第28話 息子と弟子
しばしの間が空き、エミリアと
「えっ? 嘘でしょ?!」
「じゃあこの人も、タイムスリ……未来に来ちゃったの?」
少女たちの反応を冷ややかに受け止め、トアンは立ち上がる。結んでいたままの髪をほどくと、教え子にするかのような優しい笑みをバルタザールに向けた。
「アルシノエが愛用していた
重ねて言おうとしたバルタザールは突然、何の前触れもなく突っ伏し苦しみだした。
「バルタザール!」
駆け寄ろうとした摩李沙だが、首から下げたペンダントが震え、すんでのところで魔方陣から出ずに済んだ。
服の上から石に手を添えた摩李沙は、息をんだ。熱をはらみ、細かく震えているのだ。
(どうしてこうなってるの? 私は何をすればいいの?)
片膝をついたトアンは眉ひとつ動かさず、うめくバルタザールの後頭部に指を添えた。
「息子は、母には及ばない。これが代償なのですね」
「ちょっと、どういうことか説明しなさいよ!」
摩李沙の隣に立ったエミリアに、トアンはゆっくりと視線を移した。
バルタザールは苦しげにうめいたままで、首筋には大きな玉の汗がいくつも浮かんでいる。
「あなたがバルタザールを拾う前、彼は私の元にいたのです」
「……え?」
「
エミリアは首を振った。
「そんな話、聞いたことない。だってバルタザールは、見つけた時から記憶を失っていたもの」
エミリアは自らの言葉に
「そう、彼の時間魔法の代償は、記憶を失うこと。これはアルシノエにはなかった特徴なので、彼独自のものでしょう。だからこそ、学校で私の顔を見ても特に反応を示さなかった。そうですね?」
痛みが去ったのか、バルタザールは荒い呼吸が収まらないまま、ようやっと身体を起こした。
「だけど一度記憶を失っても、そのままでいるわけではない。これといった規則性もなく、突然
「あんたほどじゃないよ、先生」
トアンは、ぴくりと片方の眉を上げた。
「口の利き方がなっていませんね。エミリアさんと似ている。君のお母様は、お上品なところがありましたが」
「俺のことを、勝手にぺらぺらしゃべってくれたけど、こっちもいろいろと思い出したよ」
バルタザールは、静かに問うた。
「先生は〈嫌われた血族〉なんだな? だからこそ、母さんの弟子になったんだ」
トアンは硬い表情のまま、バルタザールを見ていた。
どこか遠くから、誰かが駆けてくる音がした。
「遅かったですね、キール先生」
トアンは振り返らずに言う。暗闇から、レグルスにまたがったキールが姿を現した。
「あなたについて、少々調べさせていただきました。ついでにお知らせすると、アダリリィ先生はこちらへは来ませんよ。今頃魔法省へ連行されているはずです」
トアンは動揺も見せずに笑う。
「どうして、彼女が私とつながっているとわかったんですか?」
「俗な話で申し訳ないですが、あなたとアダリリィ先生が校内で
着地したキールは、レグルスを従えてこちらにやってくる。
「残念でしたか? 仲間からの救援がなくて」
トアンは
「彼女に限らず、私は彼らにとって崇める対象らしいので、仲間というより下僕という表現が合ってますが」
油断なくトアンを見ていたキールだが、突然目を丸くした。
「あれ、エミリアさんが二人? あ、左が本物なんだね」
キールはレグルスから教えてもらったらしい。レグルスは、鼻を鳴らして肯定した。
「え? 先生わかるんですか?」
エミリアが問うとキールは一瞬言葉につまり、盛大に視線をずらした。
「ほら、その。レグルスは一度、右のエミリアさんの胸を嗅いだよね? ま、そういうことなんだって」
摩李沙の頬は、徐々に熱くなっていった。すかざすエミリアが、摩李沙の手を取って力説する。
「落ち込まないで。大きさは私と同じくらいよ。普通よ、小さくないわ」
「そういうことじゃない!」
バルタザールは戦々恐々と、トアンは憐れむような視線で、二人の少女を見ている。摩李沙は叫んだ。
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