第12話 仕える側の葛藤
「具合が悪いの? 学校でも辛そうだったよね」
バルタザールはきょとんと
「全然。君の気のせいだよ」
その返事を
「私のせいでバルタザールが、リーゼラと喧嘩しそうになっちゃったんです」
「そうなんだ。それはちょっと面倒だったね」
「本当にごめん、バルタザール」
バルタザールは、首を横にふった。
「俺もうっかりしてた。今日だけで二度も、君を危険にさらしてしまった。守るとか言ったくせに、謝るのはこっちのほうだ」
(ん、二度も?)
記憶を探っている最中、アレンダが口をはさんだ。
「そういえば、さっきトアン先生が気にかかるって言ってたね?」
「はい。漠然とした感覚なんですが、あんまり好ましい人物だと思えないんです。先生は昨年赴任してきて、その時は何とも思っていなかったんですが、ここ数ヶ月の間どうにも不信感がぬぐえなくて」
「でも、マリサちゃんの怪我の手当てをしてくれたんだよね?」
「はい」
アレンダへ、薄く傷の残る左手中指を示してみせた。
「今も金の指輪をつけてくれているけど、学校では外したりしたかな?」
「いいえ、左の人差し指に全部つけたまま過ごしてました」
エミリアは使う魔法やその時の気分次第で、三つの金の指輪をはめる指を変えているらしい。さすがのアレンダもその法則までは把握していなかったので、とりあえず人差し指に全ての指輪をはめている。
ひとつひとつが太い作りのため第二関節が曲がりにくくなっているが、替え玉の役目のためには仕方がない。
「まさか、トアン先生が気づいたのでしょうか?」
バルタザールがアレンダへ問う。何のことか摩李沙はわからなかった。
「いや、以前に魔法学校の教師陣の報告書を見た覚えはあるけど、トアン先生にこれといった特性はなかったはずだよ」
しばらく思案していたアレンダだが、やがて立ち上がる。
「ひとまず、その先生を改めて調べておくよ。あ、そういえば僕は三日後に、仕事でリクスイユ魔法学校を視察しに行く予定なんだけど、二人は実習があるよね?」
その言葉に、バルタザールは一瞬動きを止めた。
「アレンダさん?」
「どうしたんだい? 僕の言いたいこと、わかるでしょ?」
「まさか、彼女に実習をしろと?」
青年は笑みを浮かべたまま、強くうなずいた。
「実習って……私、魔法なんか使えません!」
すかさず叫んだ摩李沙だが、「知ってるよ」と一蹴される。
「さすがにそれは無茶です! せめて見学だけにしたほうがいいですよ」
「あれ、前に聞いた話だと……」
記憶を手繰るように上を見るアレンダを、バルタザールは今にも殴りかかりそうな目で見ている。場合によっては止めないといけないかもと感じ、摩李沙はまた彼へと近づいた。
「赤と青の陣地に分かれて、エミリアが赤の女王、リーゼラが青の女王になって戦うって聞いたよ。今のところ五対四でエミリアが勝ってるから、次も絶対勝ちたいって意気込んでたっけなあ」
摩李沙の背が、すうっと冷えた。
「じょ、女王なんて、私には無理です」
「大丈夫。確か女王は、魔法の使用に制約があるはずなんだ。だからマリサちゃんでも務まるんじゃないかなあ」
「今日みたいに、怪我でもしたらどうするんですか!」
バルタザールが声を荒げる。だがアレンダはどこ吹く風だ。
「君が守ってあげれば、大丈夫でしょ」
摩李沙は、諸々の感情を通り越して脱力してしまう。
(アレンダさんの思いつきって、怖い)
「……実習にはいろんな生徒が参加します。何がおきるかわからないのに、俺の実力を過大評価しすぎです。こればかりは、エミリアが戻ってきたときに俺が何度でも謝ります。だから今回は、実習を休むべきです」
険しい視線がぶつかりあった。バルタザールは、今回ばかりは折れるつもりはなさそうだったが。
「僕も、単なる思いつきで提案しているわけじゃない。これは敵に対する
淡々としているが、しかし部屋によく響いた。
バルタザールは息を
彼が最終的に下した判断は、アレンダに片膝をつくことだった。
「仰せのままに」
「酷いと思うだろうね。実習は僕も見学するから、いざとなれば君達二人を助けることができるはずだよ」
アレンダは膝まづいたままの少年の肩を叩き、次いで摩李沙の肩に手を置く。その表情は、髪に隠れてよく見えない。
「君を元の世界へ返すため、エミリアを取り戻すためには、僕はやってみたいことはすべてやるよ。理解してくれなくていい。僕は昔から、こういうやり方なんだ」
アレンダが出ていった後は、耳が痛くなる沈黙だけが残った。
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