第14話 彼は嘘をついている

「現代においてはかなりめずらしいよ。アレンダさんみたいな魔法使いは」


 かちゃり、と遠慮がちに扉が開いた。入ってきたのはソフィーと、もうひとり。


「アレンダ様、堂々となさってください。次期当主ともあろうお方が、侍女ごときの背に隠れて何をなさりたいのですか?」


 ソフィーの背から顔を出したアレンダは、水をやり忘れた花のようにしおれている。


「だって、冷静になってから二人に嫌われたかと考えたら、もう悲しくて悲しくて……うう」

「何があったかは存じませんが、私はマリサさんのお食事の後片付けをするだけです」


 皿をワゴンに乗せて回収する侍女と、部屋に数歩入ったところでもじもじしている次期当主。

 摩李沙まりさもそしてバルタザールも、彼をどう扱ったらいいものかわからなかった。


 ソフィーが退出した後。床に沈み込みそうなアレンダへ、バルタザールは再び膝を折った。


「バルタザール?」

「俺は、俺の出来ることをします。マリサも守って、エミリアを必ず助けます。アレンダさん、先ほどの無礼をどうかびさせてください」

「ぼ、僕の方こそごめんっ!」


 突如アレンダは少年を抱きしめた。


「わぁっ?!」

「君も、元は孤児であっても僕の大事な弟さ。弟に無茶を言ってるのは承知してる。でも、エミリアのために協力してほしいんだ」


 バルタザールは感極まったようにまぶたを閉じる。


「もったいないお言葉です。必ず、全力を尽くします」


 仲違いは、どうやら解消されたようだ。二人は部屋を出ていこうとしたが、摩李沙はアレンダだけを呼び止めた。


「八大賢人について、聞きたいことがあるんですけど」

「うん、いいよ」


 バルタザールが扉の向こうに消え足音がしなくなってから、摩李沙は慎重に口を開く。


「すみません。気づいたことがあって。きっとアレンダさんもわかってると思うんですけど」

「なるほどね。何が聞きたいのかな?」


 アレンダはもう、ショックから立ち直ったようだ。やたらと切り替えが早いなあと摩李沙は思う。


「前に、エミリアが誘拐された時の状況を、説明してくれましたよね? いつもならバルタザールと二人で帰るはずなのに、たまたま一人で帰っていた。そして犯人からの伝言が書かれた紙を、バルタザールはこの家の前で見つけた……この情報、全部バルタザールから聞いたんですよね?」

「そうだね」

「ということは、エミリアが誘拐された時のことを証言してるのは、彼一人だけなんですね」


 アレンダはすぐに答えず、指先で眼鏡の位置を直し口に笑みをいた。


(やっぱり気づいていたんだ)


「もしかしたらバルタザールは、嘘をついているんじゃないんですか?」

「なかなかするどいね。見直したよ」


 そう、バルタザールの言っていることを整理すれば。

 エミリアは、あの日一人で下校していた。

 バルタザールはエミリアを追いかけていたが会うことはなく、代わりに例の伝言を見つけた。


「僕もいろいろ調べたんだ。あの時、エミリアやバルタザールを目撃した人は見つからなかった。人通りの少ないとは言えない時間帯なのに。つまりバルタザールは、エミリアの誘拐を唯一証言できる人物なんだ。彼の気持ちひとつで、好きなようにね」


 摩李沙は息が止まりそうになる。


「まさか、誘拐騒動を起こしたのは……」


 途中まで言いかけたが、アレンダが人差し指を自らの唇の前に立てたので、口をつぐんだ。


「そういう単純な話じゃないだろうね。バルタザールは犯人じゃないよ」

「どうして断言できるんですか?」


 アレンダはなぜか扉の方を伺ったが、すぐ摩李沙に向きなおる。


「君の考えたとおり、バルタザールは嘘をついているかもしれない。でもそれは犯人だからじゃなくて、何かを隠しているからだ。僕にさえ打ち明けるのが難しい、何かをね。根拠はないけどそう思っているよ」


 裏切りをつゆほども疑っていない、確信に満ちた言葉だ。


「僕だけじゃなくエミリアも、あの子を信頼しているからね」


 だから心配しないでと言いながら、アレンダは摩李沙の頭を撫で、片目をぱちんと閉じてみせた。






(アレンダさん……)


 盗み聞きの最中だということも忘れ、バルタザールは廊下に腰を落とした。


 窓からは淡い月明かりが降ってくる。

 震えそうになる体を、強く抱きしめこらえる。

 ここで泣くわけにはいかないのだ。

 歯を食いしばり、嫌でも察した。

 その時は容赦なく近づいている。


(絶対に、皆を守ってみせます。俺自身と引きかえにしても)


 風に揺れる木が、ほこりひとつない廊下に長い影を落としていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る