第45話 家族の愛でも埋まらない
「わかってくれるよ、きっと。だってバルタザールは、あなたを大事な家族だって言ってたもの」
「家族……?」
エミリアは意外そうに繰り返し、指で涙をぬぐった。
けれど苦笑したせいでまた、新しい涙があふれてくる。
「そんなこと、今まで聞いたことないわ。常に側にいてくれたって、わからないことはたくさんあるのね」
少し経ってエミリアが落ち着いた頃、部屋の扉が開いた。アレンダだ。
「様子はどうだい?」
「ずっと辛そうなままよ。夕食も食べてないの」
エミリアが答える。バルタザールは意識がはっきりしておらず、さっきから何かに追われる夢でも見ているのか、首を左右に振って顔を歪めていた。
「来る、な。……俺は、母さんのような魔法は、使え、な」
少年の耳元で、イヤリングが揺れる。
静かに立ち上がり、アレンダに尋ねる。
「私が持っていたペンダントって、どこにあるんですか?」
「僕が預かってるけど、どうしたの?」
「試したいことがあるんです」
アレンダはすぐに自室へ向かい、戻ってきた。
誰かが修理してくれたのか、元通りにチェーンがついたペンダントを受け取る。それをバルタザールに握らせ、彼の手ごと両手で包みこむ。
エミリアはぼそりと兄にたずねた。
「あれって
「簡単な話だよ。石が青色じゃなくて白色だろ? アルシノエ自ら創った魔法具の
エミリアは、兄を奇怪な生物でも見るかのように見た。
「そういうわけで、バルタザールの私物だと断りを入れて持ってきたんだ……エミリア、半眼はやめておくれ。お兄ちゃん傷ついちゃいそう」
「それいいの? 魔法省の職員として、何か間違ってない?」
「間違っているかもしれないね。僕も出来うる限りは、バルタザールを守ってあげたいから。ま、バレちゃったらどうなるか、それが怖いけどねー」
兄妹の会話を耳に入れながら、摩李沙はバルタザールの異変に気付いていた。
水色のイヤリングが淡い光を帯びている。
確認できないが、摩李沙がつけているもうひとつも同じように光っているはずだ。
エミリアが、がたんと音をたて立ち上がる。
「どうしたの? 何が起きてるの?」
「わからない。
エミリアがあ、と声をあげる。
バルタザールの表情からは
アレンダが興味深そうにつぶやく。
「アルシノエは強大な魔力を持つ魔女で、ついでにとてつもない親バカだったということかな。そのイヤリングと
さらに、アレンダは二人の少女に聞こえないように独りごちた。
「確かに、嘘をついて持ち出したのはまずかったかもしれないな……ま、今さらだ」
本人の意思など関係なく、バルタザールは世界の命運を左右するほどの魔法を引き継いでしまった。
それを長い間秘匿していたことが明るみになれば、いくらレアルデス家が由緒ある家系とはいえ、糾弾は免れられないだろう。
それでもバルタザールの出自を明かし、収集のつかない騒乱がおこるよりはマシだとアレンダは考えていた。
バルタザールの幸せのために。
何より、彼と出会ったことによって良い変化があった、自分と妹のためにも。
カーテンからもれる光が白い。いつの間にか朝が訪れていた。
アレンダは部屋にはいない。壁際に移動したエミリアが椅子で身を丸め、寝息を立てている。
摩李沙は、ベットに突っ伏したまま眠ってしまっていた。朝の光が目に入り意識が覚醒した途端、いきおいよく起き上がってバルタザールの様子を確認する。
産着にくるまれた赤子のような、穏やかな寝顔だ。イヤリングはもう光を帯びていない。
彼の手から、昨夜握らせた
白い石でできた、何の変哲もないペンダントだ。摩李沙はアルシノエと、祖母の姿を脳裏に思い描く。
「ありがとう」
誰にともなく言った直後、バルタザールが目を覚ます。
「バルタザール! 大丈夫?」
彼は部屋を見渡した後、こちらに焦点を合わせた。
「マリサ?」
(よかった、記憶が戻ってる)
まだ状況が飲み込めていないのか、バルタザールは緩慢な動きで起き上がり、口をつぐんでいた。
「飲み物でももらえないか、聞いてくるね」
立ち上がり、ドアノブに手をかけたところで。
「母さんに会ったんだ。夢の中で」
摩李沙は振り返った。彼は分厚いカーテンで覆われた窓を見ており、表情はわからない。
「いや、俺が母さんだと思っただけで、別の人だったのかもしれない。けど、とても温かな人だった。その人に頭を撫でてもらっているうちに、これまでの記憶がよみがえってきたんだ。エミリアに拾われる前は怖い思いもしたし、孤児だからってだけで嫌なことも言われたことがある。でも俺には、守ってくれる人や大切に思ってくれる人がいるんだって、それも一緒に思い出すことが出来たんだ」
バルタザールは、うつむいて
彼の瞳から、ぽたりと何かが落ちる。
「何言ってんだろ、俺。エミリアやアレンダさん、それにマリサもいてくれたからこそ、俺はこうして、ここにゆっくり寝ていることが出来るんだよな。それはわかってるのに、目覚めたことがちょっと悔しくて」
それ以上は言葉に出来なさそうなバルタザールのために、摩李沙はそっと部屋を後にした。
扉を閉める瞬間、「母さん」と切なく呼ぶ声が残った。
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