第21話 窮地と異変
目的は替え玉となった
(『魔法使いの血と引きかえだ』ってことは、特定の魔法使いに対するメッセージのはず。エミリアを誘拐しただけじゃ脅しにならないと思ったから、今度は私に狙いを定めたのかな)
摩李沙は、背中で守ってくれるバルタザールの姿を改めてみた。
雄々しいはずなのに、どこか
“エミリア”の方を改めて見る。赤の陣地の生徒達に離れるよう指示しながら、トアンがゆっくりと近づいていた。
一人の教師が叫ぶようにトアンの名を呼ぶが、構わずに問いかける。
「君は誰なんですか?」
「わかりませんか、先生? あなたが受け持っている生徒の一人ですけど?」
「該当する人物が二人もいるからこそ、誰だと聞いているんです」
「どうして私が偽物だと決めつけるんですか? 証拠も無いのにひどすぎません?」
摩李沙は意を決し、バルタザールよりさらに前に出る。
「マリ……エミリア!」
うっかり摩李沙の名を口にしかけたとなると、彼の動揺はかなりのものだ。
ならば、エミリアの替え玉を引き受けた摩李沙自身がしっかりしなければ。
(こうなったら、とことん嘘をつきとおすしかない! 私だって、元の世界に帰るために必死なんだから!)
やぶれかぶれで、“エミリア”に向かって指さす。
「さっきから何してくれてるの! こっちは大事な演習中なのよ。私はリーゼラと正々堂々勝負したいのに、あなたみたいな人が出てきたら邪魔でしかないわ。さっさとどこかへ行ってよ!」
“エミリア”は怒りのためか、かっと目を見開いた。注意深く様子を伺っていたトアンが、気おされたのか一歩後退する。
「そっくりそのまま返すわよ、偽物! あんたこそ消えるべきなのよ。バルタザールもお兄ちゃんも、屋敷の皆もどうやって騙したんだか。あんたの目的は何?」
「目的も何もないわ、私はエミリアなの! 私こそ、レアルデス家の血と名誉を受け継ぎ、守る立場なの! それで偽物さん、一体あなたは何がしたくてここに現れたわけ?」
激しい応酬に生徒達があっけにとられ、二人のエミリアを交互に見てはささやきあう。どうやら、どちらが本物なのか見当がつかないようだ。
ひとまずは誤魔化せた。ただ、摩李沙は大量の手汗をかいていた。
(ボロを出したら何もかも終わり。けれど、相手の考えていることを、少しでもつかめるきっかけになれば)
湿った両の手を、強く握りしめる。
ふと肩に手が置かれる。バルタザールだ。
彼の手にも力がこもっているので、お互いに緊張しているのがわかった。
「バルタザール」
「エミリアの手を
何もかも――そう小声で付け加えられて嫌な予感がした。
駆け出し、演習場を突き進むバルタザールは剣を抜いた。何事か唱え、風を発生させる。
「駄目! 待って!」
摩李沙が声をあげた直後、“エミリア”は向かってくる風の矢に向かって指さし、宙に留め霧散させた。数人の生徒が、魔力の反動にあおられ倒れる。
“エミリア”は次に、険しい視線をぶつけてくるバルタザールを指さした。
「バルタザール、あなたは孤児だったわね。父も母も知らない、名前だけがあなたの覚えている全てだった。私はあなたを拾い、それから良くしてあげた。なのにどうして、私を攻撃するの? 恩を忘れた? 一体、誰の血が流れているのかしら。それすらも忘れた? 時間のしわざかしら。アレさえ伝わっていれば、すべてがわかるはずなのに」
「何を……っ!」
さらに攻撃態勢になろうとしていたバルタザールは突然剣を取り落とし、膝をついた。片手で頭を押さえ、うめきはじめる。
「バルタザール!」
叫んだ摩李沙は自分の持ち場から走り出て、彼の元へ向かった。
思い返せばこれまで、幾度かバルタザールが辛そうにしている場面を目にした気がする。
摩李沙は並走してきたリックへ大声で問う。
「バルタザールって、頭痛持ちだっけ?」
「へ? いや、聞いた覚えはな……じゃなくて、ありません!」
(じゃあ今まで辛そうに見えてたのは、別の原因があるの?)
摩李沙は、うめくバルタザールの正面に回り込んだ。痛みに青ざめる少年は、背中を丸めたままか細い声でつぶやく。
「かあ、さ……」
「え、何?」
だがしっかり聞き取る前に、“エミリア”が出現させた炎の竜が迫ってくる。
摩李沙は魔法を使えない。それをわかった上での挑発だ。
「偽物は消えなさい。私の邪魔をしないで!」
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