第15話 祖母の形見
◆◆
幼い頃の
子どもが喜ぶおもちゃはなかったが、
黙々と砂の山や団子を作っては、祖母に披露してみせた。
「上手にできたわね」
ロマンスグレーの髪が印象的な祖母は、いつも優しかった。
そんな祖母が困惑した顔をしている時が、一度だけあった。
いつものように祖母の家へ到着した摩李沙は何気なく――本当に何気なく、普段は足を踏み入れない奥へと向かった。
床の間には水墨画の掛け軸があり、数体の日本人形が目につく。他の物には目もくれず、一直線に古めかしい鏡台へ向かった。
迷うことなくひとつの引き出しをあける。そこにあったのは、布につつまれていた何かだ。
この時の摩李沙は、悪いことをしている自覚はなかった。祖母の私物を許可なく触っているというのに、後ろめたさなど一切なかったのだ。
布の中から現れたのは、白い石のペンダント。直径三センチ程の球体で、やわらかな乳白色。それを囲うようにして金属の
摩李沙はほう、と見とれた。単純に、きれいなペンダントだと思った。
「何をしてるの?」
現れた祖母は、摩李沙が手にしているものを見たとたん固まる。
さすがに叱られるかと肩をすくめたが、祖母は戸惑った様子で聞いてきた。
「そのペンダント、どうやって見つけたの?」
「勝手にさわってごめんなさい。でもきれいだよね、これ」
布ごと掲げ、蛍光灯の明りに透かしてみる。そうすると石は白一色だけではなく、半透明な部分やベージュに近い色味を帯びた部分もあるとわかった。
「摩李沙、それはね」
「おばあちゃん、これ欲しい。ダメかな?」
祖母は、先ほど以上にびっくりした様子だった。
「摩李沙は、これに何か感じる?」
「え?」
改めてまじまじと見るが、保育園児の摩李沙にとっては宝物としか思えない。
「きれいだなって思う。これ、おばあちゃんの大切なもの?」
もしそうだとしたら、もう少し綺麗にしまっておいてもよさそうなものだが。布でくるみ、普段使ってない鏡台の引き出しに押し込むなんて、もったいない。
祖母はしばらく、目をつむって黙っていた。再び顔をあげると、摩李沙に座るようにうながす。
向き合った祖母は、しっかりと孫の瞳を見据えた。
「このペンダントは、おばあちゃんのものじゃないの。人から、預かっているものなんだよ」
「別の人が、このペンダントの持ち主?」
「そう。おばあちゃんは、いつかその人にペンダントを返すために、ずっと引き出しにしまっていたんだけど。摩李沙が今日見つけたのなら、摩李沙が預かっていた方がいいのかもね」
祖母は時々、不思議なことを言う人だった。道を一人で歩いている人の後ろに昔の恋人がいるだの、公園に
今話していることもその一環なのだろうかと、摩李沙は思う。
「でも私は、持ち主の人を知らないよ。なのに、このペンダントを持っていても大丈夫なの?」
「うん。きっとその人と会ったら、返してほしいって言われるよ。おばあちゃんはそう思う」
断言されて、ならばそういうものなのかとすんなり受け入れた。
「わかった。じゃあそれまで、私がこれを持っているね!」
大切なものがひとつ増えた。無邪気に喜ぶ孫に、祖母はひとつ釘をさす。
「摩李沙、おばあちゃんと約束してちょうだい。今日からそのペンダントを、ずっと肌身離さず持っていること。首にかけるかポケットに入れておきなさい。眠る時も、すぐそばに置いておいてね」
「どうして?」
「持ち主の人に、いつ会うかわからないでしょ? だからいつも持っておきなさい」
おばあちゃんとの約束だよと言って、指切りをした。
不思議なペンダントについて話したのは、その時だけだ。
数年後祖母は病気により、この世の人ではなくなってしまったから。
◆◆
竜の形をした炎が、眼前に迫る。熱風が体中に叩きつけられ、摩李沙はその場で腰を抜かした。
さらに竜は駄目押しとばかりに巨大な口を開け、これでもかと摩李沙を
「ぎゃーっ!」
情けない悲鳴を上げたところで、竜に数本の風の矢が刺さった。炎の竜は痛みにもだえ、低い
震えの収まらない背を、バルタザールがとんとん、と叩いてくれた。
「アレンダさん、やっぱり荒療治すぎますよ」
「そうかあ。実習よりド派手な魔法を見ておけば、いざという時慌てなくて済むと思ったんだけどなー」
三人がいるのはレアルデス家の中庭だ。摩李沙が想像していたよりもはるかに広い。高校の体育館が二棟はおさまりそうだ。
アレンダの急な提案により学校を休んだ摩李沙とバルタザールは、摩李沙を魔法に慣らすための特訓を始めた。
最初、ソフィー以外の屋敷の使用人達に姿を見られるのではと危惧したが、その辺りは既に根回し済みだった。今日はアレンダが魔法の研究に没頭したいという理由で、皆に休暇を出したらしい。
「さっきの竜、きれいでしょ? 造形は僕の好みでいろいろといじったんだけど、あれを出すと悪い奴らは大抵大人しくしてくれるんだよ」
(私は悪い奴と同じ扱いってこと?!)
内心でツッコミは出来るが、立ちあがる気になれない。
どうにも足に力が入らないのが情けなく、両膝を抱えてそこに顔をうずめた。
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