第22話 炎の竜

 摩李沙まりさはバルタザールを守るように抱きしめ、かたく目をつむる。


 熱波が肌を焦がす勢いで迫ってくるのがわかった。しかし。


 リックが木々を密に生じさせる。柵のように並んだそれは竜を阻んだ。

 さらにリーゼラが、天まで昇る水の柱を作った。そこからしとしとと降る雨が、竜の体にまとわりつく。


 身をくねらせる竜を、どこからともなく突撃してきた別の炎の竜が一呑ひとのみにした。


 いきなりあらわれ跡形もなく消えた竜に、生徒達は声も出ない。

 だが教師達と魔法省の職員は、当たり前のようにうなずいた。


「さすがはアレンダ君。首席卒業者の実力は大したものだね」


 代表して感想を述べ、拍手を送るキールに向かい、アレンダは目をふせる。


「ただの見学者が出しゃばってしまい、申し訳ありません。妹が侮辱ぶじょくされたので、これは我が家への挑発に他ならないと思い手が出てしまいました。この学校の運営に介入するつもりはいっさいございません。今回ばかりはお許しください」


 謝罪の後、アレンダの目はたちまち険しくなる。


 すぐさま高く跳び上がり、赤の陣地の奥、偽物の“エミリア”がいた場所に降り立つが、そこに少女の姿はなかった。


闖入者ちんにゅうしゃはどうしたのですか?」

「消えました。面目ない。私としたことが手痛い失敗です」


 トアンは前髪が少し焦げており、自身の左腕を押さえていた。炎の竜が発生した近くにいたため、負傷を免れなかったようだ。

 アレンダは、ずれてもいない眼鏡の位置を指で直す。


「トアン先生、でしたね」

「よくご存じですね。レアルデス家の次期当主様とは初めてお会いします。以後お見知りおきを」

「僕は物覚えが良い方ではないので、そういった挨拶は父の帰国後にお願いいたします。それに今日は、魔法省の職員として見学に来ただけです。ただのヒラ職員なので、お気遣いなく」


 あっけにとられた様子のトアンだったが、やがて軽く礼をするとアレンダの横を通り過ぎ、近くにいる生徒達をなだめ始めた。

 そんな彼の背中を、アレンダは探るように見つめていた。








「大丈夫かバルタザール! エミリア様も!」


 リックは竜が消えてしばらくして、いち早く声をかけてくれた。


「ありがとう、私は何とか」


 バルタザールは気絶こそしていないものの、目を閉じて摩李沙にもたれかかったままだ。まだどこか痛むのか、息が荒い。


「あんな趣味の悪いイタズラされるなんて、あなたって敵が多過ぎよ。人望はないの?」


 何ともひどい言葉だが、リーゼラが心配してくれてることがよく伝わってきたので、摩李沙は素直に感謝した。


「本当にありがとう。水の柱、すごくきれいだったよ」

「はあ?! 褒めないでよ、気持ち悪いわね!」


 震えだしたリーゼラに向かって、リックがそっと尋ねる。


「お二人、やっぱり仲は良いんですか?」

「あんたは黙ってて! これは私たちの矜持きょうじの問題なの!」


 程よく緊張が解けたところで、キールの声が演習場に響いた。


「演習は緊急事態のため中止。今回は引き分けとします。各自教室へと戻ってください。怪我をした人はすぐに救護係に申し出てること。いいですね?」


 アレンダは生徒たちが撤収し始めても、“エミリア”の居た観覧席の近くから動くことはなかった。




  ◆◆




 摩李沙に怪我はなかった。そのためすぐ、別室へと呼び出される。


「あの偽物に、心当たりはある?」

「いえ。ありません」


 顔は覚えたが名前が思いだせない女性教師を目の前にし、摩李沙はヒヤヒヤしていた。


 ここは学年主任の部屋らしく、以前入ったトアンの研究室よりも広い。そこに戸惑う生徒一人と、深刻な雰囲気の教師数名。おまけになぜか、見学に来ているだけだった魔法省の職員までいる。

 しかし、アレンダの姿はそこになかった。


(まいったなあ。誰か一人くらい助けてくれたっていいのに)


 とにかく替え玉だとばれないように気をつけながら、当たり障りのないことを話していく。

 終わり間近になって、それまで黙っていたキールが誰にともなくたずねた。


「トアン先生はどこへ? 彼が最も偽物の近くにいたから、話を聞きたいのですが」


 答えたのはアダリリィだ。摩李沙は、余計な噂のことを思い出してしまった。


「トアン先生なら怪我をしたので、手当てを受けてます。その後になら話を聞けるかと」

「そうですか……なら仕方がないですね」

「重要なことですか? キール先生」

「いえ、僕の気のせいかもしれないので、彼に直接話をしますよ」


 キールが立ち上がると、それが合図だったかのように解散となった。


 摩李沙は早歩きでその場を後にする。


 人気のない廊下にたどり着き、周囲を確認してからため息をついた。

 実習そのものより、教師達からの質問攻めのほうが圧倒的にこたえた。

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