第14話親衛隊に無双するアサシン

「隊長! バラバラにしてやりましょうぜ、あの野郎!」


栄光あるイルム・ヴール様の親衛隊……『金塊色に金色に輝く黄金のライオン』隊の俺たちに喧嘩を売るとは、馬鹿な野郎だぜ。

力の差も理解できずに粋がる馬鹿は死ぬってことを教えてやる。


「へへへ、隊長! 本気でやっていいんですよねぇ?」

「喧嘩を売ったことを後悔させてやるぜ、黒ずくめの青二才!!」

「テメェを殺った後は……あのガキと仲良くやらしてもらうよ、ぎゃはは!!」


どこの馬の骨か知らねぇが、テメェは楽には殺さねぇ!

……テメェの手足へし折って、眼の前であのガキで遊んでやるぜ。


「逃げるなら今のうちだぞ、黒ずくめ」


返事はねぇ。

全く持ってムカツク野郎だ。


「お前ら! 『本気』で遊んでやりなぁ! あの黒ずくめ野郎とよぉ!」


俺が率いる親衛隊隊員のレベルは皆、脅威の38! 

装備とアイテムを整えれば、第5階層への侵入すら可能なのだ。

そして、隊長であるこの俺、怪力剛腕のデヴィウスのレベルは43。

あぁ……愚かなのは何と罪深いのか!! 

哀れな黒ずくめには……たっぷりと“わからせて”やらんとなぁ!


(ふっふっふ……! あの黒ずくめのレベルはわからんが……素早さと瞬間的な火力特化だろう。せいぜいレベル30前後の盗賊か格闘士!)


しかもだ。

親衛隊たる俺たちのジョブは騎士。

盗賊や格闘士の情けない攻撃など、防御力補正の前では……カスに等しいっ!!


「光栄に思うんだな!」

「テメェをバラバラにした後は、テメェの家族も探し出して殺してやるよぉ!!」

「武具スキル発動ぉっ!!」


そして。

親衛隊に与えられた力の象徴であるこの武具。

王国所蔵級の……いや、神殿封印級の力を持つと言って良い〈戦鬼士の鎧Ⅱ〉と〈戦鬼士の剣Ⅱ〉によって無敵と言っても過言ではない。


「黒ずくめの愚か者よぉ! 冥途の土産に教えてやろう!」


剣を引き抜き、奴に向かって掲げる。……ふはっ! 恐ろしさに動けぬか!


「我ら『金塊色に金色に輝く黄金のライオン隊』が纏うこの鎧っ! 武具スキルにより纏うだけでレベルをさらに8も上昇させぇっ!!」


魔力を鎧に回し、真の力を呼び起こす。


「《瞬脚直線Ⅱ》、《早犬の瞬脚Ⅱ》、《軽業ブーツⅡ》ぅっ!!」


加速スキルを3つ、連続で発動させた。


「この〈戦鬼士の鎧Ⅱ〉はなぁ! 本来我ら騎士が習得し得ない加速スキルを3つも使用可能にしぃっ!! この籠手を通して触れた者のスキルを無効化するのだぁっ!!」


剣を再び掲げ、さらに見せつける。

この剣の輝きを目に焼き付けるが良かろう!!


「この剣っ!! 〈戦鬼士の剣〉はクリティカル状態を付与するっ!! つまりだ、黒ずくめの愚か者っ!!」


貴様にぃっ!!

勝ち目など無いのだ!!

部下たちに突撃させ、俺は奴の脳天をめがけて剣を振り下ろす!!


「全員突撃ぃっ!! ふはははは!! 恐れ、慄き、絶望しながらこの剣…………で……………?」


黒ずくめに向かって飛びかかった、隊員たちが。僅かな一瞬。

瞬きをしてから目を開いたその一瞬の間に。


「な、なんだ!? ……何が……何が起きて………」


……鎧を砕かれて、宙に舞っていた。


「加速スキルを使ったのか。本当に? ……遅すぎて気が付かなかった」


「なっ……あ………ぁ……!?」


人差し指。

……たった……たった一本の人差し指だけで……や、奴は。

この……この黒ずくめは。


(あ、あり得ん!! こんなの……あり得ぬぅっ!!!)


俺の……この俺の……!!

隊長である怪力剛腕のデヴィウスの一振りを……止めた………っ!?


「き、貴様ぁっ!? ど、どんなトリックを使った!? な、なぜ……こんなこんなことが……う、嘘に決まってぇっ……!?」


ピシ……ッと。耳障りな音がした。

剣に……俺の剣に亀裂が入る。

嘘だ……嘘だありえないっ!!


「……はっ……!? そ、そうか! ふははは、わかったぞ!!」


剣を捨てて、俺は奴の両腕を掴んだ。そうだ、これは何かのスキル!

そのスキルによって奴は何かをしたんだ!!


「ふははははは!! 掴んでしまえばこっちのものよ!! 貴様にスキルはもはや使えーーー」


………鎧が、割れた。

俺の鎧が粉々に砕けて散らばり、そして。


「ぐぶぉぁっ………!?」


………飛んできた拳によって、吹き飛ばされた。



(命は取らないが……この男。隊長か。……前歯は何本か折らねばな)


傭兵崩れ共……親衛隊の隊長とその隊員が、剣を引き抜き構える。

俺はその様子を見ながら、頭の中でどのスキルを使うか選んでいた。


(短剣は……いや、やめておこう。

イルムの時に加えて、またこんなことに振るうのはな)


査定スキルと鑑定魔法スキルの合わせ技で、親衛隊たちの大まかなレベルを割り出した。

ソロ状態の俺のレベルは140。

向こうは……隊員がレベル30後半。

隊長がレベル40前半か。

俺とは、100近くレベルが離れている。


(まいったな。ここまでレベル差があると……スキルを使ったら殺しかねん………)


対人特化のアサシンのジョブ補正とレベル差補正。

諸々を考慮に入れると……駄目だ。

使えるスキルは10個まで。

それ以上使うと奴らの命に関わる。


(……加速スキルと武具破壊スキルだな)


親衛隊たちが、加速スキルを発動させた。

……それでも遅い。ジョブによる下降補正もあるのだろうが、それを考えても遅い。レベルが下のホノと追いかけっこをしても負けるだろう。


(飛びかかってくる気だろうな。なら、その前に………《ジンの風脚Ⅳ》、《カルーティケヤ・ブーツⅣ》、《風渡りの加護Ⅳ》、《突風の翼Ⅳ》、《イタクァ・フィートⅣ》、《疾嵐獣の風雷脚Ⅳ》、《暴風の化身Ⅳ》……連続発動!)


加速スキルを7つ連続発動させた。

魔力をかなり使ってしまったが、これで俺の動きを視界に捉えることは不可能になっただろう。


今の俺は、音より少しだけ遅いくらいの速さで動ける。


(案の定、飛びかかってきたか。なら……《鍛冶屋の砕槌Ⅳ》、《ダタラの怒りⅣ》発動)


武具破壊スキルを2つ発動させた。

………本来は鍛冶屋の用いるスキルだ。防具や、刀剣を壊すのに重宝する。

両腕の先にこの2つのスキルを発動させて、隊員たちを殴りつけた。

加速スキルの効果とレベル差補正も相まって………。


(………飛んだな)


隊員たちの鎧が砕けて、それと同時に身体も飛んでいく。

親衛隊と豪語したんだ。

受身くらいは取れるだろう。

……取れなかった所で、俺は知らないが。


「ふははははは!! 掴んでしまえばこっちのものよ!! 貴様にスキルはもはや使えーーー」


……中々、知恵が回る。

だが、俺にはスキル無効化は効かない。最後のもう一つ。

武具破壊スキル、《ヘパイトス・ハンマーⅣ》を発動させて。

ーーー隊長の鎧もふっ飛ばした。

全員の前歯をへし折るつもりだったが、隊長。

指導者としてお前が責任を全部負うといい。


「ぐぶぉぁっ………!?」


隊長の顔面に向かって、殺さない程度に………思い切り拳を叩き込んだ。


「お前の飼い主に伝えておけ、犬。飼い犬の手綱はしっかり握っておけとな」


ーーーそうでなかったら、次は犬肉にしてやるから覚悟しろ。



「アルマさん!! リリアの嬢ちゃんのお陰で回復したぜ!! 加勢……し………あれっ?」

「いくらアルマの旦那でも一人じゃ無茶……あれま、勝ってらぁ……」

「す、すげぇ! 四対一で……!?」


リリアの回復魔法スキルで回復した冒険者たちが、酒場から飛び出してくる。……全員を治すのに、だいたい3分くらいか。

腕を上げたな、リリア。


「ア、アルマさんっ……!! お、お怪我は……ない……ですよ……ね。あはは……」


安心した……けれども困り笑いで、リリアが胸を撫で下ろす。

少し戯けて、俺は腕を振るう。


「う……うぅ……き、貴様……こ、こんなことをして……ただで済むと」


……話す気力はまだあるか。


「そ、そうだ! イルム様に報告してやる……!」

「は、ははっ! ヴール伯爵の子息! その親衛隊に歯向かって……!」

「イルム様に知られたら……ははっ、死んだなテメェ!」


頭痛がしてくる。

これで反省するか、反省したふりをするだけの利口さがあれば良かったが。


「うぐぉっ……!? き、貴様ぁっ!」


隊長のブリオー……鎧の下に着る内衣の襟を掴む。


「ならイルムに伝えろ。アルマが宜しくと言っていた、とな」


「アルマ……? アルマ……ま、まさか貴様が……あの……ア、アルマ・アルザラット………!? ひっ……ひぃぃぃっ!?」


……悪役にでもなった気分だな。

襟を離してやると、隊長が一目散に駆け出していく。その姿を見ると、隊員の男たちも逃げ去っていった。


「いったい……どういう伝え方をしたんだ、イルムは。……人を化け物か悪魔でも見たような目で……はぁ……」


あの連中はもう放っておく。

またこの街に来たらその時は……改心していれば良し。狼藉を働くなら犬肉にしてやる。

……それよりも、大切なのは。


「リリア」


……冒険者たちを助けようと勇気を出したリリアを。


「アルマ……さん」


褒めてやることだ。


「よく頑張った。……怖かったろう? よく逃げなかった」


屈んで、まっすぐに目線を合わせて言う。

………リリアが、胸に飛び込んでくる。抱きとめて、強く抱きしめ返した。


「わた……わたしっ……こわ……強かっ………うぁぁぁぁぁん!!」


「よしよし……怖かったな。本当に、本当に怖かったな。でも君は、逃げずに立ち向かったんだ。よくやったよ」


背中を擦ってやる。

泣き止んで落ち着くまで、しばらくそのまま抱きしめ続けた。



「ここ……が?」


時刻は昼を過ぎる頃。

太陽も雲を枕に昼寝をはじめて、陽射しは幾らか柔らかい。

せっかくの“お出掛け”がふいになった、その埋め合わせに俺はリリアをとある場所に連れてきていた。


「そうだ。……駆け出しだった頃にな。嫌なことがあったり悲しい気持ちになったら、ここに来ていた」


街を一望できる、小高い丘。

そよ風が木々を揺らして、青々とした柔らかい草が生えている。

椅子にするにはちょうどいい、少し大きな岩に二人で腰掛けた。


「きれいな……場所ですね……私、好きです、ここ」


「俺の秘密の場所だが、リリア。

……君も来たければいつでも来ていい」


「い、いいんですか……? アルマさんの……た、大切な場所……なのに……? わ、私なんかが……」


「なぁ、リリア」


「は……はぃ……っ……?」


「君は……自分で何かを決めたり、何か考えたりすることを……怖がっている。そうだろう?」


少しの間、風と木々のそよぐ音だけがして。……ゆっくりと、リリアが口を開いた。


「アルマさんには……お見通し……なん……ですね……ごめんなさい……」


ぽつりぽつりと……リリアが過去にあったことを話してくれた。


臆病な性格のせいで、元々いた治療聖堂では馬鹿にされ、食べ繋ぐために色々なパーティを転々としては……理不尽な理由で責められて。


「……私が何か考えたり、決めたりすると……皆……怒りますから。……私が……悪いって…ことにしたら……収まりますし。……もう、捨てられるのは嫌なんです」


そうして、今のリリアが出来上がった。

ツラかったな、とか。悲しかったな、とか。そんな言葉は言わない。

心のカタチや強さなど違う。

俺には、リリアの気持ちやツラさは完全にはわからないだろう。


「そうか。……話してくれてありがとう、リリア」


だから、俺が言うのは話してくれた事への感謝と。


「……それでも今日は、君の決定で。君が勇気を出したことで、救われた人たちがいる。そのことは、忘れないで欲しい」


ーーー事実を言ってやる。

決めたことで失敗したり、嫌な目に合うことなど多々あるだろう。


でも、リリアがきっかけで理不尽な連中を追い払えたし、冒険者たちも助けられた。


「自信を持てとは言わない。でも約束しよう。絶対に守る。……リリアが失敗したなら、俺も一緒に謝ろう。だから……少しずつでいい。色々とやってみろ」


「そ、そんな……! わ、私は……ア、アルマさんに……め、迷惑を……」


頭にそっと手を載せた。

手を載せて、微笑んで見せる。

作り物じゃない、心から湧いた感情を笑みにして浮かべた。


「俺がリリアを支えたいのさ。

……皆を……リリアを大切だと思うからそうしたいんだ」


リリアが目を見開いて。

……はにかみながら、両手を俺の手に重ねる。


「ホノが……」


「うん?」


「……ホノが、アルマさんに頭を撫でられると……落ち着くって言ってたんです」


そうして、笑ってくれた。


「………その気持ち、わかる気がします、私」


困り笑いじゃなくて、顔いっぱいの向日葵のような大きな笑顔で。



「ーーーと、言うことが今日はあったんです……アルマさんにまた……助けられてしまいました……えへへ」


その日の夕暮れ時。

カイさんたちと明日の予定を立てていた時に、私は今日あったことを皆さんに話していました。


「……あ、あれっ? 皆さん、ど、どうされたんです……ひゃぁっ!? ノ、ノエル!?」


いきなりノエルが私に抱きついてきます。……胸に顔を埋めるのはやめて………!?


「ここですか……? ここでアルマ様を抱きしめたんですかぁっ!? ……ぬ、ぬくもりが……残っている筈……!! アルマ様の香りとぬくもりがぁっ!!」


どうしちゃったの、ノエル!?

む、胸が……くす……くすぐったい。


「こら、こらノエル。リリアが困ってるからやめなさい」


「離してっ……! 離してくださいカイお兄様っ!! アルマ様のぬくもりを………っ!!」


ノエルがカイさんに引き剥がされました。……アルマ様の香りとか言っていたけど、もうシャワー浴びた後だから残っていないと思う。


「…………」


すんっ……と鼻先で自分の匂いを嗅いでみると、やっぱり石鹸の匂いしかしませんでした。

……どうしてか、ちょっと残念だなと思った自分がいて。


「師匠の活躍……アタシも近くで見たかったなぁ!! それにしても、よかったなリリア」


「………ふぇ?」


「だって、師匠と朝早くから一緒に過ごして……最後は二人で秘密の場所に行ったんだろ? それ、デートじゃん」


デート。

……でーと。

…………でぇと。

で………ぇ………と?


「ぁ………あぁ………っ……あぁっ!?」


ポンッと頭の中が弾けました。

全身が熱くてたまりません。目も頬も何も全部が熱い。

わ、わた……私はじゃあ……ア、ア、アルマさんと……デート………を……?


「……はっ!? そ、そうですよホノぉっ!! リリア!! 教えてっ!! その秘密の場所っ!! 

駆け出しの頃のアルマ様が過ごしたという聖地っ!! 私にも巡礼させてっ!!」


秘密の場所。

……アルマさんに、連れて行ってもらった……そして、いつでも来ていいって言われた場所。


「そ、それは……えっと……あの」


「連れて行って!! 是非っ!!」


私……私……は……!!


「ーーーい、嫌ですっ!! 

連れて行きませんっ!! 

わ、私と……私とアルマさんだけの秘密の場所なんですっ!!」


………初めて何かを、独り占めしたいと思ってしまいました。


「んなぁっ……!? リリアっ……くっ……ぐぅっ………な、なら私もアルマ様にお願いして……!!」


「だ、駄目ぇっ!! 私の秘密の場所なんですっ!! 駄目っ!!」


「おぉ!? リリアが初めてノエルに嫌だって言ったぞ!? 明日はドラゴンでも降るな……!!」


「二人とも!! こら、静かにっ!! うわぁっ!? やめろノエル!! リリアも……ホノ!? 焚きつけるなっ!!」


夜は、ゆっくりと更けていって。

……私の中でも何かが。

良い方に、変わった気がします。

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