第47話 何が「正しい」選択か
己を指さした
本当に騎士にかしずかれているみたいで、こそばゆい。
「魔力の無い君を危ない目に合せてしまって、本当にごめん。俺がもっとしっかりしていればよかったと、何度も思ったよ。本来なら俺が君の助けになるべきだったのに、反対に君が持っていた
「私は何もしてないよ。それにさ、バルタザール」
摩李沙は彼の手をとり、立つようにお願いする。
「私にはかしこまらないで。偉い身分の人じゃないからさ。私もバルタザールにたくさん助けてもらったよ、こちらこそありがとうを言わなきゃいけないのに」
お礼の言葉に驚いていたバルタザールだったが、やがて目尻をゆるめた。優しい笑顔に摩李沙の頬が赤くなりかける。
そこへ、アレンダが口を開いた。
「バルタザールは、魔法省から連れ出したことにお礼を言ってくれたけどさ。もしかしたらこの件については、こっちの方から謝罪しないといけないかもしれない」
「……? どういうことですか?」
バルタザールはアレンダに向きなおる。
アレンダは眉根を寄せ、組んだ手の甲に己の
「僕もエミリアも、勿論父さんもなんだけど、こちらの都合で君に時間魔法を使えと命令するつもりもないし、君を魔法省に渡すつもりもない。今までも、これからも。ただこれは、君の意思を確認して決めたわけじゃない。完全にこちらの独断だ。そのことに対して、心の底から納得してくれるのかと思ってさ」
アレンダは眼鏡の位置をなおし、再び床を
「その、俺は」
「君が魔法省に正体を明かしたら、彼らだけでなく、魔法協会も出しゃばってきて協力すると思うよ。アルシノエのたった一人の息子で魔力も受け継いでいるとなると、確実にハエのように飛びつくだろうね。ただ、魔法省も魔法協会も君を自由には絶対させない。徹底的に世間から、王権からでさえも隠し、好奇心と真実の追及のため、君に魔法を行使させるだろう。でもその代わり彼らに協力すれば、望みをかなえられるかもしれないよ?」
「お兄ちゃん、何が言いたいの?」
たまりかねたエミリアが問う。
「あくまで予想だけどさ。魔法省と魔法協会に身をゆだねれば、もしかしたらバルタザールは、元いた過去に戻ることも可能かもしれない」
エミリアも摩李沙も、そしてバルタザールも一瞬息を止めた。
「まさか、本気でそう思ってるの?」
「我が家でかくまい続け、時間魔法を一切使わずに暮らすよりも可能性はあるだろうね。勘違いしないで欲しいけど、僕はバルタザールを追い出したいわけじゃないんだよ。ただこのことを知らせた上で、バルタザールにとっての未来でどう生きていくか、他でもないバルタザール自身が選ぶべきなんだ」
沈黙のとばりが降りた。
しばらく微動だにしなかったバルタザールは、うつむいたまま問う。
「アレンダさんは、魔法省が俺を手に入れたとして、時間魔法をどのように扱うと思いますか?」
「どうだろうねえ、君はどう思う?」
「残念ですが、最終的にはどこかで悪用されるか、そうでなくても研究の途中で〈嫌われた血族〉のような犠牲者が出ることしか考えつきません」
アレンダは、小さく何度も首肯した。
「確かに、それに近い結果を招きそうだね。たった一人の女性が大成させ、一代きりで失われた時間魔法はあまりにも魅力的だ。どれほどの犠牲を出したとしても、一定程度の
摩李沙はそこで、首をかしげる。
「あのー、聞いてもいいですか?」
「どうぞ、マリサちゃん」
三人の視線がいっせいにこちらを向いたので、摩李沙は反射的に咳ばらいをした。
「私は魔法が使えないので、詳しいことは何もわかりません。けど、時間魔法は恐れるだけじゃなく、良いことにも使えると思うんです。例えば……ずっと謎だった歴史の真実を、過去に戻って調べるとか。あとは病気にかかった患者の肉体時間を停止させて、その間に適切な治療方法を見つけるとか」
アレンダは、何度も頷きながら聞いてくれた。だが彼は最終的に嘆息する。
「マリサちゃん、魔法って結局は手段なんだよ。道具と同じさ。それを使って何を成すか、何をやるかは魔法使い次第なんだ。本人の能力の範囲内で好きなように使えるし、善にも悪にも、どちらへ傾いてもおかしくはない。そして時間魔法というものは、危うすぎる果実なんだ」
エミリアも大きく頷いた。
「今でさえ、魔法を犯罪に使う魔法使いもいるの。もしもどこかの悪党が、たとえ簡単なものでも時間魔法を使えるようになってしまったら、何をするか。例えば逃走中に時間魔法を使ったら、捕獲が今まで以上に難しくなる。大それた目標がある奴なら、歴史の改変だってしかねない。実現したら世界はめちゃくちゃになるわ。マリサの言う通り、悪いことばかりに使われるとは私も思わない。でも悪用された時の影響があまりにも未知数なの。私たちはそれが怖いのよ」
二人の深刻な物言いに、摩李沙は
魔法とはかっこよく、とても便利なものだと思っていたが、彼らはそれだけだとは考えていない。
力とは危ういもの。その魅力の前に、理性を保ち続ける者がどれだけいるか。どんなに便利な道具でも、使い方によっては不利益をもたらす。もしそれが取り返しのつかない過ちだったら、世界はどうなってしまうか――
考えすぎるほどに考えたからこそ、この一家はアルシノエの息子を守ると決めたのだ。
「時間は、流れゆくもの、止められないもの――」
ぽつり、とバルタザールがつぶやく。
「母さんは俺の覚えている限り、決して私利私欲のために時間魔法を使おうとはしてなかった。ただ、誰かを救えるものならば己の手で救いたいと願っていた。大それた願いだと言ってましたが、弟子達にも俺にも、とても優しい人でした」
バルタザールは、顔をあげた。
「母さんと二度と会えないこと、既に覚悟しています」
決意の宿る瞳で、再び片膝をつく。
「その上で、俺がレアルデス家にお世話になり続けてもいいのならば、俺はずっとお二人にお仕えしたいです。いけませんでしょうか?」
「そんな言い方しなくていいのに、バ……」
エミリアは言葉を切り、窓の方を見た。数瞬遅れて、アレンダもバルタザールも同じように外をうかがう。
摩李沙は、直後にバルタザールの叫び声を聞いた。
「マリサ!」
鼓膜をつんざく爆発音。屋敷中に響く衝撃と突風。
目をつむった摩李沙は誰かに抱き寄せられるまま、身を縮めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます