第16話 不可解なペンダント

(今更だけど、こんなので替え玉って言えるのかなあ)


 数日学校には通ったが、もしかしたらすでに怪しまれているかもしれない。そういえば昨日、クラウスがバルタザールに「片方しかイヤリングつけてないけど、無くしたのか?」と聞いていた。その時摩李沙まりさは、反射的に髪の上から耳を押さえてしまったのだ。クラウスが怪訝な表情でこちらを見たのを、はっきりと覚えている。


 家族でも太鼓判を押すほど、摩李沙とエミリアが似ているのはひとつ僥倖ぎょうこうだが、いつまでごまかせるだろうか。


「一度休もうか?」


 バルタザールの優しい問いかけにも、沈黙で返してしまう。


「マリサちゃん、ちょっと、じゃなくてだいぶ驚いたみたいだね」

「アレンダさん」


 バルタザールの声には呆れが交じっている。


「俺達は、普段は人間の前では極力魔法を見せないようにしてるじゃないですか。彼女がこんな反応になるのはある意味当然ですよ」


 摩李沙はゆるりと顔をあげた。


「私みたいに驚く人、多いの?」


 これに答えたのは、アレンダだ。


「初めて魔法を見る人間は、どんな種類の魔法を見るかによって僕たちへの印象が変わっちゃうんだよね。さっき僕がやったような攻撃的なものだとすごく怖がられちゃうし、反対に愉快なものだと感動してくれるんだ」


 自然と、アレンダをじっとりにらんでしまう。


「だったら私にも、感動できるような魔法を見せてほしかったです」


 バルタザールが即座に相槌をうつ。

 アレンダは気まずそうに頭をかいた。


「ごめんごめん。じゃあ、これはどう?」


 アレンダが、片手を空に向かって斜めに振り上げる。その手の指さす先から花がほろほろとこぼれ、宙を舞った。


 いくつもの薔薇と鈴蘭だった。赤と黄色の薔薇、それに純白の鈴蘭が、シャボン玉のように空を漂っている。


「す、すごい」


 摩李沙は立ちあがり、感嘆の声を漏らした。合成映像でもない、本当に本物の花なのだ。


 赤い薔薇が近くまできたので、香りに誘われるように指先でそっとつついた。そのとたん、薔薇は消える。


「あれ?」

「魔法で出したものだから、触りにくいかもね。こうするんだよ」


 隣にいたバルタザールが手を広げる。そこから生まれた風が近くの鈴蘭を引き寄せ、彼の手中に収まった。

 手のひらの上で浮かぶ鈴蘭は、ほんのりと光っている。他の花もよく見ると、各々が輝いていた。


「アレンダさんって、本当にいろんなことができるんだ」

「これは植物の魔法と光魔法を合わせたものなんだ。アレンダさんは余興のために、これを覚えたらしい」


 余興ということは、勤め先等で披露するためのものだろうか。


 ぼんやりと、少年の手元を見ていた摩李沙だが。

 ふいに胸のあたりに違和感を覚える。


(ん?)


 手を当ててすぐに、首からかけたペンダントがひとりでに細かく震えているのだと気づく。


(おばあちゃん……もしかして、私に何か言いたいのかな?)


 異世界に来てしまった孫を、空の上で心配してくれているのだろうか――そんな感傷にひたっていたものだから、赤い薔薇が三つ、異様な速さでこちらに向かっていることに反応できなかった。


「ん……? マリサちゃん、よけて!」


 アレンダのとっさの叫びが届いた時は、薔薇が三つ、胸に吸い込まれた直後だった。


「きゃあっ」


 どんっ、と質量のあるものがぶつかった感覚が全身を揺らす。そのまま倒れそうになるが、バルタザールが受け止めてくれたおかげで背中を打たずにすんだ。


「大丈夫か!」

「う、うん」


 駆け寄ってきたアレンダは、珍しく狼狽していた。


「ごめん、こんな事故がおこるなんて。最近失敗ばかりだなあ……いやそんなことより、怪我はないかい?」


 再び胸を押さえてみるが、至って平気だ。


「はい。何とか大丈夫です」


 が、まだペンダントが震えていることに気づく。チェーンをひっぱって取り出そうとしたら、白い石が一瞬、赤い光で包まれているように見えた。


(あれ?)


 そのまま服の外に出し、改めて光に透かしてみる。いつもどおりのつるっとした、乳白色の丸い石だ。


「マリサちゃん、それは?」


 尋ねてきたアレンダに説明する。


「おばあちゃんの形見です。ずっと持っていなさいって言われてたので、いつも首から下げていて……バルタザール?」


 話の途中でバルタザールが突然摩李沙の手ごとつかみ、ペンダントを食い入るように確認し始めた。


 両の瞳は、明らかに動揺でゆらいでいる。

 アレンダと摩李沙は、困惑してお互い目を合わせた。


「どうしたの、バルタザール?」


 彼の手に自分の手をそっと重ねる。そのぬくもりに、バルタザールは我に返ったようだ。あわてて手をひっこめる。


「いや、その。この石に、魔法の気配を感じたと思ったんだ」


 アレンダは石をあらゆる角度から熱心に見つめたが、やがて首をふる。


「僕には何も感じないよ。それはただの石だ」

「そ、そうですよね。変なこと言ってすみません」


 バルタザールは消え入るように謝った後、うつむいて心をどこかに置いてきてしまったかのように動かない。そんな彼を、アレンダはやるせなさそうに見つめていた。


(バルタザール、アレンダさんはあなたから直接、話を聞きたいんだと思うよ)


 だがこちらの心配も配慮も、きっと届いていないだろう。

 やがてアレンダが、明るい調子で言い放った。


「ごめんよマリサちゃん。とにかく怪我が無さそうでよかった。次はどうしようかな、高く跳ね上がる魔法でも見るかい?」


 何となく話にのった方が良いと感じた摩李沙は、苦しそうな表情のバルタザールを視界に入れながらも、「お願いします」と返事した。

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