第42話止められない憤怒

 記憶とはどんなものであれ基本的には時間が経てば色がなくなり、風化して完全に忘れてしまうものだ。


 しかし、ミティスの場合はそうではなかった。


 ミティス自身も、もういい忘れてと思いながらもその記憶は嫌なほどに鮮やかでその時とほとんど同じように感じられる。


 その鮮やかさを思い出すたびに深層心理顔面の表情がどんどん厳しいものとなっていく。 

   

 そして、ミティス自身も耐え難いほど熱く、頭の中身全部が支配される程のとんでもないほどの勢いであった。

  

 何度も、何度もそれを繰り返すうちに心がすり減って後ろしか向けなくなっていく。


 心の深い部分では銃万象ガンバンゼンに耐え難いほどの殺意を抱いていて必ず殺せと言ってくるが、自分自身は本当にそう思っているのか分からない。最早銃万象ガンバンゼンから親の仇を取らなくても、自分の過去に折り合いをつけられたら良い。


 という、若干矛盾した感情を抱え始めていた。


 ヨヨリが気にかけて会いに来て話しかけて来てくれるが、不意に大量に流れる涙と無気力感でその殆どの内容は覚えていない。 

 

 そんな、本人から見ても他人から見ても手詰まりなときに現れた光――――アクフである。

 

 (そう言えば、落とし物を届けてもらった時のお礼、まだできていなかったよね……。)


 ミティスはアクフを誘うために宿から出た。


 (たしか、ヨヨリがいざという時のために言ってたけどアクフは大体結構広い開けたところにいて鍛錬しているって言ってたわよね。) 


 と思って広い開けた場所に向かおうと歩みを進めた所に偶然アクフがいた。


「あっ!【無剣の有剣】さん、こんにちは。こんなところで合うなんて奇遇ですね。」 


「こんにちは、本当に偶然ね。アクフ、良かったらこの前のお礼をしたいんだけど、時間とかって空いてる?」  


「今日は銃鉱山での採掘が終わりましたし、時間はあるので大丈夫ですよ。」


「じゃあ、行きましょうか。」


 ミティスがお礼として連れて行ったのはギャングスガン一の評判を誇るレストランだった。


「えーと、落とし物拾っただけなのにこんなに高そうなところなんて……。」


「大丈夫よ。ぶっちゃけて本音を言わせてもらえば前の時のお礼なんて建前でしかないし。」


「そうなんですか。では、本題は?」


「こういうのも失礼かもしれないけど、アクフと私が似ていると思って。」

    

 (あ、やっぱり【無剣の有剣】さんも気づいていたのか。) 


「で、どうやって今の状態になれたのか教えてくれない?」


「俺の場合はそもそも生きるのに精一杯で、バファイとかの他人のお陰で気付いたらそこそこいい感じに距離を取れていた気がするので参考になるかわからないし、過去から話そうと思いますが、それで良ければ。」

   

「大丈夫よ。私も手がかりが見つかればいいな程度だから。」


 (10歳より前のことを思い出すとちょっと頭痛とかしてあんまり思い出したくないけど、本人が過去と折り合いをつけたいと俺にわざわざ話してくれたんだ。その意志に答えたい。)

 

「あの頃は――。」


 七年とちょっと前のとある暴族の村のこと。

 

 その時には偵察隊部隊が近くで村に向かって進行しているスパルタ軍を認識しており、どう足掻いても戦争を回避できない時の事。


「アクフお前に伝えておかないといないことがある。」 

 

 夕食を終えた際にアクフの父親が話を切り出した。

 

「何?お父さん。」


 キョトンと何を伝えられるかわかっていないアクフは首を傾げながら話を聞く。

   

「アクフにはこれからしばらくエジプトにいるイカリ叔母さんのところで暮らしてもらう。」

 

「えっ!?なんで?」


「アクフは知らないと思うが、この村に大きな国の軍団が来ていて村を壊そうとしているんだ。だから父さんお母さんは村を守るために戦わないといけないんだが、そこにアクフがいたらあまりにも危険すぎるからだ。」  

 

「…………うん、分かったよ。戦いが終わったらまた一緒に暮らせるよね?」


「うん、そうだな。バサス様、ファイス様、インス様に誓って終わったら絶対一緒に暮らそうな。」 

 

「うん!」


 次の日にはアクフを迎えに着た叔母の馬車が来て、エジプトに向かった。


 都会の街が多い大国エジプトでの生活はこれまで田舎の村で暮らしていたアクフにとってはなれないことの連続であった。

 

 それから数週間後、アクフの下に叔母から荷物と手紙が送られた。


 宛元は――――アクフの両親だった。


 アクフはきっと戦いが終わって両親と一緒に暮らせるようになったと言う趣旨の内容を期待していたが、現実は非情だった。


 親愛なるアクフへ

 

 アクフ、すまないがこの手紙を読んでいるということは父さんと母さんはこの世にいない。 

 

 まだ小さいアクフに村以外の場所で暮らすことは辛いことだが、叔母さんに迷惑をかけないようにして、楽しく過ごすんだぞ。


 それと芸人をしていた父さんと母さんからの我儘なんだが、アクフには芸人でも大道芸人でも何でも良いから人を笑顔にできる、笑わせられる人になってくれ。 

 

 最後に、少し早いが10歳の誕生日おめでとう。と言うことで前々から言っていた魂塊の誕生日プレゼントがこの手紙と共に届いているはずだ。名前はバファイだ、大事にしてくれ。時間がなくてこれだけしか書けなくてすまない。

 

 今は亡き父より。


「…………っ!」

 

 アクフはあまりの急な出来事の連続に心の中がかき乱される。


 怒りと悲しみとその他の感情が渦巻いてアクフの視界を目茶苦茶にし歪ませ、思考を鈍らす。


 (えっ?お父さんとお母さんが、もういない?)


 あまりの情報量の多さと急さによって泣くことすらままならない。

 

 しかし、その状態でせめてでも親の忘れ形見である魂塊を見ようと同梱されていた瓶の蓋を開ける。


 開けると瓶からイルカの見た目をして金の装飾品をつけた魂塊バファイが出てきた。

 

『キュュュ!』


 次の瞬間にはバファイの姿が発した声にどこか懐かしさを覚えたアクフは安心したのか気絶するように寝てしまった。


 翌日、アクフは寝床の上で目が覚めた。


 起きたアクフはバファイに挨拶をして自己紹介をした。悲しいことから距離を取れるようになり、アクフの精神は徐々に落ち着いてきた。


 むしろ、楽しいや嬉しいなどの正の感情を持てるようになるようになってくる。


 このまま行けば近いうちには完全に悲しいことから立ち直れるようになる状態まで回復していた。

 

 そこから少しの時が経った頃。


 早朝に大きく床の砂岩が鳴った。

 

 普段こんな早くにこんなに大きな音はしないでアクフは何があったか気になり、与えれていた部屋から出てしまった。


 出くわしてしまったのだ。


 壁や床に血が滲み、スパルタ兵により叔母の生命の花が枯れようとしている瞬間に。


 アクフはこれまでこのような現場を直に見たことがなかった為に両親との死別と連鎖して急スピードで身体にトラウマを刻まれていく。


 顔色は真っ青で体がガタガタと震え、音を出しそうになるが生存本能で制御する。


 少しの間とはいえ、叔母の死の理不尽さに憤怒し危うく手がでそうになるが、力のない自分が立ち向かっても無駄だと思い感情を押し殺す。

 

 ジリジリと溜まってゆくストレスと緊張。


 それを抱えつつ、アクフは身を隠しスパルタ兵から免れるために観察する。


 スパルタ兵は何かの確証を持ったような顔で家中を探し回っていた。


 足音をできるだけ抑え、スパルタ兵が物音を出したり、独り言を言っているときを狙って移動していく。

 

 自分の部屋から、外に出てゆっくりと極力音を出さないように移動するがその度に緊張は加速していき、幼き集中力を壊していく。


 地道に動いて遂に外に出る扉に辿り着いた。


 喜びと開放感に包まれつつアクフは扉に手をかけた。


 それがだめだったのかスパルタ兵に感づかれ、迫ってくる足音が鳴る。


 数秒後、魂塊使いのスパルタ兵がアクフの目の前に到着した。

  

 アクフがその事実を認識した1秒後、緊張が走り、遂にストレスの頂点に至った為にアクフの意識は飛んだ。


  そして、これからのことはアクフの記憶にはない事実だ。


『……イカリ、しかし、そんなこと言っている場合ではないみたいだな。取り敢えず、目の前のお前をなんとかしないとな』 

 

 鋭い眼光をギラギラとスパルタ兵に送り、魂塊でありながら人間の言葉を介した存在は――――バファイだった。 

 

「魂塊が喋った?おかしいな……喋るなんて魂塊教皇様や様の使う魂塊天使くらいのものだし。それも魂塊天使ですら自発的にはほとんど喋らない…………冒涜か? まぁ、いいか。所詮そこら辺にいる魂塊というだけだ。具錬式魂塊術で一発だしな。」


 そう言って持っていた短めの槍に猿の魂塊纏わせ、形を変容させて大きい矢のような槍を生成する。


「『見聞技猿けんぶんぎましら』。」


 猿の魂塊の個別能力は『猿真似』その名の通りの能力で見た能力を弱体化した状態で何でも一つだけ真似ることができる能力だ。


「罪深いお前なんてカルテットエンジェル様の魂塊天使のこの技で綺麗にしてやる。『罪罰の矢尻キリエロバン』。」

   

 啖呵を切り『見聞技猿けんぶんぎましら』をバファイに向けて構え、一撃を放とうとするが。


『『音揺』。』


 バファイを発生源として激しく鳴り響く音の揺れによって阻止されてしまった。 


 続けざまにバファイは音で拳を作り出してスパルタ兵に飛ばして全身を殴る。 

 

 それに対してスパルタ兵はまるでなにもないかのように天井をただ見つめているだけだ。


 これはスパルタ兵が圧倒的な強者かつ能天気な訳ではなく『音揺』の力だ。


 『音揺』はアクフが生み出した『超音剣』とは全く持って志向が違う。


 『超音剣』は人を殺すことを第一には考えて作られていないが、『音揺』は考え作られた。


 当たった対象の脳に直接攻撃を加え、脳の機能を破壊して何も感じることができなくなるようにしてから外部を攻撃する。

  

 数秒後、スパルタ兵の亡骸と猿の魂塊モランが転がっていた。


『ふん、この魂塊の個別能力は『猿真似』か。使えそうだし取り込んでおくか。』


 そう言ってバファイは猿の魂塊モランと合体して吸収した。


 その後、アクフは何事もなかったかのように家から脱出し遠くに逃げ孤児生活と大道芸人生活を送るところに至る。

  

 それからアクフはバファイ関すること以外の今までに至るまでの事をミティスに語った。

  

「…………分かったわ。」


「取り敢えず俺から言えることは、その時は受け入れられないものは受け入られてるようになるまで別のことに集中したりすることですかね。あっ、でもこれじゃ全然【有剣の無剣】さんにとっては役に立ちませんよね。」 


「いえ、大丈夫よ。さっきの話を自分に照らし合わせて踏ん切りがついた。決めた、必ず銃万象ガンバンゼンから親の仇をとってみせるわ。」


 意志はミティスの中に新しい感情を生み出す。


 感情の名前は勇気。


 己の異変、銃万象ガンバンゼンへの殺意諸々全てを受け入れてそれに立ち向かい解決するという勇気だ。


 そして、その感情は矢のようであった。


 (もう、泣いても逃げたり目を瞑らない。)

 

 ミティス自身もその矢を認識しており、今すぐにでもものにする為に出された料理も食べず支払いだけしてレストランからでていった。

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