第37話三馬鹿が死んだようです
「おぉ、イルム。傷が癒えたか」
「ち、父上ぇっ!! 親衛隊共はまるで役にたちませんでした!!……あんな雑魚ども今すぐ処刑すべきだぁっ!!」
アルマに気絶させられたこの哀れな俺は。……あまつさえ、小水を漏らすなどという屈辱を味わわされた俺は、父上に復讐を願い求めていた。
役立たずな親衛隊どもにも、無能なディルハムにも!!
……父上の情婦上がりなゲティも!! 皆、皆役立たずだ!
この俺に恥をかかせやがって……!!
全員、俺が家督を継いだらぶっ殺してやるっ!!
「おぉ、おぉ、可哀想なイルム! ……どれ、この父に聞かせてみよ。……アルマ・アルザラットが何をしたかをな」
ふふふ、やはり父上は頼りになる。
……俺はアルマのゴミクズがした所業を全て話た。
ついでに、カイパーティのことも話しておく。
……アルマをぶち殺した暁には、エリーニュス家の生き残り。
その姉の方を俺のものにする。
これは決定事項だ。
くくくく、もっとも優秀な血統と言っていい純血の貴族たる俺の精をたっぷりと注ぎ……その身も心も染めてやる。
妹の方は……せいぜいディルハムのオモチャになって死んでいけ……!
「エリーニュス……だと……?」
父上のお顔が険しくなっていく。
なんと真剣なお顔だろうか!
今、父上の心の中にはあのウジムシのアルマへの怒りに満ちている筈だ!
残念だったなアルマ……!
お前がどれだけイカサマで俺を出し抜こうと、貴族の力には勝てぬのだ!!
……今に思い知らせてやるぞ。
「………イルム。お主、エリーニュスと確かに言ったな?」
「は? ……はぁ言いましたが」
……なんだよ?
何をそんなに引っ掛かっているんだ?
………あぁ、昔の政敵の娘が生きているのが許せぬということか?
ふふふっ! それなら心配無用。
あの下劣な女どもは、この俺とディルハムの雌犬として一生飼う予定。
父上がなさるべきは、全霊を以てこの俺の名誉回復をすることに他ならない……!!
「あぁ、ははは! あの雌犬共が子を孕まぬか心配で? ご安心を。胎を潰してしまえば、幾らでもオモチャにして愉しめましょう!
エリーニュスの血が我らヴール家に交じることもありません! はっははは!」
「……………」
「はははは………はぁ……。……あ? ……どうされたのです、父上」
父上が押し黙っている。
……おぉ、なんと! これほどまでに怒ってくださるとは!
ふふふ……死んだなアルマ。
貴様は死に、直にギルドの街のムシケラ共も皆殺し。
後は俺とディルハムでゆっくり楽しませてもらう!
「イルム。許可状を」
「は? 許可状……?」
「ギルドの街の“反乱者”共を征伐する許可状。まだ持っているな?」
「持っておりますが」
許可状が何だって言うんだ。
取り敢えず、言われたとおりに許可状を渡す。
肌見放さず懐に入れていたのだ。
あのカスのような街の住民共にこれを掲げて見せ、絶望の最中で殺してやるつもりだった。
(まぁ、頓挫したがな。……ちっ、イライラしてくる!)
「イルム。……今すぐにディルハムとケティも呼べ! 転移アイテムを使ってでも今すぐここに呼ぶのだ!!」
「は……はぁっ……?」
「早くしろっ!!」
「ひっ……は、はいぃぃつ!?」
ど、怒声を浴びせられた!?
この……この俺が!?
父上に!?
……で、出来損ないの人間モドキに過ぎぬ、下劣な平民共のような扱いを受けただと……!?
(な、なんだ……? なぜ父上はいきり立っておられるのだ……!?)
元はと言えば、あんな役立たずな装備を俺たちに渡し、無能な親衛隊を付けた父上のせいではないか!
……えぇぃ、腹ただしい!
どいつもこいつもこのイルム・ヴールを見下げおってぇ!!
俺は怒りの気持ちを抱えたままで、使用人たちに呼ばわる。
「おい……! ディルハムとケティを呼べ! 今すぐにだ!」
気に入らぬ!
全く持って気に入らぬ!
……決めた。家督を継いだら、父上を蟄居させて幽閉してやる。
……嫡男たる俺を、平民のように怒鳴りつけやがって!
○
「来たか」
少しして、ディルハムとケティが来る。3人揃って父上の前に立たされ、ますます俺の苛立ちは募っていた。親衛隊たちまで周りに侍らせて……これではまるで尋問か何かを受けているような気分だ!
(お、おいイルム……! ……親父さん、どうしちまったんだよ?)
(あ? 俺が知るか! ……ふんっ! どこぞの女から病をもらい、アタマが腐ったのだろうよ!……ちっ……腰を振ることしかできない老人めが……!)
ディルハムがコソコソと耳障りな声で耳打ちしてくるが、俺が知るわけないだろう。
……まぁ、こんな癇癪まがい。
少しすれば収まるだろうよ。まったく、老いぼれが!
「貴様らに確認するが。……カイパーティの2人の姉妹。カイとノエルなる女は、“エリーニュス”家の血筋。そうだな?」
父上はしつこいくらいに、何度も念入りに確認をする。
……エリーニュスの生き残りだったらなんだっていうんだ。
怖いのか? 情けなく怯えやがって。
「へ、へぇ! 間違いありやせんよ! 俺ぁ確かにエリーニュス家のペンダントを見やした、へへへ……」
「わ、私も見たぁ! あれは間違いなくエリーニュス家とかいうののぉ……娘!」
(……媚びた声を出しやがって、二人とも。ふんっ、くだらない)
ディルハムとケティが、媚を売る犬のような甘え声で言う。
つまらん連中だな。……所詮は下級貴族のボンクラ息子と、身体を気に入られただけの雌猿。
やはり、この尊い血統っ!
代々続いてきた、由緒あるヴール家!! 下劣なムシケラやゴミクズ共とは比べ物にならぬ、尊き血筋っ!!
その貴族たる麗しい青い血を持つイルム・ヴールには、釣り合わないっ!!
「そうかそうか、エリーニュス家の娘で間違いは無いのだな。ーーー親衛隊!!」
「なぁっ!?」
「なんだ!? 何すんだよ!?」
「お、オジサマ!? なにするのぉ!?」
親衛隊たちが一斉に拘束魔法スキルを俺たち向かって放つ。
多重に掛けられたせいで、身動きが全く取れない……!
何をするんだ、父上……!?
これはいったい、なんの冗談だ!?
「イルム・ヴール、ディルハム・ガストゥール、ケティ! ……貴様ら3人を死罪とし、ガストゥール家においては取り潰しの上、一家処刑とす!!」
(し、死罪……!?)
俺の耳はおかしくなったのか!?
い、今……今、父上は死罪と!?
嫡男たる俺を死罪に……!?
ば、馬鹿な! 理由は何だ!
な、なぜ俺が死罪なのだ!?
「貴様らがギルドの街の征伐許可状を“捏造”した罪……重いものだ。
……ふふふふ」
許可状の捏造……?
ち、血迷ったかこの老いぼれがっ!?
捏造などしていない!
それは……それは貴様が俺に渡したものだろうが!! 紛れもなく本物だ!!
「ま、待ってくださいよぉ!? 一家処刑って……な、なんでぇっ……!? ふざけるなぁぁぁっ!!」
「くははは! ふざけてなどおらぬわ!! ……イルムを誑かした罪だ」
「………っ! そ、そうです父上っ!! この者に俺は騙されたのですっ!! 俺は被害者だっ!!」
「イ、イルム……!? て、テメェっ……!!」
父上は乱心されているのだろう……!
ならばせめて、ディルハムに全ての罪を被せてでも説得するしかない。
無能の盗賊め! せめて役に立ってから死ねっ!!
「うむ、騙されるような無能な息子はもっといらぬ。死ぬがいい、イルム」
「………なっ………ぁっ……!?」
お待ち下さい、と言おうとして。
……父上が叫ぶ。
「ーーー馬鹿者どもが! ……貴様らはエリーニュス家の利用価値を理解しておらぬっ!! イルム!! ……貴様はエリーニュス家の。……リオン・エリーニュスの妻が誰であったかわかるか?」
リオン・エリーニュスの妻だと……?
そんなもの知るわけがないだろうが! 他家のことなど知ったこっちゃない……!!
「答えられぬようだな、馬鹿者。……はぁ、まったく。このような無能のボンクラが儂の種から産まれたとは甚だ信じられぬ! 母親が悪かったな」
「ち、父上っ! お待ち下さい……! お、俺は嫡男……!! 唯一ヴール家を継ぐ資格をーーー」
「そんなものは貴様にはない! ……もともとお前のようなムシケラ以下の者にヴール家をやるつもりはなかったからな。ははは! 良い機会であった!」
「お、お許しください伯爵様ぁっ……!! い、嫌だっ!! し、死にたくねぇっ!!」
「ま、待ってよぉ!! あ、あんなに愛してるって囁いてくれたじゃないのぉぉぉぉっ!!」
溜息が響く。
頬杖をついて……路傍を這う虫を見るような目で、父上は俺達を見る。
やめろぉっ!! そんな目で俺達を……俺を見るなぁっ!!
俺は……俺は……最強の剣士だ!!
王国最強の……!! この世で最も優れた男なのだぞ!?
「もとよりガストゥール家は取り潰すつもりだった。許すも何も、一家まとめて死ぬのは予定通り。
……ふんっ、そしてケティ。……儂がいつ“お前”のことを愛していると言った? ふははっ! 儂が愛したのはお前の“身体”だ! ……お前の身体を抱くのも、もう飽きた。いらぬ! 死ね雌猿めがっ!!」
「こ……こ……後悔するぞ……! ちゃ、嫡男を殺すなどぉっ!!」
「つくづく頭の悪い。……なんだ? 儂は犬でも孕ませてお前を産ませたか? ……やれ、親衛隊ども。この不愉快な動物を3匹、消し炭にしろ」
喉奥から飛び出すのは絶叫。
四方から撃ち出された、大規模な高位魔法スキル。
回避することなど叶わない。
ただ俺は叫び続けて。……光に飲まれていった。
○
「死んだか?」
「……は……はっ……! 確認できました。……ぜ、全身が焼かれ死んでいます……!」
「犬を連れてこい」
「い、犬……でございますか……?」
「儂の眼の前で、犬に喰わせろ。ふははは! 上等の酒と肴も持て! 最高の動物ショーになるぞ!」
使用人たちに呼ばわり、酒と肴を用意させる。眼の前でイルム達だったものを犬に喰わせ、その様を見ながら飲もうではないか!
「親衛隊たちの分もだ! ふははっ、貴様らも飲め! そして食らえ! 酒と肴を振る舞ってやろう!」
手を焼いてた馬鹿ものを処刑し、気分は最高潮に達していた。
やはりこのバラム・ヴールは。
世界を統べる力と運命! そして、幸運の下にあるっ!
(エリーニュス家の娘が生きていた。……ふふふ、素晴らしい! 身分を偽り方や男のフリをしてよく逃げおおせていたものだな)
イルムの愚図は、エリーニュスの姉妹たちの価値を理解していなかった。……あの姉妹たちは儂の計画を更に補強し! ……計画成功後においても強力な政の道具となろう。
加えて……その肉体。若い身体だ。
(嫡子を産ませるための胎盤として、この上なく最適だろう! それが二匹分もだ。……ふくくく……イルムなどという失敗作は廃棄して然るべきよなぁ?)
健康な女が二匹。……ふふふ、涎が出るわ! エリーニュスの血を穢し、このヴール家の種を注ぐ。
……なんという征服感っ!!
(何よりもだ。……エリーニュス家に嫁ぎ、姉妹たちを産んだ女は……現国王の妹にあたる……)
血縁だけを見れば妹だが、王位継承権は遠い。というのも、リオン・エリーニュスの妻は庶子。先代国王が愛妾に産ませた子だ。
血筋だけは王家に連なるが、下賤な妾の血も持つ。それゆえに、王位継承権はあってないような物に等しい。
「い、犬を連れてまいりました……! ……屋敷の番犬どもでございます」
「放て。……ふほほほ! 良い食べっぷりだのぉ! うん? ははは! 見ろ貴様ら! イルムの頭を食うておるわ! 美味いか? ははははは!!」
だが、重要なのは“王家の血を引いている”………ということだ。
計画が全て完了し、この王国を我が手中に収めたとしても、所詮儂は“外野”。……そこに王家の血を引く女を妻とし、子を産ませることができれば……!
……反乱分子を黙らせるための道具として十二分に機能する。
継承権を遠いとは言え持つ王家の血統であり、由緒あるヴール家とエリーニュス家という貴族の血筋にある子。
それを後継に据え、儂は後見人また父として動けば良い。
「うっ……うっぷ……」
「貴様……この儂の前で吐く気か?」
「め、滅相もございませんっ……!」
「当然よなぁ? ははは、喰らえ犬ども!! 肉の一片すら残さずに!!」
……ふふふふ。
計画の道具の準備は早いほどいい。
子が産まれるまでは約1年近くは掛かる。……今のうちに我がモノとしておくか。かの姉妹たちを。
なぁに。
心を潰し、言いなりにさせる術などいくらもある故なぁ……?
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