第19話 実習開始
先手に打って出たのは、リーゼラ率いる赤の女王チームだ。
兵士の役割の生徒が三人――男子二人と女子一人だ――が、見上げる首が痛くなるほどの高さまで跳躍を見せ、一斉に何かを投げる。
石つぶてのようなそれはすべて、
空気を切り裂き迫るそれを
石つぶては炎に包まれたり水鉄砲で撃たれたり、あるいはツタで出来た網にからめとられて、殆どが地面に落ちることはなく消滅する。
「あの三人は陽動だ。他の兵に気をつけろ!」
大声をあげたバルタザールは、作り上げた風の球を剣先で突いた。
猛烈な勢いで飛び出した風は、宙にいた三人に次々と命中する。そのうち一人の頭に風が直撃し、ぱあんとボールのはじける音がした。直後に赤い液体が、花火のように四方に舞う。
直撃した生徒は気を失ったのか、落下してきた。キールが、オオカミ化したレグルスの背で受け止めさせる。
「あれ、まさか血じゃないよね?」
最初はバルタザールの魔法に見とれていた摩李沙だが、おそるおそる失格になった生徒を指さした。
「本物みたいに見えるよね。不正がないように、ボールに入ってる色水は特別なもので出来てるんだ。顔や服にかかったら、どんなことをしても丸一日は取れないよ」
みんなそれで苦労してるんだ、と彼はぼやいた。
「そうなんだ。それとさ、今回は空を飛んじゃ駄目なんだよね? あんなことしていいの?」
「あれは飛翔じゃなくて、跳躍だからいいんだよ」
「……ややこしいね」
と小声で会話する二人だったが、実習はその間にも順調に進んでいた。
青の女王の陣営は、摩李沙からみて右手側――いわゆる右翼側に配置された生徒が中心になり、攻めることになっている。兵士役は二人一組となり、一人が援護、もう一人が敵の攻撃に徹するのだ。
前線にいた生徒が炎で
しかしリーゼラに迫る直前で、
「さすがリーゼラ。落ち着いているな」
バルタザールは小声で敵をたたえると、摩李沙の手をとった。
「絶対に、俺のそばを離れるな。ちゃんと守るから」
さらに強く握りしめられ、赤面しかける。
しかし摩李沙は違和感を覚えた。
その言葉が、やけに切羽詰まったように思えたのだ。
(確かに怪我する可能性はあるけど、単なる実習なのに深刻すぎるような……何だかバルタザール、苦しそう)
苦渋の浮かぶ横顔に気をとられていたら。
「後ろだ!」
側近の一人が叫んで倒れ、青い色水が花ふぶきのように地面に散る。
何と観覧席の方から、赤の兵士が二人現れたのだ。
「またこのテを使いやがったな!」
毒づいたリックは先ほどのようにツタで網を作り、摩李沙の近くへ投げる。兵士が一人網にかかり、リックは彼のボールを足で踏みつけた。
「やってくれたなリック」
よく見ると相手はクラウスだ。失格になったというのに、どこか楽しそうである。
「お前らときたら、二回もルールの裏をかくんじゃねえよ!」
バルタザールは、もう一人の兵士と剣を交えていた。
摩李沙はこんな状況だというのに、彼は魔法だけでなく剣でも戦えるんだ、と感心する。
きぃん、と刃のこすれる音が響く中、バルタザールも相手に怒りをぶつけていた。
「前回の実習の時、演習場の観覧席を使うなって先生達に怒られてただろ!」
「あいにくだな。確かに怒られたけど『もう二度とやるな』とは言われてないし、今回のルールにも明言はされてなかった!」
「こんな卑怯な手を使うな!」
「何回も引っかかる方が悪いんだよ!」
一度離れた二人は、間合いを取りながら互いに剣先を向ける。リックは遠慮がちに摩李沙へ近づき、他に敵がいないか周囲をしつこく確認した。
兵士役の生徒は、作戦の関係上すぐに戻ってこれない。ボールが割れてない側近役はまだ二人いるが、クラウスの放った魔法で体のあちこちが凍っておりしばらく動けなさそうだ。
「お守りしますよ、女王様」
(いや、私は女王じゃないよ。これは単なる役だよ)
と言おうかと思ったが、話しかけるとリックが余計に緊張しそうなので黙っておいた。
埒があかないと思ったのか、バルタザールは手のひらで風の球を作り上げる。相手の兵は、何もないところから短剣を出した。互いに動きを読みあい、出方を伺う。おそらく次の瞬間、勝敗が決まる。
敵陣の狙いは自分であることも忘れ、摩李沙は固唾を飲んで見守った。
相手が短剣を投げたのとほぼ同時に、バルタザールが風を放つ。
バルタザールは短剣を剣ではじき、相手の兵士は――風の魔法を剣で受け止めるものの、勢いに耐えられずに押され、体が宙を舞う。
乗り切った――と思いきや。
「青の女王、覚悟!」
飛んでいった兵士と入れ替わるように、別の兵士が現れたのだ。
先陣を切った兵の一人だ。再び空高く飛んだ少女は、先ほどの倍の量の石つぶてを生み出し、摩李沙めがけて降らせる。
残像が見える勢いで迫りくる石つぶては、バルタザールやリックの魔法で殆どが虚しく地に落ちた。しかし攻撃を逃れた数個が、摩李沙の頭上に迫った。
「頭をかかえてしゃがむんだ!」
駆けてくるバルタザールの声が、どこか遠くで響いた。
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