第20話 二人の女王
石つぶての落下が、時間が引き伸ばされたように遅くなって見え――祖母の形見が、またひとりでに震えた。
(おばあちゃん、このペンダントはどうして魔法に反応してるの?)
その疑問に誰も答えてはくれない。
そのかわり、
「エミリア!」
「わっ! 何だ?」
周辺が白一色に染まる中、摩李沙は感じていた。石つぶてが、ペンダントにひとつずつ吸い込まれていくのを。
(同じだ。アレンダさんが出した花もこうなってた。このペンダントは、誰かの魔法を勝手に吸収するんだ)
気つけば視界は元通りになり、皆の視線が自分に集中していた。
バルタザールに押さえつけられた赤の兵士が、愕然とつぶやく。
「なんでボールが割れてないのに、水が無くなってるの?」
「え?」
恐る恐る、頭上のボールに触れてみた。形は保っているが、軽くなっている気がする。
口を間抜けに開けたリックは、摩李沙を指さしていた。驚きのあまり、かしこまることを忘れたようだ。
「どうやったんだ、それ? ボールを割らずに色水だけを抜くなんて、俺の聞いた限り誰も成功させた試しがないはずだ」
さすがはレアルデス家のご令嬢、と小声で付け加える。
「え、えっと」
(私が知るわけないよ! おばあちゃんの形見が何かをしたみたいだけど!)
などと言えるはずもない摩李沙の前に、キールが現れる。いつの間にか、実習は中断されていたようだ。
「どういう状況か説明してくれる? ボールに細工するなとは明言されてないけど、これは先生方で審議が必要になるかもしれないことだよ」
「いや、わざとやったんじゃないんです」
無意識のうちに、片手で胸を押さえた。バルタザールがこちらへ一歩踏み出してくるが、首を横にふる。
(このペンダントの本当の持ち主は、私じゃない。なのに、どうして攻撃から守ってくれたの?)
キールの視線とレグルスのつぶらな瞳に耐えかねて、ペンダントを見せてしまおうか。そこまで思うほど追い詰められた摩李沙だったが。
誰かの声が、演習場に大きく響き渡った。
「おい、あそこにエミリアがもう一人いるぞ!」
男子生徒が指さした先は、赤の女王――つまりリーゼラの頭上あたり。
誰もいないはずの、観覧席。この演習場の四方に分かれて設置されている石段の、上から二段目。
赤みの交じった茶髪が、風にふわふわと揺れている。手にする
身につけているマントも、頭に乗っているティアラも、摩李沙がつけているものと同じだ。
摩李沙とそっくりな見た目の少女が、演習場全体を
「あれも作戦か? なんでエミリアの偽物なんか準備したんだよ? しかも登場する間が悪いぞ」
リックはクラウスに問うが、クラウスは即座に首をふる。
「少なくとも俺は聞いてない。なあ、誰の作戦なのか知ってる奴はいるか?」
赤の兵士役は次々に、何のことかわからないと口にする。
青の陣地も、動揺している生徒ばかりだ。
石つぶてを投げてきた女子生徒が、エミリアに尋ねる。
「あなたが考えたんじゃないの?」
「まさか、違うよ」
生徒が戸惑い、その空気を教師たちも感じ取り、ざわめきがうねった波のように広がっていく。
突如現れた“エミリア”は
「私が本物のエミリアよ。レアルデス家の血を受け継いだ、建国の功労者のれっきとした子孫。そこの女は、私に成り代わろうとした恥知らずの嘘つきよ!」
彼女が指さした先にいたのは、摩李沙。
生徒と教師と魔法省の職員と、すべての視線が突き刺さった。びく、と肩がすくむ。
そんな摩李沙の前に、剣を抜いたバルタザールが静かに立った。
「お前が誰かは知らないが、レアルデス家を
「あのねえバルタザール! あんたは私がわからないわけ? ふざけないで! 魔法の才能はあるくせに、変なところで鈍感なんだから。いつもそこを直してって言ってるじゃない。もう、同じこと何回も言うの飽きたんだからね!」
文句を言いながら“エミリア”は、その場で地団駄を踏む。
ややひるんだバルタザールの背中を見て、摩李沙は察した。
(本物のエミリアって、まさにあんな感じなんだ。でも)
後方に視線をやる。座ったままのアレンダは、突如現れた“エミリア”を無言で
(ということは、アレンダさんはエミリアがどこにいるかを、まだつかんでいないってことになるのかな)
それに本物のエミリアならば、こんな目立つパフォーマンスをする前に、真っ先にアレンダやバルタザールに会いに来るべきではないだろうか。家族に心配をかけたのだから、普通に考えたらそういう行動をとるだろう。
それがこうして皆を驚かせ、摩李沙を偽物だと糾弾している。つまりは。
(エミリアを誘拐した人が、あの偽物を準備したんだ)
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