第5話 召喚魔法の理由と危ない提案

「それが、どうしたの?」

「僕らは一目見て、これに何らかの魔法がかけられていることがわかるんだけどね。ちょっと待ってて」


 アレンダは指で紙を数度叩き、何事かをつぶやいた。

 するとそこから、天井に向かって光が帯状に走った。その中に文字のようなものが躍っている。


「ちなみにこれ、『魔法使いの血と引きかえだ。早くこちらに来い』って書いてあるんだ。そしてその日以降、エミリアはどこを探しても見当たらない。家出かも、と最初は考えたさ。ただそうなると、この仕掛けもエミリア自身がやったことになる。けれどこの紙からは、妹の力とはちょっと違うものを感じてね。それで僕は、しらみつぶしに探し回るが面倒くさくなって、いっそのこと妹を召喚してやろうと思ってさ」


 ずいぶんと投げやりな解決法を選んだんだな、と摩李沙まりさは内心つっこんだ。


「召喚魔法は大がかりだし骨が折れるんだ。でもこちらには、エミリアの血縁である僕と魔力を有するバルタザールがいる。おまけにここは、妹が生まれた家だ。地下に魔方陣を構築し、僕とバルタザールの魔力をもってすれば何とかなるだろうと踏んでたんだけど……」


 がくり、とアレンダはうなだれた。

 摩李沙はすかざす、バルタザールへ小声で言う。


「この人、けっこう雑なの?」

「良い人なんだけどね……たまに、そういう時もあるかな」

「マリサちゃん、何度も言うけど本当に申し訳ない!」


 アレンダは急に近づいてきたかと思うと、摩李沙の手をぎゅっと握った。

 今の会話が聞かれていなかったかと気まずくなる。


 アレンダは大げさに瞳をうるませ、いつの間にか取り出したハンカチで目を押さえた。


「正直なところ、どうして失敗したのかわからないんだ。エミリアが召喚できなかった理由はいくつか想像できるんだけど、代わりに君が来てしまったのはなぜなのか、まるで考えられない。おそらくだけど君に魔力はないし、君の世界にも魔法なんてないよね?」

「は、はい」


 アレンダは腕を組んだ。


「うーん、どうしてなんだろうなあ」


 頭をひねってばかりの青年に、摩李沙はしびれを切らした。


「あの、アレンダさんが落ち込むのも、あなたたちにとって今が大変な時だっていうのもよくわかりました。けど! 私も大変なんです。どうにかして、元の世界に戻してくれませんか?」


 アレンダは再び、表情を硬くした。


「君を戻すなら、転移魔法を使うしかない。けれども転移させる先が、僕たちが誰一人として知らない異世界ときてる。そこそこ力の強い魔法使いが、何人もそろわないといけないだろうね」

「じゃあ、魔法使いをすぐに集めてください!」

「僕の見立てだと……僕たち二人に、あとエミリアがいてくれたらどうにかなりそうなんだよなあ」

「エミリアって、誘拐された妹?」


 バルタザールが咎めるようにアレンダを見た。


「アレンダさん、まさか」

「どうしたんだい? バルタザール」

「その微笑ほほえみはどういう意味ですか? まさか、この子にエミリアの捜索に協力しろとでも言うつもりですか?」

「え?」


 摩李沙は二人を交互に見ていたが、やがてさわやかな笑顔のアレンダが、がっちりと摩李沙の両肩をつかんだ。


「わあっ」

「話が早いよ、バルタザール。代弁してくれてありがとう」

「アレンダさん! エミリアが何よりも大切なのはわかります。しかし一般人のこの子を、魔法使いのゴタゴタに巻き込むのは危険です!」

「んー、まあそのへんは、僕が守護の魔法をかければ何とかなるかなあって。それにいざとなったらバルタザールもいるんだからさ」

「アレンダさん……」


 バルタザールは低くうなった。だが反抗する気はないらしく、黙り込んでしまう。


「ほら、改めて見てくれよ。エミリアと髪や瞳の色は違うけど、顔つきから背丈から何から何まで、あの子とそっくりだ。マリサちゃんにはちょっと悪いかなとは思うんだけど、君の存在は陽動作戦にもってこいなんだよね」


 完全に摩李沙が置いてきぼりの状態で、話が進んでいる。


(アレンダさんって、思いついたらすぐ実行したい性格なんだ。せっかちな変人ってこと?)


 しかし摩李沙の目的を考えると、エミリア救出に手をかすのは理にかなってはいる。

 ただ一見柔和そうなアレンダによって、彼の意のままに誘導されてしまったのは腑に落ちないところもある。


「バルタザール、君が敵の立場だったらどうだい? 誘拐したはずの魔法使いの貴族令嬢が学校に平然と登校して来たら、腰を抜かすだろ?」

「良い案かもしれません。けれど、彼女の意見を無視しちゃダメですよ」

「……私は、それでいいです」


 静かに告げた。バルタザールは絶句している。

 アレンダは笑みを消し、改めて摩李沙に向きなおった。


「僕のとんでもないワガママなのは承知の上だよ。けど、それでも協力して欲しいんだ。いいんだね、マリサちゃん?」


 息を吸い、こくんとうなずく。


「はい、私にとっても、大事なことになりそうなので」

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