第26話処刑場に殴り込むアサシン前編

頭の中で響いた音。

パーティ解散を告げる、滑稽なくらいに軽快で……他人事まがいな乾いた音。その音が響いた後に、ギルドを。


「シェリン、親父さん。……すまないが少し出てくる」 


……いや、俺を訪ねて現れたのは、二人組の男たちだった。


「アルマ・アルザラットだな?」

「ともに来てもらう」


「………」


二人組と共に、ギルドを出る。

纏う雰囲気は清廉とは言い難く、ただの冒険者や傭兵では無い事が伺えた。


「我らはイルム様の使いだ」

「ふふふ……その顔を見るに、既にパーティが解散したことは……理解しているようだな」


「カイたちをどうした」


「はっはっは! どうした、だと? なぁに、死んではおらぬさ」

「今は、な。……さぁ、大人しくついて来るんだ」


「カイたちはどこにいる」


2度目は言わない。

これで答えるなら、気絶程度で済ませよう。だが答えないなら。


2、3日の間は生死の境をさまよってもらう。さぁ言え。


カイたちは。

ーーーどこにいる?


「むっ……!? 貴様……! 威圧スキルか何かか!! 小賢しいスキルを使いおって!」

「立場が分かっておらぬようだな! 貴様を半殺しにして連れて行っても良いのだぞ……!! 低俗な平民風情がっ……!!」


そうか。言わないのか。

言う気はないし、言いたいとも思わないんだな。

わかった、ならいい。喋らなくていいぞ。自分で探す。


お前たちに用はない。

ーーーどこへなりとも消えろ。


「ぐゔっ………!?」


男の一人を、俺は殴り飛ばす。

死なないように加減はした。

回復士の駐在所のある方面にふっ飛ばしたから、後は回復士に治してもらえ。


「ひっ…ひぃぃぃぃ………ぐぅぉぁっ……!?」


逃げ出そうとした男の腕を掴み、空へと向かって放り投げた。

方向はさっきの男と同じだ。

……二人仲良く回復士の世話になるといい。



「ねぇ、アルマまだ来ないのぉ? 私飽きてきたんだけどぉー」


(ふんっ……不粋な尻軽め)


“処刑場”にて、俺たちはアルマを待っていた。ケティの方は待ちくたびれて喧しく騒いでいるが、俺は違う。……ワインを熟成させ、その香り楽しむかのように静かな興奮と共にアルマを待っている。

もう間もなくで、あの下劣なムシケラを殺せるのだからな。


「ひひひ、案外よぉ。ビビって逃げてたりしてな!」


「恐れをなした、ということか」


ディルハムが言う。

……ふむ。ビビって逃げた、か。

そうであってはつまらん。

逃げたところで、探し出して必ず処刑してやるまでだ。

この世の果てに逃げようとも、見つけ出す。アルマ……奴は生きるに値しないゴミカスだ。


「アルマ様が逃げるなんてそんな!! あり得ませんっ!!」


雌犬が吠える。

キャンキャン煩い女だな。

親の躾がなっていないのか。

それともあれか? 親にまともな教育を受けさせて貰えなかったのかな? ははは、哀れだな。


「さっきからうるせぇなぁ、ノエルちゃんはさぁ。……喋れなくしてやってもいいんだぜ? へへへ、舌を切り取ってさぁ!」


「……!? 妹に何をする気だ! やめろっ!! ………ぅぐっ」


ディルハムがカイを殴りつける。

……また顔を傷つけたのか。

商品価値を下げるのもいい加減にしろ。


「テメェもうるせぇんだよぉ、カイ!! へへへ、どうせ顔に傷残ったんだ、いっそ顔中傷だらけにしたっていいよなぁ?」


「やめろディルハム。価値が下るだろうが。……ふふっ、目立たない場所に痣を作るぐらいにしておけ。それなら幾らでも構わん。客は顔を見て買うからな!」


「さっすがイルム! そぉら! 妹の不始末は兄貴が変わりにってなぁ! おらぁっ! へへっ、おらっ! 痛いかぁ、カイ? へへへ!」


「うっ……ぐっ………うぅ……っ」


「カイお兄様ぁっ!? やめて……お願い……やめてぇ………!!」


「カ、カイさん……! 酷い……酷いよぉ………ぅぁぁぁ…………」


「んー!? んんー!! ぐぅっ……んー!!」


雌犬が何か言っているなぁ。

だがあいにくと俺は犬の言葉など理解できない。人間になってから出直してこい雌犬が。


「ははは、見ろよイルム! 盗賊のメスガキ、猿轡のせいで豚みてぇに唸ってやがるぜ! ぎゃははは!」


おっと、俺は雌豚の言葉も理解できんのだ。貴様ら下劣な血統の下等人種とは違う故な。

いや、これは下等人種に失礼か。

豚と同列に語ってしまったのではな!


「ディルハム、あくまでメインディッシュはアルマが来てからだ。忘れるなよ。……蹴り終えたら俺の所に転がせ。靴の裏を舐めさせてやる」


「あっはは! じゃあアタシも蹴って遊ぼうっと! へぇー? 意外と踏み心地のいい髪の毛してるじゃんカイってばぁ! ……さらさらで綺麗で……妬ましぃー……」


この処刑の日の為に、俺は父上から新たな鎧を賜っていた。

親衛隊員やディルハム、ケティもそうだ。


(甚振り嬲るための準備はできている。後は貴様がくるだけだ……ふふふ)


俺とディルハムが装備している鎧は、それぞれ〈剛魔の鋼鎧Ⅲ〉。

……これぞまさに、神域級と呼べる代物だ。身につけているだけでレベルⅣ相当の筋力・攻撃力増加スキルが3つ発動しているのと同じ状態になる。


(それだけではない!)


痛覚が鈍化し、自動回復スキルと無尽蔵とも言えるスタミナをも付与してくれる。

……ディルハムは自動回復スキルがうまく機能しなかったと言っていたが、それは俺よりもランクの低いⅡだからだろう。それも、鋼鎧ではなく革鎧だ。


親衛隊員たちには、更に下のランクⅠを支給している。自動回復は期待できないだろうが、鎧自体が頑強だ。半端な攻撃は通さぬっ……!


まさに……!

不死身の軍団と言って差し支えあるまい!


(駄目押しにケティの新たなワンド。〈審判の天錫杖Ⅲ〉!)


先の決闘では、ケティの《グラビティ・カフスⅣ》の効きが悪かった。それを踏まえて用意した〈審判の天錫杖Ⅲ〉は、強大な魔力を内包し瞬間的な魔法スキルの効果はⅣすらも超す。


ははは! 甚振る前に挽き肉にせぬように注意しないとなぁっ!!


「……くはははは! まさに無敵……うん?」


ディルハムとケティに遊ばれていたカイ。そのカイの鎧の隙間から、何かが出た。……ペンダントに見える。平民風情が持つには不釣り合いな、純金製。


「ぅ……ぁ………!? しまっ……」


「これは……」


よく見ると、ペンダントには見覚えがあった。

……俺も、これに似たものを。

いや、貴族ならば誰もが持っているだろう。

ディルハムも持っている筈だ。


ーーー家紋があしらわれたペンダント。


「エリーニュス……。エリーニュス家の家紋だと……? だが、エリーニュス家の子は娘だと聞いて……まさか、貴様っ……!」


「ぅ………ぅぅ……………!」


カイの鎧を、攻撃力と筋力が増幅された剣の一閃を持って切り裂いた。

鎧が真っ二つに割れ、露わになった鎧の下には。


「ブリオーとチェインメイル越しでもわかるぞ……その膨らみ……!!  腹のくびれ……!! 男の肉体ではあり得ないっ……!!

貴様……エリーニュス家の娘だったのか!!」


僧侶のメスガキや妹のと比べれば薄いが、確かな膨らみがあった。

ディルハムほど見境なく女で遊んではいないが、これでも女の身体は見慣れているんでね。


「なっ……あ……カイさん……が……女の子………?」


「………知られて……しまいましたか」


「ん!? んんん!?」


「おいおい、マジかよぉ!? くぅぉあー!! 勿体ねぇことしちまったぁ!! 顔に傷つけんじゃなかったぜ!! なぁイルム!? カイも俺が貰っていいんだよなぁ!? なぁ!!」


興奮するな、喧しい。

……カイはディルハムにはやらん。

妹の方も惜しくなったが……先約は守ってやるさ。


「いいや、カイは俺が貰おう……!!」


「ぅ……ぐっ……はな……せ……!」


顎に手を添え、クィと持ち上げてやる。……エリーニュス! 我がヴール家に敗北し滅んだ家門!!

格下の伯爵家であるヴール家に敗れ去った侯爵家っ!!

………その娘を我が物にする。


はははは!! これはど滾ることがあるか!? 征服欲と支配欲とが満たされるっ!!

くはははは、駄目だディルハム!!

カイは………この俺の女だ。


「ふふふ、カイ。悪いようにはせんさ。……そうだなぁ……俺を愉しませられれば……エリーニュス家を再興してやってもいいぞ? ふふふ」


「くっ………ぅぅ…………ぅっ……げろう……めっ……!!」


「なんだ、泣くほど嬉しいのかカイ! はっはっはっはっ………は?」


何だ……?

城全体が……揺れている?

地震か……!? なぜ激しく揺れているのだ……?


「何事だ!?」


外界とこの処刑場とを隔てる大扉。

……その向こう側から、悲鳴が聞こえた。外に待機させていた、親衛隊員たちのものだ。


「なっ……………!?」


何かが此方に向かって飛んできた。

……それと同時に……大扉が……壊される。


(ば、馬鹿な……!? 分厚い鉄の大扉だぞ……!?)


粉塵を巻き上げながら、轟音と共に崩折れていく。


「し、親衛隊員……!? な、なんだ!? 誰に投げ飛ばされ……」


逆光に照らされながら、一つのシルエットが現れる。両手に……親衛隊員を引きずりながら。

……馬鹿な、あり得ない……!

外に待機させて置いた親衛隊員たちは、一人や二人では無いのだぞ!?

……十人ほど待機させて置いたのだ……!!

レベル50相当にも匹敵する実力者たちなのだぞ、全員がっ……!!


「ーーーイルム」


なぜ………なぜたった一匹の……ムシケラにっ!! 


「ひっ…………ぁぁ……!?」


「質問に答えろ」


下劣で薄ぎたない暗殺者にぃっ……!?


「ーーーお前、皆に何をした?」


アルマ・アルザラット一人に……薙ぎ払われているのだぁっ……!?

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