第38話 魔女が残した魔法具
「さっきから好き放題言ってくれますね」
トアンの手には黒の球があった。そこから現れたのは、灰色の大蛇。
それだけで息があがっているが、バルタザールひとりを相手にするくらいなら問題ないと判断したのだろう。
「永遠に黙りなさい、バルタザール。それが、母親と再会できる唯一の方法です」
うずくまった少年を
「俺はまだ、くたばるわけにはいかない!」
起き上がったバルタザールは、すんでのところで剣を抜き風を発生させた。
「渦巻け!」
片手で
そんな中で
目を凝らしてみると、二人分の魔法を着々と吸い上げているためか、淡く明滅していた。
(バルタザールがこれを使えば、トアン先生を止められるかもしれない。けど、どうやって渡せばいいの?)
渦に弾かれた蛇が、声なき
そうでなくても、ふとした拍子にトアンがまた石を取り上げる可能性がある。
(どうしたらいいの。どうしたら?)
焦るだけで、良い案が思い浮かばない。
突然どんっ、と鈍い音がする。バルタザールが魔力の競り合いに負け、弾き飛ばされたのだ。
うめくバルタザールは、取り落とした剣に何とか手を伸ばそうとするが、トアンが足で払いのける。
「バルタザール!」
摩李沙は叫ぶが、トアンが無情にも蛇をけしかけようとしていた。
「だめ! バルタザール!」
喉が割けるほど声を張り上げた摩李沙は、突然気づく。耳元で揺れる、イヤリングの存在を。
慌ててそれを外し、石に近づける。
二つは共鳴しあうように、同じタイミングで光の明滅を繰り返した。
水色のイヤリングを見ていると、脳裏にアルシノエの姿がよみがえった。
どうか、あの子をお願いね――そう願った若き母に突き動かされるように、摩李沙は直感で動いた。
千切れたチェーンで石とイヤリングをぐるぐる巻きにし、二つが決して離れないようにする。
震える体に鞭打って、再び名を呼んだ。
「バルタザール! 受け取って!」
『しつこいですね、偽物のくせに!』
イヤリングを外したせいで、トアンが何を言っているのか全くわからない。
それでも、トアンがこちらの四方を黒のもやで囲む前に、大きく腕を振り上げて石を投げる。
(頼む! 届いて!)
だが願い虚しく、石は期待したほど高く飛ぶことはなかった。岩肌に当たってコロコロと転がったそれを見て、摩李沙は愕然とする。
さらに腰の高さまでせまる灰色の塊が、摩李沙の自由を阻んだ。
『しばらく大人しくしてなさい。すぐにこちらは済みますから』
バルタザールは地面に這いつくばったまま、トアンを
「バルタザール!」
摩李沙がまた名を呼んだ直後、彼は驚いたように片耳に手を当てた。イヤリングをつけている左耳を。
摩李沙が投げた石が、まるで誰かが引っ張り上げているかのように、徐々に上へ上へと昇っていく。
それを見て摩李沙は思った。
(あのイヤリングも、アルシノエがバルタザールにつくってあげたものなのかな。バルタザールはそのへんの記憶はないかもしれないけど、そうに違いないよね)
辺りの灯が風もないのに揺れた。一斉に、右へ左へと。
『何だ? 何が起きてる?!』
叫ぶトアンの隙を突くかのように、石は一気に上昇して、バルタザールの近くへ着地した。
摩李沙は、彼の唇が『母さん?』とつぶやいたように見えた。
『アルシノエ……もう生きているはずのないあなたは、どこまで息子に甘いんだ!』
叫んだトアンは石を奪おうとしたが、バルタザールはしっかりとそれを握りしめる。
少年が手にした瞬間、石は再び白い光を放った。
トアンはまた弾き飛ばされる。
ひとつ咳き込んで血を吐いた彼は、立ち上がる気力はないようだった。
バルタザールは摩李沙の方を見てうなずく。自らのイヤリングを外し、両手で母の残した装飾品を包むように持った。
『終わりにしましょう、トアン先生』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます