替え玉お嬢様は魔法がつかえない

永杜光理

序章

第1話 初めての魔法学校

「あらエミリア、ずいぶん長く休んでたわね。六日も学校に来ないなんて一体どうしたの? まさか小テストで私に負けたのが悔しかった、なんてことはないわよね?」


 摩李沙まりさは声をかけられているのが自分だと気づき、不自然にならないよう立ち止まった。初めての校舎、初めて見る生徒達におどおどしている場合ではない。


 今の摩李沙は摩李沙ではなく、エミリアという少女なのだから。

 まごついていると、隣のバルタザールがひじでつついてきた。


「ここは俺がごまかしておくから」


 彼は後ろを向く。片耳につけた水色のイヤリングが、陽の光を反射して輝いた。一歩踏み出し、摩李沙を守るように腕でさえぎってくれる。


「リーゼラ、エミリアはまだ風邪がちゃんと治ってないんだ。長い話になるなら勘弁してくれ」


 摩李沙はそっと、リーゼラと取り巻きの少女たちをうかがった。

 波うつ金髪が、背の中ほどまで伸びた美少女がリーゼラだ。丸くて大きな瞳から、それなりに負けん気があることが伝わってくる。


「あなたに聞いてないわ、バルタザール。私はそこのお嬢様に話してるの。聞こえてるの、エミリア?」


 返事代わりに大きな咳をする。バルタザールが摩李沙の肩を支えた。

 リーゼラは大いに嫌味の混ざったため息をつく。


「いつもの勢いはどうしたの? それにあなたのところには、治癒魔法を使える者がいないのかしら? 何なら私の知人をお貸ししましょうか?」

「結構だ」

「バルタザール、さっきからしつこいわね。あなたとは話していないと言っているでしょう」


 取り巻きの少女たちも、図ったように次々と口を開く。


「いつもエミリアにべったりよね。あんな横暴な子といて何が楽しいのかしら」

「所詮拾われた子よ。だからご主人様のわがままに逆らえないのよ」


 摩李沙は背を丸め、口のをひきつらせた。


(リーゼラとエミリアが犬猿の仲だってことは知らされてたけど、こんなくだらないこと言っててよく飽きないなー)


 バルタザールは顔色一つ変えず、腰にいた剣に手をかけた。

 リーゼラが眉根を寄せる。


「魔法を使う気? 許可なくそんなことをすれば、罰を受けるのはあなたよ」

「わかってるさ。俺を馬鹿にするのは勝手だが、エミリアとレアルデス家を侮辱ぶじょくするな。今度似たようなことを言ったら覚悟しておけ」


 冷静に言葉を紡いでいるが、瞳には静かな怒りが灯っていた。

 リーゼラ達がひるんだのを機に、バルタザールは摩李沙の手をとって歩き出す。


 校舎の一階の隅っこ、人通りの少ない廊下まで来て、やっとバルタザールは手を放した。


「悪い。まさか一番にリーゼラに会うなんて予想外だったよ」

「うん……あの人とエミリア、本当に仲悪いんだね」

「そりゃもう、会えば嫌味の応酬だらけだ」


 様々なあれこれを思い出したのか、バルタザールは一瞬遠い目をした。しかしすぐに気を取り直し、改めて摩李沙に向きなおる。

 少年の空色の瞳がとても澄んでいて、妙にドキドキしてしまう。


「けど安心したよ。リーゼラもだまされたってことは、君はどこからどうみてもエミリアにしか見えないってことだな。アレンダさんの魔法のおかげもあるだろうけど。でも今更だけど、これでよかったのか?」


 摩李沙は深くうなずいた。


「心配してくれるのは嬉しいけど、私は平気」


 なるだけ胸を張って言ってみたが、バルタザールはもどかしそうに頭をかく。


「アレンダさんも、ほんっとに考えることが無茶苦茶なんだよなあ。こうなったからにはとにかく俺が君を守るから、側を離れるなよ?」

「わかった。あとね、エミリアを探すの、私もできる限り協力するよ」

「ありがとう。でも無理はしないでいいんだよ? こうしてエミリアとして振る舞ってくれるだけで、こっちは充分すぎるくらいなんだから」


 授業が始まるまで間もないので、バルタザールと共に教室へ急いだ。

 エミリアが彼と同じクラスでよかった。だからこそ摩李沙がエミリアのフリをして、魔法学校へ通うことができるのだから。


 バルタザールには強がってみせたが、心はいっこうに落ち着かない。


(どうなるかわからないけど、どうにかなるよね。ここまで来たらそう思うしかない)


 奮い立たせるように自分へ言い聞かせながら、祖母の形見のペンダントを、服の上からそっと握りしめた。

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