第29話 〈女神に嫌われた血族〉

「ちょっと、こっち見ないで!」

「そうよ! 女の良さは胸の大きさで決まるもんじゃないのよ! それをわからない男がこの世には多すぎなのよ!」


 エミリアの言葉の力強さに、摩李沙まりさの羞恥心や怒りはすっかりしぼんでしまった。破天荒すぎるこの令嬢に、ただただあっけにとられるしかない。


「いや、私が言いたいのはそういうことじゃなくて……」

「めげないで、大丈夫!」


 と言いながら、エミリアは片腕を回して摩李沙を抱きしめた。なすがままにされる摩李沙だったが、何かが納得いかない。


「あのね、エミリア」

「これね、キール先生が言いたかったのは」


 耳元でささやかれた声に、ハッとする。


 もう片方の手――トアンやバルタザールからは見えていないほうの手で、エミリアは摩李沙の胸の上に手をかざしていた。

 そこは過たず、ペンダントの下がったところだ。


「これが、どういうものかわかるの?」

「いいえ。でも魔力が溜まっているわね。これは何?」

「私のおばあちゃんの形見なの。ただのペンダントのはずなんだけど」

「妙ね。これだけ魔力を秘めているなら、魔力のないあなたには制御できないんじゃないかしら、普通だったら」

「え?」

「どうやら、あなたも知らない秘密があるみたいね」


 少女たちがヒソヒソやりとりしている間に、キールとトアンは静かに視線をぶつけあっていた。


「傷心の女の子たちはそっとしておきましょう。シャルク・トアン先生――あるいはゲトリクス・トアンとお呼びした方がいいですか?」


 トアンは芝居ががった調子で、両肩をすくめた。


「さすが魔法省から派遣されてきただけある。もっとも、ゲトリクスも偽名なんですが」

「そうだろうと思いました。トアン先生、あなたは魔法学校で働くにあたり、教職に就くものは自らの魔法の特性について申告する義務があるのはご存じのはずですよね? だというのに、触れた相手が魔力を有するかすぐわかる能力と、〈嫌われた血族〉であることを学校側に伝えてませんね。おまけに魔法省へも未申告じゃないですか」


 トアンの眉間のしわが、不快感のために濃くなる。


「キール先生の特性は隠しようがないですが、私はそうではありませんんので」


 キールは、低くうなり続けているレグルスのあごをあやすように撫でる。


「確かに僕は、子供の肉体のまま成長するという身体なので、ごまかしようがない。けれどあなたはそうではない、と。ですが」


 キールは後ろ手に手を組み、レグルスをその場に待機させ、数歩トアンへと歩み寄った。


「あなたはあなたで、僕とは違う面倒な特性があるのでしょう。でなければ、名前をいくつも使ってあちこち渡り歩く必要はない。どこかの時点で、どうしても〈嫌われた血族〉とばれてしまう瞬間がある。あなたはきっと、老いて若返るを何度となく繰り返している人、なんですね?」


 トアンは、つまらなそうにほの暗い天井を見上げた。


「老人から若者に戻り、死に向かえない人間が、果たして人間と言えるのでしょうかね。本当にこの肉体は、おぞましいし下らない。なのに崇める馬鹿どももいるんです。醜さを通り越して滑稽ですらある。だから私は、アルシノエに期待していたというのに」


 キールは最大限に目を見開いた。


「まさか、あの稀代きだいの到達者を知っているのですか?」

「はっ、そんなに驚いてくれるとは。ええ、私は彼女の弟子の一人でしたよ? その時は、シャルクともゲトリクスとも違う名前でしたけど」


 キールの目が細まる。そこには鋭い光が宿っていた。


「その話が本当ならば、あなたは様々な意味で拘束すべき人間です。生徒の誘拐、という時点でもう言い逃れはできませんが、届出のない〈嫌われた血族〉であること、稀代きだいの到達者の生前を知っていること。特に後者のもつ意味は、あまりにも大きすぎる」


 トアンは、あたりに響くほどに嘲笑した。


「あなたは知らない。私なぞより魔法省が、いや、この世のすべての魔法使いが、何が何でも手中に収めたい存在がいることを」


 そして、近くににいるはずのバルタザールに目をやったが――

 そこには誰もいなかった。




  ◆◆




 キールとトアンが会話する中、バルタザールは少しずつ後ろへと下がり摩李沙達の元に来た。

 魔方陣の壁に触れないギリギリのところで、話しかける。


「大丈夫か? 二人とも」

「馬鹿、自分の心配を先にしなさいよ。こんなに怪我して」


 エミリアの言葉遣いは荒いが、目元が赤い。バルタザールは、そんな彼女を見て安堵したようだ。


「よかった、エミリアが元気そうで。俺のせいでこんなことになって、本当にごめん」

「違うわよ。私の油断と実力不足。私が華麗にあいつらと先生をとっちめていたら、こんなことにはならなかったのに」


 頬を膨らますエミリアに、摩李沙はこんな状況だというのにクスッと笑ってしまった。


「マリ……君も、大丈夫かい?」

「うん。ねえバルタザール。私の名前、呼んでもいいよ? もうエミリアのふりをする必要はないものね?」

「あ、ああ、そうだね、マリサ」

「あなた、マリサっていうのね。こんなことに巻き込んで、本当にごめんなさい」


 うなだれるエミリアに、優しい面もあるのだとしみじみ思う。それで口の悪さを帳消しには出来ないが。

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