


急いで振り返る。

ボクより頭一つ分大きな〈呪い溝鼠〉が仰け反りながら絶命し、宝箱が現れた。

……もう一匹……そうだ、もう一匹……!!


「すみません、アルマさん……!」


「カイ!! 早く!! アタシじゃ押し負けるっ!!」


「ご、ごめんホノ! ノエル、《プレーン・ブラストⅢ》で援護!! リリアは引き続き補助!!」


ボクたちの力だけで全てを倒せなかったのは悔しいが……。


(一撃で倒すなんて……ほんと、とんでもない人に師事しちゃったな、ボクたち……)


ボクたちが全力を出してあたって、それでも苦戦した相手をただの短剣の投擲一発で倒してしまった。

……アルマさんが味方で、本当に良かった。

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