第38話準備をするアサシンと堂々と夜這いに来る魔道士少女

「帰ってきたな、俺たちの街に」


ギルドの街に到着したのは、夜のことだった。

馬車を降り、今夜は解散という運びになる。


「明日、皆に話したいことがある。……今夜は英気を養い、明日に備えてくれ」


「わかりました、師匠! ……おやすみなさい!」


「……お、おやすみなさい……アルマさん……えっと……よ、良い夢を……」


「また明日、アルマさん」


カイパーティの皆と幾らか会話を交わす。


「……ヴラム翁、ダタラ様、少しお耳を」


「むぉ? なんじゃノエルのお嬢さん」


「どうしたの……?」


チラと見ると、ノエルが何やらヴラムの爺さんとダタラに耳打ちしていた。内緒話は結構だが夜も遅い。

程々にして休んでくれ。


「……ということで、よろしくお願い致します」


「うむ、うむ! 任された!」


「よーしわかった、任せてよ」


ぺこり……と可愛らしい擬音の似合いそうな所作でノエルがお辞儀をして。カイたちを追いかけて、慌ただしく走り出す。


「……時にアルマよ。儂はドランの所で厄介になろうと思う。……明日から色々と考えねばな」


「うん? あぁ、それがいい。あそこは安宿だが、泊める相手は選んでいる。……素性の知れぬ者や、怪しい者は泊めないからな」


「ほっほ……それにお前も泊まっておる。どんなに警備が厳重な城や要塞に籠もるよりも、アル坊の近くにいる方が安全じゃろうて」


「ははっ。違いありませんね、お師様」


「………ふっ……茶化すなよ2人とも」


「格好つけた笑い方をしおってからに。……どぉら、ドランの顔も久々じゃ。行こうか」


「……あぁ」


返事をして、親父さんの安宿まで歩いていく。

街の門からそう遠くはない。

少し歩けば着く距離だ。


「……そうだ、ダタラ。お前には少し話がある。疲れているだろうが……時間は取らせない。部屋に来てくれるか?」


「話……ですか? ……なるほど、わかりました」


なにやら合点が言ったという顔で、ダタラが頷く。


「……必要なら明け方までだって付き合いますよ。恋愛相談でしたらお任せを……」


違う、そうじゃない。


「バカ者……! そんな話ではない! なぜそんな発想になる!?」


「あはは、すみません。少しだけ兄さんをからかいたくなりまして」


悪びれる様子もなく、ダタラが笑う。……まったく、お前もお前だぞダタラ。恋愛相談なんぞできるほど、恋を重ねてきたわけでもあるまいに。


「ほっほ! なんじゃ、恋か!? 恋の話かぁ!? どぉら、儂とドランも乗らせてもらおうかその話!」


乗るんじゃない!

というかドランの親父さんも巻き込む気かよ……!?

……もういい歳なんだから、そんな。思春期を迎えて浮足立つ少年みまいに、目をキラキラさせるんじゃないっ!!


「なんじゃぁ!……若さと健康の秘訣は……老いを楽しみつつ、若い頃の気持ちを忘れぬことじゃ。……で? アル坊はどんな娘が好みなんじゃ? ん? んん? 言うてみぃ? このジジィに言うてみぃ?」


頬を突つくなっての……!?


「……そんなものはない。改めて聞かれても困る」


改めて好みだ何だのと言われても……正直言って困ってしまう。

女性に興味が無いとかそういうのではないが、好み云々を問われると思い浮かばないのだ。


「つまらん奴だのぉ。何かこう……おらぬのか?」


なんだ、やけにしつこく食い下がるじゃないか。

おらぬのか……と言ったって、恋愛云々にかまけた事はない。

……それに、女遊びの恐ろしさは、ルディンの背中を見ていれば自ずと理解できたわけで。


「……さては、二人とも」


「は、はい?」


「な、なんじゃぁ?」


「………俺に見合いでもさせる気だな?」


もしそうなら余計な世話だ。

俺はまだ世帯を持つ気も無ければ、誰かに薬指をくれてやる気も無い。


申し訳ないが、こればかりは余計な世話と断らせてもらおうか。


「おい、ダタラ何とかせい。……こやつ、ホンモノの阿呆じゃ」


「無理ですよ……まさかここまでとは思わないじゃないですか」


「……? 何の話だ。ともかく、見合いならばお断りだ」


溜息が二つ。

ダタラとヴラムの親父が、呆れ顔で頭を突き合わせている。

……何だよ、やめろよその顔。


「お前に見合いなんぞ勧めるワケがないだろう………」


「さすがに僕もお師様も、そこまで命知らずじゃないですよ兄さん……」


(命知らず……!?)


なんで見合いごときで命がどうのという話になるんだよ……!?

なんだ、猛獣とでも見合いさせる気だったのか。


「あーもういい、行くぞダタラ、アル坊」


「はい、行きましょうお師様」


「あ、おい! 待てって! なんだよ、見合いじゃないなら何だ?」


「知らんわい!」


なんで怒られているんだ俺は。

どうにも納得いかない気持ちを抱いたまま、俺は歩き出したヴラムの親父たちを追いかける。


……見合いじゃないなら、何だったんだろう……?



「ここがアルマ兄さんの部屋ですか」


「殺風景だろ? まぁ、適当に座ってくれ」


夜も更けてきたが、ドアの向こう側から聞こえるのは、楽しげな笑い声とグラスの乾杯音。


「飲んでますね……」


「………だな」


ドランの親父さんとヴラムの親父さんとで、今夜は朝まで飲み明かすつもりなのだろう。

……気持ちが若いのは結構だが、せいぜい二日酔いには気をつけて欲しい。

気持ちが悪くて動けませんでは、たまったものではない。


「それで? 話というのは……」


「少し真面目な話になる。……バルカミルは暇そうか?」


バルカミル。

……ダタラと一緒に俺の下で師事していたもう片割れ。

今は、砂漠の王国でポーションの調合師をやっている。


「直近の手紙では、閑古鳥が鳴いている……って愚痴を書き連ねていましたよ。……何か頼むんですか?」


「あぁ。……質の良い回復ポーションとマジック・ポーション。その他の状態異常回復ポーション……後はモンスター避けなども注文したい」


「どれぐらいです?」


「そうだな………紙に書こう」


ベッドサイドの引き出しを開け、紙切れを取り出す。そこに、注文したい物と量とを書き出していく。

……書き出し始めると、欲しいものがアレもコレもと浮かんでくる。


「……こんなものだ」


「どれどれ……っと」


紙切れを、ダタラに渡す。


「…………」


「どうした?」


ダタラは、紙切れを手に持ったまま動かない。

釘づになったかのように、目を見開いて渡した紙切れを見ている。


「あの、アルマ兄さん?」


「なんだよ」


「その……戦争でも起こすつもりですか……」


「そうだが?」


「なぁっ……!?」


戦争を起こすつもりかと聞かれたなら、確かにある意味では“戦争”を起こすつもりではいる。


バラム・ヴール伯爵を相手に、一戦交えるつもりだ。


「……今、この街のダンジョンで。……掃滅戦の時と同じような異常が起きている」


「……っ……!?」


「だが……7年前のモノとは違う……人為的なモノの可能性がある」


「人為的なモノ……!? ……誰がそんなことを……!?」


「恐らくは……バラム・ヴール伯爵」


魔道士たちの口振りや、ダンジョン内での奇妙な動き。

あり得ないと一蹴するには、あの男は危険すぎる。

ダンジョン内の魔力に細工を施し、掃滅戦と同じ状況を引き起こそうとしている。……そう俺は考える。


「だからこそのポーションだ。

……奴がおぞましい企み事を腹に隠していたのなら……こちらから打って出る。掃滅戦を再現される前にな」


「……まさか、一人で……?」


「ダンジョンへの突入は俺一人で行くつもりだ。……だが、万が一。

ダンジョンからモンスターが溢れた際は……モンスター避けのポーション等を使い、避難してもらう」


7年前。

モンスター避けのポーションや、回復ポーションが足りず……多くの冒険者たちや街の人々が命を落とした。

だから、今度は十分に用意をして、誰一人として死なせない。

……これは、俺の決意だ。


「……まぁ、杞憂だったらそれでいいんだ。伯爵が無関係で、異変も全て一過性のものであったらそれで良し。

……何の備えもしておかなくて後悔するより、馬鹿みたいでも準備しておきたい」


「わかりました。バルカミルに連絡を取っておきます。……アイツも、もう意固地にならずにアルマ兄さんと直接話せばいいのに」


「そればかっかりは、な。……冒険者にならなかった事を、申し訳なく思っているんだろう。……ヘンな所で義理堅い奴だったからな」


「………僕からも言っておきますよ。いい加減、手紙くらいは出せよって」


「……いや、いいんだ。そっとしておいてやれ。……それとだな」


空気が少しだけ気まずいものになりかけて、俺はもう一度口を開く。

バルカミルへの連絡ともう一つ。

ダタラには、頼みたいことがあった。


「“鍛冶師”のダタラとして、依頼したい」


「ーーーなるほど……?」


目の色が変わった。

鍛冶師としての琴線を、俺は思い切りは掻き鳴らす。

気心の知れた“ダタラ”としてではなく、一人の名工。

今代の“鍛冶師ダタラ”としての顔になる。


「ポーションだけでなく、武具も用意したいと思っている。……この街の連中には……剣を取って共に戦うと言う奴らもいるだろう。

昔のような気骨に溢れた冒険者は少ないが、軟弱な意気地無しになったわけじゃない」


“命知らず”ではないが、街の危機とあれば奮い立って戦おうとするだろう。

……人を見る目があるとは言わないが、そうした冒険者たちが確かにこの街にはいるのだ。


「ふむ。何振り所望ですか」


「剣なら1日に何本造れる?」


「………3振りほどでしょうか」


「なら、ひと月で90本か。十分すぎる。……性能は?」


ダタラが背筋を伸ばす。

伸ばして、静かに言う。


「ーーー貴族所蔵級に匹敵するものであれば、1日に3振り。……神秘級なら1日に5振り。名品程度でいいなら、1日に10振り。……王国所蔵級に匹敵するものとなると、1日に1振りですね。……斬れ味の良いだけのものなら、何振りでも」


「…………聖堂………封印級は?」


「鍛造を禁じられているので何とも言えませんが……こっそり造った時は一週間ほど掛かりましたね」


「………さすがはダタラ。恐れ入るよ」


さすが……としか言いようがない。

ヴラムの親父さん。

先代の“ダタラ”から、若干10代後半で名を継いだ鍛冶の申し子。


王国直々に、“価値が下がる”との理由で……1日に鍛造可能な刀剣、武具の数を制限された男。

世界でも極限られた、王国所蔵級に匹敵する武具を造り出せる天才の一人。


「制限を破れば1日に何振りでも造れますよ。……ただ、後が怖いので」


「なら……思い切って貴族所蔵級のモノを頼む。金と素材は此方でーーー」


「いえ」


「………えっ?」


「素材は鍛冶師が吟味してこそ。……用意された素材など結構です」


(……あっ、やばい。完全に鍛冶師スイッチが入ったな……)


天才……と称される人間は、往々にして何処かのネジが外れていることがある。


「そもそも、僕はお師様からダタラの名を継いだことに納得できていません! ……確かに僕は、お師様が造ること叶わなかった王国所蔵級の武具を造れますがーーー」


「うん……うん……そうだな、うん」


……残念なことに、このダタラもネジが飛んだ天才に分類される人種だ。


「お師様の鍛える武具には美しさがあります! 刃紋は滑らかで美しく、槍に至ってはその鋒を太陽に照らせば、あまりの神々しさに溜め息が出るほどでーーー」


三度の飯より鍛冶作業。

女の裸体よりも、抜き身の刀身を見ている方が興奮するという筋金入り。顔がいいから誤魔化せているが、半歩間違えれば通報モノだ。


……冒険者時代のダタラが、猥画集ではなく刀剣の図解書を鼻息荒く読み漁っていたのを見たのは、忘れたい記憶である。


「僕の造る武具はただ性能が良いだけなんですアルマ兄さんっ!! わかりますか!? お師様の鍛える武具が……頬を染めて恥じらう乙女のような崇高な淫猥さを秘めているのに対して、僕のはただ」


「ダタラ」


「精巧なだけの……はい?」


「許せ」


「へっ?………ぐぶぉっ……!?」


ダタラを気絶させて、黙らせた。

……すまないダタラ。

本当に、本当にすまない。

だがこうしないとお前、本当に明け方までずっと話すんだもの……。

俺とバルカミルが寝不足になったのは、一度や二度じゃない。

……もう寝てくれ、頼むから。


(よし、気絶したな)


「ぅ……ぅ゙……剣…………」


(よし、もう一発入れておこう)


ダタラを抱えて運ぶ。

ダタラの部屋は確か、ヴラムの親父さんと同室だ。ベッドに転がしておけば大丈夫だな。


「………うん? 皆? まだ起きていたのか」


ダタラを運び終えて戻ってくると、扉の前に皆が。

カイパーティ全員が、寝間着姿で立っていた。……夜更けと言う程ではまだないが、寝るにはもういい時間だ。……何かあったのだろうか。


「アルマ様」


「ノエル……?」


ずぃっと前に出てきたのは、ノエルだった。他の皆の方を見やると、呆れ顔のカイとリリア。何故かキリリとした顔のホノ。

だがノエルは、一人……真剣そのもの。


なんだ、どうしたんだ……?


「アルマ様………っ!」


「………う、うん?」


ノエルが口を開く。

彼女の口から零れ落ちたその言葉に。


「ーーーこ、今宵はっ! わ、私たちと添い寝してくださいませんか……!?」


俺は。


「…………………は?」


は?……と言う他なかった。

君は何を言っているんだ……ノエル……!?

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