第55話 届いたメッセージ
◆◆
奇妙な日から数日が経った。
あれから不運なことは起きてない。がどうしてか、祖母からもらったペンダントがどこを探しても見当たらないのだ。
それでも諦めがつかず、家じゅうをくまなく探した。通学路も目を皿のようにして毎日確認した。
それでもペンダントは見つからなかった。
またひとつ妙なことに、ヘンテコな夢をよく見るようになった。
自分が魔法使いの少女となり、魔法学校へ通う夢だ。
(あれ、夢なのかな?)
日曜日の朝、ベットから身を起こした摩李沙は、寝ぼけたままの頭で思う。
起きてしまえば詳細を忘れてしまうのだが、夢で起こるあれこれが、実際に見てきたように鮮明に感じるのだ。
「まさか、ね。あり得ない」
カーテンを開け、日差しを浴びながら伸びをする。良い天気だ。空には白い雲が広がり、まるで牙をむいた勇壮な竜の姿に見えた。
「竜? 赤い色の、炎の竜……」
少し考え込んで、摩李沙は首を振った。
「もしかしてこれって、おばあちゃんの形見を無くした影響なのかなあ」
カーテンをタッセルでまとめようとして、手が止まった。
高校に入学する前、母にねだって買ってもらったものだ。パステルの水色がお気に入りで、目にするたびに気持ちが高揚する。
「水色……」
脳裏に引っかかるものがあった。
水色の瞳、その瞳と同じ色彩のイヤリング――
「あ」
摩李沙は通学鞄へ手を伸ばした。急ぐあまりにひっくり返し、床に中身を広げて確認する。
その中に紛れ込んでいた、丸められた一枚の紙。
それは、誰かから何かを貰った際の包み紙のはずだ。捨てるのが忍びないので、この数日間放っておいた。
「でも誰から? 何を貰ったんだっけ?」
そこだけ穴が空いたように、思い出せない。
おそるおそる紙を広げた。そこから出てきたのは、片方だけのイヤリング。
「このイヤリング、見たことある、よね」
それどころか、身に着けていた覚えすらある。
ある少年の姿が、ぼんやりとよみがえった。
こわごわと、イヤリングを耳に着けてみる。
すると。
『聞こえるかな、マリサ』
「うわっ!」
叫んでイヤリングを外した。心臓が鼓動を早める。
今の幻聴は何だったのだろう。摩李沙には、霊感はないはずなのだが。
だが、今の声は決して嫌なものではないという強い確信があった。
再びイヤリングをつけてみる。
『聞こえるかな、マリサ。俺の声が届いているといいんだけど。これを聞いている君は、俺のことを忘れていると思う。俺だけじゃなくて、アレンダさんやエミリアのことも。とにかくこの世界に関することすべて、記憶から無くなっているはずだ。エミリアが、そうなるように魔法をかけたはずだから。
二人は君を信用していないから、こんなことをしたんじゃない。ひとえに、俺の安全を考えてのことなんだ。だから思い出せないかもしれないけど、どうか二人のことを許してほしい。
それとマリサのおばあさんのペンダントだけど、俺がもらい受けたのも忘れているだろうし、伝えておくね。マリサには悪いけど、俺は母さんの魔法具を手に入れることができて、とても嬉しかった』
摩李沙はまた、イヤリングを外した。
「バルタ、ザール?」
名を呼ぶと、ぼんやりと顔が思い浮かぶ。アレンダやエミリア。ソフィーにリーゼラにリックにクラウス……そうだ。
「私、異世界にいたんだ」
もう一度、懐かしい声を聞くためにイヤリングを着けた。
『そこでお詫びと言ってはなんだけど、このイヤリングの片方を君に渡そうと思う。これは俺が母さんの元から離れた時、身に着けていたものなんだ。今回の件でやっと思い出したんだけど、これも母さんが作った魔法具だ。マリサが持っていたペンダントのような、強力な力を秘めたものじゃないけれど、このイヤリングがあるかないかで、俺が扱える時間魔法の種類や強大さが変わってくる。そんな気がするんだ』
脳裏に浮かんだのは、時を止められたトアンの姿。
あの時バルタザールは、ペンダントとイヤリングを使っていた。その際、何かに気づいたのだろう。
『あくまで俺の予想だし、今のところ誰にも話していない。アレンダさんにもね。だから君にイヤリングを託したことがばれたら、怒られるかもしれない。でも俺は、怖かったんだ』
一瞬の間があった。目の前にいないバルタザールへ、大丈夫だよと言ってあげたくなった。
『時間魔法はアルシノエのみが、何の
いつか俺は誰かのためか、自分のためかはわからないけど、たくさんの人を傷つけるようなことをしてしまうのかもしれない。そうならないのが一番いいんだけど、そうなる日が来ないとは断言できない。
あ、長々とごめんね。つまりさ、イヤリングのひとつが異世界で暮らすマリサの元にあれば、俺の時間魔法は母さんを上回ることはないはずなんだ。そういう確信があるからこそ、君に託そうと思った』
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