第7話 替え玉に苦労はつきもの

「謝ることじゃないよ。それにずっと路上生活を続けるよりは、良い暮らしをさせてもらってる。ありがたいことに魔法の勉強も出来てるし」

「その代わり、エミリアの相手を四六時中してもらってるけどね」


 アレンダが付け足した補足のせいなのか、バルタザールが肩を落とした。


「まだ、エミリアのお守は続くんですよね?」

「そうだね、どんなに短くてもあと二、三年かな」


 深々と吐き出されたため息に、摩李沙まりさは心の中でツッコミをいれる。


(だから、エミリアって子はどんな子なの! とてもじゃないけど振る舞いとか口調とか、真似できそうにないんだけど!)








 朝から夕方まで、食事休憩以外はみっちり説明を受けた。魔法についてひたすら難しい話が続くかと思えば、時折アレンダが簡単なものを実演してみせるので、それに驚いたりしていた。


 その日の夜、摩李沙はベッドの上で大の字に寝そべっていた。ひたすら頭を酷使したせいか、脳みそが重く感じる。


 今いるのはバルタザールの部屋だ。彼がどこで休んでいるのかは知らないが、摩李沙の存在を秘密にするため、ここに摩李沙を隠すことになったようだ。


(何か悪いな、バルタザールも疲れているのに)


 と思った直後、そういえば自分はエミリアの替え玉にされるわけなのだから、そこまで恐縮しなくてもいいのかと考える。


「上手くいってくれるといいな」


 体をうつ伏せにする。上半身だけ起こし、走り書きしたノートをめくって眺めた。


 この世界の魔法使いは、摩李沙がイメージしていたものとはちょっと違っていた。

 彼らが魔法を使う際には、何らかの道具を身につけたり携えている必要がある。魔法具と呼ばれるそれは個々人によってバラバラで、アレンダにとっては眼鏡であり、バルタザールにとっては剣だそうだ。


 魔法具がないと疲れやすかったり、詠唱の省略が出来ないなどの不便があるらしい。

 どんな魔法具が自分の魔力と相性が合い、力を引き出してくれるのか。それはいろいろと試してみないと分からないのだそうだ。


 ちなみにエミリアの魔法具は、三つの金の指輪だ。君が学校に行くまでには偽物を用意するね、とアレンダは言っていた。


(でも力が強すぎる魔法使いの場合、魔法具が必要ない人もいる。ただそれはまれなケースで、八大賢人くらいじゃないと……八大賢人って誰だっけ?)


 さらにノートをめくったが、疲労と眠気でろくに文字が入ってこない。


「……もういい! 今日はねちゃおう!」


 用意された寝巻に着替えて、さっさとベットにもぐりこんだ。


 灯りを消す前、イヤリングが揺れたのに気づく。迷ったあげくそっと外し、祖母の形見のペンダントとまとめて寝台机に置いた。

 乳白色の石でできたペンダントが、イヤリングの光をほのかに反射していた。


「何とかなるよね。何とかするしか、ないか」


 よほど疲れていたのか、摩李沙はすんなりと眠りの世界へ落ちた。


 夜の暗闇に沈んだ部屋。イヤリングには蛍火のような青い光が宿っている。

 すると――ペンダントもいつの間にか、イヤリングの光に共鳴するように輝きだした。光はペンダントにも移り、たちまち二倍以上の強さになる。

 摩李沙が気づくことないまま、ペンダントは夜が明けるまで淡く青く輝き続けた。




  ◆◆




 数日にわたって準備をし、主にアレンダから何度もなだめられ、魔法学校へ登校した初日。


 リーゼラたちのせいで早くもくじけそうになった摩李沙だが、教室に入ってしばらくして、もっとげんなりしてしまった。


 バルタザールと隣同士で着席したはいいものの、クラスメイトのヒソヒソ話がやたらと耳に入ってくるのだ。


「エミリアが大人しくないか?」

「いつもならバルタザールに小言を言ってるのに。暑いだの眠いだの」

「風邪で性格が変わっちゃったのかな?」

「ありえない。そんなわけないでしょ」


(……そんなにとんでもない子なの?)


 摩李沙はうっかり、鞄から取り出した教科書を床に落としてしまった。すぐさまバルタザールが拾ってくれる。


「気をつけろよ」

「あ、ありがとう。ごめんなさ……」


 と言いかけたところで、バルタザールは必死に摩李沙に目配せしてきた。クラス中の空気が驚愕で固まるのを、肌で感じる。


「お、おい! エミリアが謝罪したぞ! バルタザールに!」


 そんな中、男子生徒が一人こちらへ近づいてきた。


「おはよう、バルタザール」

「おはよう、クラウス」


 クラウスと呼ばれた生徒は、バルタザールと摩李沙を交互に見る。それだけで摩李沙は緊張で冷や汗が流れるのを感じた。


「ん? バルタザール、お前のイヤリ……」

「おい、やめとけって!」


 突如、クラウスに一人の男子生徒が飛びついた。


「うわっ! 何だよリック」

「いいからこっち来い! あは、あはは。バルタザールにエミリア様、どうもお邪魔しましたあっ!」


 絶叫しながら、リックはクラウスを教室の奥へと引きずっていった。二人の姿を目で追うと、皆の視線が無遠慮ぶえんりょに突き刺さってくるのが嫌でもわかる。


 バルタザールの咳払いに、摩李沙はあわてて何度も咳き込むフリをした。バルタザールがやんわりと背中をさすってくれる。


「大丈夫か? 弱気になるなんて、エミリアらしくないぞ」

「うん、そうね」


(この茶番、いつまで通じるかな)


 幸先が良くないように感じた摩李沙だったが、授業でさらに気持ちがまいってしまう。


 リクスイユ魔法学校は、授業ごとに生徒が講義室を移動する方式らしい。そのため、生徒はどこの席に座っても自由なのだという。

 今受けている授業は、国をまたいだ組織である魔法協会の諸々についてだ。

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