第8話 「八大賢人」とは
「〈嫌われた血族〉である魔法使い達は、申告漏れも合わせてニ、三千人はいると推定されています。みなさんご存知かと思いますが、キール先生は先生方で唯一の〈嫌われた血族〉です。彼のように見た目ですぐに判別できる場合もあるのですが、〈嫌われた血族〉は一目でそうとわかる特徴が基本ないため、魔法協会は自主的に申告し登録するようにと再三言っております。彼らを協会が保護しようとする理由ですが……」
しっかりと覚えていない単語も飛び交っているため、
(ついていけないよ! 文字も書くの大変だし!)
日本から持ってきたペンを使うわけにはいかず、万年筆のようなものを使用しているが、紙にペン先が引っかかってしまう。ノート自体の表面が荒いのだ。
(ていうか日本語で書いてもいいの? 見られたらすごくまずいじゃん!)
摩李沙は泣きたくなってきた。こめかみをもみながらうなだれてしまう。
(替え玉も大変だな。エミリアは学校の成績は良いらしいから、私なんかでごまかせるのかな)
今更抱いても仕方のない疑問がよぎった時。
「……さん。どうしました、エミリアさん?」
男性教師に呼ばれていることに気づき、摩李沙はこわごわと問い返した。
「えっと、私ですか?」
「あなた以外に誰がいるんですか?」
失笑の波がおこる。隣でバルタザールが焦るのがわかった。
トアン先生と呼ばれている彼は、教科書を片手に持ったまま呆れ顔で腰にもう片方の手を当てる。
年は二十代半ばくらい。フレームの細い眼鏡をかけ、腰まで伸びた灰色の長髪を革ひもでくくり、やせぎみな
「まだ具合が悪そうですね。では感覚を取り戻してもらいましょうか。魔法史において基礎中の基礎のひとつである八大賢人について、あなたなりに説明をしてください」
(そ、そんなーっ!)
心の中で絶叫するが、逃れるすべはないようだ。
気のせいだろうか、教室の後方にいるリーゼラの押さえた笑い声がする。
(ここでしっかり答えないと、後で本物のエミリアに怒られるよね、絶対に)
教科書を何ページかめくったところで、トアンが静かに言う。
「その教科書には八大賢人に関する記述はありません。忘れたのですか?」
「す、すいません」
さらに失笑がおき、たまりかねたようにバルタザールが挙手した。
「エミリアの具合が良くないみたいなので、救護室に連れていきます」
「そんな状態で登校してくるとは、ほめられたことではないですね。体調管理が出来ていないということで、エミリアさんは今度のテスト、厳しく採点します」
(やめてっ! エミリアにどつかれちゃうよー!)
「行こう、エミリア」
バルタザールは腕をつかみうながしてくるが。
「待って」
トアンの目を見て、覚悟を決める。
「八大賢人についてですね?」
「ええ、そうです」
摩李沙は一度うつむき、再び前を見据えた。
「八大賢人は、えっと……各国の魔法使い達が集った組織である魔法協会が定めました。私たちが現在使っている数々の魔法の基礎を作り上げたり、さらなる発展に
言葉につまった瞬間、周囲が痛いほど沈黙していて混乱が襲ってきた。とっさにバルタザールの方を向くと、空色の瞳が励ましてくれた気がした。
「いかずちの申し子ゼロス、大河を制す者アッピウサス、花を咲かす者クスカ、
摩李沙はふーっと息を吐き、続けた。
「最後の一人は、
摩李沙は不自然なほどに、背中を丸めて机を睨みつけた。バルタザールが
「稀代の到達者……あっ! アルツハです!」
突然、教室が
摩李沙は背中から崩れ落ちそうになった。
(うわ、やっちゃった)
「はい、そこまでです」
トアンのひとことで、教室内は徐々に落ち着きを取り戻す。
好奇の視線があちこちから刺さるのを感じ、摩李沙は肩を縮めた。
「ごめん、やらかしちゃった」
「いや、むしろよく答えたと思う」
二人の小声でのやりとりが聞こえたのかどうかはわからないが、トアンは薄く笑んだ。
「さすがです、エミリアさん。しかし
(へ、そうなの?)
教室を見渡すが、トアンの発言に皆驚いている様子だった。ということは、これは特に常識ではないらしい。
(アレンダさんはそんなこと、一切も言ってなかったけどな?)
「ちなみに私もその一人です。これは個人の意見ですが、
再び横を見ると、バルタザールが片手で顔を覆っていた。目をつむり、歯を食いしばっているようだ。具合が悪いのだろうか。
(どうしたんだろう?)
気をとられていた摩李沙だが、トアンから告げられた内容に
「エミリアさん、先ほどの回答を誤った罰として放課後に手伝いをしてください。そしたら次のテストの採点は、いつもどおりにしますからね」
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